急襲
幾度か魔法を掛け直しながら、目的の坑道をしばらく進んだ先。やや拓けた場所に出た私達は、一度皆の
「だいぶ進んだか……しかし、妙だな」
「妙?」
「ああ……入り口の柵は腐食が激しくて、見た感じこの坑道が閉鎖されたのは相当に前っぽいんだが……綺麗過ぎる」
「綺麗、ですか?」
「そうだ、崩落注意とあった割にはあまり崩れた場所も無いし、通り道は……」
「あ……たしかに、ここまですごく歩き易かったです」
まるで頻繁に人が通る為、踏み固められ、整地された道のように……私が、特に苦労しない程度には。
「それに、転がっている道具なんかもだな……鉄製品なんざすぐ腐食するもんだが、ここに転がってるやつは今すぐにでも使えそうなもんだ」
そう言って、傍らに突き立っていたシャベルを無造作に抜き、その刃先を検分するレイジさん。
数年単位で土に触れているにしては、地面に突き立っていたシャベルの錆はひどく薄い気がしました。
「考えられるとしたら、表の閉鎖はダミーで、実はまだこの中の開発は進んでいたかだが……まぁ、ここで考えていてもしょうがない、はやく進もう」
「はい、それでは……」
再度、『インビジブル』を唱えようとした、その時。
ドォォオオン! と、何かが爆破された様な轟音が坑道を揺らし、今まさに進もうとした道の壁が土煙と共に吹き飛んだ。
「なっ!?」
「敵襲!? バカな、見つかった!? それも壁越しに!?」
咄嗟に構えた二人、その眼前の壁から、ぬっと二メートルは優に越えようかという巨大な人影が姿を現した。
――ゲーム時代のエネミーの感知方式は4タイプ、視力、聴力、それに霊体等に多い生体……そして
「魔法感知だと…!?」
「そんな、トロール族が!?」
――魔法感知。魔法発動時の魔力の揺れに反応し、襲ってくるタイプです。
しかし、生物は基本的に視力と聴力であって、魔力感知は主に魔導機械系の物なはずでした!
「ってもバレた以上仕方ねえだろ、隙を見て逃げるぞ!!」
「あ、ああ、悪い!」
真っ先に立ち直ったレイジさんに叱咤され兄様が前線へ飛び出す。一方、私の背後から悲鳴が上がった。
「ひっ、あっ……うわぁああ!?」
ハヤト君が、自身の姿を隠す何らかの手段を使い、視界の隅から消えたのを確認しますが、それで良い、薄情なようですが、先に逃げて貰った方が都合が良いです。
「二人とも! 支援、フルでいきますよ!」
背中に光翼を展開し、洞窟内が明るく照らされる。矢継ぎ早に魔法を唱えるたび、各種支援魔法の色とりどりの光に二人が包まれる。
何せこの敵は……以前町で戦った「ヤツ」と同類だと、そう激しい頭痛が伝えていました。
――逃げた。
――また、逃げた。
――気がついたら、皆を置いて一目散に逃げ出した。
向こうでは、まだ兄ちゃんたちが、戦ってるのに。自分と身長はさほど変わらない、いや、体格的には自分以下な姫様の姉ちゃんですら。
(何やってんだ、何やってんだよ、俺……!)
だっせぇ、あまりにもカッコ悪い。
兄ちゃんたちに、アイニ姉ちゃんを助けてって言って、無関係の兄ちゃんたちを連れてきたのは俺なのに、なんで自分だけ逃げてるんだよ、俺……!
ゲームの時は、小学生ってバレるだけで、一部の周囲の目が変わった。態度が直に滲み出るVRMMOでは、その事が嫌でもよく分かった。
何もしていないのに、迷惑プレイヤーと勝手に決めつけてくる目。
あの侮った目、
そんな目が大嫌いだった。子供というだけで、自分よりも結果を出せていなかった奴らが馬鹿にした目で見て来る。だから、負けたくなくて、必死に腕を磨き、レベルを上げ、効率を追求し、負けるものかと肩肘を張ってプレイして来た。
技術面では目に見えての中傷はすっかり減ったが、しかし、今度は自己中年少プレイヤーとして有名になっていった。上等だと思った。ガキだからとこき下ろす事で自分達の方が上だと、年下に負けた事実から目を逸らすだっせぇ大人なんてどうでもいい。
その事実を明確に突きつけられる形で、お前らはそんな子供に『このクラス』を掻っ攫われたんだからと。
――だけど、ゲームでどれだけうまく出来ても、それが、現実になってしまえばどうだった?
