零れ落ちたもの
私の治癒魔法が戦場を覆い、倒れていた人たちが、次々と狐に摘ままれたような顔で起き上がってきます。
……立ち上がることができたのは、半分ほど。残りの半数は、何も起きずに横たわったままです。覚悟はしていたつもりでしたが、実際に目の前に亡くなった方の遺体があるというのは堪えます。しかし、今はやらなければいけないことがあります。黙祷だけ捧げ、思考の隅へと追いやります。
「まだ、行ける?」
「……はい、流石に少し疲れましたが、あと範囲回復何回分かくらいは余裕があると思います」
「……よし、降りてからも、私からあまり離れないように」
ソール兄様がゆっくりと地面へ降下すると、そっと私を地面に下ろしました。それに気が付いたレイジさんも一度合流します。
「レイジさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。怪我ひとつ負ってないぜ……次はどうすればいい?」
「レイジは町に入り込んだ奴の掃討は任せていいか? 私は残っている兵と協力してこれ以上の侵入を防ぐ」
「おう、任せておけ!」
二人はパンと手を合わせると、レイジさんは町へ、ソール兄様は反対側、門の方へと駆けていきました。私もそれに続きます。
「……指揮官殿はいらっしゃいますか!?」
大声で呼びかけた兄様の声に、一人の兵士さんがが声を上げます。
「あ、ああ、隊長は私だ!」
「無事な兵を門前に集結させてください、外には私の仲間もこちらへ救援に向かっています、焦らずこちらへ向かってくるものだけ抑えてください。門内へと入り込んだ敵はレイジ……私達の仲間である彼と、弓を持った方で対処を」
「わかった、そうしよう!……加勢、感謝する」
「お怪我をした方は無理せず下がってくださいね?」
「……助かります。総員、聞いての通りだ、隊列を立て直せ!」
我に帰った兵士たちが、配置につきます。門の外ではミリィさんとレニィさんの大火力の魔法が猛威を振るっており、敵の注意はそちらに向いているためかなり散発的な攻撃となっており……
その掃討には、さほど時間はかかりませんでした。
「……もう、居ない……よな?」
兵士の一人が、途切れた攻勢の中でぽつりとつぶやきます。見渡す限り、人以外の立っている存在は見当たりません。
「終わった……」
「勝った……凌いだぞ……!」
徐々に、死闘の終焉を実感してきた兵士の皆が、ぽつりぽつりと歓声を上げ始めます。 門の外では、外から挟撃を仕掛けていた皆……特に、大勢の敵を強力な魔法で薙ぎ払っていた、ミリィさんとレニィさんが囲まれて身動きが取れなくなっていました。
しかし、すぐにその声は萎み、生存者の確認を行うと、同僚の遺体の回収を始めました。
……大勢の人が亡くなっていました。それは、彼らとつい昨日までは一緒に居た方々なのです。その無念はいかばかりでしょうか。
「貴女のせいではありませんよ。むしろ、貴女がいなければこんなものでは済みませんでした」
「そうだ、君が来てくれなければおそらく私もここに居なかった……ありがとう」
沈痛な面持ちで作業していた方々が、それでも傍を通る際私に気にするなと声をかけてきます。
「あの、何かお手伝いを……」
そう言いかけて近寄ろうとしたところで、一人の兵士に止められました。確か、あの時レイジさんの傍に倒れていた人……だったと思います。
「いえ、貴女は十分に助けてくれました。これ以上その手を煩わせてしまっては私達も申し訳が立ちません……気にせずここは任せて休んでいてください」
「……はい」
そう諭されては、もう何もできることはありませんでした。立ち去ろうと踵を返します。
「あの! ……私は、結婚も間近でこのような事になって、全てを諦めそうになっていたところで貴女に助けられました。おかげで、街で待っている恋人を泣かせずに済みました……本当に、ありがとうございます」
「それは……」
振り返りかけた顔を彼の方へ向けると、精一杯、笑顔になるように頑張って、声を出します
「……それは、本当に良かったです。どうか、無事に帰ってお幸せになってくださいね?」
それだけ絞り出すと、足早に立ち去りました。
領都へと運ばれ、そこで葬儀があげられるという同僚の亡骸を見送る兵士たちの輪から外れ、所在なく立ち尽くしていると、誰かに肩を叩かれます。
「……思えば、目の前で誰かを助けられなかったというのは、こちらに来て初めてだ」
「……兄様」
「ここだと邪魔になる。少し席を外そう」
そう言って手を引くと、外壁の影、誰もいないところへと連れていかれます。
そうして、誰からも見えない所へ行くと、そのまま胸へと抱かれました。驚いていると、その兄様の体も僅かに震えているのを感じ、悔しいのは私だけなのではないと思い知ります。その背をあやすように軽く叩きながら、そっと声を殺して私も少しだけ泣かせてもらいました――……
「……兵士たちも言っていたが、やはりゴブリンの動きとしてはどう考えてもおかしい」
落ち着いた私達は、戦闘のあった門周辺を見回りながら、先程の戦闘での内容を振り返り、首を捻っていました。
ちなみに、真っ先に町へと飛び込んだレイジさんは、周囲を兵士の方々に囲まれ絶賛されて困った顔をしています。
私の方はというと、遠巻きにこちらを見ている者たちが時折小さく「聖女様……」と言っている声が聞こえてくる恥ずかしさを必死にこらえています。兄様はそんな私の様子を苦笑して見ていました。
「……変な、動きでしたね」
