姫と騎士
元の世界に帰る方法があるかもしれない……そんな可能性が出て来た事に喜ぶ私たち。
しかし、それはまだ雲を掴むような話で、今出来ることは、目の前の問題を、一つ一つ解決していく事だけ。
差し当たっては、今この時も町に迫っている脅威を取り除く事……なのですが、私はその前に、まず体調をどうにかしろとベッドに強制収容させられました。
皆が忙しく動き回る中、罪悪感に駆られつつ……しっかり休んで、二日が経過しました。
「どうですか……?」
小さなガラスの棒をじっと見つめるレニィさんを、固唾を呑んで見守る。
「……どうやら、熱は下がったみたいですね」
「それじゃあ……!」
体温計……元の世界の水銀の体温計と同じような物でした……を眺めていたレニィさんの言葉に、ぱっと顔を上げます。
「そうですね、今日から外出しても良いでしょう。お召し物を替えたら、ソール様達を呼んで来ます……あぁ、レイジさんも今は居るみたいですよ」
「そっ……!? そう、ですか、忙しくしていましたから、きちんと休んでいると良いんですけどっ」
兄様は方々に指示を出すために、対策本部となっているこのお屋敷に詰めていましたが、レイジさんは防衛拠点設営の手伝いであちこちに忙しそうに走り回っていたみたいですし……
「ふふ……久々の外出ですし、今日はしっかりおめかししましょうか?」
「普通でっ! 普通で良いですからぁ!?」
何やら楽しそうな彼女に、必死にいつも通りと要求する。
うぅ、顔が熱いです……
――そうこうしながら着替えが済んで、レニィさんが二人を呼びに行っている間に、まじまじと今の服装を姿見で確かめる。
現在の服装は、フリルが所々あしらわれた白いブラウスに、ロングのコルセットスカート。まだ肌寒いため、上にボレロも重ねてショールも羽織っています。
髪型は、ハーフアップに小綺麗にまとめられて……あぁ、これは……
「……童貞を殺す服、って昔流行った奴ですね」
清楚さを押し出したお嬢様風の出で立ち。今の容姿には実に似合っていると思いますけど、これは、ちょっと、恥ずかしい。
いそいそと、いつものポンチョをを取り出して羽織ろうと……
「邪魔するよ?」
「……ひゃい!? ど、どうぞ……!」
ビクッと肩を震わせて返事をすると、すぐにガチャリと扉が開き、ソール兄様が部屋に入って来て……私の出で立ちを見て、ニヤリと悪い顔をする。
「……あぁ、そうか、なるほど……ほら、レイジ」
「うわ!? 何すんだ、ソー……ル…………?」
何がなるほどなんですか!
なんて言う暇もなく、扉の影にいたレイジさんを引っ張り出して、私の前に押してくる。
レイジさんは、文句を言おうとして、すぐ私を見て固まった。
……沈黙が、痛い! 早く何か言ってくれた方がマシです……っ!
「……あ……かわいい、ぞ? うん、すげえ可愛い」
「そう、です、か……」
我に返ってようやく発せられたレイジさんのコメントに、それだけを絞り出して、俯く。まともに前を見れません……!