見知らぬ他人には声を掛けれず、一人で買い物も出来ず、戦いになれば足が竦んで動けない。あげく、大事な人を助けに行く勇気も持てない。
結局、お前は安全が保障された箱庭で粋がっていただけの子供だと、そう突きつけられた気がした。
――なんだ、やっぱりガキはダメだな……と。
――また、いつものように。
……悔しい。
…………悔しい!
「くそ、クソっ、クソお!? 俺だって、俺だってぇ!?」
何のためにレベルを上げたんだ。
何のために人を蹴落として今のクラスを手に入れたんだ。
上着に隠した武器の柄に触れる。これだって、子供の
襲撃された町で、兵士達の危機に
俺もああなりたかった。
漫画やゲームの主人公に憧れ、何度も夢に見たはずなんだ。
――やってやる……
――俺だって、やってやる……っ!!
「くっ、こいつ、一撃がとんでもなく重い!」
二人がかりで必死に攻撃をいなすレイジさんとソール兄様。逸れた拳や脚が坑道の壁や地面を打つたび、ズズンと不吉な震度が走る……このまま交戦を続けていたら、持たない!
「チャフ、使います!」
「任せた!」
念のため、鞄に一個忍ばせていた筒に手を伸ばす。
――
その上部のピンを抜き、敵の頭上目掛け投げつける。
「目、注意!」
叫ぶと同時、自分の目を庇う。きっと伝わったはずと信じます!
瞬間、
三秒待って目を開けると、虹色にデタラメに輝く無数の
「よし、逃げ……」
兄様が撤退を指示しようとした、その瞬間。
「うわああぁぁぁあああ!?」
「なっ!? 馬鹿、ハヤト、止めろ!!」
兄様たちと敵を挟んで向かい合う位置に陣取った私の眼前、敵の背後に、霞が形を成すように姿を現したハヤト君が、半ば狂乱の様相で隠し持っていた武器……小太刀を振り下ろす。
閃光としか認識できなかった、その軌跡。
絶好のタイミング、十二分に気合いの乗ったその会心の一振りは、トロールの強靭なはずの筋肉を、頑強なはずの背骨を抵抗すら許さず断ち斬り、一拍置いて、真っ赤な鮮血が周囲の壁を真っ赤に染め上げました。
――隠密系、二次職アサシンのスキル『アサシネイト』
自身が認識されていない相手に、全物理職中最高クラスの倍率を誇る威力の攻撃を叩きこむ、職の花形スキルだけど……今は!
「は、はは……や、やった、やったぜ! なんだ、やっぱり大した事ないじゃん……!」
自分の攻撃の効果を確認し、確実に仕留めたという手ごたえを感じて喜声を上げるハヤト君の眼前で、背筋と脊椎を絶たれ巨体を支える事が出来なくなったトロールの上半身がゆっくりと傾いで行く。頭からの信号の消失した脚が、膝が崩れ、重量に引かれ倒れて行きます。
一太刀で完全に
――敵が、真っ当な生き物でさえあったならば。
その足が、ズン、と大地を再度踏みしめました。
「……………………え?」
呆然とするハヤト君の眼前で、傷口からバキバキと「あの結晶体」が生えていき、瞬く間に傷を埋め
「う……あ……ひっ!?」
敵の視線が、自分に痛手を負わせた小さな影……ハヤト君を睨みつけたままゆっくりとこちらへ振り返って来ます……だめ、タゲが跳ねた!
