母の話

 ――綾芽共々お呼ばれしての、久しぶりな支倉家での夕ご飯。


 この日の支倉家の夕飯は、白米に、豚の生姜焼きと、今旬な里芋の煮転がし、そして芋の子汁。


 久々な純和風の家庭料理に舌鼓を打ち、あっという間にちょっとだけ食べすぎなくらい食べてしまいました。



 ……向こうに居た時は魔法を使う際に同時にカロリーも消費していた(らしい)ため問題はありませんでしたが、こちらに居るときはそれも無いので、もうちょっと気をつけなければなりませんね。




「御馳走さまでした、由奈さん」

「お粗末さまでした。ごめんなさいね、急だったから大したものは用意できなくて」

「いえ、久しぶりの味で、すごく美味しかったですよ」


 もちろん世辞などではなく、私と綾芽にとっても、両親を亡くして以来ずっと手料理というとこの支倉家にお呼ばれしてのご飯だったため、この味で育っています。懐かしく美味しいお袋の味なのです。


「……柳ちゃん、今度玲史の好物、色々と作り方教えてあげようかしら?」

「……! 是非!」

「ちょ、母さん!?」


 由奈さんの提案に、一も二もなく飛びつく私。母の味というものを継承できなかった私には、絶好の機会です。


 何やらレイジさんが困ったように由奈さんに声を掛けていますが……ふふん、残念ながらレイジさんがハンバーグとかナポリタンとか、ちょっと子供っぽいものが大好きなのはとっくに知っていますので、取り繕って格好つけようとしても今更遅いのです。



 そんなふうに、他愛ない食後の会話をしていると……ふと、綾芽が質問を口にする。


「そういえば、史郎おじさんと由奈さんのお二人は、私達の今の事態にあまり驚いていませんよね?」


 ……それは、私も気になっていました。


 二人……いえ、祖父の玲介さんも含めて三人とも、ごく当たり前のように姿の変わった私とレイジさんを受け入れてくれていました。


「いやぁ……本当は、すごく驚いているんだよ?」

「だけど、そうね。私達が驚いていないように見えるなら、それは多分こうなるかもっていう予感があって、事前の心構えがあったからかもしれないわね」


 そう、食後のお茶を啜りながら答える二人。

 ですがそれは、私たちにとって意外な返答でした。


「……予感していた、ですか?」

「ええ……この先ちょっとだけ、柳ちゃんには辛い話もあるけど、聞く?」


 そう、真剣な表情で私のもを真っ直ぐ見つめ、問うてくる由奈さん。それに、私は……


「……お願いします」


 真っ直ぐに見つめ返し、頷くのでした。





「まず……僕と由奈、それと君たちの父親、玖珂かえでの奴が幼なじみだった……っていう話はしたよね?」


 その言葉に、私たち三人は揃って頷きます。彼らからは、両親に関するエピソードをいっぱい聞かせてもらっていて、その中でよく聞いた話です。


「でも、話していなかったこともあるの。私たちはね、あなたたちお母さんの……アイリスちゃんがに、あなたたちのお父さんと一緒に立ち会っているのよ」

「えっ、そうだったんですか!?」

「マジかよ!?」

「ええ。だから私たちは、あなたたちの見てきた『魔法』の存在も一度見ているし、あなたたちの母親が異世界から来たって言う話もあまり驚かずに済んだの。もっとも、今日あなたたちから話を聞くまで、幻覚か夢かって感じで半信半疑だったけどね」


 そんな由奈さんの言葉に、私たちは驚きながらも耳を傾けます。


「あれは……私が玲史を身篭って、もうだいぶお腹も大きくなったころ、たまたま史郎さんの車が不調だった時に楓さんに病院に送ってもらったときだったわね」


 そう、語り始めた由奈さん。

 私たちは椅子に座り直し、話を聞く体勢を取り耳を傾けます。


「ちょっと帰りにどこかへご飯を食べに……そう言って、郊外の方に行ったときだったわ。目の前に真っ白な光が忽然と現れて、ゆっくりと降りてきたのは」

「あの時はあまり車通りもない抜け道を通っていたから、幸いそれを見たのは僕たちだけだったからね……いや、それはもう驚いたよ。どこかのお嬢様っぽい、まだ幼いけどびっくりするくらい綺麗な外国人の女の子が、光の中に倒れていた時はね」


 当時を思い出すように遠くを見ながら、懐かしげに目を細める二人。


「それで、慌てて意識の無いその子を車に乗せて病院に取って返したんだけど……あの時は、本当に大騒ぎだったわねぇ。まずどれだけ戸籍を調べても出てこないし、何よりも、言葉もろくに通じない外国の可愛らしいお嬢さんのお腹に子供が居る、妊娠しているって言うじゃない」


