問題発生

 この町に到着した日、後処理が一通り完了した時にはすでに夜も遅い時間だったため……隊長さんの好意で、外壁に併設された彼らの宿舎の片隅を借りて仮眠を取った後……



 私達は、この町の町長の呼び出しで、縦長に広がるこの町の中心部、富裕層の暮らす区域にあるその邸宅の前へと来ていました。

 ちなみに、私達と出会う前に一悶着あったらしいゼルティスさん等の傭兵団の皆は、今回は呼ばれていないため、今は兵士さん達に協力して今後の協議をしており、私とソール兄様、レイジさん、ミリィさんの四人のみです。


「流石に……初手でやらかして来るとは思わないけれど、いつでも逃げれるように。出されたものには手を付けないように」


 今日何度目かの兄様の忠告。念のため、先程毒や麻痺といった肉体的な状態異常への耐性を高める魔法を施して来ましたが、用心に越した事はありません。


 ……あの町長のこちらを見る目は、あまり友好的なものには見えませんからね。


 隊長さんの話を聞く限り、ゴブリン達の住処となっている坑道の件で何か良からぬ事を隠して居るのは明白です。おそらくその件について釘を刺しに来たのでしょう。

 あるいは、何らかの罠である可能性も否定はできません。


「……さて、こうしていても始まらない。イリス、それとミリィ、二人は絶対にレイジから離れないように。レイジ、頼んだぞ」

「ああ、任せろ」


 レイジさんが頷くのを確認し、兄様が扉……この時点ですでに成金趣味を見て取れる豪奢な扉のノッカーを叩きました。










 使用人に案内され、応接間に入ると、すでに館の主はそこで待っておりました。


 ……ここまで案内されただけでも、高価そうな柔らかなカーペットに調度品が大量に並び、とても主要産業が停滞しており困っている町の長の家だとは思えませんでした。


「良く来てくださった、旅のお方。ささ、どうぞ腰掛けください」


 過剰に友好的な様子で振る舞いながら、席に案内され、これはまた柔らかく体の沈む椅子に腰掛ける。しかし……


「……『居る』な……5人か」

「そうか……まぁ、対処出来ないほどではないか」


 小声で相談している二人。やはり手駒は配置されていたようです。

 が、それくらいであれば二人にとっては慌てる程ではないと。問題はお茶や空気に何か混入されていた場合ですが、そちらはよほどのことが無ければ対処済みです。


 町長の質問に私達が答える。若くしてどのようにして今の実力を身に着けたか。生まれは、住居はどこか。

 その大半は会話を一任された兄様がそれとなくぼかして語っていましたが、表面上は和やかに進む歓談ですが、その裏に見え隠れする内容は、何かにつけてこちらの行動を縛ろうとする意図が見え隠れしていました。


「……それで、話というのは他でもありません、先程のあなた方の武勇は拝聴しました、そこで、どうでしょう、私どもに雇われるつもりはございませんか?」


 どうやら、こちらが本題でしょうか。好きに動かれたくないから、自分の手駒にしよう、と。


「勿論報酬は……」


 提示された金額は、ゲーム時代のお金はデータの藻屑と消えており、前の町で報酬として受け取った分しか持ち合わせていない私たちにとっては確かにかなりの高額でした。

 おそらく以前彼らが滞在した際に居なかった私達を傭兵団の新入りと判断し、引き抜こうとしているのでしょう。それを可能にするだけの額ではあります、しかし……


 話の途中で、すっと兄様が手を上げて遮りました。


「お話の途中失礼ですが。そう言った話であればお断りします。町を守るため一時力を貸せ、というのであれば協力も吝かではありませんが、町を治める立場でありながらそのつもりも無い方に雇われるつもりはありません」


 突如、不躾とも言える兄様の言葉に、町長の額に血管の浮き上がったのが見て取れました。


「……貴方がたが勇敢で善良な若人であるのは素晴らしく思います、ですが、これはあなた方を腕の立つ傭兵と見込んでお話している……仕事を依頼しているのだよ、そのような私情で……」

「何か勘違いなされて居るようですが……そもそも私共は旅人で、傭兵でもありませんので」


 さらに言葉を遮って告げる。あくまでも私達の間にあるのは協力関係。厳密には傭兵団の一員ではありません。


「だ、だが先程はあの傭兵団の一員と一緒に居たではないか。以前逗留していた際はいらっしゃらなかったようですが……」


「彼らとは、個人的な友好の関係から、好意で旅路に同行させていただいているだけです。彼らの雇い主に謁見するために」


 その言葉を聞いて、ぐっと言葉に詰まる町長。私達の同行している傭兵団……「セルクイユ」の雇い主という事は、この地方の領主である……という事にさすがに気が付いたのでしょう。


