殲滅者

 

 ――六日目は何事もなく進行し、今は大会七日目。


『残り十六人の猛者たちの戦いも、三戦目! 次に登場するは今大会の台風の目、レイジ選手です!』


 すっかりと慣れてしまった、歓声七割に対しブーイング三割くらいの喧騒の中を割って歩き、リング中央へと進み出る。


『対するは、通商連合国において凄腕の支える者達ブレイサーズギルドメンバーとして有名な、白虎バイフゥ選手です!』


 支える者達ブレイサーズギルド?


 確か……西大陸にある民間の依頼斡旋所、創作でいう「冒険者ギルド」的な物だったかと、学習した知識の中から記憶を引っ張り出す。


『白虎選手は、前の試合にてすでに勝利を収め、明日は同様に勝ち上がったソールクエス殿下との対戦が決まっている、青龍シャオロン選手のお兄さんとの事ですが……果たして優勝候補との声が高くなって来たレイジ選手の壁を超え、兄弟揃って準々決勝へ進む事ができるのでしょうか!?』


 その紹介と共に、対面する入場口から出て来たのは、鍛え上げられた身体を持つ、中年らしき男。

 小さな丸いサングラスをひっかけたその姿は胡散臭いの一言だ。


「あ、どーもどーも。いやぁ照れるぜ、こうも声援を浴びるのは」


 歓声の中、人懐っこそうな笑顔でぺこぺこして頭を下げ歩いてくる、その飄々とした様子にふっと口元が緩みかけるが……


 ――違う。こいつは……


 それは、男が発する雰囲気の違和感。

 それを俺が感じ取ったという事を、向こうも感じたらしく、ヘラヘラとした笑いがすっと引っ込む。


「……なんだ、小僧。もう分かってますって顔だな」

「そりゃ、まあな。おっさん……不自然なくらい殺気が薄すぎるんだよ……わざとらしいくらいに」

「はぁ……全くこれだから鼻の効くガキは嫌いなんだ。大体何だ、せっかく優勝候補の何人か間引いたってのに、代わりに来たのが小僧らみたいなのだと完全に薮蛇なんじゃねえかねぇ」


 大仰な仕草で天を仰ぎ、面倒くせぇと肩を竦めそう言う男。


 ――こいつだ。


 元々の、自分たちが、大会に参加することとなった目的。こいつと、すでに勝ち上がって明日ソールとぶつかる弟とかいうやつが、『黒猫ヘイシーダ・マオ』の刺客に違いない。


「そうか……見つけたぜ、やっとな……!」

「小僧、そういうお前らは、やっぱ大会側の回し者みたいだな」


 俺の呟きに、男……白虎がスッと目を細める。


「だったら……ブチのめしてこの辺りで退散してもらうしかねぇなァ!!」


 人の良さそうな雰囲気から一転、獰猛な肉食獣じみたそれへと、男の雰囲気が変わる。

 ビリビリと叩きつけられる威圧感。心なしか、白虎の体が一回り大きく膨れ上がったように感じた。


『おおっと、白虎選手ここに来て隠し球か!? 気のせいでしょうか、一回り大きくなったように見えますが!?』


 驚愕を滲ませた司会のお姉さんの声。観客からも、多数のどよめきの声が上がる。


 ……いや、見えるんじゃない。血流量を上げ筋肉を膨らませるパンプアップという技術があるが、おそらく似たような原理で実際に筋肉が肥大しているのだ。


 もっとも……ただ筋繊維が膨らんだだけならばいいのだが。

 嫌な予感をひしひしと感じる中、試合開始のゴングが鳴った。


「……俺は、暗示とか催眠とか、そういう類いにやたら弱い体質でなァ。事前に薬物も併用した自己強化の暗示をガンガンに効かせて来てんのよ」

「暗示……薬……だと?」

「言っとくが、薬物検査はキッチリとパスして来てっから反則とか言うなよ、とっくに薬は抜けてんだから……なぁ!」


 俺が辛うじて対応できるくらいという鋭い踏み込みから繰り出される、相手の獲物……二本のカタールによる攻撃を、両手持ちしたアルヴェンティアで受ける。


「く、ぅ……っ!?」


 しかし……殺しきれなかった勢いにより足から地面の感触が消え、何メートルも吹き飛ばされた後、衝撃を殺し転がるように着地する。


 ――なんつぅ、馬鹿力だ!


