王の来訪

 あの後どうにか気を取り直し、街からローランドの城に戻ると……レオンハルト様が執務室に来るようにと言っていたと、レニィさんから伝えられました。


 やはり、の件ですよねぇ……と思いながら、もうすっかり勝手知ったる城内を歩く。


 使用人の人たちが忙しそうにする中、貴賓室のある区画へ近寄るにつれて、人は少なくなっていきました。一方で、すれ違う皆の間に漂っている緊張感は、進むにつれて強くなっていきます。


「……なぁ、俺も一緒で大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ、多分……」


 何か普段と違うその城内の雰囲気に、急に不安になって来たらしいレイジさんがおっかなびっくりといった様子でついてきます。

 ですが、気持ちは分かります。おそらくこの先で待っているのは……そう思うと、私も頭の中で、ここに来て学んだ作法を何度も確認しているのですから。




 そうこうしていると、いつの間にか目的の部屋……レオンハルト様の執務室へとたどり着いていました。

 緊張に暴れる心臓を押さえこみながら、そのドアをノックすると……


「……どうぞ、お入りください」


 中から掛けられたレオンハルト様の声に、レイジさんの方をちらりと見る。彼が頷いたのを確認してドアノブを捻り、ドアを開きます。


「……おお、来たか!」


 ドアを潜るなり、即座にかかる大きな声。

 部屋の中では、一目で最上級の品質のものだとわかるローブを着込んだ壮年の男性が、とても嬉しそうな表情で私達を出迎えました。


 後ろでレイジさんが「あれ、さっきの……」と呟いたのが聞こえましたが、私は内心の緊張から来る震えを隠しながら、それでもどうにか淑やかにスカートの裾を摘まみ、軽く膝を曲げて頭を下げる。そつなくレイジさんも私に続き、慌てて頭を下げようとして……


「はは、構わぬよ、頭を上げなさい。堅苦しい会合ではないのだから楽にしてもらいたい……折角堅苦しい王城から離れたのだしな」


 そう茶目っ気も織り交ぜて言う彼に、ほっとしながら顔を上げて微笑む。


「……お久しぶりです――叔父様」

「うむ……本当に、息災で何よりだった――よくぞ無事戻ってくれた、イリスリーア」


 そう人の良さそうな顔で破顔する彼に、私もつられて微笑む。


 ――本当は、先程お会いしましたけどね?

 ――すまない、それはレオンハルトの奴には黙っていてくれないか。


 困ったような苦笑いを浮かべた彼と、目線でそんな感じのやりとりをしながら。




 ――彼の名は、アルフガルド=ノールグラシエ。


 私達の叔父であり、先王アウレオリウスの弟。そして……この国の、現国王陛下でした。






「……本当に、本当に無事で良かった、イリスリーア」


 そう言って、もう何度目か、ぐりぐりと大きな手で私の頭を撫でるアルフガルド陛下。


 見た目は、おおよそ魔法王国の国王という肩書きに似つかわしくない、がっしりとした体格の壮年の男性。そんな方が、私の無事を喜び瞳を潤ませていました。


 先王アウレオリウスは、決断力と行動力に優れ、その知性を以て果断な統治を敷く賢王だと言われていました。

 一方で、そのあとを継いだ彼、アルフガルド国王は、名に『ガルド守護』を付されただけあり、とても人情に厚い方として有名で、民の安寧に心血を注ぐ仁の王だと、専らの評判……だったはずです。


