剣聖vs拳聖

 ――大闘技場の、メンテナンス用通路。


 天井付近の壁に沿って設置された、眼下に試合中の会場全体を見下ろせる、この場所。


 そんな場所に、俺……スカーレット=フランヴェルジェは居た。全ては、昨夜回ってきた作戦の、重要な役割を果たすために。


 誰もが現在繰り広げられている決勝戦の様子に釘付けとなり、誰も目を向けないその一角に腰掛けて、黙々と自分の仕事の準備をしていると……不意に、横合いから声が掛かる。



「あにゃ、先客がいましたかにゃ……えぇと、イリスちゃん達の上司で、帝国の皇子様な色男さん?」

「そう言うあんたは、あの子らの友達か。あんたももうスタンバイかい?」

「うむ、そうにゃ。いやはや、レイジさんもなかなか無茶な要求しますにゃ」


 そう言って、猫耳も無いのに何故か猫言葉の魔族の女性……たしかミリアムという名前の彼女が、通路の床に、チョークみたいなもので何かを描き始めた。


 円を起点にした、複雑な幾何学模様。魔法陣らしきものを何やらメモに目を落としながら書き進めている彼女を横目に、俺は手にしていた、いつもの弾よりもだいぶ長大な弾丸へと意識を集中し、内部に魔力を込めていく。


 ――事前にやっておければ良かったんだけどな。


 流石に、このサイズの弾に魔力を充填し持ち歩いていたら、見咎められていただろう。


 ごっそり減っていく体内の魔力に疲労を感じながらも、手は止めない。


 しばらく黙々とお互いの作業に専念していると……先に終えた彼女が、ある一点を指差した。


「狙いは……あそこでいいにゃ」

「あそこ……貴賓席と観客席の境目だな」


 彼女が指差した箇所……一般客席と、各国来賓が座っている貴賓席の間には、安全上の観点から座席が存在しないかなり広いスペースが存在する。

 確かにあそこならば、きっちりと指向性を持たせて撃ち抜けば、両サイドに被害を与える可能性は低そうだ。


 何より、隣接しているのがノールグラシエ王国の席の側。普通ならば貴賓席の間近など狙いたくないが、今回は別だ。

 何故ならば……おそらくこの会場で最も安全な場所、それはアルフガルド陛下のいるあの貴賓席なのだから。

 彼が、ゲーム内のイベントでたびたびNPC参戦し猛威を振るった通りの実力ならば、あそこにいる、防御魔法に長けた陛下の守護によって、被害を最小限に防ぐことも期待できる。


