和解と、反撃へ

 

 遠くから、『死の蛇』とアクロシティの飛空戦艦の戦闘音が響き渡る中。

 ちょっとした騒ぎとなっている港町へと戻った私達は、治療のため、兄様の確保していたセーフハウスである宿屋へと駆け込みました。


「これは……あの時の……」


 私の胸に埋まっている結晶に、診察していたアンジェリカちゃんが青い顔をする。

 無理もありません……彼女は一度、これをどうにかしようとして酷い目に遭っているのですから。


「……ごめんなさい、酷だとは思うのですが、他に頼れる人を知らなくて」

「……いいわ、やる。前とは違うんだから」


 そう言って、私に触れるアンジェリカちゃん。

 その背中に、みるみる輝く翼が現れました。


「……はい、いつでもいいわよ」


 そう言って、先に詠唱を始めるアンジェリカちゃん。



 今は、首輪の魔消石の効果で侵食がストップしている……という事は、これを外した瞬間から再侵食が始まるのだ。


 すう、はぁ、と何度か深呼吸をして……


「それじゃあ……外すよ?」


 首輪を解錠するための鍵を構えた兄様の声に、私はハンカチを咥え、頷く。

 カチリと首輪のロックが外れた感触と共に、首から重みが消失した。


「……んんっ!?」


 次の瞬間には心臓直上で、体内に潜り込もうとする不快な感触を、ぐっと呼吸を止めて堪える。

 同時に、アンジェリカちゃんの破魔の魔法がその元凶である結晶を捉えた。


「くぅ……アンタ、よくこんなの涼しい顔で解呪してたわね……!?

「アンジェ……ちゃん……大丈夫……っ?」

「誰にものを言ってるのよ……患者は、大人しく治療されてなさい……っ!!」


 滝のように汗を流し、悪態をつきながら、いっそう翼を輝かせて必死に解呪魔法を維持しようとするアンジェちゃんでしたが……少し、分が悪そうに見えました。


 そんな時……後ろで推移を見ていたユリウス殿下が歩み出る。


「……アンジェ、僕も一緒にやる」

「え……ユリウス殿下? 一緒にって……」

「うん。前に姉様がやっていたのを見た時から気になっていたんだけど……なんとなく、できる気がするんだ」


 そう言って、アンジェリカちゃんとは反対側の私の傍へと座り込むユリウス殿下。

 目を閉じて、私の方へと手を掲げながら、口を開く。


セスト真言シェスト浄化のツェン第10位……」


 ユリウス殿下の小さな口から紡がれる、先程のアンジェリカちゃんの唱えた魔法と一字一句違わぬ魔法の詠唱。

そして……それは確かに効力を発揮しようとして、ユリウス殿下の両手の中へと光が灯ります。


「ユリウス殿下、どうして……」

「アンジェが頑張っているのを見て、なんとなくこうかなって……!」


 思わずといった様子で呟いたアンジェリカちゃんの声に、初めて使用する魔法に真剣な表情で制御しながら、ユリウス殿下が答える。


 ユリウス殿下の手に灯ったのは、確かに第10位階『イレイス・カーズ』の解呪の光。

 決して思いつきでほいほいと使えるものではないそれを、私達は愕然と眺めていた。




 ――ノールグラシエ王家の人間は、何か特化した魔法の才を持つ事が多く、それは幼い頃から発露し始める。




 それが、アルフガルド陛下が言うには、ユリウス殿下の場合は今までどうしても見つからずにいたらしいのですが……今ユリウス殿下が放つ光を見れば、もはや一目瞭然でした。


 それなりに高度なはずの解呪魔法を、数回見ただけで使えるという、聖女達に勝るとも劣らない才覚。


 なるほど、まだ幼い王子が負傷者が大勢いるような場所へ行く機会など無かったのですから、判明しようがないわけで……ユリウス殿下の今まで分からなかったという適性は、私と同じく治癒魔法だったのだ。