「 『チェーンバインド』!……ダメか!? 逃げろ!!」
トロールの全身に兄様の魔法の鎖が絡みつくも、意にすら介さず引き千切ってハヤト君に向かって行く。
普段のタンク装備ではない兄様のスキルは十分な効果を発揮できず、この中で最も大きな手傷を負わされた事で、敵から最大の脅威と認識されたハヤト君から怒りに血走った眼は離れません。
想像を超えた出来事に固まる彼目掛け、胴体同様、ガントレットのように結晶体に覆われた拳が振り上げられて行くのが、スローモーションのように見えました。
そんなゆっくりと流れていく時間の中、衝動的に、手が届く範囲内にあったその硬直した小さな身体をぐっと引き、自分の背後へと引き倒します。
「姉ちゃん!?」
尻餅をついた姿勢で驚愕に見開かれたハヤト君の目。しかし、眼前に迫ってくる、敵の拳。引き伸ばされた時間の中、まともに当たれば致命的なそれを、どこか冷静な心持ちで眺めていました。
――大丈夫、私の装備なら、
次の瞬間訪れるであろう衝撃に備えて、ぎゅと目をつぶって頭を庇います。
「がぁっ!?」
予想した衝撃は来ず、代わりにレイジさんの呻き声と、剣戟の音。
恐る恐る目を開けると、そこにはいつもの背中が立ちふさがって居ました。
「やると思ったぜ、こ……っの馬鹿野郎が!!」
再度振り上げられた敵の拳に、危険な輝きが宿る。咄嗟に、
「『ワイドプロテクション』!!」
背中に、ばさりと翼の開く感触。周辺に魔法が行き渡り、私達の身体が防護膜を
「おおおぉぉぉあ!?」
ギャリギャリと、防護膜を削られながらも、レイジさんがその攻撃を辛うじて受け流す。パキンと、危険な音が聞こえました。
「っ、『プロテクション』!!」
ズズン、と、何かが爆発したような衝撃と振動。坑道全てが揺さぶられたような衝撃に、足元にビシビシと亀裂が走り、ふっと足元の支えが消え失せる……崩落する!?
「レイジさん!?」
瞬く間に足元の分厚かったはずの岩盤は崩落し、完全に崩れて巨大な穴が口を開けた。底の見えない真っ暗な口を。
慌てて羽根を広げ、体勢を立て直した時には崩落の中心点にいたレイジさんは、すでに大分下まで落ちてしまっていました。
――このまま落下したら、落下速度をどうする事も出来ないレイジさんは、確実に死ぬ。
気が付いた時には既に、必死に彼の下へ飛んでいた。崩落した坑道の破片が降りしきる中、私は何故かゆっくり流れていく空間を、身体が勝手に動いているという錯覚をふと覚えました。
周囲を冷静に
今まで練習はしていたものの、まだまともに飛んではいなかったはずの身体が、降りしきる破片をかいくぐり、一筋の雷光のようにみるみる落下中のレイジさんに追いすがっていきます。
「バカ、戻れ危険だ!」
ただ落ちることしかできないのに、なんでこんな時まで格好つけているんだ、こいつは。知ったことか、無我夢中で背中の光翼を羽ばたかせ、必死にレイジに手を伸ばす。
「いいからっ! はやく掴まれ、レイジぃ!!」
どこか
何故か驚愕の色を浮かべたレイジさんが、思わずといった感じで私の手を握るのと同時、その手を両手で握りしめ、翼を羽ばたかせて落下速度を落とす。
「あっ……ぎっ……!?」
――凄まじい負荷が両肩にかかり、右肩からガコッと嫌な衝撃。一瞬で、現実感が帰ってきました。
「おい、イリス、もう十分だ!俺は何とかする、もうやめ……」
「嫌です!! 絶対、絶対に……! 離しませんからね……っ!?」
脂汗がぼたぼたと顔を伝います。掠れた声が喉から漏れ、ボロボロと涙が流れる。今はアドレナリン過多なせいか痛みはそれほど感じませんが、細かく身体は震え、まともな状態ではないと危険な信号を発しています。だけど、この手だけは……!
「……っ、このまま、下に降ります……!」
私の力では、レイジさん一人を持ち上げる力はありません。上に残された二人は心配ですが、無事を信じて歯を食いしばり、落下速度を抑えようと羽ばたきます。
「……おい、上!?」
不意に、レイジさんの鋭い叱責の声。半ば
「……あぐっ!?」
激しい衝撃に頭を撃ち抜かれ……全身から力が……意識が……闇に、飲まれ……
「イリス!? しっかりしろ! おいっ!? ……っ! ……っ!?」
次第に何も聞こえなくなって行く。背筋の凍るような浮遊感の中、何かに包まれたような感触を最後に、完全に闇へと意識が沈んで行きました――……
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