 飛ばされた距離を見て、ヒヤリとしたものが背中を伝う。

 厄介なのが、力だけではなく技術もそのままらしいことで、上がった筋力に振り回されている様子もない。


「くっそ、これで反則じゃないとか汚ぇだろ……っ!」



 再度追いかけて来た白虎の刺突を、両手で構え、傾けたアルヴェンティアの刀身で受け流す。

 それでも力負けして数歩たたらを踏む。

 その隙に迫る二刀目を……体が地面に倒れこむのに逆らわず重力に身を任せ、さらに転がるように距離を取る。

 そのまま片手で地面を叩き、反動で身を起こすと改めて構え、仕切り直す。


 つまり、こいつは前々……おそらく大会開始よりもずっと前に仕込んでいた暗示が、薬がとうに切れた今もなお効力を発揮していると。

 このような限界以上の力を発揮させる技、体への負担も相当な物のはず。そのような体で何週にも渡り日常生活を送っていたなど……


「そんなもん、普段から命削ってるようなもんじゃねぇか、死ぬ気かよ!?」

「はは、違ぇよ、んな訳ねぇだろうが! 普段は『俺、最強!』って暗示を、別の『まぁそこそこイケてんじゃね』って程度の暗示でさらに押さえ込んでんのさぁ!!」


 言っている事は馬鹿みたいでも、中身はとんでもないことであり、男の言葉に唖然とする。

 いくら暗示の類いに親和性のある体質だといっても、それは。


「そ、そんな、バカな事が……っ!」

「できたから、今の地位までのし上がったんだ……よォ!!」

「ぐ、ぅ……ッ!?」


 一息に三連打打ち込まれた打突を、剣の腹で受け止める。


 ――速いし、重い。


 技術と速度では負けているつもりは無いが、とにかくSTRが違う。

 暗示で強化されているという筋力が半端なく、向こうだけが全力のバフを受けているようなものだ。


 今はまだなんとか追いつけてはいるが、反撃に転じる暇がない。リミッターの壊れた達人というのは、ここまでの物か。


 しかし……吹き飛ばされた事で距離が開いた。

 身を沈め、腰だめに構えたアルヴェンティアを、踏み込みと共に解き放つ。


 ――会者定離乃太刀えしゃじょうりのたち


 凄まじい金属同士のぶつかり合う音が会場に鳴り響いた。


「……おー、怖ぇ怖ぇ、ヤベぇ技だな、こいつぁ」


 ――止められた!


