Save the Queen

 改めて、視察に戻ろうと、踵を返した……その瞬間。


「イリスちゃあああん!」

「……わぷっ!?」


 突如、顔が柔らかいものに埋まって、視界がゼロになる。

 何かに拘束されてるかのように、体が動かせない……否、拘束されていた。


「ああぁぁ……この感触久ぶりにゃぁ……癒されるぅ……」

「むー! むぅー!?」


 じたばたと暴れてみても、体格差でがっちり抑え込まれているため引き離せない。

 意識が徐々に朦朧として来て、あ、やば、落ちる……そう思ったその時。


「はいはい、ミリアム、そこまで。それ以上やると騎士さん等に斬られるぞ」

「おっと、ごめんにゃ、久々に顔を見て、嬉しくてつい……本当にごめんなさい!」


 ようやく解放され、ぷはっと息を大きく吸い込んだ。


「……はぁ……はぁ……お、お久しぶりです、ミリィさん……」


 両手を合わせて平謝りしているミリィさんに、苦笑して声をかけました。




「……ところで、ここでは今、何をしているんですか?」


 周囲を見回すと、アシュレイさんと一緒について来た方々とは別の黒影騎士団の騎士たちが、外壁の上の足場に、チョークのようなもので何かを書いています。

 ミリィさんも、時折その陣の傍らに足を止めては、陣の中に手をついて、何かをしていました。


 昼間で周囲が明るいため分かり難いけれど、よく見ると、その陣の中についている手の周辺から光が発せられています。


「……あ、これにゃ? これは、防衛用の魔法補助の陣地、らしいにゃ」

「陣地?」

「そう、今私が触れていたのが、魔力を前もって一時的に貯め込んでおいて、術を行使する際にそこから魔力を引き出せる……簡易魔力タンクみたいなやつにゃ」


 そのような便利なものが……これは、向こうのゲーム時代には無かったものです。


「で、あっちのお兄さんらが今書いているのが、魔法の効果範囲とか、威力とか、そういった物を高める儀式陣。一人一人最適化が必要らしいから、後でイリスちゃんも自分用を登録してもらうにゃ」

「はぁ……すごいですね、こんなものがあるなんて。これ、私達でも作成できるのでしょうか?」

「んー……」


 何やら、芳しくない表情のミリィさん。何か問題が……?


「構成を覚えればできると思うけど、教えてくれるかどうか……それに、あのお兄さんらの使ってるチョークみたいなもの、あるにゃ?」

「え、あ、はい……あれがどうかしたんです?」

「あれ、一本、金貨3枚らしいにゃ」

「ぶっ!?」


 驚愕に、思わず噴き出した。後ろで、兄様やレイジさんも咽ている。


 ちなみに、硬貨は全て世界の中心、アクロシティで鋳造されているものが、世界共通の貨幣として流通しており、価値の低いものから順番に、青銅貨、銅貨、銀貨、金貨、ミスリル貨……となっています。

 そして、金貨三枚というのは、一般の人が働いて一月に稼ぐ額の平均になります。

 すっかり所持金の減じた私達では、あれ一本買えるかどうか……


「なんで、そんな高価な……」

「んー……あれ、魔石を砕いて粉にしたものを、同じく粉になるまで砕いた、魔力伝導性の高いミスリル鉱石と石膏を混ぜて固めたものらしい、にゃ」

「それは……高いのも納得ですね……」

「それを惜しみなく使用しているとは……流石、王都の騎士様は資金が豊富にゃ」

「ですね……」


 近くに居た兵士さんに、あなた達も持っているのか目で問いかけますが、苦笑して首を横に振られました。流石は大国の精鋭、お金あるんですね。世の中、世知辛いなぁ……











「ああ、姫……おっと、イリス嬢、こちらに居ましたか」


 不意に、背後の階段から声をかけられ、振り返って見下ろす。

 階段を上って来るのは、ゼルティスさんとフィリアスさん、それと……傭兵団の、もう一人の魔法使いである、確か……


「そういえば、イリスちゃんは彼とあまり話した事は無かったですよね」

「あ、はい……すみません」


 フィリアスさんの言葉を肯定する。人見知り発動中だった私は、男性との会話を極力避けて居たために、傭兵団の皆さんには顔は知っていても話した事は無い、という方が沢山居て……彼もその一人でした。