 その客人に余計なちょっかいをかければ調査の及ぶ可能性がある……あるいは、私達がその『草』という可能性も存在する。そう思い至ったのでしょう。何か後ろ暗いものを隠している彼らには、交渉の続きを封じられたことになります。


 ……尤も、そのような事実はありませんが。幸い、ブラフでしかないその話に、昨日見せた私達の戦力が真実味を与えてしまっていたことになります。


 いざとなれば権力……さすがに私達の物を使用するのは危険度が未知数ですので、ここはヴァルターさんの背後に居る辺境伯様を匂わせてでも強気で行くつもりのようです。



「それに……」


 兄様が、一口出された茶に口をつけ――すぐに吐き出す。その目が、剣呑な色を帯びてすっと細められた。


「客に出す茶の中に夢見草の蜜とは、随分と独特な礼儀作法がお有りのようですね?」

「ぐっ……」


 夢見草……以前、私が羽根を隠して治療する際に使用した、睡眠作用のある植物です。が、その蜜は少々癖があり、兄様にはその僅かな違和感でも察知できるようで……やはり、盛られていたのですね。


 ……そういえば、綾芽は利き水とか利き米とか何故か得意でしたねぇ。


「どうやら、貴方がたには歓待されていないようです。私達に関わるのをこれっきりにして頂けるのであれば、この件は不問としましょう。それでは失礼します」


 兄様が椅子を蹴って立ち上がると、私達も皆で席を立ちます。

 周囲で殺気立つ気配がしますが、レイジさんが腰に下げた剣に手を這わせるとすごすごと引く気配。


「……私が許可しないと言えば、この町で宿すら取ることはできなくさせることは容易い。後悔されますぞ」

「さぁ、後悔なさるのはどちらでしょう?」



 そんな捨て台詞を兄様が思いっきり悪辣そうな王子様スマイルで返し、私達は町長を家を後にしたのでした。








「……はぁっ……そんな予感はあったけど、最初っから交渉のつもり無いじゃんあれ……」


 人の目が無くなったとたんぐったりとする兄様。綾芽が少し漏れて居ました。


「あはは……交渉役お疲れ様です……」

「うん、疲れた。だからしばらくこうしてて良いよね?」


 そう言うや否や、腕の中に抱きすくめられます。


「あぁ……癒やされるぅ……」


 そのままぐでんとした兄様に、苦笑しながらその背をポンポン叩き、好きなようにさせます。


「……しかし、思い切った事をしたなぁ、あれだと事実上の戦線布告だと思うぞ?」

「……ごめん。だけど、遅かれ早かれ連中が私達に手出しして来たのは間違いないはずだ」

「だなぁ……連中のイリスやミリアムを見る目、ありゃもうちょい隠せってくらい欲に滾ってたからなぁ」

「ですね……」

「だにゃあ……正直すごい気持ち悪かったにゃ」


 町長はおろかその背後に控える者まで、その視線は私達の値を見定めるかのように、不躾なものでした。


「この国は奴隷売買は禁止な筈だけど……もしかしたら何かパイプを持っているのかも知れない、くれぐれも、一人での行動はしないように」


 その言葉に、深く頷きます。


「……さて、俺達も、今後の宿を探さないとな」

「泊めてくれる宿が残っていればいいんだけどにゃー」


 そんな不吉なミリアムさんの発言に、暗澹たる思いで町を散策し始めました。







 ――数刻後


「……しかし、まぁ。予想以上に手回しが早かったな」

「ですね……どこももう門前払いでした……」


 すでに日も高くなって、沈み始めたころ、私達は早速途方に暮れていました……


 この町は谷間に流れる渓流に沿って大通りが通っており、その穏やかな流れの風景と音に、本来であれば心癒やされるのでしょうが、今はそれどころな心境ではありませんでした。


