少年プレイヤー
私達を先導して歩く彼……漆黒の髪を一房後ろで束ね、質素な、この地方の一般的な少年の服装をした、助けを求めて来た少年。
彼の言う「姉ちゃん」とは、彼の実の家族ではなく……一月程前に町の側で行き倒れており、どこから来たのかも分からなくなった彼を拾い、住居を提供し面倒を見てくれていた方らしいです。
そんな身の上話を聞きながら、私達は彼の案内で、そのお姉さんが普段薬草集めしているという場所を目指し、町から離れた丘陵地帯を歩いていました。
「なぁ、こんなトロそうなねーちゃん連れてきて大丈夫なのかよ?」
「あ、あはは……」
物凄く疑念の混じった眼差しがグサグサと突き刺さります。
一応、事情は説明して、私の居る意味も言ったのですが……まぁ、信じられないのも無理は無いですよねと、自分で思って少し凹みました。
実際、トロい事は否定できませんからね……
「まぁ、今回はできるだけ戦闘を避けての作戦だからな……大立ち回りする予定があるわけじゃないし大丈夫だろ……何かあったら、俺が担いで走るから心配すんな」
「はい、頼りにしてます。でも、お手柔らかにお願いしますね?」
「お、おう、任せろ」
全力疾走されると目が回りますので、釘は刺しておきます……それが必要な事態になる事がないように祈っておきます。
「……なぁ、兄ちゃんと姉ちゃん、デキてんの?」
「そんなのではありません!?」
「そんなんじゃねぇよ!?」
冷めた視線で急にぶつけられた質問に、思わずハモって叫んだ私達に、一人離れた場所で兄様が肩を震わせていました……
「……本当に大丈夫かよ」
うぅ、少年の疑惑の視線が痛いです……
「しかし、なんだ。鎧無しだとなんか落ち着かないな……」
「そうだな……こんな軽装で外を歩くのは初めてだ」
首を傾げている、普段の鎧を脱いで布の服に少しの皮防具だけ纏った二人。
今回、潜入という関係上二人は装備を最低限にしか纏っていません。尤も、あくまで普段の装備よりは性能が落ちるというだけで、良質な素材をふんだんに使用された上等な装備ですが。
私は服装こそいつも通りですが、いつもの杖は音が鳴るため、手にした杖はワンランク落ちる簡素なものです。
いずれにせよ、戦闘力はだいぶ落ちています。なので戦闘は可能な限り避ける方針でいかなければいけません。
「それよりも、聞きたいことがある。あー……」
「名前? ハヤトだよ」
「ふむ……その響きだと、東方諸島の出か?」
「……知らない、覚えてないし」
「ああ、そういえば分からないんだったな」
特に追及はせずに、流す兄様。その真偽は怪しくはありますが、言いたくなさそうな事を追及する事も無いのでしょう。
「ところで、君の探し人だが……あの町で薬屋を営んでいる人と言うと……東通りに店を構えているアイニさんか?」
兄様の出した名前……「アイニ」というのは、ゲームの時の割と有名なNPCでした。
時折プレイヤーにクエスト等も出してくる方でしたが、物腰が柔らかく、スタイルの良い美人でしかも優しいと、癒し系NPCとしてかなり人気投票上位に名を連ねていた筈です。
日々の疲れに癒しを求めた人がわざわざここ辺境に入り浸っていたほどで、確か
「……そうだけど、それがどうかしたのかよ」
「いや、聞いてみたかっただけさ、知っている人かどうか」
警戒心をあらわにする彼に、肩をすくめる兄様。
気になる事があるのか、先程から、かなり頻繁にハヤト君へ声を掛けていますが……まぁ、任せておきましょう。こういう事は兄様の方が得意ですからね。
そうして、しばらく丘陵地帯を歩いた先の、人の往来により出来た道から僅かに外れた林の中。
「あった、これだ、この足跡。以前はこのあたりで薬の材料の採取をしてたから、多分間違いないと思う」
ハヤト君の指さす先には、女性の物らしきやや小さめな足跡と、それよりも小さな子供位の足跡。
雪解けのため、水気を多分に含んでぬかるんだ地面には、くっきりと足跡が残っていました。
「これは……確かに、女性の足だとこのくらいの大きさか。この小さな足跡はゴブリンの物に見えるな。だが……」
連れ去られたとしたら、そこには違和感がありました。
「……争った、あるいは抵抗した形跡がありませんね……自分の足で歩いているのに」
「だな。無理やり連れ去られたってんなら、その人の足跡は無いか、あるいは抵抗してもっと乱れているはずだが…‥これは、真っ直ぐ特定の方向へ向かっている」
誤解されがちですが、数が集まっていないゴブリン達は臆病でいたずら程度の悪さしかせず、中には先日出会ったホブゴブリンみたいに善良な者たちも居ます。
