静寂の決勝戦

 ――大闘華祭、フレッシュマンの部の決勝戦。


 もう一つ、エキスパート部門はどちらかといえばエキシビション色の強いため、祭りの実質クライマックスと言って差し支えないはずのこの一戦は……今年に限っては、興奮とはとても程遠い、重苦しい空気に包まれていた。



 ピリピリとした雰囲気が、大闘技場内に充満している。


 特に、フランヴェルジェ帝国とノールグラシエ王国、二大国の貴賓席からは殺気立ったものさえ感じられている。


 しかも、穏健で知られている両国の盟主、フェリクス皇帝とアルフガルド王が揃って視線で射殺さんばかりに西の通商連合の席を見据えているのだから……今にも二大国から西へと戦線布告せんばかりのその様子に、観客達は肝を冷やし、明らかにおかしな会場の様子に戸惑いを見せていた。


 一方で、普段はその柔らかな笑みや可憐な様で会場の空気を和らげてくれていた『ノールグラシエの宝石姫』イリスリーア王女殿下の姿が見当たらない。


 さらにはユリウス殿下やその婚約者である聖女アンジェリカ嬢らの可愛らしい華の姿も見当たらず……ならばとイーシュクオル皇妃ら姿のある花々はといえばこちらも難しい顔で居るとあって、事態の異常さを更に強調していた。






 そんな異様な空気の蔓延する中、既に決勝のリングに入り決勝が開始されるのを待っていた俺は……目を閉じてざっと気配を探る。


 ――やはり、居る。


 最近になって、イリスが周囲の生命反応を、ソールが自身の麾下の者達を察知できる『視界』を得たように……俺は、集中すればまるでゲームの画面端にあるレーダーの如く、かなり遠くの気配まで察知できるようになった。


 その中で、会場には姿を見せていないが、闘技場外縁部からは例の機械兵器と西の手勢らしき者が徘徊している気配がある。


 これは……観客を逃がさないためか。


 すでに封鎖されたらしい出入り口に、顔をしかめる。どうやら連中は、俺を足止めするために本気で無関係な観客を利用するつもりらしい。


 ……が、その首謀者、西の通商連合の貴賓席の様子も何やらおかしい。



 今朝までは不敵な様子を見せていたフレデリック首相だったが……今は、何やら頻繁に伝令がそこへ足を運び、その度に機嫌が悪くなっているように見える。


「……どうやら、は上手くやったみたいであるな」

「……斉天?」


 予想外に聞こえてきたのは、俺と同じくすでに入場し、精神集中していた斉天の声。

 そんな奴がポツリと漏らした呟きに、思わず頭を上げると……斉天は何故か、ホッと安堵したような表情を浮かべていた。


「……まさか、お前……街の人を」

「勘違いしないで欲しい、この一戦は俺の意思である。俺がお前達を裏切ったのは紛れもなく事実。俺が嬉しかったのは……これで、お前が気兼ねなく戦えるようになった事にだ」


 街の人を人質にされ……そう思い浮かんだ予想は、本人によって即座に否定された。



 確かに、斉天の様子はとても強制されて戦いの場に出た者とは程遠い。

 その表情は今はもう静かに凪いでおり、まるで沙汰を待つ罪人のようにも、超然と自らの先行きを見つめる聖者のようでもあった。


 ――まったく、不器用な奴だよ、お前は。


 優しいくせに、自身の戦闘衝動を上手く消化できず、心では自らを罰し続けているくせに、進む事を止めはしない。

 そんなどうしようもなく不器用な友人の様子に一つ苦笑して……すぐに、真剣な顔で対峙する。


「まぁ、いいさ、付き合ってやるよ。俺がやる事は変わらねえ、お前を踏み越えて皆を助ける、それだけだ」

「……かたじけない」


 俺の言葉を聞いて、軽く頭を下げた斉天。

 それっきり……揃って無言となり、試合開始を待つ。




やがて……時間となり、スピーカーの電源が入った音が会場に鳴る。が……


『決勝戦、斉天選手、対、レイジ選手……なんですが、えぇと、私、なんと言ったらいいか……』


 普段のふてぶてしいトークとは全く違う、泣きの入った司会のお姉さんの戸惑い混じりの声に、ざわざわと観客にざわめきが広がる。


 だが……今の異常事態を巻き込まれた当事者として理解している彼女に、いつも通り振る舞えというのはあまりにも酷だろう。


「あー、司会のお姉さん、シルヴィアさん……だったよな!」


 俺は彼女の様子を見かねて、司会席へ向けて声を掛ける。


「無理に司会をする必要はねーよ。ただ……勝利者インタビューのためのマイクだけは準備しといてくれ!」

『は……はい!』


 あからさまに安堵した様子で返事を返す彼女の様子に、ふっと表情を緩め、すぐに引き締め直す。


 そして……背負った『アルヴェンティア』を鞘から引き抜き、構えた。

 同時に、斉天も今までは使用していなかった武器……腰に吊るしていた、龍を模した意匠の、刃を備えた手甲を握り込む。



 ――おい、あの剣……


 ――うそ、真剣!?


 ――保護魔法はどうしたんだよ?




 デバフを纏わぬ正真正銘の真剣が放つ刃の輝きに、周囲の観客の戸惑いの声がさらに多くなる。

 中には本物の人を斬るための刃を目の当たりにして、蒼褪めている者もちらほらと見受けられ、いよいよもって今この会場が異常事態の只中にあると気付いたのだろう。


 その様子に、普段はこの闘技場で観客を楽しませるために戦っていた斉天は、苦々しい顔をする。

 この街でずっと過ごしてきた奴には、俺なんかよりも思うところがあるのだろう。



 だが……もはやすでに、出入り口はフレデリック麾下の者達に封鎖されている。


 来賓や観客達を無事逃がすためにはが、そのためにはまず、目の前の斉天をなんとかしなければならない。


 俺が、まずは目の前の最大のライバル……『Worldgate Online』最強と言われた男に勝たなければ、全ての目論見が崩れ去るのだ。


 ――全く、酷い作戦もあったもんだ。


 前提条件の厳しさに苦笑するが……やらざるを得ない。


「まず、言っとく。が俺の敗北を望んでいることなんかは重々承知しているが……俺は、街の人が人質になっていようが、みすみす負けるつもりなんか無ぇからな」

「承知の上だ。奴らには、勝負に対してそうした無粋は許さん、場合によっては即座に貴様達の敵になると伝えてある……俺が望むのは、お前との全力を尽くした闘争のみだ」


 そう言って、軽く腰を落として構えらしきものを取る斉天。

 それを受けてこちらも剣を構え、ジリジリとすり足で距離を図りながら対峙する。


「……やっぱ、お前は馬鹿だよな」

「返す言葉もないであるな……いざ、参る!」

「ああ……お望み通りにぶっ飛ばしてやる!」


 二人、同時に一気に距離を詰める。

 シンと静まり返った会場に響くは、二人の武器がぶつかり合った甲高い音のみ。




 そうして、皆が固唾を飲んで静まり返り、開始のゴングすら鳴らぬ静かな決勝戦が……ついに、幕を上げたのだった――……

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