 そうして、そこからしばらくのバタバタした日々を教えてくれる史郎おじさんと由奈さん。


 母さんはその後結局、何らかの国際的な犯罪に巻き込まれ逃げてきた……そんな結論になって、そのまま保護観察入院となったのだそうです。


 そしてその女の子が、知らない場所で唯一頻繁に様子を見に顔を出しに来てくれた由奈さんたちを頼るようになったのは……きっと当然の流れなのでしょう。


「それで……ね」


 由奈さんが、気遣うような視線を私に送ってきます。おそらくはここからが私にとって辛い話なのだろうと察した私は、大丈夫と一つ頷いて、先を促しました。


「お腹の子供が育って、子供の性別が分かった時だったわ……アイリスがパニックを起こしたのは」


 沈痛な面持ちで、一番大変だったというその時の話をしてくれる杏奈さん。


 その時には、付きっきりで日本語を教えていた父さんの尽力もあって、だいぶ日本語を話せるようになっていたという母さん。

 そんな母さんが、検診の結果医師から「男の子です」と告げられた瞬間……それは起きたのだそうでした。


「女の子じゃない、って。女の子になるはずなのにどうしてって、それは凄い錯乱していたわね」

「なんとかその場は押さえ込んだけれど、そこからの落ち込みようは本当に酷かったよ。まるで自分に価値はないような責めかたで自分を追いつめて、ただ……自分が死んだらお腹の子も死んでしまうから生きているだけ、って思えるくらいだった」



 ……事情を全て知っている今となっては、さもありなん、と思いました。


 あらゆる禁忌を振り切ってまで、兄妹で関係を持ったその理由……必ず女の子で生まれてくるはずだった御子姫を、母さんは授かることができなかった――少なくともその時は、それが事実だったのだから。



「でも、あなたたちのお父さんは諦めなかった。そこからずっと、今にも死んでしまいそうなほど憔悴していたアイリスに、付きっきりで励ましていたの。やがて彼女も徐々に精神的に持ち直していって……二人が仲良くなるのは必然だったんでしょうね。アイリスがベッドから離れられなくなった妊娠後期の頃には、すっかり二人とも愛し合っていたみたい」


 あの人、重度のお人好しで人たらしだったから。


 そんなふうに苦笑しながら語る由奈さんに……確かに、と私も昔の父の面影を思い出しながら、頷きます。


「……ただ、玖珂のおじさんとおばさんは、そんなどこの娘とも分からない、しかも別の誰かの子供がお腹にいる女の子をよく思っていなかったからね……」

「楓さんは、あの女の子には支えが必要だ、生まれてくる子供には父親が必要だって言って、彼女を伴侶に迎えると言って家族と大喧嘩の末……あとは君たちも知っての通り、勘当されて出て行ってしまったんだ」


 そう言うと、史郎さんは辛そうな表情で、頭を抱えてしまう。


「今でも思うよ。もしかしたらあの時、僕らには何かできたんじゃないかって。君たちも、遠く離れた地で両親を失うことも無かったんじゃないか……ってね」


 そこまで語り終えて、ふぅ……と大きな息をつく二人。


「……あとのことは、君たちの方が詳しいと思う」

「そう……ですね。ありがとうございました」

「そんなわけで……アイリスちゃんが取り乱したあの日から、僕たちはもしかしたらこういう日が来るかもしれないって、薄々だけど心のどこかで予感をしていたんだと思う。今思えば、だけどね」


 そう締め括り、話を切る史郎さん。


「まぁもっとも……君と玲史が結婚前提にしたお付き合いを始めることになるなんて思っていなかったから、とても驚いたけどね」

「あら、私はもしかしたら、って思ったわよ?」

「えぇ!?」


 予想外の由奈さんの裏切りに、史郎さんが驚きの声を上げる。

 そんな史郎さんをサクッと無視して、由奈さんはそっと私の手に触れてきました。


「……でもこの子、一度決めた事には一途で頑固で面倒くさいでしょう? どうか見捨てないであげてね?」

「おい、母さん!?」


 あんまりにあんまりな言葉に、思わずと言った様子でレイジさんが抗議します、が。


「ええ、もちろんです、お義母さま」

「あら、あらあら……どうしましょう、ずっと成長を見てきた柳ちゃんにそう呼ばれるの、私、予想以上に嬉しいわ」

「……勝手にしてくれ」


 上機嫌で返事を返す私と、義母と呼ばれ喜んでいる由奈さんの様子に、諦めたように自分の席にもたれ掛かるレイジさんなのでした。



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