帰省

 

「つ、疲れました……」

「おう、お疲れさん……顔、固まってんぞ」

「ずっと微笑んでいたから、表情筋がガチガチです……」


 顔をむにむにして筋肉をほぐしながら、レイジさんに押されるまま、車椅子を転がします。


 あの後、休憩時間のたびに盛り上がっていた質問。

 ついには「お姫様が編入したらしい」と噂を聞きつけた他のクラスや学年からも見物人が押しかけ、私はずっとそんな彼らの前で微笑んでいたため、すっかり表情が固定されてしまっていました。


「まあ美少女ってのも、楽じゃないよな」

「ん、何か言いました?」

「いや、今更言うような事じゃないから気にすんな」

「……??」


 レイジさんにはぐらかされ首を傾げる私ですが、彼は明後日の方を向いたまま語ってくれず、頬を膨らませるのでした。


 そうして他愛無い話をしながら向かった、学園の駐車場。そこには……畠山さんが一台の車の前で、手を振って待っていました。




 ――登校初日、放課後。


 この日はこの後、私とレイジさんは大事な要件により、出かけることとなっているのでした。





 ◇


「帰って……来たんだな」


 畠山さんが気を利かせて送迎に出してくれた車から降り、感慨深そうに、眼前に聳え立つ門を見上げるレイジさん。


 ここは、支倉家……レイジさんの生まれた、支倉家の本宅前。私たちは今日、彼の家へと挨拶に伺ったのですが。


「いつ来ても、立派な門構えですね」

「ああ……うん、そうだな」


 緊張した様子で、ぎこちなくうなずくレイジさん。

 まるで両手両足を揃えているようなぎこちない動きで、彼が生家の門を潜ろうとした……その時でした。



「お前たち、そこで何をしておる」



 背後から、しわがれながらもまだハリのある男性の声。

 振り返ると……そこには、真っ白な髪を短く刈り込んだ、どことなく元の玲史さんと似た風貌の、まだまだ壮健な御老体が竹刀を携えてこちらを睨んでいました。


「爺ちゃん……」

「玲介おじいさん」


 彼は、支倉玲介はせくら れいすけ。レイジさんの剣の師である、レイジさんのお爺様でした。







「なんで、こんな事になってんだ……」

「あ、あはは……」


 渋々と胴着に着替えてきたレイジさんが、竹刀の具合を確かめながら、道場の真ん中まで歩いていく。


 あの後、問答無用で玲介さんにここ……支倉家の敷地内にある道場へと連れてこられたレイジさん。

 向こう側では、難しい顔をした玲介さんが、まるで道場破りを睨みつけるかのような厳しい顔で竹刀を携え、こちらを見つめていました。


「防具はどうした?」

「それを言うなら爺ちゃんもだろ。要らねえよ、今更もしねぇよ」

「……む」


 軽く正眼に構えたレイジさんを見て、呻く玲介さん。その額に、早くも水滴が浮かんでいるのを見るに……どうやら、今のレイジさんを尋常ではない相手と見たのでしょう。


「開始の合図は……別にいいよな?」


 レイジさんの言葉に、うなずく玲介さん。

 しばらくピリピリと睨み合いを続ける二人でしたが……


「……ふっ!」

「っ!?」


 不意に動いたのは、レイジさん。

 その予兆に反応し竹刀を振り上げた玲介さんでしたが……



「………………参った」


 彼が竹刀を振り上げた時には……すでにレイジさんの竹刀は、玲介さんのお腹に居抜き胴直前の状態で静止していました。


「……悪いな爺ちゃん、もう爺ちゃんに負ける俺じゃないんだ。あいつを守るために、もう絶対に負けないと誓ったからな」

「…………そうか。初めて負けた三か月前と同じ格好になっちまったな、玲史」

「え……っ!?」


 竹刀を上段に構えたまだった玲介さんは、その竹刀を下ろすと、振り向いてレイジさんを抱きしめた。

 その動きを、レイジさん……いいえ、玲史さんは避けられず、されるがままに抱きしめられている。


「強くなったなぁ……玲史、お前は本当に強くなった。そして、いーい男の面構えだ」


 嬉しそうに語る玲介さんに、びっくりしたように目を見開く玲史さん。


「……信じてくれるのか?」

「馬鹿を言うな、最初門で見たときから、わかっとったわ……よく帰ってきたな、玲史」


 苦笑しながらそう告げる玲介さん。確かに言われてみれば、彼はここまで「何をしている」とは問いましたが「何者だ」とは言っていませんでしたと、今更ながら得心します。


「……爺ちゃん!」


 たまりかねたように、玲介さんに縋り付き、嗚咽を漏らす玲史さん。

 そんな光景に、釣られて目尻が熱くなってくるのを感じながら……私は、ここから先は私には見てはいけないものだと思い、そっと車椅子を転がして道場から出るのでした。