最悪な事態は想定する必要はありますが、必ずしも危険な者ばかりではありません。
「……言われてみたら、今まで気が動転してて気が付かなかったけど……ってことは!」
「ああ、乱暴に連れていかれたわけじゃなく、もしかしたら何かしらの事情があって同行しているのかもしれないな……無事な可能性は上がったか」
「姉ちゃん……!」
希望が見え、思わず駆け出そうとしたハヤト君を、兄様が捕まえます。
「待て、可能性が上がったというだけだ、この方向は例の魔物に占領された坑道跡、慎重に行動しろ、いいな」
「わ、分かってるって……」
渋々と従った彼ですが、その歩調には焦りの色が濃く出ていました。
――やはり、ただの子供とは思えないな。
まだ気が逸っているのか、先を急ごうとするハヤトと名乗った子供。
しかし、やはり違和感がある……歩く速度が
ここまで一刻程。子供では疲れも出てきていい頃にも関わらず、しかし、その歩みは、まぁ多少イリスの歩く速度に合わせているとはいえ、この小さな体で後ろにいるイリスとレイジを引き離すほど速い歩調だ。
尤も、この世界の人間で、旅慣れていて歩きなれているのだとしたら別段不思議ではないのかもしれないが。
――一月前に、行き倒れている所を拾われた。
時期的にはほぼ一致もしている。ここまでで、疑念が確信に変わるには十分な状況がそろっている。
……というより、既にだいぶ前から確信はしていたが。
「……おい、ハヤト」
「なんだよ、優男のにーちゃん」
「……お前、
「――っ!?」
目に見えて、目の前の小さな体がびくっと震えた。
「……な、なんで」
「まず最初に気が付いたのが、歩き方だ。武器を腰に隠し持っているな。重量軽減されていたゲームと違って、この世界では普通に重量がある……歩き方に、どうしても若干の癖が出るんだ」
こいつは、丈の長いチュニックを羽織っている。隠すのは容易だろう。まだ重さに慣れていないのか、ハヤト少年の歩き方には若干の体幹のブレがあった。その違和感の元を考えれば、何かしらの武器を隠し持っていることは容易に想像がついた。
それも、おそらくはただの子供には、不似合いな本格的な物だ。
「それと、さっきアイニさんの事を尋ねた時。一月も彼女と暮らしていて、その間一度も会ったことの無いはずの、町についたばかりの私達がその名前を知っていたことに何故疑問を持たなかった?」
「そ、それは……」
「知っていたんだろう、私達が彼女のことを知っているのは当然だと」
なんせその彼女の知名度はゲームではかなり高い。私達を同じプレイヤーと認識している以上、知っていることに咄嗟に疑問を持つことは難しいだろう。躊躇ったのち、諦めたように小さく頷いた。
「ついでに、まだかなり若いだろう。向こうで幾つだ?」
「……そうだよ、中1だよ。ゲームを始めたのは小4の時」
やはりか。ゲーム時はキャラ作成の際、あまり極端に現実の身長から離れて設定できなかった。例外は私達みたいにキャラ交換した場合だが。
その後自分の身長に合わせ成長させるかは任意だったが、皆アバターの完成度が崩れるのを嫌い、それをした話は私の知る限りでは聞かない。
この少年は、アバター作成の身長の下限ギリギリの背丈しかないため、現実の年齢も大体予想はついた。
「……まぁ、いきなりこんな世界に放り出されて、命を懸けて戦えって言われても難しいか」
それも、小学校を出たばかりの子供に要求するには酷にも程がある。刺々しい態度も、事情を考えたら仕方ないだろう。
「……俺の事、弱虫だとか臆病だとか思わないのか?」
「いや、思わないな。むしろ順応できた私達の方が異端なんだろう」
しかしそれも、そうせざるを得ない事情があったからだ。守るべきものがあって、我武者羅に戦いに身を投じた結果どうにか順応できた。
……もし、最初の町で
「……逆に聞くけどさ。兄ちゃんたちは、何で戦えるんだ? 怖くないのかよ?」
「そうだな……怖いさ、私達も。割り切るまでだいぶ無様も晒したしな」
特に、前の町でのゴブリンたちと戦った時は最悪だった。自分よりもずっと小さくなった、今は少女の胸の中で一晩中泣いたのだ、今でも思い出すと恥ずかしさに苦笑する。
「勿論今だって怖いさ……けど、この世界では戦わなければ守りたいものも守れない、だから必死に自分を奮い立たせて剣を取っている、それだけだ」
「兄ちゃんは大人だな……俺には、無理だよ、そんなの」
悔しさをにじませたその様子に、今はそっとしておくと決めた。他者を殺す覚悟なんて、子供が持つべきじゃないから……ね。
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