「仕方ねえ、もう一晩また隊長さんらに宿を借りれるように頼むか」

「……とはいえ、今日一日は兵舎の一角を借りるとして、その後はどうしたものかな」

「そうですね……どなたか部屋を貸してくれる方でも居れば良いのですが」


 今日の反応を見るに、望みはかなり薄い予感がします。町の人たちは昨夜の攻防の顛末を知っているため、町を守った私達に好意的ではあるのは幸いですが。


「……まぁ、昨日の英雄譚より明日の住処だよな。泊めると町長らに何をされるかわからなさそうな以上、期待薄だろうな……っと」

「なんだ、騒ぎか?」


 門の方で、兵士たちと誰かが口論していました。


「だから、姉ちゃんが攫われて、急いでるんだって! 頼む、だれか力を貸してくれよ!?」


 そのような剣呑な発言をする少年の声に、私達は顔を見合わせると彼らの元へ歩みを早めるのでした。




 現場では、隊長さんとゼルティスさんが、困った顔で、焦った様子の十歳から十二歳くらいの少年と口論をしていました。


「なんだ、町の子供か?」

「……いや、どうかな」


 兄様がなにやらぼそっと言っていましたが、どこか気になることがあるのでしょうか


「姉が攫われたって言ってたな……事情によっては緊急事態だし、話を聞いてみるか」

「ですね、事実ならすぐにでも助けに行かないと」


 そう頷き合って隊長さんの下へ接近する。と。


「ああ、すみません、皆さん、騒がしくして……」

「……!? なぁ、あんたら、腕は立つんだろ!? 頼む、助けてくれよ……!」


 私達を見つけた少年が、激しい剣幕で詰め寄ってきました。

 どうにか宥めて話を聞くに、彼はもともとこの地の人間ではなく、このあたりで一人行き倒れていたところをそのお姉さん……この町で薬師をしていた女性に拾われ、しばらく厄介になっていたそうです。


「だけど、姉ちゃんは今は薬が沢山必要だからって町の外に出て薬草を集めてたんだけど……いつまでも帰ってこなくて。探してたら、ゴブリンっぽい足跡が一緒に残ってて……!」

「その、私共も助けに行きたいのは山々なのですが、私どもは上からの許可がなければ町を治める者が禁止していることを無視して勝手に動くことがですね……」


 と、少年を宥めながら申し訳なさそうに告げる隊長さん。


「口惜しいですが、私共も同様です。流石に以前にも揉めて結果入るなと言われた場所に押し通るのは、団の方にも迷惑が……団長が構わん、行くというのであれば気にはしないのですが」


 とのゼルティスさんの声。もっとも、あの団長であれば、むしろよくやったと言いそうですけどね、と付け足しながら締める


 公職である兵士と、評判を落とせない傭兵団。どちらも、今ここに居る自分たちの一存では行動できない……となれば。


「あー、仕方ねえな、俺らが行くしかねえか……ソール、構わないか?」

「…………ああ、私も異論はない。ただし……後で話は聞かせてもらうぞ?」


 その言葉に、少年がビクッと肩を震わせ、視線を彷徨わせていました。


「兄様、何もそんな脅すような事を言わなくても……」

「……ふん」


 何が気に喰わないのか、不機嫌にそっぽを向く兄様ですが、助けに行くこと自体は反対ではないようです。


「まぁ、しょうがねぇな、俺とソールと……」

「あ、私はパス。潜入だと何一つ役立てないにゃ」


 火力特化の魔法職であるミリィさんはとにかく坑道などの狭い場所での行動には向いてないですからね。


「距離は取れないし、下手すると全員生き埋めだにゃ……」


 しゅんとしてしまいました。という事で、除外、と。


「となると、問題は……」

「ああ、だな……」


 レイジさんと兄様の視点がこちらを向きます。


「なぁ、イリス。みんなとここで待っている気は……」

「はい、無いですよ?」

「……だよなぁ」


 にっこりと即答した私に、レイジさんとソール兄様ががっくりと肩を落とします。

 普段であれば強硬に反対するはずですが……


「この中で、潜入任務に一番役立つのってイリスなんだよなぁ」


 そうなのです。ビショップには、周囲の者の姿を隠蔽する魔法が存在するため、こうした隠密行動には実は全職でアサシン系列、アーチャー系列に次いで向いているのです。


 ミリィさんも姿を消す魔法はありますが、こちらは自分のみしか対象にできず、しかも殆ど移動が出来ない、という欠点があります。

 代わりに姿を消したまま魔法の準備が可能という利点があり、クラス設計の差であってどちらが優れているというものではありませんが。


 今回ばかりは同行の可否の選択権は私にあるため、拒否はさせないのです。



 ということで、急遽その少年お姉さんを救助する作戦が決定したのでした。


 ……兄様が私の横で、悪い顔で小さく「よし、口実ゲット」と呟いていた事は見なかった事にします。


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