「ほら、見つめ合ってないで、早く行くぞ?」
「「誰のせいですか(だ)!?」
私とレイジさんの反論が、綺麗にハモって響き渡りました――……
「とりあえず、今日は外に出ても大丈夫か、症状のチェック……それと、大丈夫そうなら設営中の防衛設備を見学しに行こう」
「まだ、何もさせてはもらえないのですね……」
ようやく出れる……そんな喜びもつかの間、やはり私はお邪魔なようです。
奥まった部屋にすっかり箱入りにされていても、廊下を歩き回る足音や窓の外の喧騒に、周囲が慌ただしく動いていることくらいは伝わっています。
そんな中で一人休んでいるのは心苦しいのですが……
「当り前だ、病み上がりだぞ、お前は」
「あたっ!?」
軽くレイジさんにおでこを小突かれました。
「事が起きてからが大変なんだからな、お前の役目は。特に、今回は敵がアレだから、代役は居ないんだからな」
「そうだ、君にできることは、その時のために体調を万全にしておくことだ。いいね?」
「……分かってるん、ですけど」
おでこを押さえながら、不承不承了解します。
「それじゃ、外に行くけど……大丈夫そう?」
その言葉に、体がビクッと跳ねる。
あれだけ部屋から出て何かしたかったのに、いざその時になると、また拐われた時を思い出して脚が震えそうになる。
僅かに、躊躇に足を止めたその時……頭に、いつもの手の感触。
「大丈夫だ、俺らが側にいる。近くにいる限り、お前に手出しなんてさせねぇよ」
「レイジさん……」
「……ん? どうかしたか?」
「い、いえいえ、大丈夫です、行きましょう!」
あの半ば夢の中で聞いた言葉が脳内でリフレインしていて、まともに顔を見られない。慌てて早く行こうと促す。
気がついたら、足の震えは止まっていた。むしろ、よくわからない羞恥心やらなんやらで心臓の鼓動が激しく、それどころじゃなかった。
「それじゃ、開けるけど……あー。まぁ、とりあえず……あまり、驚かないようにな?」
「……? 何がですか、兄様?」
なにやら意味深な事を呟いて、廊下に出るドアが開かれた。数日ぶりに、部屋から出ようとして――
――ザッ!!
一糸乱れぬ、とはこのことでしょうか。
外に出た瞬間、そこ……出口に向かう廊下に整然と並んでいた、鎧を外した騎士服姿の方々……えぇと、十名近くの人たちが、一斉に騎士の礼の形を取ったため、驚愕で思わず足を止めてしまいました。
そんな中、一人の白く立派な顎髭を蓄えた、逞しい体つきの初老の男性が一歩前に出ました……一通りの事情は兄様たちから聞いていますし、その姿には見覚えもあります。
今は戦闘中ではないため、鎧下姿のその男性……アシュレイさん。アイニさんと同じくゲームでその姿を何度も見た人が、今、目の前に居ます。
しかも……今度は、『イリス』の設定に深く関わっている方なんですよねぇ。
「……この度は、無事のご快復、おめでとうございます」
「申し訳ありません……どうやらご心配をおかけしたようで。おかげさまで、すっかりと。皆様が外を守っていてくださったおかげで、よく休めましたから」
スカートを摘み、かるく膝を折って頭を下げ、目の前に並ぶ騎士の方々に、にこりと微笑んでみます……こんな感じでいいのでしょうか?
今までも、主にレニィさん等によってお姫様扱いはされていましたが、今目の前に居るのは、皆訓練が行き届いていると見える騎士の皆さん。
ゲームのイベントでロールプレイの一環として行われるものとは全く違う、本物のお姫様扱いしてくるその騎士達の様子に、自分が立っている所すら分からなくなってくる。
どうすればいいのか分からないまま、とりあえず労ってみますが……背後に少し離れて追従しているレニィさんからは特に苦言もありませんでしたので、多分大丈夫なのでしょう。
……何人か肩を震わせたり、僅かに顔を背けたりしていましたが、大丈夫ですよね?
「それは良うございました。それで、危険が訪れる前に、できれば姫様にも避難いただきたいのですが……」
「すみません、それはお断りします」
「……と言うと思いましたので。この町を救いたいという姫様の要望は我らも承知しておりますので、御身をお守りするべく、我らノールグラシエ魔導騎士団、黒影騎士団一同、姫様の身辺の警護に当たらせていただきます」
「……え? あ、はい……よろしく、お願いします……黒影?」
魔導騎士団――その言葉に、内心でなぜこんな辺境にと驚愕する。
それは剣以外にも、魔法も高レベルで修めなければ入団できないノールグラシエの最精鋭ですが……魔導騎士団に、黒なんて、いたでしょうか?
