潜入開始
気がついたら、一人でこの世界に居たこと。
小学校を卒業してまだ間もない中で、突如独り放り出され、誰にも頼れず、所持金も無く、魔物や野盗から逃げ回りながら、経験の無い野宿を強いられて居たこと。
そういった、こちらの世界に来てからの事が、少年……ハヤト君の口から語られました。
「……というわけで、俺もあんたらと同じ、プレイヤーなんだ。騙してて悪かったよ……」
そうして、そんな中、体力と精神力の限界で倒れ、起き上がれなくなって居たところをアイニさんに拾われたそうです。
「こんな訳わからないガキを拾ってくれたアイニ姉ちゃんは大事な恩人なんだ……自分で戦うのが怖いから兄ちゃん達に頼むなんて情けないけど、お願いだ、助けて欲しい」
ぐっと唇を噛んで俯いた彼。全て語り終え、気落ちする彼に、私は、思わず……
「大変、だったんですね……っ」
「うわっぷ!?」
思わず、胸に掻き抱いていました。
「……ぶはっ!? 何すんだよ!? というかなんで姉ちゃんが泣いてんだよ……!」
「だって……」
突然家族に庇護された環境から放り出され、どれだけ大変だったか。
私は……今でも少し思い出すだけで震えが来るような酷い目には遭いはしたものの、すぐに頼れる友人達に保護され、信頼出来る人も増え、孤独ではありませんでした。
それでも、たった半日にも満たない時間であっても独りの恐怖は未だ身に染みています。
それを、若造である私の半分くらいしかまだ生きていない子が、何日も何日も強いられて過ごしていたなんて……
「大変だったよね……辛かったよね……」
背の低い私よりもさらに低い位置に頭のある、その小さな体をもう一度そっと抱きしめると、彼はしばらくすると、微かに肩を震わせ始めました。
「……お姉さん、絶対、見つけて帰りましょうね」
その背を軽く叩きながら、自らに言い聞かせる意味も含め呟いた言葉に、私の胸の中で彼は小さく頷きました。
落ち着いた後、少年はイリスを避けるように私の側に避難して来た。
気まずげにして頑なにそちらを見ないようにしているのを見ると、よほど女の子の胸の中で泣いてしまったのが恥ずかしかったと見える。
「クソ、調子狂うなぁ……なぁにーちゃん、あのねーちゃんいつもあんななのかよ、プレイヤーで有名な『姫様』っていや、もっとちゃんとプレイヤー間の距離を取ってただろ」
「あー……まぁ、あの時はあまりちやほやされて、いわゆる『姫』って言われないように警戒してたからな……」
もちろん、ここで私の言う姫とは、問題あるプレイヤーの通称としての姫だ。その噂を避けるため、私達以外のプレイヤーとは特定の者とは極力公平に振る舞いつつもあまり親密になる事を避けていた。
……中身バレを避けるためでもあったけれど。今はその心配も無い……無くなってしまったが。
自覚してるのかしていないのか、そのせいで、今回のように気を許した他者との距離感も近くなってしまっている。
「まぁ、お前がこっちに来て初めての年下ってのもありそうだが」
現状、出会った人物全て自分を庇護対象に見ているため、逆に庇護する側の少年を余計に弟みたいに見ているのだろう……あ、ちょっとイラっとした。
……イリスは自分を20代だと思っているため、大幅に年下の少年を相手にしているつもりなのだろうが、一方で少年の精神年齢とイリスの外見年齢はほとんど差がない。さぞ少年には酷に違いない。
「え、あれで? マジで? 何才?」
「二十歳」
私が。今は向こうが妹って事になってるし。
「マジかよババアじゃん……ひっ!?」
余計なコメントをした小僧ににっこり微笑んでやると、急に顔を蒼褪めさせて黙り込んだ。
はて、何故かは分からないが、これで良し。二十歳女性にババアとか言ってはいけないぞ?
