集いの茶会②
「……落ち着かれましたか?」
「はい……申し訳ありません、お見苦しいところをお見せして。それと……ごめんなさいね、善意で言ってくれた事でしたのに」
まだ舌が痛むのか、冷たいハーブティーを口の中で転がしながら、イーシュクオル皇妃殿下。
ちなみに謝罪については……先程その舌を治癒魔法で治療しようと思ったのですが、当の本人からなぜか固く拒否された事に対してでしょう。
「いいえ、気にしていません。それで……私も、ユリウス殿下のようにイーシュお姉様、とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「……! ええ、ええ、私もイリスちゃんって呼んでいいですか?」
「はい、喜んで」
笑いかけながら頷くと、ぱぁっと明るい表情で……いえ、あまり表情は変わっていないのですが、雰囲気で喜んでいる彼女。
「ソールクエス殿下も……ソール君、でいいかしら?」
「あ……はい、イーシュ姉様」
兄様が珍しく戸惑いながらも愛称で呼ぶと、彼女はほんの僅かに表情を緩め、微笑を浮かべました。
普段が無表情な分、その微笑みはギャップも相俟って、思わずドキッとします。第一印象はとても綺麗な方でしたが……今では、可愛らしい方だと思えるのでした。
ちなみにこの会は、お茶会とは言いますが、人数の関係で実際には立食形式のパーティです。
しかし私は、今着用している白いドレスを汚すのが怖いため、お茶だけいただいています。
兄様はそれにわざわざ付き合ってくれているのですが……なぜかフェリクス皇帝陛下とイーシュお姉様も、時折軽いものを摘んで口に運んでいる以外は、私と同じようにお茶だけなのです。
――本当は先程まで、給仕の方々が果実酒を配っていたのですが、今は私達のところへとお酒類を勧めに来る人は居なくなりました。おそらくは、つい先程の出来事が理由なのでしょう。
「申し訳ありません、お酒はちょっと……」
果実酒を勧めて歩いていた給仕の方に、そのように申し訳なさそうに言っていたイーシュお姉様。
それを受けて皇帝陛下が何事かを給仕の方に耳打ちすると、彼は慌てて謝罪し離れていき……一体何を言っていたのか、以降は酒類を配っている方々は寄り付かなくなりました。
ちなみにユリウス殿下とアンジェリカちゃん、幼い二人組はとりあえず食欲に忠実らしく、二人仲良く甘味の沢山並んでいるテーブルのところへと行ってしまい、いまは少し離れた場所にいます。
桔梗さんはどうやらそちらが気になるようで……少しアレな所はありますが、基本的には子供好きで面倒見の良い方なのです……大皿のプディングを器に取り分けてあげていたりと、細々な面倒を見てくれているようで一安心でした。
皇帝陛下はというと……
「レイジ君と言ったな。見れば見るほど俺たちフランヴェルジェ皇帝家に多いのと同じような髪色だが……本当に、無関係なのか?」
「違う……んっ、違います、これはただそう設定しただけで……いや、何と言えばいいのか……」
予想外にフランクな皇帝陛下に、レイジさんが距離感を掴めずにしどろもどろになって返答しています。
どうやら鮮やかな真紅の髪色はフランヴェルジェの皇帝一族に良く現れる色らしく、レイジさんのその真っ赤な髪が気になるらしいのですが……キャラメイク時にはそこまで深く考えていなかった部分だけに、説明に困っているようでした。
「おっと、悪い悪い、困らせるつもりじゃあなかったんだ。うちは……その、先代皇帝が色を好む質だったからな、疑ってしまった、許して欲しい」
「い、いえっ! 気にしておりませんので……!」
「全く……情熱的と言えば聞こえがいいが、あちこちで浮名を流すものだから、市井に与り知らぬ皇家の血筋が何人いるのやら……」
よもや頭を下げられると思っていなかったらしく慌てているレイジさんを他所に、頭痛を堪えるような仕草で溜息を吐く皇帝陛下。その苦労を偲び、心の中でお疲れ様と同情します。
