ネフリムの頼み
「『黒の極炎アルトリウス』……これを、ソールクエス・ノールグラシエに託します」
「……うん、確かに、私が預かった」
私が宣言すると、捧げ持った剣……アルトリウスの鞘に走る赤いラインに光が瞬き、同時に私の中で今まで欠けていたピースが嵌るような感覚。
この剣の所有権が確かに兄様へと移ったのを確認し一つ頷くと、その手が私の腕の中から剣を抜き去りました。
その軽く弧を描く片刃の刀身は……やはり、柄と同じ、夜空のような澄んだ黒。
「……どうですか?」
順手、逆手と何度か手の内で弄び、感触を確かめている兄様に問いかける。
そんな兄様は、何度か持ち方を確認した後、剣に魔力を込めるように集中すると……ゴウッ、と、刀身から、その名の通りな黒い炎が吹き出しました。
「……うん、悪くない。二刀を操るとなるとちょっと慣れは必要だけど……普段は盾を持つから使う機会は少ないだろうけど、火力が必要な時にはありがたく使わせてもらうよ」
「そうですか……では、その剣についてはお任せします」
「ああ、任された」
ホッと一息ついて笑いかける私に、微笑み返す兄様。これで、この件は問題ないとして。
『さて……これで後の問題は、こいつだな』
そう言って、卓の端に置かれている『アルスレイ』を指差すネフリム師。
『このアルスレイなどに使われている力場の刃は、その核になっている竜眼の本来の持ち主……竜種の使用するブレスの原理を真似たものだ……というのはお主らに言ったか?』
「いや……初耳だな」
『ってぇことは、竜気……いや、竜眼から説明が要るか?』
そう尋ねるネフリム師に、おずおずと挙手します。
「あの……僭越ながら、私が」
幸い、個人的興味から調べていたので大丈夫……な、はず。
ネフリム師が「やってみろ」と頷いたのを確認し、頭の中で整理した情報について、口にします。
「そもそも、『竜気』とは何か。いえ、それ以前に竜眼の役目とは何かについてなのですが……」
そう前置きして、話しはじめる。
「竜種……竜眼を有する高位の竜種には、二つ、特殊な固有の能力があるんです。『Worldgate Online』プレイヤーであれば、分かると思うのですが……」
「おう、一つは代名詞でもあるドラゴンブレスだよな」
「もう一つは、魔眼……魔法を打ち消すアレだな」
私の言葉に、すぐさま返答を返すレイジさんと兄様。
私たち三人はそれなりに竜種レイドボスとの戦闘経験も……主にレイジさんのアルスレイ作成の素材集めのために……あるため、その習性は熟知しています。
竜種は、人族の使う魔法の源となる力とは別種の力……人の間では「竜気」と仮称される力を振るいます。
そんな竜種の代表的な能力は、体内の器官に溜めた竜気を口から放つドラゴンブレスですが……もう一つ、特殊な能力を秘めた魔眼、特に竜種のものは特別に『竜眼』と呼ばれるものを有しています。
……この世界の竜種は種の特徴として、その魔眼で見た空間の魔法を消し去る、いわゆる「凍てつく波動」と呼称される能力を両眼に備えています。
例えばスノーが……『セイリオス』が備えている死を呼ぶ魔眼や声帯と同じような、グレーター以上の高位の竜種固有の能力なのです……が。
「多分、ほとんどの人は、あの竜種の魔眼が魔法を消去する能力だと思っているのでは、と思うのですけれど……」
私の言葉に、竜種について少しでも知っている皆が頷きます。
「ですが、ここからは私が興味本位で調べた文献からの想像になるのですが……一つ、気になる論文があったのです。著者は……アウレオリウス・ノールグラシエ前国王陛下、です」
複雑な思いは胸の奥に仕舞いつつ、その名を口にする。
名前に『界』の単語を与えられたアウレオリウス前国王陛下。
そんな彼は、歴史上でも屈指の空間魔法の遣い手だと言われていました。
そんな彼が、竜の扱う力について研究した、その内容。その中に、次のような一文がありました。
曰く……『あの眼は、魔力を消去するのではない。その眼で観た空間を変質するのだ』……と。
『魔力のある世界』から、『魔力の無い世界』へ。
『ある』ものを『ない』ものに変化させ、その差分をエネルギーとして自らの内に蒐集する。
そこに、余分な力を消費する術式は何も必要なく、全ての魔力はロス無く彼らのブレスを使用するためのエネルギーへと変換される。
