私立杜乃宮学園

 ――私立、杜之宮もりのみや学園。


 数年前に、元々あった大学の附属高校としてスタートしたこの比較的新しい学校。


 ちょうど私たちが高校生に上がる頃に完成した学校で、しかも私立の裕福な層向けの学校とあって高嶺の花的な存在であり、街で見かけるその制服に憧れたりはしましたが……





「……まさか、自分が通う事になるとは思いませんでしたね」


 何の因果かその学校へと通うことになり、あれよというまに手続きは終わり、今日はもう編入当日。


 まだまだ真新しい校舎の、案内された今日から通う教室の外で……自分が纏う緑がかった紺色のブレザーと赤のチェック柄のスカートを見下ろしながら、小声で呟きます。


「ん、何が言ったか?」

「あ、いいえ、なんでもありません」


 背後に控えるレイジさんにそう言って誤魔化し……直後、むくむくと湧き上がる悪戯心に、つい尋ねます。


「それで……どうですか、念願の私の制服姿は?」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべ尋ねてみると、彼は耳まで真っ赤にして、そっぽを向いてしまいます。


「いや……その……もちろん可愛いぞ。最高に」

「あっ、はい……なら、良かったです」


 駄目でした。

 どうやら私はこの方面の小悪魔にはなれないらしいと、ストレートに褒められるというカウンターを喰らい熱を持った頬を抑えて、溜息を吐きます。



 ……とまあ、そんなことをしているうちに。



「それでは……どうぞ、ユーバーさん、入って来てください」


 教室の中から、私を呼ぶ声。


 護衛として校内に同行が許されているレイジさんに車椅子を押され、私は教室に入室する。




 ――廊下からも聞こえた、転校生と聞いてざわついていた声たちが、その瞬間ピタリと止みました。


 そのレイジさんが一礼して教室を出て行ったのを見計らい、担任であるやや年配の女性教諭が紹介を始めますが……しかし、ここまでずっと教室内は静まり返っていました。


 私は「あれ、転入生ってこんな興味持たれないものだったっけ?」とニコニコと闘技島で培った外向けの微笑みを浮かべる裏で、内心首を傾げていると。


「彼女は、イリス・ユーバーさん。苗字に疑問を持った人も居るかもしれませんが、当校の大学部で教鞭を執っているアウレオ・ユーバー教授の、娘さんです」


 その先生の言葉に、今度こそざわめき出す教室内。




 ――私にとってのアウレオさんは『職場の社長』というイメージが強いですが……実はあの人が最初に世に出たのは科学者であり医師、むしろ世間的には『画期的な新技術をもたらし、医療面で貢献した天才科学者』というイメージの方がはるかに強いのです。


 そんな彼は、今はこの学校の客員教授として、主に工学部、情報処理学部、そして医学部で教鞭を振るう教授だったりします。国との繋がりも強いらしく、私の戸籍改竄や今回の特例での編入も間違いなくそのせいでしょう。


 ……我が実父ながら、異世界でさえそつのない地盤構成力に呆れたものです。




 と、物思いに耽っていた間にも担任教師の紹介は進んでいました。


「えー……それでですね。ユーバーさんは実はすでに高等学校卒業程度認定試験に合格しているのですが、まだ18歳未満で大学受験資格を有していないことと、お父様の仕事の都合により、三か月の間だけ特例措置として編入する事になりました」


 担任の先生の言葉に、再びざわつく教室内。


 しかしこの話のうち、高認試験合格の資格を持っていることについては事実だったりします。

 もっとも試験に合格して資格を得たのは『玖珂柳』としてですが……アウレオさんが、なんらかのコネで『イリス・ユーバー』へと移してくれていたのです。


「ただ……これまで入院によってほとんど学校に通った経験がないということで、皆さんどうか仲良くしてあげてくださいね」


 そう告げて締め括った担任教師に「ではユーバーさん、自己紹介を」と促され、少しだけ車椅子を前に進めて一礼します。


「……えー、こほん。まず、私は見ての通り脚が悪いため、座ったままの挨拶を失礼しますね?」


 私が胸に手を当てて喋り出した途端、ざわつく周囲の生徒たち。

 それも致し方なし、で、明らかに日本人ではない容姿の私が、流暢に日本語を話し始めたせいでしょうから、あまり気にせずに話を続けます。


 ちなみに髪色は元の色のままでは悪目立ちするため、アウレオさんがくれた見た目を擬装するまるでゲームのような効果のある髪飾りによって、普通の銀髪へと変化させていました。レイジさんも同様に、今は黒髪になっています。


「ご紹介に預かりました、イリス・ユーバーと申します。学園生活には疎いために皆様にはご迷惑をお掛けすると思いますし、三か月という短い間ではありますが、どうか仲良くしていただけると幸いです」


 ゆっくり分かりやすいように心がけて話し終え、最後にニコリと微笑み、頭を下げます。


 これは、だいたい初対面の印象が大切なのだからと皆に力説され、練習してきた成果であり、自分でも会心の出来だと思っているのですが……


「……?」


 微笑みの表情のまま、首を傾げる。

 何故か、教室が静まり返っていました。


「えっと……あと、こんな見た目ですが、私は生まれも育ちもこの日本でして、気軽に日本語で話しかけてくださると嬉しいです」


 最後にそう付け加えると、一礼して今度こそ車椅子を下がらせました。



「何、これ……え、何?」

「すっご……お姫様じゃん、こんなの」

「ここまで突き抜けてると、妬ましいとも思えないわ……」

「なぁ……どっかで見た事ある、よな?」

「奇遇だな、俺もだ……まさかな」



 徐々にですが、ざわつき始めた教室内。おそらくは『Worldgate Online』の方の私を知っている人も居るみたいですが……まぁ、大丈夫でしょう。


「それでは、彼女に何か質問があれば――」


 そう切り出した担任教師の言葉が、一斉に挙がった手と同時に教室を揺るがした声にかき消されるのでした。





「はい! 彼氏とかいますか!?」


 意気揚々と投げかけられた、お決まりの質問。

 その質問を投げてきた男子生徒は、ほんの僅かな下心により軽い気持ちでしてきたのだろう、が。


「えっと、あの……が、居ます」


 指先を合わせた両手で口元を隠すようにして、めちゃくちゃ照れながら正直に告げた私の言葉に……女の子たちは一斉に「きゃー!」と黄色い歓声を上げました。


「すごーい、もう婚約してるんだ!?」

「は、はい一応……」

「さっきの付き添いのお兄さん!?」

「え、あ、は、はい!」

「ど、どこまで進んでるの!?」

「き、キス……いや、違、き、清く正しい交際をさせて戴いてます!」


 先程までとは一転して勢いよく詰めかける女の子たちに、私は目を白黒させながら、慌てて返事を返します。


 その一方で……男子の生徒たちは皆、天国から一転地獄へと叩き落とされたような、絶望の表情をしていました。


 速攻で彼らの夢を破壊した事は申し訳ないと思いますが、仕方ないのです。

 何故ならば……現在進行形で教室の外の廊下から、凄まじい圧力が発せられているのを、私はひしひしと感じているのですから。



 ――本当にこんなことで、平穏な学園生活を送れるのでしょうか。



 私は今更ながら、不安になってくるのでした。





 ……ちょっと嫉妬してもらえて嬉しいとか、そんなことは思っていないですよ?








【後書き】

最後の猶予期間開始。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る