「勿論、俺はイーシュ一筋だけどな!」
「きゃっ!? へ、陛下……その、このような場で、そのようなお戯れを……!」
だというのに、唐突に傍に居たイーシュお姉様を抱え上げ、イチャつき始めた皇帝陛下。
……途端に同情する気が失せてきた気がします。
「それに……お言葉はとても嬉しいのですが、何もそのように一筋を貫かずとも、私とて王族の出です。世継ぎのため側室を迎える重要性も理解はしていますので……」
「だが、お前との間に沢山の子を設ければ、その必要も無いだろ?」
「……あう、ぅ………………が、頑張ります……」
……なんなんでしょうね、これ。
人目など憚る様子のない、むしろ見せつけるかのような態度のフェリクス皇帝陛下に抱かれ、ドレスから露出した首筋や肩に口付けされながら、このままでは死ぬのではなかろうかと心配になるほど顔を真っ赤に染めたイーシュお姉様。
困っているみたいではありますが、満更でも無い様子なのが本当に……事前に聞いていた話では、いつまでも新婚気分が抜けぬ夫妻だとため息交じりに言われているのも納得でした。
その二人の世界を作っている二人に……この場に、あえて言葉にするのであれば、「ケッ!」と吐き捨てるような感じの視線が集中しているのがヒシヒシと伝わって来ます。
アンジェリカちゃんなどは、少し離れた場所で、ユリウス殿下の耳を塞ぎながら、顔を真っ赤にして俯いてしまっていました。
……これは、子供の情操教育に悪いのでは?
そんな思いがむくむくと膨れ上がり、いい加減止めるべきだろうかと思い始めたその時。
「おっと、これはこれは……ノールグラシエ王国が誇る美姫が二人揃い踏みとは、華やかで良いですなぁ」
空気を読まぬ……あるいは最大限読んだ結果でしょうか……新たな声が、横合いからかかりました。
……助かりました!
そんな思いで振り返った先。
陽気な雰囲気のその声の主は……恰幅の良い、優しげな顔立ちをした金髪の中年男性。その姿は事前に最低限顔を覚えておくようにと言われ、教えられた人物の中にあったのを思い出し、気を引き締めます。
「ソールクエス殿下、それとイリスリーア殿下にはお初にお目にかかります。私は通商連合国の代表として、首相の任に就かせて頂いております、フレデリック・ウルサイスと申します。以後お見知り置きを」
そう挨拶を述べて兄様と握手したのち、そっと差し出した私の手を取って、白いレースのフィンガーレスグローブに包まれた甲に口を寄せる彼。
「フレデリック首相、お初にお目にかかります。すでにご存知かとは思いますが、私はソールクエス・ノールグラシエと申します」
「同じく、イリスリーア・ノールグラシエと申します。若輩の身ではありますが、以後お見知り置きの程をお願いいたします」
私と兄様が挨拶をすると、彼は人の良さそうな笑顔を浮かべ、若干大仰な仕草で礼を取ります。
「これは両殿下とも……初の公式の場にもかかわらず、なかなか堂々たる振る舞い、私感服いたしました」
そうニッと笑った彼に、どうやら各国の主要な方々への挨拶は無事済んだのを感じ、私たちも内心ホッと一息吐くのでした。
「それで……そちらの方は?」
目線で、先程からフレデリック首相の背後に控え、頭を垂れていた付き人の男性を示します。
「おっと、忘れていた。紹介しよう、最近ウチの商工会でめきめきと頭角を示している、見込みある若者だ。こういった場に出るのも勉強になるかと思い連れて来た。名をフォルスと言う」
首相の紹介を受け、身を起こして一礼する彼。
やや細身の体つき。身長はやや長身。薄いプラチナブロンドの長髪を片側で緩く結って肩から流し、その顔には銀のスクウェアフレームの眼鏡。
「……? あなたは……」
不意に既視感を感じました。
その姿に、どこかで見覚えがあるような……いつだったか、同じように誰かに紹介された事があったような気がして……
「……あ」
「どうか、なさいましたか?」