「ソールクエスもそうだが、すっかりと表情豊かになったようで何よりだ、きちんと笑えるようになったようで、うむ、良きかな良きかな。私はとても嬉しく思うぞ」


 そう、嬉しそうに頷いている国王陛下に、先に入室してソファへと腰かけていた兄様が苦笑していました。


「申し訳ありません、私達は当時のことは……妹のみならず私にも色々と気にかけていただいたのに、本当に申し訳ないと思っているのですが……」

「あぁ、そうだった、記憶はほとんど無いのだったな。もっとも、当時のお前達の様子を思い出すと、致し方ない気もするのだが」

「そうなのですか?」


 兄様の言葉に対して同情の色を浮かべ語られる陛下の言葉に、首を傾げ聞き返す。


「うむ、七年前のお前達は常に心ここに在らずという様子で、正直なところ人形かと思えるほどの……」


 そこまで言って、言葉を切る陛下。

 今の自身の発言に気まずそうに咳払いすると、ニッと人好きのする笑顔を浮かべ、改めて口を開きます。


「だが……うむ、今のお前達はすっかりそんな様子は無い。私はそれを嬉しく思う……改めて、よく帰ってくれた」


 そう言って、破顔する陛下。


 ――国王というよりは、気のいい親戚のおじさんみたい。


 そんな印象を受ける陛下に、私と兄様はどこかくすぐったい物を感じ、視線を合わせて苦笑するのでした。







 私達が揃ったところで……丁度ティータイムに当たる時間だったため、素早く使用人の方々によって準備が整えられ、お茶会となりました。


 上座に座る陛下の左右に私と兄様の席が設けられ、その後ろではレニィさんが甲斐甲斐しく世話をしてくれています。

 ちなみにレイジさんも快く同席を認められ、今はレオンハルト様の隣でガチガチに緊張して座っていました。


「……ところで、陛下は何故、このような所へ?」


 出されたお茶で一口喉を潤してから、ようやくその問いを口にする。

 いつかは会いに行くつもりでしたが、てっきり王都の方に居ると思っていたので、よもやこのような国の端の領地で会うとは……と思っての発言でした。


 ところが、その事を訪ねたとたん、周囲が困ったような空気に包まれました。


「……近いうちに陛下がお見えになる予定だ、と伝えたはずなのですが」

「……え?」


 困惑したように言葉を発したレオンハルト様。その言葉に、目を瞬かせる。


「伝令があったのは一月前、あの暴走スタンピードの数日後だったのですが……その様子では、やはり覚えてはおられなかったみたいですね」

「あ……ごめんなさい、あのあたりの時期だと、しっかり聞いていなかったかもしれません」


 丁度、私が仕事に、レイジさんが修行に逃げていた時期ですね。

 ということは、私達が気をそぞろにして聞いていなかっただけ……現に、兄様はきちんと知っていたみたいですし。


「いえ、こちらこそ、落ち着いた後にもう一度きちんと話しておくべきでした」

「そんな、とんでもない! レオンハルト様こそお忙しかったでしょうに……」


 それこそ、私達など比較にならないような激務を連日こなしていた彼に、落ち度などあろうはずがありません。慌てて、頭を下げようとする彼に気にしないように言います。



「それで、陛下の目的ですが……この夏に西大陸との境界にある『闘技諸島イスアーレス』にて開催される、大闘華祭だいとうかさいへ来賓として顔を出す為ですよ」

「…大闘華祭、ですか?」

「うむ、そうだ。今回のこのローランドへの来訪は、可愛い甥や姪の顔を見に来た……と言いたいところなのだが、正直に言うとそれはついででな。四年に一度のその大祭へと参列するためのついでに立ち寄ったのだ。このあたりが、会場に最も近い我が国の領土だからな」