 舌打ちと共に、飛び退る。


「スピードも鋭さも大したもんだ。だが……パワーが足りねえな!」

「喧しいわこのチート馬鹿力が!」


 男の言葉に怒鳴り返す。めちゃくちゃグレーゾーンな手段で勝ち誇られるのが、ここまでマジでむかつくとは思わなかった。


「さて……諦めて棄権してくれると、こっちとしては面倒が無くて嬉しいんだが?」

「はっ、嫌だね。こっちだって負けらんねぇんだよ」

「あぁ……なるほど女か。可愛いもんなぁ、あのお姫様?」


 ちらりと、男が視線を貴賓席の方へ向ける。その嘲笑うような顔と言葉に、ピクリと手が揺れた。


「まだまだ小便臭え初心っぽいガキだが、いーい女だよなぁ。ありゃきっとベッドの上で泣かせたら、相当ソソる顔で鳴いてくれるぜ」

「……………………あ゛?」


 よし、殺そう。

 そう決心しアルヴェンティアの柄を握り直す。が……


「けどな、てめぇらガキの騎士様ごっこの景品にはもったいないんだってよォ、あの姫さん。上の連中はどうしても欲しいらしいぜぇ?」


 その男の言葉に、上がりかけた手がピタリと止まる。


「……?」


 てっきり、裏で糸を引いているのは『海風シーブリーズ商会』だと思っていたが……本当にそうだろうかという疑念が、今ここで脳裏によぎった。


「おっと、口が滑っちまったか。だけど、ここで口を封じちまえば問題無ぇよな」


 男が何か言っている。だが……


「どうやら……聞かないといけない事があるらしいな」


 こちらとしても、どんな手を使っても勝たなければならなくなった。

 ゆっくりと息を吐き、古い空気を吐き出して新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。


「ハッ、やれるとでも……」

「ああ、やれるさ」


 とはいえこのままでは危ういのは間違いない。腹をくくり、奥の手の準備をする。


 ――どの道、斉天とやりあう時には必要になる可能性はあったんだ。予行演習には丁度良い……!


 今まで使用を封じていた技能……ゲームだった時は『サブ職』のカテゴリに属していたスキル群を叩き起こす。


 かちり、とスイッチが入った感覚。


 使われていなかった脳の一部が起動を始めたような開放感。


 すぅっ、と背景から色が消えていく。

 音声が、雑音として処理され排除される。

 極度の集中により余計な情報が排除された中、相手の手元でゆらゆらと揺れているカタールの軌道が、赤い軌跡となって見え始めた。




 ――さぁ、目覚めろ。全ての敵を殲滅しろ。




 意識を持っていかれそうになる、そんな内からの誘惑を、精神力でねじ伏せる。

怪訝な顔でこちらを見つめている白虎に、指を三本立てて見せた。


「三十秒だ」

「……はぁ?」

「三十秒で、てめぇをぶっ倒す」


 そう、宣言する。

 男の額に、怒りによって血管が浮き出たのが見えた。


「……上っ等だゴラァ!? やってみせろやァ!!」


 視界に、ぶち切れた白虎の方から発せられる、無数の赤い線が舞った。

 乱雑なように見えて、その実複雑な軌跡を描くものの全ては高度な連携で連なっている二本の線。

 その線の上を正確に沿って滑るように、男のカタールが宙を滑り出す。


 そう……この俺だけに見えている赤い線は、奴がこの後繰り出してくる攻撃の軌道だ。


 右からの、鼻先を狙った一閃。

 左からの、突き……と見せかけて鳩尾狙いの肘。

 下がった頭狙いの、両手の交差斬り。


 時間にして一秒にも満たない刹那、ほんの一息に繰り出された男の攻撃は……俺の体に髪の毛一本すら触れず、空を切る。


「……は? がァッ!?」


 極薄い紙一重で避けられた感触の無さに男が呆けた瞬間、俺の振るったアルヴェンティアの峰がその胴に吸い込まれるようにめり込んだ。


「がはっ、げはっ……な、なんだテメェ、その動き……!?」


 内臓を傷付けたらしく血反吐を吐き、動揺した男の両手からそれでもまたも伸びる、赤い線。


 ――攻撃予測線。


 様々な要因から弾き出される、相手がこの後繰り出してくるであろう確率が最も高い軌道を前もって視覚化して見せられているのがこの赤い線だ。ただし……


「……っ」


 びりっと、こめかみに走る内からの鈍痛。予想はしていたが、このスキルは、脳へ負担を強いる。だが……まだまだ、この程度ならば問題ない。


 そんな白黒と赤しかない視界の中、赤い線の空隙を縫うようにして、白く輝く線が俺の剣から奔る。


 ――最適攻撃曲線。


 それに導かれるように……白虎の攻撃の隙間を潜り抜け、再度その胴を払うようにアルヴェンティアを叩きつけながら、交差し後ろへ斬り抜ける。


「が、は……っ! この、ガキィ……ッ!!」


 意地か、普通であればすでに倒れているはずの攻撃を受けた白虎がそれでも血を吐きながら立ち上がる。それを見て、俺は剣を上へと掲げ、叫んだ。


「剣……軍……ッ!!」


 俺の周囲を旋回し現れる七本の光剣。

 次の瞬間、それらの剣から七条、最適攻撃曲線の光輝が視界を乱舞した。


 男の右手が上がった瞬間、俺の右手が掴んだ『剣』がその刀身を叩き折る。

 ならばと男が左手を上げようとした瞬間、俺の左手が掴んだ『剣』によって、その刀身は叩き折られていた。

 ならば……そう男が足を上げようとした瞬間、その靴から俺に向かい新たな赤い線が伸びる。

 しかし、その爪先から鈍色の切っ先が覗いた時には、その太腿の腱を俺が新たに掴んだ『剣』が正確に刺し貫いていた。

 体重を支える事が出来なくなった脚。支えを失った男が崩れ落ちる。

 それでも、まるで闘争本能に突き動かされるように上がりかけた男の両腕。それも、先んじて肩を掠めた新たな二本の『剣』により、鎖骨が断たれその手が力を失って不発に終わる。


「……は?」


 全ての四肢から血を噴き出し、その動きを一瞬で封じられた男が、理解できないというように呆けた顔を見せる。

 その脳天ど真ん中に、最後の一本の『剣』を……


「――駄目、そこまでです、レイジさん……っ!!!」

「――ッ!?」


 音が消え去ったはずの世界の中で、遠くから聞こえて来たイリスの叫びに我を取り戻す。

 一瞬で白黒の世界は色を取り戻し、最後の『剣』は男の頭を貫く寸前で霧散した。


「はっ……はっ……」


 まるで今思い出したかのように滝の如く流れる汗と、荒い呼吸が漏れる。


 ――今のは、ヤバかった。完全に意識を奪われていた。


 このサブ職を使用中、色覚や聴覚に始まって、戦闘に不要なものは次々と削ぎ落とされていく。

 最終的には、余計な思考力すら削ぎ落としただ最適な手順で敵を討つ殲滅者へと。


 三十秒で終わらせられるのではない。

 三十秒しか、自我を持たせられないのだ。


 ゲームならば、失敗してもネタで済んだ。

 だが、現実となった世界においては……取り返しのつかないリスクと引き換えに力を引き出すという、危険きわまりない存在。


 それが、『殲滅者』というサブ職――俺が、この世界で封じて来た力だった。




 引き留めてくれた声が聞こえて来た方を見る。

 観客席を隔てた遠くにある貴賓席では、手すりから身を乗り出していたイリスが、心底ホッとしたように安堵の息を吐いて、手すりに崩れ落ちるのが見えた。


 もう大丈夫だと、軽く手を挙げ礼がわりにすると、改めて対戦相手へと向き直る。


「で……続けるか?」

「はっ、このザマでどうやってだよ」


 跪き、両腕をだらんと垂れさせたまま、白虎は皮肉げな表情を浮かべる。

 もはや、四肢の一本たりとも動かせないらしい。諦めたように首を垂れ、ふて腐れていた。


「あー、やっぱ薮蛇……いや、この場合龍の尾でも踏んだのか? くだらない結果だねぇ……」


 悪態を吐いたのち、黙り込む白虎。慎重に近寄り様子を見ると、どうやら失血により意識を失ったらしい。

 審判に首を振ると、急ぎ担架を呼ばせる。話してもらわなければならぬ事はまだあるため、ここで死なれるわけにはいかない。




 そうして慌ただしくなる中、そこでようやく試合終了の鐘が鳴り響いたのだった――……







【後書き】

 実は普段完全に封じられておらず、キレてる時とかに僅かに効果が漏れ出てたりしました。

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