確か、ゲームで出て来たのは……首都の治安維持を目的とした『白光』、王都とアクロシティ最接近都市であるコメルスを繋ぐ、魔導列車の路線の治安維持を受け持つ鉄道警備隊の『青氷』、そして有事の際に各地に派遣される『赤炎』……この三つだけだった気がするのですが……
そんな風に、現実逃避気味に思考が飛ぶ。本物の騎士に護衛されるんだという事に、ちょっと事態に追いつけていない。
「……申し訳ありませんでした、姫様の事情は我々も承知しているのですが、一応、最初だけでもきちんとしておかなければ面目が立ちませんので……よし、お前達、楽にしていいぞ」
アシュレイ様の背後に控えていた、やや周囲より年上に見える方がそう指示を出すと……
「……っはぁ~……やっぱりこう、堅苦しいのは苦手っすわ」
「まぁ、俺らはそういうのが苦手でこうして辺境回りだからな」
「あ、私共はだいたいこういう連中なので、あまり気にしないで大丈夫ですよ姫様……あだっ!?」
最後の一人は、にこやかにひらひらと手を振って私に笑いかけていたところを、姫様相手に気を緩め過ぎだと隊長さんに叩かれていました。
突如砕けた様子の彼らに、目をぱちくりさせる。
「……失礼しました。彼らは実力は申し分ないのですが……このように、叩き上げの平民出身者や礼儀作法に難のある面々で構成された、防諜専門の特殊部隊なもので」
そう言うアシュレイさんも、すっかり雰囲気が柔らかくなってしまっており、まるで孫を見つめるお爺さんのような目をしています。
「は、はぁ……でも、こうしていてくれる方がありがたいです、私は、その……」
「記憶が混濁している、平民のようなものとして暮らしていた、というのは報告で聞いております。皆も知っておりますのでご安心を……が、それよりも」
胸に手を当て、万感の思いがこもったように、目の端に涙すら滲ませて頭を下げる、アシュレイさん。
そうでした……私……『ゲーム内のイリス』は、身元が判明するまでしばらく彼の家の下に保護されており、後見人でもあったこの方は、祖父のようなもの……でした。
「よく……よくぞご無事で。こうしてまた元気な姿を見れて、嬉しく思います」
「……はい、ありがとうございます……アシュレイ様」
……ふと、元の世界の祖父母を思い出しました。
厳格だけれど目の奥には常に優し気な色を讃えた祖父母と……目の前のこの初老の騎士が、重なって見えました。
私の心的外傷の症状の程度のチェックのための外出。結論から言うと、若干の恐怖心こそあるものの、レイジさんやソール兄様と居る限りは問題なく出歩けそうでした。
ただ、それは症状が軽いという訳だけではなく……
「……人、少ないですね?」
町には、まばらにしか人が歩いていませんでした。
人通りの少ない時間かとも思いましたが、それにしてはシンとした静寂が町全体を覆っている気がします。
「近いうちに来襲するであろう敵に備えて、住民には避難してもらっておるからな。体調の悪い者や幼い子連れの者、それと高齢な者などの、野外生活や長距離の移動に耐えれぬ者は東門の駐屯所や診療所などで対処してもらっているものの、それ以外の住民は、東にキャンプ地を設けて一時的にそちらに移っている」
「町全体を避難させたにしては、早いですね?」
「先の襲撃がありましたからな……言い方は悪いが、あれのおかげで住民に危機意識が芽生えたおかげでしょう」
そう、複雑な表情で語る隣を歩くアシュレイさん。
なお、兄様は逆側の私の隣を、レイジさんはすぐ後ろからついてきています。
……横じゃなくてよかった。今並んで歩いたら、変に意識してしまいそうで。
それはさておき。
一般市民を遠ざけた理由……それは、安全のためだけでは無いのでしょう。例えば……あまり見られたくない、そう、例えば
そうこうしているうちに、町の西門へと到着してしまいました。
応急とはいえ修繕された門は今はまだ開いていますが、その前後には今までなかった柵が何重にも張り巡らされていました。
「……随分、物々しくなりましたね」
「正直足りないくらいなんだけどな。生憎材料も時間も足りてねぇ、急造なのはどうしようもねぇよ」
「何か動きがあれば、坑道に残ったガンツさんから連絡が来る手はずになっているんだけどね……幸い、今のところまだ動きは無いらしい」
だけど、それは明日かもしれないし、あるいは今この瞬間かもしれない。改めて、体に緊張が走る気がした。
「それで、城壁の上から外を見たいのですが……」
「はい、それでは、御手を拝借を」
「え? あ、はい……お願いします?」
さっと差し出された騎士の手を、思わず取ってしまうと、そのまま手を引いてエスコートされながら階段を上る。
先程から、足場の良くない場所があるたびにこの調子で……この調子で……
……ううっ、後ろからのレイジさんの視線が痛いです……っ!