「指定した空間内の魔力の相転移。それが、竜眼の力で、そうして取り出した力が竜気である……と。合っていますでしょうか?」
『……お、おぅ。それで問題無い。嬢ちゃんは勉強熱心だな、感心感心!』
何故か冷や汗を流し、目を逸らしているネフリム師が、私の言葉を肯定してくれました。
「良かった……見栄を切ったのに間違えていたらどうしようかと……」
『……ていうか、我より詳しいな、イリス嬢……』
何やらブツブツと呟いていたネフリム師ですが、すぐに咳払い一つして、語り始めます。
『で、つまり竜眼ってのは嬢ちゃんの言った通りの物な訳だ。剣に組み込んだ竜眼は装備者から生命力や魔力を吸い上げ、一度ここで竜気に変換し刀身を形成する訳だ』
「では、使用する際の負担が大き過ぎるのは……」
『それは、今アルスレイに使用されているエルダードラゴンの竜眼では坊主にとって容量が大き過ぎるため、際限無く力を奪われて昏倒してしまう訳だ。ここまでは良いな?』
その言葉に、私達三人が頷く。
『ではどうすれば良いか……解決策は簡単だ。もっと容量が小さな竜眼に差し替えてやれば良い。そうだな……グレーター級であれば十分であろう』
「ま、待ってくれ!? そんな事をしたら……!」
レイジさんが、慌ててネフリム師の言葉を遮る。
この案は、レイジさんにとって到底受け入れられない物ですから、それも当然でしょう。何故ならば……
『そうだ。そうしてしまうと当然武器としての性能は落ちる。お主達としてはそれもいざという時に困るのであろう』
「そう、だな……それだと、持ち歩く意味が無い……な」
その言葉に、レイジさんが頷く。
実際に振るうレイジさんとしては、いざという時の切り札となるままにして欲しいのでしょう。ただ性能を落とすだけならば、アルヴェンティア一本あれば事足りるのですから。
……という理屈は理解できるのですが、心情的には危険があるならば使わないで欲しい。そんな不安が顔に出ていたのでしょう。
『そんな顔をするな、ここからが我の出番であろう?』
こちらを見つめているネフリム師が、任せておけと一つ頷きます。
そう言って、傍らから引っ張り出してきた巨大な紙束。
そこには、『アルスレイ』と思しき剣の設計図が、無数の注釈に囲まれて描かれていました。
しかし……
「……ここ、形が違うな」
そう言ってレイジさんが指差したのは、まさに竜眼が収まっている鍔の部分。
「これは……スロットが、増設されている……?」
元あった竜眼を収めるスロットの横に寄り添うように設けられた、その一回り小さなそのスロットに、首を捻り、ネフリム師の方を見る
そんな彼は、ふふんと一つ自慢気に笑うと、口を開いた。
『故に……補機として、もう一つ竜眼を組み込んでしまおうと思う。元の竜眼への回路のオンオフを自在に切り替えられるようにしてな』
「……できるのか!?」
『おう、できるとも。これによって通常時でも今のまでより小さな負担で起動させる事ができる他……理論上では、こちらの小さな方に溜めておいた竜気を利用して、多少の時間であれば最大稼働時の負担を大幅に軽減出来るはずだ』
「……マジか!?」
「凄い、凄いですよ、ネフリム様……!」
『フフ、ハハハ、そうだろうそうだろう、讃えるが良いぞ! という訳で話の続きだが』
私たちの賞賛に気を良くし、高笑いするネフリム師でしたが、すぐに真面目な表情に戻り話を続けます。
『加工自体は数日もあれば可能だ。そうだな……大闘華祭の決勝前日、決勝前夜祭あたりまでには完成させておこう……だが』
上機嫌にそう述べたネフリム師ですが……突如その調子を落として真顔になる。
『だがしかし問題がある。肝心の適合する竜眼が今、手元に無いのだ』
「…………オイ」
半眼になったレイジさんが、思わずという様子でツッコみました。
部屋の皆もその言葉にがっくり肩を落とし、テンションが下がったのを明確に感じます。
「……もしかして、私達に集めて欲しい素材というのは」
『うむ、改造に使用する竜眼だ』
「っても、一体どこにそんなのが居るってんだよ……」
グレータードラゴンなんて、一体どこに居るのやらです。
それ以前に、今この世界は竜種がらみのトラブルも聞かず、その関係は距離を取った良好を維持していますので、討伐する理由も無いどころか、むしろ手出し自体憚られます。
『別に、倒して入手するだけが手段ではあるまい。現存する物を手に入れて来れば良いのだから』