「イリスリーア殿下は、大闘華祭についてはご存知ですか?」

「え、っと……」


 レオンハルト様の質問に、この世界について勉強した中にあったはずの記述を、どうにか頭から絞り出しながら考える。




 この大闘華祭というのは、ただの大きい闘技大会……という訳ではありません。

 確かにそうした面は強いですが、その本質は豊穣祈願に近かったりします。


 この世界で主に信仰を集めているのは、女神アイレインと、戦神アーレス。


 そのうち、春と秋をアイレインが司り、夏と冬を戦神アーレスが司ると言われています。


 春にアイレインが生命の種を撒き。

 夏にアーレスが活力を与える。

 秋にそうして育った作物をアイレインが収穫し。

 冬となり休養に入った大地をアーレスが護る。


 そうして、交互に役割を分担しながら人々を見守っている……というのが、この世界で信奉されている宗教の中で語られているのです。


 そして、毎年ひとつずつローテーションで各季節の対応した大祭が行われているのですが、どうやら今年は夏……大闘華祭、となるみたいです。


 ――と、そこまで考えたところで、不意に疑問が頭をもたげました。


 四季がある……つまり、この世界には地球と同じように、地軸が若干太陽に対し傾いているはず。

 にもかかわらず、北のノールグラシエと、南のフランヴェルジェが同じ季節が流れている、というのは一体……


「……イリスリーア?」

「……あ、申し訳ありません、少し考え事でボーっとしてしまいました」


 黙りこんだ私に怪訝そうな視線を向けた陛下。コホンと咳払いして、気持ちを切り替える。


「えぇと……その祭事についての知識については、ここで学んだ中にあったので大丈夫です。四季の大祭は確か慣例として、賓客を各国から招致しているんでしたよね?」


 それは決して国家君主や元首である必要は無いのですが、ノールグラシエはこれまた慣例として毎年、国王陛下を含めた王族数名が参列しているという話だったはずです。


 ちなみに、南のフランヴェルジェも、私達同様に王族が。西の通商連合も、選挙により選ばれた政治のトップが参列する慣例となっています。

 残る東方諸島連合からは王族こそ参加しないものの、滅多に人前に出てこない「巫女」と崇められる立場の女性が参列したりなど、結果として四国全ての重要人物が集う事となり、その盛大さは推して知るべし、でしょう。


「そういうことだ。今年は私だけでなく、王妃と私の息子も同席する予定だが、所用があってな。私だけ一度こちらに立ち寄り、向こうで合流する予定だ」

「それは、遠路はるばるお疲れ様でした」


 王都からコメルスの街を繋ぐ魔導列車と、船を乗り継いでも、王都からここまで一週間は掛かります。

 その道程を労いながらも、陛下の目的を聞いてから、どうにか同行させていただけないかを考える。


 ……正直なところ、闘技大会にそれほど興味が有るわけではありません。ですが、たしかあの島には……


「それで……どうだろう。ソールクエス、それにイリスリーア。お前達が良ければ、一緒に……」

「「行きます!」」


 私とソール兄様が、陛下の提案に食い気味に答える声がハモりました。

 レイジさんは場が場なため後ろに控えていますが、この話題が出てからずっとそわそわとしているのが傍目からでも分かります。


 そんな私達の勢いに、陛下が驚いて目を瞬かせていました。


「そ、そうか? では話が早い。お前達の分も準備させよう。お前達……特にイリスリーアが一緒に来てくれるとなれば、我が国の参加者も奮起するだろうからな……」


 我が国に、今はお前以外の姫はおらんからな、と苦笑する陛下。


「それと、他に同行させたい者がいれば、早めに伝えてくれるとありがたい」

「良いのですか? ならばそうですね……知人に、優秀な服飾職人の者がいます。彼女にも声をかけてみたいのですが」

「ほう……確かに、そのような人物であればあの島はさぞ良い勉強になるだろう、良い、是非連れて来なさい」


 兄様が、同行させる者たちについて、早くも交渉を始めていました。あちらは任せて大丈夫そうです。


 ちなみにレイジさんも、陛下に護衛として随伴するレオンハルト様と同行することが既に確定しているらしく、一緒に行ける事に安堵します。




 ――私達が興味津々な理由、それはこの大闘華祭の会場となる場所にあります。


 この大闘華祭は、夏の間に戦神アーレスの与えてくれた活力へと感謝し、夏の役目を終える彼へ自分たちの武を披露し楽しませよう……というもので、やはりメインとなるのは闘技大会であり、当然、そこには世界各国から強者が集まってきます。


 しかし……不敬な話ですが、私達が興味をそそられているのはそれとはまた別のことです。

 闘技大会を目当てに人々が集まるということは、そこにはそうした人々を対象とした商売をする者達……すなわち武具職人が、その培ってきた技術と日々の研鑽を披露するために、集まってきています。


 結果……大闘華祭の舞台となる闘技場のあるあたりには腕利きの職人が集まり、街となり、やがてそれはその地域の名産となりました。


 それが、闘技諸島イスアーレス。


 北と西大陸の中間地点にある大きな島を中心とした群島の街であり、闘技場を中心に発展し、およそ戦闘に関わる全ての技術が集う島。


 そしてそこは……装備の大半が先の戦闘で損壊した私達が、どうにか空き時間を確保して行きたいと思っていた場所なのでした。

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