「あなた……そうです、確か『アルスレイ』の素材集めのために流通ギルドを頼った時に、協力してくれた……!」
それはまだゲームだった頃。
希少な素材が大量に必要だった『アルスレイ』の製作は、当然ながら私たちだけの力では不可能でした。
しかしそれに使用するような希少な素材は、主にレイドボス攻略ギルドが自分たちで利用するために独占し、市場にはほとんど出回りません。
そのため頼ったのが、行商人プレイヤーの集まってできた最大手ギルド……
結果、その手腕と人脈によって、予想よりもずっと早く目的の物を調達してくれたため、良く覚えています。
……つまり、彼は元プレイヤーです。
「……覚えて、おられたのですか」
「それはもう、随分と助けられましたから。どうかなされたのですか?」
意外、とでも言うように目を見開く彼に、首を傾げながら聞き返す。
「い、いえ……たった一度の、短い間の依頼でしたから、驚いてしまいまして」
咳払いして、失礼しましたと再度頭を下げる彼。
「なんじゃ、お主、イリスリーア殿下と知り合いだったのか」
「えぇ、まぁ……多少の縁がありまして。もっとも当時はそのような事を知らず、よもやこのような場で再会するとは思いませんでしたが」
フレデリック首相の質問を、飄々とはぐらかす彼。どうやら余計な詮索をされたく無いらしいので、私も曖昧に微笑んでそれに習わせていただきます。
「普段はこちらでも継続し
「あ……はい、何かあったらよろしくお願いしますね」
私の返答にひとまず満足したらしく、ふっと目を細め笑って下がる彼。
「……っ!?」
「……イリス、どうかした?」
「い……いえ、なんでも……」
――彼が笑った瞬間、その目の奥の光に何か背筋が粟立つものを感じたのは……気のせいでしょうか?
「あ、あの……それで、お聞きしたかった事があるのですが!」
そんな不安を払うように、おそるおそる挙手して言うと、皆の視線がこちらへと集まります。
「これで、四つの主要国家代表である皆様とはこうしてご挨拶出来たわけですが……もう一つの塔の方々は、どちらに?」
この大闘技場に併設されている、来賓の居住スペースである塔は、
残る一つを使用しているはずの方々……
私の疑問に、同じことを考えていたのか、同じゲームから転移させられた桔梗さんもコクコクと頷いていました。
「あぁ……あいつらか」
不機嫌そうに言ったのは、フェリクス皇帝陛下です。
「連中は来ねぇよ、今回だけじゃ無く毎年な。何をしているのやら、そんな暇は無いんだとよ」
「この世界の調停者への配慮として、一応慣例として用意はされておりますが……もう何十年も使われた事は無いそうです」
「彼らは、下界の下々の祭りになど興味を示しませんからな。一体何を考えているのやら、です」
口々に、不満を述べるこの世界の方々。どうやら居ないのが普通なのだとの事でした。
「ですが……私も行商人の伝手で聞いただけなのですが、最近は何か動きがあったようで、剣呑な空気が増しているようですよ」
「それは、本当か?」
フレデリック首相の発言に、眉をひそめるフェリクス皇帝陛下。
「ええ、確かな筋からの情報です。行方不明になっていた方々が相次いで発見された事といい……一体、何が起き始めているのでしょうね?」
フレデリック首相の投げかけたその疑問に、自分の弟という心当たりのある皇帝陛下が苦虫を噛み潰したような表情をし、当事者である私と兄様、桔梗さんはお互い視線を交わし無言を決め込みます。
――アクロシティにだけは近寄るなよ?
以前、朦朧とする意識の中で聞いた、あの『死の蛇』が残した言葉が脳裏に蘇ります。
いまだ沈黙を守るアクロシティ。そこで今、何かが動き始めているという不安がもたげてくるのを、否応なく感じずにはいられませんでした――……
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