「問題は、外に人が居ないかだが……」

「観客は、奥の通路には居ないにゃ。さっき、連中が立ち入り禁止にしているのを確認したにゃ。その後ろはもう断崖絶壁と海のみ、何の問題もないにゃ」

「ああ……なるほど、自分達の戦力を待機させるためか。そりゃまた好都合だ」


 ぶっ放す条件はクリアとして、残る問題は……


「あとは……レイジさんが勝つだけにゃ」

「ああ……」


 眼下で繰り広げられている、けたたましい鋼が打ち合う音の鳴り響く、激しい戦闘。

 戦況は……見た感じ、レイジの坊主の方がやや不利か。


「坊主でも苦戦するとか……あの斉天とか言う奴、流石『Worldgate Online』最強は、伊達じゃねぇな」

「あれで全力とも考えにくいにゃ。何か、隠していそうでもあるし……」

「だが……レイジの坊主も落ち着いている。一概に不利とも言えねぇな」

「そうなのかにゃ? 後衛の視点じゃこのレベルの近接戦はよく見えないんだけど」

「ああ。手数差で反撃の機会は少ないが、攻撃を確実に届かせているのは坊主の方だ」


 今のところ、手数で圧倒しているのがあの斉天とかいう奴で、防御に分があるのはレイジの坊主という所か。


 さて……どう転がるにしても、自分達に今できる事はその時が来た時のために完全に準備を整えておく事だけだ。


「信じさせてくれよ、坊主」


 未だ激しく動き回る双方の戦闘を見つめながら……新しく取り出した弾丸へと、再度魔力を充填し始めるのだった。










 ◇


 誰もが固唾を呑んで見守っている、決勝戦のリングの上。


 そこに立つ二人が、本来楽しませるべき観客を置き去りにした速度でぶつかり合うその様は、まるで万華鏡のよう。

 しかしそこに瞬くは輝石ビーズなどではなく、鉄がぶつかり合う火花の赤と、宙を舞う血の赤。


 だが……それでもお互いに未だ大きな傷は無く、薄皮一枚のみを斬らせた薄氷のような均衡で攻防は続いていた。






 ――やはり、『最強プレイヤー』は伊達じゃねえ。


 拭う事も出来ず流れるままの頰から流れる血が、口に入った鉄錆臭い味に、内心で舌打ちする。


 向こうの全ての攻撃が、恐ろしくコンパクトかつ早い。

 静止状態から瞬時に最高速まで乗るために、緩急が激し過ぎてタイミングを計るのが困難だ。


 それでも、半ば勘を頼りにして繰り出される斉天の手甲を弾き返し、頻度は少ないながらも反撃を繰り出す。


「ははは、やはりお前ならばと思ったが、期待通りだ! 楽しいぞ『剣聖』のぉ!!」

「やかましいわ戦闘馬鹿が!」


 鉤爪のような形に曲げられた斉天の掌に、ゴッと炎が灯る。


 それとほぼ同時に、俺も半ば勘のみで体を横に投げ出し、身を伏せて、剣を腰だめに構える。


「――炎龍爪!!」

「――砲閃火ァ!!」


 お互い低い姿勢から繰り出した炎と炎が俺と斉天の中間で絡み合い、喰い合い、やがて限界を迎え熱風を撒き散らして炸裂した。


 その衝撃に距離が離れるも……吹き飛ばされた先で、二人同時にピタリと構えを取る。



 シン、と静まり返る会場。

 これが普段であれば、直後盛大に歓声が巻き上がったのであろうが……今は、剥き出しの闘志、お互いの体に付いた傷から滲む赤を目にした観客達は、これが本当に危険な真剣勝負なのだと察し、息を飲んで静まり返ったままだった。


 そのまま、ジリジリと摺り足で間合いを詰めていく。

 それが、お互いに攻撃可能範囲内に入ったその瞬間。


「――オーラブレードッ!」

「――リミテイションエッジ!」


 斉天が組んだ両手から、まるでビームサーベルのように闘気の刃が伸びる。

 同時に同じく可視化できるほどの闘気が俺の持つ『アルヴェンティア』を包み込み、眩い光を放ち出す。


 ――ガァァンッ!!


 まるで重機がぶつかり合ったような、けたたましい音を立てて……俺たち二人は、鍔迫り合いの形で静止した。



「いちいち付き纏って来て……ウゼぇと思ってはいたが……戦闘においては、俺はテメェを尊敬していたんだぜ……!」

「それはそれは……随分と、嬉しい事を……言ってくれるな……っ!」

「けどな……今のテメェのザマはなんだよ……!」

「ぬ、う……!?」


 俺の言葉に、怪訝な顔をする斉天。


 ――今大会、斉天は圧倒的な強さで勝ち進んで来た……と、思っていた。


 だが、それは本当だろうか?


 遊びがない。

 余裕がない。


 それはつまり……追い詰められていたのではないか?