「アテがあるのか……!?」
『ある。というか、今まさに始まる大闘華祭の上位入賞者への褒賞の中で選択できるのだよ』
竜種の能力による区分で、下からレッサー種、通常種……その次となるグレーター種までであれば、過去に少数ながら討伐記録もあり、必要となる竜眼も少しは出回っているのだと、ネフリム師は言いました。
そして、なんでも上位入賞した者には、賞金に加え、副賞として用意された中から一つ選択して貰うことができるのだと。
その中に、高価な武具や道具、換金可能な宝石類などと比べるとあまり人気は無いものの希少な素材もあり、中に竜眼もあるのだそうな。
ただし問題は、ネフリム師の言うには、選択可能となるのは……フレッシュマンの部であれば、ベスト4以上。
『そこで……実は、な。こちらが本来の頼みだったのだか』
「……本来の?」
聞き捨てならない言葉が聞こえました。
つまり、私が恥ずかしい思いをしたのは……そう、ずっと高い位置にあるネフリム師の単眼を、ジトっと見つめる。
『……すまん。言おうとした時には既に、お主ら二人で盛り上がっておって言える空気では無かったのだ。だからその禍々しい気配は引っ込めてもらえぬだろうか』
バツの悪そうな顔でそう目を逸らしたネフリム師に、ひとまず怒りを抑えて睨むのをやめました。
『我は亜人ではあるが、一応この街では割と古参な正規の居住者であり、それなりに発言力のある立場に居る。今大会でも賞品として何点か作を提供しておるしな』
なんでも、大闘華祭の運営委員会幹部の末席に、彼も居るのだそうです。
『……ここ数日、参加者が襲撃されており、出場を辞退せざるを得なくなった者が数人発生してしまったのだ』
「あぁ……昨日のあれか」
『む、知っているのか?』
「ていうか、その下手人をふん縛って衛兵に突き出したのは俺だからな」
『そうか……世間は狭いもんだ。それで、目的は不明だが……被害に遭ったのがそれなりに有力な選手である事を考えると、何らかの理由があって上位入賞を目論む者達による、陰謀の気配を感じざるを得ん』
「その線はもちろん疑いましたが……名声のためにしては、リスクが高すぎる気がしませんか?」
現在この街は厳戒態勢の警備下にあります。
事が発覚した場合のリスクを考えると、多少ズルをするには割に合わない筈です。
『……最悪を想定して言う場合、考えられるのは……決勝前夜、あるいは大会終了後の二度ある祭事の場で、何者かを送り込み、何か企んでいるのではないかと。上位入賞者は、慣例として祭事に参加する事になる。
「それ、は……」
『何かやらかすには、絶好の機会であろう? しかも、昨日捕まった下手人は、西の犯罪組織の可能性が高いらしいではないか』
その言葉に、実際に事を構えたレイジさんが黙り込む。
しかし、長年続いてきた由緒正しい祭事なため、怪しいからと証拠もなく一存で勝ち上がって来た者を排除する事も、私達が出席を辞退する事も難しい。
当然、そのような場で何があろうものならば、威信に関わります。そのため最大限厳重な警戒下で行われる祭事に、わざわざ手出ししてくる者はそうそう居ないでしょう。
「……それでも尚、実行するような理由でもなければ、ですね」
その兄様の言葉に、部屋の皆の視線が私の方へと集中するのを感じました。
『……うむ。もし、もしもだ。そなたの存在が露見していた場合……その目的は、そなたの身柄かもしれぬ』
かもしれない、という言葉と裏腹に、ネフリム師、そして事情を熟知しているレイジさんと兄様は、半ば確信しているみたいでした。
そう……私の存在というのは、
しかもレイジさんが言うには、実際に彼らは以前、私を狙って来ていたのですから。
『頼みというのは、お主らの中で腕に自信がある者に、空いた枠に代理出場してもらいたいのだ。もし何か企てている者がいた場合、大会の中から排除するために、な』
初めは、普通に代理を立てる予定であり、私達を巻き込む予定ではなかったのだと頭を下げるネフリム師。
しかし、生半可な者を代理に立てても、結局は同じ事になる可能性がある。それでは意味が無いのだ、と。
『特に、フレッシュマンの部に出場できる主な身元のはっきりとしている有力選手で、まだ参加が決定していない者は、もはやこの街にはほとんど残っておらん』