 流石にまだ、光翼族として覚醒しているアンジェリカちゃんには及びません。

 だけど……それは、アンジェリカちゃんを助け、均衡を崩すには十分でした。


「上等だわ、ユリウス殿下。先輩として、あとでいっぱい指導してあげる……!」


 殿下の補佐を受け、どこか嬉しそうに更に力を込めるアンジェリカちゃん。その意を受けて、光翼が更に眩い光を放つ。

 やがて……均衡がアンジェリカちゃんの側に傾いて、ズルっと何かが引き抜かれる感触と共に、私の胸にあった結晶が体から離れ、浮く。


「ソール兄様!」

「ああ!」


 ユリウス殿下の声に、即座に放たれた兄様の『アルトリウス』の刃が閃いた。

 真っ二つに切断され、黒い炎に焼かれ……やがて、結晶は灰となって散っていきました。


 それを見届けて……はぁあ……と皆で深々と溜息を吐く。


「……ふう。ありがとう、二人とも」

「姉様、無事で良かったです……!」

「ふん、これで前の貸し借りは無しだから」


 感極まった様子で抱きついてきたユリウス殿下と、照れてそっぽを向いているアンジェリカちゃん。二人の頭に手を伸ばし、撫でる。


「アンジェ、お姉様、僕、役に立ちましたか!?」

「ま、まぁまぁね。もっと色々勉強が必要そうですけど!」

「あはは……ありがとうユリウス殿下。アンジェちゃんも助かりました」


 自分が魔法を使えた事に興奮している殿下と、そんな彼に対し先輩ぶってツンツンしているアンジェリカちゃんに苦笑しながら、感謝の気持ちを伝える。


「さて。イリス、いける?」

「はい、もう大丈夫です」


 兄様の言葉に、もう一人、意識を失ってソファに横たえられている人物……フォルスさんへと向き直る。


 もう一人結晶に侵された人は居ましたが……もう怖くもなんともないのでした。






 ――流石に……私も復帰し、治癒魔法使いが合わせて三人も居るのだから、フォルスさんの解呪は瞬殺でした。


「はぁ……お姉様とはなんかもう、張り合うのも阿呆らしいわね……」

「お姉様、流石です!」


 子供達の称賛に少し照れながら、手早くフォルスさんの様子を見る。

 解呪できたとはいえ、即座に助けられた私やアンジェちゃんと違い、長く支配されていた彼に、どのような影響が残っているか……


 そう心配しながら、彼の額に張り付いていた髪を避けていると。


「……心配しなくても、体の調子はすっかり良くなりましたよ。精神的にはボロボロですけどね」

「あ……目を覚ましていたんですか?」

「うん、ついさっき……はは、こんな事ならいっそ、永久に目を覚まさなければ良かったのに」


 自虐的に言いながら、フラフラと起き上がる彼。


「全く……私とした事が、秘めていた思慕をまんまと利用されてあのような醜態を晒し続けていたなんて……消えてしまいたい、という気持ちを心底理解しました」

「あの、フォルスさん。私は……」

「ああ、分かっています。貴女と紅玉髄カーネリアンの彼が恋仲なのは見ればわかりますし、今更私の思いが通じるなどと、思ってはいませんよ」


 恋仲、とあらためて言われ、顔が熱くなったのが分かります。

 そんな私の様子を見て、困ったように苦笑するフォルスさんでしたが……


「まぁ一応、通過儀礼としてやっておきましょうか……イリスさん、一緒に仕事した時から、ずっと貴女に恋焦がれていました」

「……ごめんなさい」

「はい、これ以上ないくらい明確な答えをくださって、ありがとうございます。おかげでかえってスッキリしました」


 そう言って、皮肉っぽく、だが憑き物が取れたように笑うフォルスさん。おそらくはこれが彼の本当の顔だったのでしょう。




「それで……もう入って大丈夫ですよ?」


 私がそう、扉の向こうにいる人物に向け声を掛けると、待っていたとばかりに勢いよく扉が開く。


「……フォルスさん!」


 部屋に入ってくるなり、体力の限界らしく再び横たわったフォルスさんへと縋り付く影……星露さん。

 フォルスさんは、その星露さんの肩に薄く残った跡を見て、沈痛な面持ちで目を逸らす。


「……傷、少し残ってしまっていますね。本当に申し訳ありませんでした」

「本当ですよ……もし元の世界に戻れなかったら、ちゃんと、責任は取ってもらいますからね」

「……ええ、分かっています」



 ポロポロと大粒の涙を流している星露さんの涙を指で拭ってやりながら、穏やかな顔で答えていたフォルスさんでしたが……すぐに、表情を引き締めて次に入ってきた人物にも声を掛ける。


「そちらの、フラニーさんもですね。謝って謝りきれるものではありませんが、本当にすみませんでした」

「あはは、やけに殊勝で気持ち悪いですねー……後で、好きなだけ殴らせて頂戴?」

「……ええ、覚悟しておきます。ですが、今はまだその時ではありません」


 若干顔を引攣らせながら、彼は頷く。

 だが、すぐにその表情を引き締めました。


「星露、商会の元プレイヤーの中で、まだ戦意のある者たちに伝えてください。私達もすぐにイスアーレスに戻って、事態の収拾に当たります……散々私や部下たちを良いように使ってくれたアクロシティにも、借りを返さなければなりませんからね」

「は……はい!!」


 真剣な……リーダーの顔へと戻り、くっくっと悪そうな笑いを漏らすフォルスさん。その様子に、星露さんが嬉しそうに外へ飛び出していきました。


 それを見送った後……こちらを振り返るフォルスさん。


「……君たちも、私達を許す事は出来ないと思うし、無理に許して欲しいとも言わない……最後には、きちんと罪は償う。だけど、今だけは君達の味方として共同戦線を張らせて欲しい」

「ふん……今更だな。こっちは人手が足りないんだ、精々役に立ってもらうぞ」

「ここからは、いっぱい頼らせてもらいますね?」


 私達の返事に、フォルスさんはどこか泣きそうな、だけど嬉しそうな笑顔を見せました。


 そう言って私達三人は、和解の証として拳を打ち合わせる。


「……よし。それじゃ、私達は行こう。船はいつでも出航できるようスタンバイしてもらっている……まだ、やる事はある」

「ええ……行きましょう、兄様」


 まだ少し怠い体を叱咤して、身体強化を施術し直して立ち上がる。




 向かうは……今、レイジさんが一人で戦っているであろう、大闘技場。まだまだ、今日という一日は始まったばかりでした――……

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