「ありがとうございます……あ、あの、兄様! それとレイジさん!」
「……ん?」
「……あ?」
視線に耐え兼ねて声をかけます。目で騎士達に大事な話があるからと訴えると、彼らはすぐに察してくれて離れたので、レイジさんと兄様の手を引いてすこし離れた場所へ歩く。
「それで、何の話かな」
「えぇ……騎士団の方々なのですが……実質初対面の私に、やけに友好的だと思いませんか?」
いくら自国の姫と言っても、私はこの世界では数年にわたり行方不明となっており、しかもここにいる私がその本人だとまだ確定した訳ではない。
にも関わらず、彼らは私に対して非常に友好的だ。
「まぁ、ノールグラシエは、今は王妃様以外に他に女性の王族が居ないからね。可愛いお姫様が戻って来て、彼ら騎士としては夢にまで見たお姫様の護衛だろうし張り切っているんじゃないのか?」
「兄様、私、真面目に聞いてるんですけど」
……確かそれもありそうですが。
確か、現国王陛下の娘であった方が南の大陸に嫁いで……これも、ゲームの時はイベントでした。ちなみに政略結婚ではありますが、話の内容はきちんと恋愛結婚でした……以来、兄様の言う通り、この国に「お姫様」は居ないですから。
だけど、それとはまた違う気がします。
「……まぁ、心当たりはある。イリス、君は、自分のサブ職『プリンセス』の効果は覚えているか?」
「……え? あ、えぇと……モンスターテイム成功率上昇、周囲の自国所属のPCとNPCに対する常時能力向上バフ、それに……」
変更できないメイン職業とは別に、自由に付け替えできるサブ職業。
そんな中私が設定していた『プリンセス』で習得していくスキルを順番に思い出しながら、はっとする。そうだ、覚えていくパッシブスキルの中に、この効果があった。
「…………自国NPCの好感度初期値、それと上昇率アップ……です」
「……それだ。私の「プリンス」も、自国民に対する指揮効果向上と一緒に、それが付いている」
「では、その効果は有効だと……?」
「それは分からない……けれど、可能性としてはありそうだろう?」
確かに、可能性としてはありそうです。しかし、もしもそうだとしたら……
「……なんだか、人の心を弄ったみたいでいい気分はしませんね」
「だな……けど、あまり深く気にしない方がいいんじゃないか? 正常に運営されている国の王子様お姫様なんて、そんなもんだろ」
「レイジさん……」
「確かにお前らにしたら複雑で、割り切るのも難しいだろうが……あの騎士達はお前らを敬愛して、守ろうとしている、それだけで良いだろ。それより、町を見て回るんだろう、早く行こうぜ」
「そうだな、いつ襲撃の報が来るか分からない以上、防衛拠点の確認は出来るうちにしておこう」
まだ思うところはありますが……レイジさんの言う通り、気にしないべきでしょう。そう、どうにか割り切って、二人について行く。
……だけど、絶対に感謝の心を忘れる事だけは無いようにしよう、そう心に誓いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます