小さな来客

 大会に参加するため、必要な防具を一通り見繕ってもらい、準備を万端整えた後。


 桜花さんとキルシェさんは自分の工房に残るとまたトラブルに巻き込まれる可能性を危惧し、向こうの工房から生活必需品や仕事道具などをこっそりと回収し、ネフリム師の工房に寝泊まりすることとなったようです。


「さぁて、これから大仕事だから、忙しくなるわよ。キルシェも手伝ってくれる?」

「はい、おねえちゃん。私にできることなら何でも言ってね」


 そう仲睦まじく作業へと戻っていった二人の様子は、もう何も心配なさそうでした。


 そうして三人に別れを告げ、大闘技場の宿泊施設に戻ってきた私達ですが――











「今日のお小言も……長かったです……」

「今日、っていうあたりがもう、叱られ慣れてる感じがして一体何なんだろうな……」

「悪気があるわけじゃないのに、どうしてこう巻き込まれるのかな……」


 ぐったりと、各々疲労した様子で椅子に腰掛ける私達三人。


 大闘技場内の宿泊施設で待っていたのは……「また危険に頭を突っ込んだのか」という半ば諦めにも似た顔のレオンハルト様によるお説教でした。

 最終的には、友人となった方々を救うためやむを得なかった、と認めては貰えたのですが、最近すっかりとお説教慣れしてしまっている気がします。


 そうして一通り絞られた後、そろそろ後詰めで来る予定の王妃様たちとの顔合わせのために、プライベート用らしい比較的質素なドレスへと着替えさせられて――ようやく一息ついた頃にはすっかりと夕刻……今は真夏なため、まだまだ明るいですが……になっていました。


 日も傾いてきたため、暑さは昼間よりもだいぶ和らぎ、海から吹いてくる風がお説教で煮詰まった頭に心地良い。






 ――大闘技場の裏手、一般の入り口の存在する方の反対側には、海に面した断崖に沿うように建造された外壁のすぐ内側に五本の塔があり、それが私達来賓用の宿泊施設になります。


 各塔はそれぞれ五階建てで、各国とアクロシティにそれぞれ割り当てられているのだそうです。

 その二階からは闘技場の貴賓席に、一階からは外へと通じる通路にと共有スペースを介して繋がっている以外に、お互いの行き来はできないようになっていますが……一応、あらかじめアポイントメントを得れば他国の塔へとお邪魔することは可能らしいです。




 そして、今私達が居るのはその中の東から二本目、ノールグラシエ王国の宿泊施設として割り当てられている一棟。その屋上の庭園に設えられたガゼボ(西洋風の東屋)内でした。


「……それで、俺の方は領主様から参加許可は取れたぜ。最初は難しい顔をしていたが、事情を聞いて、まぁ、仕方ないかって感じだったけどな」


 とはいえ、欠員補充という形の飛び入り参加になってしまいますので、諸々の手続きで数日かかり、正式登録は大会ギリギリになってしまうのだそうです。

 そしてその間は何度か手続きに立ち会わなければならないとの事で、あまりこの大闘技場から離れる事も出来ないそうだと、ウンザリとした様子で紅茶のカップを傾けていました。


「私の方も、叔父様は渋ってはいたけれど、問題なく。明日からはレイジ以上に手続き手続きと煩そうだけどね」

「それは、まあ、一国の王子様が突然闘技大会に出させろ、なんて言い出せば大変でしょうね……」

「まぁ、精々放蕩王子の我が儘とでも思ってもらうさ、それで油断でもしてくれれば儲けものだろう」


 肩を竦めてやれやれと嘆息する兄様にそう指摘し、もうすでに大わらわであろう運営委員会の方々の苦労を偲び、苦笑します。


「ですが、意外ですね……もっと説得も大変かと思ったのですが」


 アルフガルド陛下は、長いこと行方不明になっておりようやく帰ってきた私達が戦いに出る事を快く思ってはおりません。それだけ心配してくれている親戚がいる事は嬉しく思いますが……だからこそ、説得には開催ギリギリまで掛かるかと思っていましたが。


「そうだね……向こうもだいぶ悩んだみたいだけど、一応理由はあるみたいだよ」

「理由……ですか?」

「うん。なんでも、いずれ来る次期国王を選定しないといけない時に向けて、特に私に関しては、何か実績を残させて国民の印象を向上させておきたいんだそうだ」

「私は、別にそのような事は言われてはいませんが……」

「それは、イリスは血統も資質も問題は……いや、有るといえば有るけれど、ほんの少し昔までは別段珍しいことでもなかったらしいから。だけどほら、私の生まれは……」


 そう語り始めようとする兄様でしたが……不意に、背後から視線を感じました。


 ……あまり人に聞かれたい内容の話ではないため、兄様の話を手で制すと、ほぼ同時に気が付いたレイジさんと兄様。


 視線の出どころは、レイジさんの背後、下の階へと続く階段の方。


「あれは……」

「……子供?」


 若干戸惑いながら、現れた人物を窺う二人。


 ……二人が気が付くのが遅れたのは、視線に敵意や害意などが微塵も感じられなかったからでしょう。


 振り返った先、階段に沿って設けられた塀の影からこちらの様子を窺っているのは、小さな人影でした。

 隠れているつもりなのでしょうが、まだ小さな白い翼がバッチリとはみ出しており、その様子につい頰が緩みます。


 そんな影は、私達が気が付いたのを察し、慌てて頭を引っ込めてしまいました。


「……大丈夫ですよ、どうぞこちらへいらしてください、一緒にお茶にしましょう?」


 兄様は私に任せる事にしたらしく傍観の姿勢。

 レイジさんは何かを察したらしく、従者の体裁を取り、席を立って私達の背後に控えています。

 なので私が席から立ち上がり、なるべく優しい調子を心掛け、笑いかけながら告げると、その小さな影が遠慮がちに姿を現しました。


 恥ずかしそうにしながら階段の方から出てきたのは、身形みなりの良い、まだ小さな天族の少年。

 年の頃は、小学校の低学年くらい。おそらく、六歳か七歳あたりでしょうか。


 再び微笑みかけると、ぱぁっと表情を明るくして、やや小走り気味に駆け寄ってきました。その様子がなんだか親鳥を追いかける雛鳥みたいで……


 ……あの? この子すごく可愛いんですけど?


 この場に居る天族の少年となれば、自然とその出自は予測可能ですが……そういえば、アルフガルド陛下は道中でもずっと、うちの息子が可愛いと親馬鹿発言を繰り返していましたが、それも納得でした。


「は……初めまして、イリスリーアおねえさま、ソールクエスおにいさま!」


 僅かに息を切らせて私達の傍まで来た少年は、まだ若干舌足らずさが残る声でそう言って、緊張しながらも、年に似合わぬ大人びた所作でお辞儀をする。

 その所作は幼いながらも貴公子の片鱗を感じさせるものですが、その背にあるまだ小さな白い翼が、動きに合わせてぴょこんと動くのが見えました。


 ……先程も思いましたが……かっ……可愛い……っ!


 ふわふわで柔らかそうな銀色のくせっ毛に、崩れなく綺麗に整った顔。元は軍務についていたためにどちらかといえばがっしりとした体格のアルフガルド陛下と比べると、繊細で華奢な印象を受ける体格。

 元々の美少年ぶりもさることながら、所作の端々に漂う品の良さ、そして利発そうな物腰は、その育ちの良さと、惜しみなく愛情を注がれて育てられてきた事を如実に表しています。


 そんな少年の少し背伸びしたような挨拶の所作に、胸がキュンと締め付けられるような感じと共に、微笑ましいものを見る時の暖かな気持ちが胸の中に広がります。

 思わず抱きしめて頬ずりしたくなる衝動を辛うじて抑え、なんとか優しげな微笑みだと思う形に表情を維持する。


 ……うん、大丈夫。私は優しいお姉さんです。よし。


 母性本能が暴走しておかしなことをしでかしそうな内心を宥めすかし、口を開きます。この小さな少年がこれほど礼儀正しく挨拶をしたのですから、きちんと手本になれるように振舞わなければ。


「ええ、初めまして。イリスリーア・ノールグラシエと申します」


 軽くスカートを摘み、軽く膝を曲げて礼を取って告げると、あまり堅苦しくなって緊張させぬように、なるべく柔らかくを意識して微笑んでみせる。

 背後に立った兄様も同様に名乗り、小さな来客へと礼を取る。


「それで……あなたがアルフガルド陛下のご子息ですね? もしよろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「は……はい! 僕は、ユリウス・ノールグラシエと申します。まだ魔法名は貰っていませんが……お二人に会えると父様に聞いて、ここに来るまでの間ずっと楽しみにしていました!」


 そう言って、まだやや緊張した様子ながらも、屈託のない天使の笑顔を見せる少年……ユリウス殿下。


 それが、現国王陛下アルフガルド様の実子であり、続柄的には私達の従弟――ノールグラシエ王国王太子殿下との、初めての出会いでした――……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る