(何故か)そんなすっかり怯えた少年の様子に満足すると、話を続ける。
「今のあれは素だな……今度、説教しておかないといけないな」
「本当そうしてくれ……なんであんなに自分の見た目に無頓着なんだよ……なんか細い癖に柔らけぇし、いい匂いするし、何なんだよ本当」
最後後半は独り言のつもりだろうが、残念ながら聞こえている。先程の感触を思い出しているのだろう、すっかり赤く染まった顔を逸らしてぶっきらぼうに言う少年。うんうん、純情な中学生にはさぞ毒だったろう……が。
その肩に、ポンと手を置く。
「ああ、それと……イリスの行動にも間違いなく問題はあったが……くれぐれも、勘違いするなよ? ん?」
「……しねぇよ!? 怖ぇよなんでそんな顔がマジなんだよ! ……っ痛てぇ!? やめ、痛ぇよ!?」
何やら私が手を置いた少年の肩がミシミシいっているようだが、何、気のせいだろう。
「手、出したら、分かってるな……?」
私の言う事を理解してくれたのだろう、顔を真っ青にしてガクガクと頷く少年の様子に、満足して手を離した。これでよし。
「よし、じゃないです!」
「痛っ!?」
突如、後頭部へ軽い衝撃。みると、いつの間にか近くに来ていたイリスが杖を構えて立っていた。
「全く、子供相手に何を凄んでるんですか、兄様の馬鹿」
さっと少年を手の内に庇ってぷりぷりと怒っているイリスに……
「馬鹿……」
「子供……」
私達は、それぞれ言われたことにがっくりと凹むのだった。
「さて、ここで間違いなさそうだが……」
レイジさんが呟いて見下すのは、眼前に広がる、かなり開発が進んでいたのであろう、掘り進められて出来た切り立った崖に巨大な窪地。
所々木組みの足場が設けられ、すり鉢状に掘られた窪地へ降りていけるようになっています。その外壁に点々と口を開けている採掘場。しかし……
「変だな……敵が見当たらねえ」
その周囲には、予想していたゴブリン達の姿がまるで見当たりませんでした。周辺は、不気味なくらいに静まり返っていました。
「……昼間だから、まだ坑道内に徘徊してるのかもしれない。皆、気を引き締めて慎重に行くぞ」
兄様が皆に釘を刺す。その場合、最悪狭い場所で交戦が避けられなくなるかもしれない。皆の顔に緊張が灯ります。
「ところでイリス、ここは……どうだ、『感じる』か?」
「……はい、間違いないと思います」
先程から、私の頭痛は徐々に酷くなっています。間違いなくこの中のどこかに『傷』がある、そう確信する。
「そうか……だが、今回は見つけても後回しだ、傭兵団の皆が到着してから万全の状態で浄化する、いいな?」
「はい、何が出るか分かりませんからね……」
もしかしたら、以前の町で遭遇したアレみたいな敵も居るかもしれない、そう言った場合、装備が万全の状態ではない私達では少々心もとない。
そんな確認をしていると、先程から残っている足跡の側にしゃがみ込み集中していたハヤト君が立ち上がります。
「……間違いない、あの坑道の中に続いてる」
ハヤト君が、採掘場を見下ろせる丘の上で足跡の追跡……彼のクラスのスキルなんだそうです……を行ってみたところ、その幾つもある坑道のうち一つを指しました。
『イーグルアイ』を使用し、強化した視力で確認すると、『崩落の危険、立ち入り禁止』と注意書きされ鎖と柵で封鎖されていた形跡。その封鎖はすでに破られていました。
「人の出入りの形跡は、確かにありますね」
「そうか……しかし私も知らない能力だが、隠密か探索者系の能力か?」
「……一応隠密系。それより早く行くんだろ」
「ああ、イリス、頼めるか?」
「はい、それじゃ……最初の合流ポイントはあの階段下で」
目的地よりもまだ近く、窪地を降り切った場所に、階段を雨除けがわりに柵に仕切られ、資材置き場になっている場所がありました。そこを指定すると、魔法の準備を始めます。
姿隠しと音消しの魔法。欠点は、私達にもその姿が見えなくなってしまうという点です。なので、使用前に安全そうな目標地点を決めておかなければ、最悪はぐれかねません。
「分かった、私が先行する、レイジ、お前はイリスを頼む」
「ああ、ここは足場が悪いからな、任せろ」
「それじゃ、お願いしますね」
かなり上り下りが激しく、吊り橋のような足場が悪い場所も見受けられます。ここはお言葉に甘えましょう。
「ハヤト、君は……」
「あんたらの足跡なら追えるから、大丈夫。最悪自前もあるし」
「よし、では行くぞ」
「はい、『インビジブル』、それと『スニーキング』」
私の詠唱が終わるたび、まずは私達の姿が見えなくなり、そして音が聞こえなくなりました。
ひょい、と体が持ち上がったのは、レイジさんが抱きかかえたからでしょう。行ってと、多分袖のあたりをくいっと引くと、景色が流れ始めました。
……潜入任務、開始です。
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