「いいえ、イリス様の事情を鑑みると致し方ないかと。きちんと挨拶をしておらず、申し訳ございません。私はディアスと申します。以後、お見知りおきを」

「あ、はい、私のほうこそ、挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」


 胸に手を当てて丁寧なお辞儀をする彼……その物腰と、清潔に切り揃えた黒髪をオールバックにし、乱れひとつなく整えたその容姿も相まって、その様子はまるで……


「……執事さん、みたいですね」

「はい、そうです。彼は元は私と同じく、執事として仕えていました」

「家名はあるのですが、今は名乗っておりませんので、どうぞお気になさらず、ディアスとお呼び下さい」

「な、なるほど……」

「それで、要件というのが……こちらなのですが」


 そう言って、彼が何かの包み……私の身長並みの長さ、1メートル半近くはあろうかという包みを、近くにあった台にごとりと起きました。


「……これは?」

「長さ、太さを見ると……剣、か?」


 兄様とレイジさんが、興味深そうに、包みを検分しています。しかし、これは……


「……呪われていますね」


 グルグルと布に包まれているそれには、何枚もの札を貼り付けていました。端を留めている金具には、魔消石が蒼く輝いています。

 そこまで厳重に封印しても尚、見ていると背中に冷や汗が垂れてくる。相当に強力な呪いな気がします。


「はい。町長の屋敷に残されていた物から使えそうな物品を探している最中に、荷物の奥底から出てきた物なのですが……」

「なんでも、事情を知っている人によると……昔、イリスちゃん達が行ったあの坑道、魔消石の採掘場に転がっていた物らしいです」

「あの場所に……?」


 私たちが落下し、レイジさんが剣を失った、あの場所。

 そういえば、何故あのような地下に、あれだけ綺麗なドーム状に拓けた空間があったのでしょう。自然にできた地形とも思えませんし、何かが掘り進めたか、あるいは……


 ――何かを閉じ込めていたか。


 そういえば、あそこの魔消石は全て、ドームの内部に向けてせり出していました。まるで、中に何かを閉じ込めておくためのケージのような……


「それで、お休み中だった所を申し訳無いのですが……解呪可能かどうか、伺いに参りました」

「え!? あ、ああ、はい、そうですね……」


 いけない、思考がおかしな方向へ飛んでいました。慌てて、ざっと包みを調べてみます。


 そうして、不意に気が付きました。この、体内に浸透し、力を奪っていくような感覚……この呪いの感触は覚えがあります。

 以前、私達が前の町で戦った、『世界の傷』から出てきた魔物の纏っていた呪詛の瘴気。あれと非常に似ているような気がします。


 ――だとすると、この物品を呪ったのは、『世界の傷』に関係する何か……?


「……少し難儀ですが、はい、大丈夫だと思います。今解呪しますね」


 解呪するのは問題なさそうです。早速済ませてしまおうと、包みに向けて手をかざします。


「……セストシェスト・ジス浄化の第六位


 前に掲げた両手の合間に、光が淡く灯る。


フーシャ包めリーア光よカーズ呪縛ドレナス消去ナシン無効ヴァン消失……――アグ・リール解呪


 最後まで唱え終わると同時、包みを暖かな薄緑色の光が包み込んで、纏っている瘴気を絡め取って宙に消えていきます。


 周囲の者は皆、立ち上る浄化の光に目を奪われていた。そんな中……光を眺めていると……ふと、脳裏に流れ込んでくるものがありました。




 ――はい。それじゃ……私の権限で、あなたを、この剣の所有者……『御子姫の騎士セイブ・ザ・クイーン』に任命してしまいます。


 ――だ、大丈夫なのですか『――』様、そんな……勝手に重大な事を決めてしまって。


 ――あら、『――』は怖いの? それとも私を守る自信がないのかしら?