「……ああ、これはまるでアンデッドのような……目の前で戦っているこいつらからは、自分の意志を感じなかった」
戦術も何もあった物ではなく、とりあえず手近な敵を襲うような行動。おかげで二方面からの攻撃にてんでばらばらに襲い掛かり戦力が無秩序に分散したため、今回は非常に御しやすい相手でしたが……
考え事をしながらその戦場に倒れたゴブリンの亡骸の一つの横を通り過ぎようとした時……ずきりと、頭が痛みました。もしやと思い、その亡骸をひっくり返して調べてみると……すぐに、異変が見つかりました。
「これは……」
「イリス、何か気になるものでも見つけた?」
私の様子に気が付いた兄様が、上からのぞき込んできます。
「……兄様、これを」
私が亡骸の着ている服を端を捲ってみると、そこには輝きを失って罅割れた何かの……以前に見覚えのある結晶体が体に埋まっていました。
「これは……そうか、あの時と同じ。通りでゴブリンにしては行動パターンがおかしかったわけだ」
それは、いつぞや見た山賊のなれの果て……あの影の魔物の時にその体にあった物と同じような小さな結晶でした。という事は、この襲撃は数日前に発生した『傷』と関わりがある……その可能性が高そうです。
「あの、隊長殿、すみません一つお聞きしたいのですが」
「おお、貴方らは……おかげで、被害も最小で済みました。で、聞きたいこととは?」
たまたま近くを通りかかった隊長さんに、兄様が声をかけます。周囲に指示を出していた彼は、それでも私達を見ると、快く応じてくれました。
「あ……あちらの方角には、何か変わったものや変わった事が無いかご存じないでしょうか?」
「……ああ、あちらですか」
私の指さすその方角を見て、隊長さんが何か苦虫を噛みつぶしたような表情をします。
「……何か、あるんですね?」
「はい……そちらに一刻ほど進むと、ゴブリン共に占領された新坑道が。道中は大勢の人が歩いていたので道もすぐにわかると思います……しかし、この町を預かる町長の強硬な反対で、調査できずにいまして。現在領都の本部の方へ伝令を送っており領主様からの調査許可の返事待ちな次第で……そんな中、こういった事が起きてしまいましたが」
「……町長が、渋る? 町の主産業の坑道が奪われ、このような襲撃に晒されている中で、わざわざ領主の派遣してきた兵の協力を拒んで……?」
それは、どうにも不自然な……こういった状況でさらに防備を固める要請ならともかく、そういう物でもなさそうです。
「……何か、見られて困るものでもあるのか?」
ぶつぶつと、兄様が呟いていると、その横顔をまじまじと見つめていた隊長さんが恐る恐る声をかけます。
「あの……ところでずっと気になっていたのですが……もしや、貴方様はソールクエス殿下ではないでしょうか?」
「……ぐっ!? い、いや、何のことかな……?」
ああ、兄様が動転しています……気持ちは分かりますが。そういえば兄様はあまりこの手の話を振られていなかったですからね……
「……すまない、こちらにも事情がありまして。このことはどうか極力内密にしていただきたく」
「は、はぁ……しかし、そのお姿は? それに、貴方様が……ということは、こちらのお嬢さんは」
「……あはは……すみません、こちらも事情がありまして」
「……はぁ」
「……詳しくはいつかそのうち話が行くと思いますので、どうか今はそっと胸の内にしまっておいてください」
「すみません、お願いします」
「あ、ああ、頭をお上げください、私のようなものにそのような! ……わ、分かりました、私の心の内に仕舞っておきますので、どうか……!」
私が頭を下げると、隊長さんは焦ったように約束してくださいました。何とも説明しにくい以上、あまり変に広まっても困ります。こういう展開は今まで大抵は私に来るため油断していた兄様が、そそくさと自分のマントのフードを被ってしまい、その様子に苦笑します。
そんな一時的に緩んだ空気の中、街の方がざわざわと騒がしくなってきました。心なしか、周囲の兵士さん達の空気がピリピリとしたものに変わっていきます。
「おお、これは……旅の方が加勢してくださったとは聞いていましたが、町を守ってくださり、感謝の言葉もありません……!」
そんな中大声を上げながら、街の奥から、やたら羽振りの良さそうな衣装や装飾品を纏った中年位の男性がこちらへと歩いてきます。周囲を鷹揚にその視線が一瞬こちらを向いた際、ぞわりと背中に走る悪寒。ほんの一瞬でしたが、あれは私ではなく、私にかかる価値を図ろうとする、そういう視線でした。
ぎゅっと兄様の方に身を寄せると、それに気が付いたようにさりげなく私を背に隠すように位置を変えました。
……あの視線は、怖い。だいぶ癒えたと思っていた嫌な記憶が脳裏をかすめ、膝が震えそうになるのをぐっと堪えます。
そんな私達に、隊長さんが耳打ちしてきます。
「……あれが町長です……町の外から破落戸や何処の物とも知れぬ鉱夫を多数呼び寄せて侍らせており、評判はあまりよくありません、くれぐれもお気を付けを」
「……でしょうね」
彼は、その身の周りに、周囲の者をを威嚇するように目を配らせている、明らかに堅気の物ではなさそうな者を侍らせて……しかし、先程の戦闘に戦力を出そうともしていなかった。
場所が変われば人も変わる。前の町の人々が優しかったから次も、というわけには行かないという事を、今ひしひしと感じていました。
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