「それは……そうでしょうね……そもそも腕に覚えのある方々は皆、参加目的で集まった人たちでしょうから」
四年に一度、この世界における最大の武の祭典。
武芸者ならば皆憧れるその舞台なのですから。
『そこに、お主らが現れたのだ、実力も、身の保証も問題ないお主らが……な』
そこまで言って、ふぅ、と深く息を吐く彼。
その表情は真面目そのものな、沈痛なものでした。
『この街には、人では無い我を受け入れてくれた恩がある。愛着もある。我とて、この度の大祭が無事に終わる事を、一住民として願っている。そのための協力なら惜しまん……頼む、手を貸して欲しい」
そう言って、頭を下げるネフリム師。
「……俺は出る」
真っ先に声を挙げたのは、やはりというかレイジさんでした。
「もちろん、連中の企みは必ずぶっ潰す。けど、元々俺は興味があったんだ。今の自分がどこまで通用するか試したいって」
しかし、レイジさんがここに同行したのは、私達の護衛として同行したレオンハルト様の付き添い。
故に、興味はあれども抑えていたのは、そのずっとウズウズしていた様子を見ていればすぐに分かりました。
ですが、事情が変わり、参加する事が私達を守る事に繋がるかもしれないとなった今は、おそらく許可は下りるでしょう。
「というわけで……勝手なことを言って悪いが、俺は……」
「大丈夫、止めたりしませんよ。レイジさんの思うままに」
「……いいのか?」
「それは、まぁ、心配ではありますが……」
試合といっても、たとえ治癒術師が常に側に控えていると言っても、やる事は武器を用いての真剣勝負です。
怪我をするのではないか、そんな心配に不安を感じない訳ではありません。でも、それ以上に……もしかしたら、闘技大会に出られるかもしれない。そんな流れになってから、レイジさんがそわそわしているのはすぐに分かりました。
「レイジさん、目がとても楽しそうですから……どうか、存分に。応援しています、頑張って」
「……ああ!」
そう、力強く頷いたレイジさん。
その、まるでお祭りを前にした少年のように生き生きとした様子を微笑ましく思っていると……もう一つ、手が上がりました。
「なら、私も出よう」
「……兄様?」
レイジさんと違い、その発言は驚きでした。
兄様……綾芽は、こうした見世物としてPvPを行うのはゲームだった時から苦手だと思っていたのですが。
「……別に、私はレイジみたいにバトルマニアって訳じゃないけど、こんな話を聞いたら黙ってはいられないから、ね」
そう言って微笑むと、私の頭に手を置き、グリグリと撫でる兄様。
「あとは……祭事に呼ばれるのは、決勝前夜祭が最終日に優勝争いをする二人、後夜祭は上位三名なのだろう? ならば斉天さんも出るのだから、彼に協力を求めれば良い。私ら三人で当たれば、そうそう取りこぼしは無いはずだ」
「そうか、あいつが居たな。気は進まないが……」
「だが、頼りにはなるだろう?」
「……仕方ねぇ、それで行くか」
ガリガリと頭を掻いて、不承不承頷いたレイジさん。どうやら方針はまとまったみたいです。
「それに……」
「……兄様?」
「いや……なんでもない。竜眼、できれば私の分もここで手に入れておきたいからね」
「あ、そうでしたね……兄様も、頑張ってください」
「ああ、任せて。三人で、表彰台を独占するのも楽しそうだ」
「もう、世界中から腕に自信のある方々が集まっているんですからね、そんな事を言って足元を掬われても知りませんよ?」
そう少しだけ怒ったふりをしながら窘めると、兄様は苦笑し肩を竦めました。
『では、早速必要なものを見繕わなくてはな』
「あ、そうだよ、防具! 頼まれた奴はまだだけど、今師匠の工房に保管されてる中から良いのを選んであげるわ、キルシェも手伝って!」
「あ……はい、お姉ちゃん!」
ネフリム師の言葉に、大事な事を思い出したと慌てて部屋を飛び出し、装備保管庫へと向かう桜花さんと、そんな彼女に助力を求められ、嬉しそうに後ろを追いかけて行ったキルシェさん。
のんびりリゾート気分で居たこのイスアーレスの日々は今、俄かに慌ただしさを増し始めたのでした。
そうして、騒然となる中で。
――もし、あの視線が本当に
そんな呟きは、誰の耳に入る事もなく、周囲の談笑に紛れて消えていくのだった――……
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