 ――そんなことはない、僕は、誰よりも、君を……!


 ――だったら良いじゃない、大丈夫、私がそうしたいって言えば、貴方ならだれも文句は言わないわ……これからも……いつまでも、よろしくね、私の騎士様?






 ……また、この二人。


 無邪気に、嬉しそうに……それでいて、悪戯っぽく笑って少年に剣を授けているまだ幼い少女と、そんな少女を困り顔で、だけどどこか嬉しそうに見つめている同年代の少年。

 今度は、今まで見た中でも一番若い。まだ、私くらい……あるいはもう少し年下の二人。これは……この剣に宿った、記憶……?






「……こいつは」


 不意に、沈黙から復帰したレイジさんの声が聞こえ、急速に現実へと意識が還ってきます。

 呪いが消えたその包みを外していくと、中から出てきたのは、繊細な装飾が施された白い鞘に収まった一振りの剣。

 やや大振りで、両手でも使えるようにと長めの柄を持った、いわゆる「バスタードソード」と呼ばれる剣でした。


 その見るからに業物、と言った風情に、周りから息を呑む気配が伝わって来ます。


「……すげぇな……って、イリス、何かあったか?」

「……いいえ、何でもありません」


 目の端に浮かんだ涙を拭い、乱れた平常心をどうにか取り戻す。それよりも、伝えるべきことがあります。


「……これは……この剣は、『セイブザクイーン』が一本、『白の叡智アルヴェンティア』……そう、呼ばれるもの、みたいです」

「イリス、知っているのか!?」

「はい……自分でも、よくわかりませんが、何故か、分かります……」


 そして、その名前が、やけに心をざわめかせる。まるで昔から知っている、大切な物かのように。


「ふむ……『セイブザクイーン』、か。その名前、耳にした事がある」

「アシュレイ様、それは本当ですか?」

「うむ……今は居ない光翼族、その中で『御子姫』と呼ばれる貴種が、自らを守護する騎士に授けていた剣……と、文献の中で見た事がある」

「……これが、その中の一本だ、ってか」

「私も、実際に見るのは初めてだが……む、抜けぬな」


 アシュレイさんが、柄を掴んで軽く抜こうとしているみたいですが、鞘からはピクリとも動きませんでした。どうやら、封印されているようです。


 ですが……なんとなく、どうしたら抜けるようになるか、解る気がする。


「……すみません、少しお借りしてもいいですか?」


 そう告げると、さっと脇に避けてくれたので、柄を握ってみる。

 瞬間……装飾だと思っていた金模様に光が走り、鯉口のあたりでガチャリと何かが開く音がした。


「これは……イリスに反応した、のか?」


 兄様が、呆然と呟きます。軽く手に力を込めてみると、ずっ、っと、鞘から動く感触。


「……どうやら、抜けるみたいです……そして、これは私が託すと決めた人であれば、多分普通に抜けると思います」

「何で、そのような事を……」


 兄様から投げかけられる当然の疑問に、首を横に振ります。


「ごめんなさい、私にも良く分からないんです……ただ、この剣を見ているとなんとなく解る、そうとしか言えなくて……少し、抜いてみますね」


 慎重に、鞘から少し剣を抜いて見る。

 中から出てきたのは、僅かに反りの入った、純白の刀身。その美しい刀身にはいくつか宝石……魔石が散りばめられており、非常に優美な物でした、が。


「……少し、刀身が傷んでいるな」

「魔石のほうも、すっかり力を失っているようだ」


 長年放置されていたのだとしたら、それもやむなしなのでしょう。ですが、それでもなお武器としての迫力はすさまじいものがあります。


「……しかし、このような損傷状態にあって尚、その辺の業物と呼ばれている剣にも、おそらく引けを取ってはおるまい」

「使用する分には、問題は無さそう……って事か」

「使うかは、封を解除したイリスに任せよう。どうやらイリスが託した相手にしか使えないみたいだしね」

「え、えぇ……?」


 待って、ちょっと待って!? それ、まるで物語とかで騎士を任命するみたいですごい恥ずかしい!