「……良かったですね、玲史さん」


 支倉家の敷地内。子供時代はしょっちゅう訪れていたこの家の風景に懐かしさを覚え、思わずボーっと眺めていると……


「……君は?」

「あ……お久しぶりです。それと……お邪魔しています、


 私の言葉に、目を見開く彼……あまり玲史さんには似ていない、ひょろっとした男性は、支倉史郎はせくら しろう。玲史さんのお父さん。

 彼が驚いたのは、おそらく毎回ここに訪れるたびにしていた挨拶と一字一句、イントネーションまで含め全て『玖珂柳』だった時と同じだからでしょう。


「あー……柳くん、なんだよね?」

「……はい、すっかり姿は変わってしまいましたが」


 半信半疑に聞いてくる史郎おじさんに、私はニコッと、微笑みかけるのでした。






 ――何度も訪れたことがある、玲史さんの家。



「そうか、お義父さんは認めたんだな……おかえり、玲史」

「おかえりなさい、玲史さん。あらあら、すっかり立派な姿になって」


 ――支倉家の、客間。


お茶が並べられたローテーブルを挟み……私と玲史さんは、上座に座る玲介さんの方に、二人の男性と女性に相対していました。


「それに、柳ちゃんも、大変だったでしょう?」

「あはは……でも、こうしてどうにか無事でした。玲史には、本当に助けられてばかりで」

「あらあら、まあまあ」


 のんびりと、私の話に耳を傾けているマイペースな女性が、支倉由奈はせくら ゆなさん……玲史さんのお母様。

 私の変化までさらりと受け入れられて、あまりのマイペースぶりにずっこけそうになりましたが……しかし、普段よりずっと饒舌なのは、動転しているからでしょう。


「あらあらまあまあ、随分と可愛くなって。ステキねぇ」


 …………うん、多分ですけど。




 すっかり由奈さんの様子に毒気を抜かれ、グダグダになりかけた空気のまま、出されたお茶に口をつけていると。


「それで……二人で一緒に訪れたっていうことは、もしかして女の子になっちゃった柳ちゃんがうちのお嫁さんに来るの?」

「か、母さん!?」


 慌てたように声を上げている玲史さんでしたが。


「いや、うん……」

「私たち、今は結婚を前提にお付き合いさせていただいてます」

「ってわけだ、うん」


 私の玲史さんのご両親への挨拶に、照れてそっぽを向きながら頬を掻いている玲史さん。


 ポカンとしている玲介さんと史郎さん。一方で由奈さんは、なぜかより深くニコニコと笑顔を深めながら、嬉しそうにしていました。


 ……ですが。この先は、辛いことを告げなければなりません。


「それで……三か月後、俺とこいつは、もう一度行かないといけない場所がある。今度は……いつ帰ってこられるか、あるいは本当に帰ってこられるかも、分からない」



 ……流石に、シン……と静まり返る室内。


「……理由を聞いても?」


 流石に聞きとがめ、質問してくる史郎さん。

 そんな彼に、居住まいを正した玲史さんは、正面から見据えて答えます。


「ああ。俺は……こいつと一緒に、世界を救いに行く」


 私の手を取り、キッパリと迷いなく告げるレイジさん。当然ながら、史郎さんと由奈さんは、ポカンと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていました。


「あー、玲史、今は冗談は……」

「冗談なんかじゃない、本気だ」


 真剣な様子の玲史さんの様子に、今度こそ口籠もる史郎さん。


 気まずい空気を動かしたのは……ここまで、腕を組んで黙って聞いていた玲介さんでした。


「……そうだ、玲史は微塵も嘘はついていないし、気が触れたわけでもない。目を見れば分かるわ」

「ですが、お義父さん……」


 何かを反論しようとして……しかし、がっくりと肩を落とす史郎さん。


そのまま……長い葛藤の末、ようやく顔を上げる。


「そうか……姿が変わっているくらいだから、ただ事じゃないとは覚悟していたけど」


 深く溜息を吐いたのち……彼は玲史さんの手を握ると、絞り出すかのような声で告げる。


「一つ、約束してくれ……いつになってもいい、孫ができたら、必ず見せにくるんだぞ?」

「……分かった。約束するよ、親父」


 それは、果たされる保証の無い口約束。

 ですが……いつか、必ず。そう、私達ははっきり頷くのでした。




 こうして私と玲史さんの、支倉家への挨拶は終わり……綾芽とも連絡を取りこの日は皆で、支倉家へとお泊りとなるのでした。







【後書き】

ご両親への挨拶。

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