「てめぇ、さっきはあんな事言ってやがったが、やっぱ弱みを握られて嫌々戦ってやがんな?」


 おそらくは……やはりこの街の人々を人質にされれば、断れなかったのだろう。この男は、観衆にやたらと甘いところがあるのだから。


 そして……その中で、イリスの事も気にかけていてくれたに違いない。


「……何の事であるか。俺は、お前と闘いたいという身勝手な欲求のために……」

「はっ、嘘言ってんじゃねぇよ。じゃあ、なんでそんな戦ってやがる」

「な……ん……っ」

「こうやって剣を合わせてるとな……テメェが不本意で嫌々戦ってますって、バレバレなんだよ……ッ!」


 斉天が、驚愕に目を見開いていた。


 だが、ずっと付き纏われていた俺はそれなりにこいつとの付き合いも長い。こいつは、根が単純な分、慣れたら何を考えているか読みやすい奴なのだ。




 ……斉天という男は、天性のチャンピオンだ。


 だがそれは、決して強いというだけではない。公式主催のPvP大会で何度か見た事があるが、こいつが戦っているのを見るのは……のだ。


 戦闘狂であるのは、否定はしない。だが、決してそれだけではない物を、こいつは持っている筈なのだ。


 自分が全力を尽くす事で相手の力も引き出して、結果として周囲まで楽しませてしまうエンターティナーの才能、それがこの男、斉天の本当の才能だと、俺は思っていた。




 だから……今みたいな観客を置き去りにした独り善がりな戦闘は、こいつの本気ではない。本気であるものか。


「何か話題にされたくない事がある時、やたら平静を装いながら好戦的な事を言うのは、お前の悪い癖だぜ……ッ」

「……っ」

「図星を突かれると、黙り込むのも……なっ!!」


 鍔迫り合いの状態を、斉天が一瞬怯んだ隙に裂帛の気合いを込めて弾き飛ばすと……


「喰らいやがれ、会者定離乃太刀えしゃじょうりのたち……ッ!!」


 引いた勢いを反動として踏み込み、腰に構えた『アルヴェンティア』を振り抜く。


 が、しかし。


「……ちぃ、浅いかッ!」


 直前で、体勢を立て直した斉天が身を引いたのが見えた。ピッ……と斉天の胸に赤い線が奔るが、それだけだ。

 即座にカウンター気味に繰り出された斉天の拳を刀身の腹でガードするも、十メートル以上は吹き飛ばされたのち、着地する。


 ビリビリと、手に響く衝撃。

 それは、今までと比べてあまりにも強かった。


「……まいったな、こうなる前に決着付けたかったんだが」


 対斉天用の秘策その一、動揺を誘ってその隙に……というつもりだったのだが、もはや瓦解した。

 改めて向き直った視線の先、斉天の様子を見て、顔が引き攣るのを感じる。


 ――どうやら、暖機終了みてぇだな。


 ゆらりと体を起こした斉天だったが、その様子がおかしい。そして俺は、その理由を知っていた。




 ――狂戦士ベルセルク




 全プレイヤー内で斉天ただ一人だけ持つ、『最多PvP戦kill数レコード保持者』のみが取得クエストを受けられた、最上級レアサブ職業。


 加速された血流がその鋼の体を赤銅色に染め、白目は充血し殺意を漲らせて爛々と輝いて、吐く息は熱く蒸気となって立ち上る。


 ヒッ、と観客席最前列から観戦している者の悲鳴が聞こえた。それくらいに、今の斉天の様子は人間離れしていた。


 ここまで伝わってくるのは、ビリビリと物理的な振動まで伴う殺気と重圧感。


 その様子を見て……このままでは絶対に勝てないと悟る。



「やっぱ、やるしかねぇよな」


 僅かに躊躇った後……腰に下げていた漆黒の剣――『アルスレイ』を抜く。

 すぐに刀身から伸びて来た管が腕に食い込んで、まるで穴の空いたバケツのように、体力が剣へと向けて流れ出していく。


 ――まだだ、これだけでは届かない。


 アルスレイの刀身に展開した禍々しく赤い力場の刃を軽く振って様子を確かめた後、頭の中のスイッチを一つ入れる。


 ――さぁ、目覚めろ殲滅者スレイヤー


 世界から色が消え、自分と相手の事以外は思考の端に置いやられた。





 こうして……本来ならば神聖な奉納試合だったはずの決勝戦は、狂戦士ベルセルク殲滅者スレイヤー、二大最サブ職によるぶつかり合いへと移行していくのだった――……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る