 だって、だって……『セイブザクイーン女王を守りたまえ』ですよ!?


「ほら、我が姫、渡したい人は決まっているのでしょう?」


 葛藤していると、そう、ゼルティスさんが私の背中を優しく押します。


 ……彼の言う通り、この流れになった瞬間から、誰に託すかは私の中で決まっていました。ただ、恥ずかしい、怖い……だけど。


 覚悟を決め、剣を鞘に戻して、鞘ごと抱きかかえる。そして……その人の前に立つ。

 何故かわからないけれど、ひどく緊張していた。自分の心臓がバクバクと激しく脈打っており、なかなか喉が言葉を発しようとしない。

 しかし、どうにか意思を絞り出し、告げます。


「……レイジさん。あなたに……この剣、『白の叡智アルヴェンティア』……託しても……いいですか?」

「え、あ……俺?」


「あ、あ、だって、今はレイジさんだけまともな剣を持っていないですし、形状も、以前の剣に近いですし、その……」


 拒絶されたらどうしよう、その思いから、必死にレイジさんに託す理由を捲し立てようとして……すぐに、声の調子が下がり……沈黙が、落ちた。


「…………駄目、ですか……?」

「い、いや、そんなことは無ぇ、ああ!」


 耳に届いた言葉に、パッと顔を上げる。

 彼は、視線を私から反らしながらも、私の抱えている剣を、受け取る姿勢を示していた。


「……わかった。確かに、この剣は、俺が預かる……少し、抜いてみていいか?」


 私の差し出した剣を掴み、そわそわと、新しい武器を振ってみたそうにしているレイジさんに、皆が頷きます。


 しゃら……っと涼やかな鞘走りの音を立てて抜かれた刀身は、長さおよそ1メートル。やはり先端まで真っ白な刀身は片刃で、日本刀よりはずっと幅広い。

 先端のほうから半ば辺りまでが両刃となっており、日本刀で言う、いわゆる鋒両刃造ほうりょうじんづくりと呼ばれるものでした。そして峰側の下半分ははまるで取っ手の様に隙間が開いており、そこも掴めるようになっています。


 ――力強くも優美な女王の剣。それが、第一印象でした。


「重心は……悪くねぇな、割としっくりくる、これなら慣れるのに時間もかからなそうだ」


 そう、数回素振りした後、満足した様子で鞘に納め、肩に担ぐ。


「けど、ほんの少しだけどまだ、俺のレベルが足りてねぇな」

「そうなんですか?」

「ああ、少し疲労感がある。まあ、気になる程では無いから心配すんな」

「まだ、完全な状態じゃないのに……」

「そうだな……万全の状態だと、一体どれだけのもんか……なんにせよ、気に入ったぜ、ありがとな」


 どうやらお気に召したようで、ぐしぐしと、上機嫌な様子で私の頭を撫でてくる感触に、ほっと一息つきます。


「それじゃ、他の場所も見に行こう。ハヤトが外でトラップ設置に協力していたはずだ、見に行こう」


 そう言ってソール兄様が手を叩き、次の場所へと先を促す。皆が歩き始めた中、僅かに出遅れた私の隣に、すっとレイジさんが並んで来ました。


「もう何度も言っているが……何があっても、俺はお前を守る。この剣に誓って、約束だ」

「レイジさん……はい、よろしくお願いします」


 その言葉に、よく分からないけれど嬉しさが込み上げて来て、思わず隣の彼に微笑みました。

 とくんと、一つ高鳴った胸に首を傾げながら――……







【後書き】

 クイーンよりプリンセスの方が正しいかもしれませんが……光翼族は女性優位の種族なので。

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