ゴブリンリーダー討伐戦2

 あれだけの矢の雨に晒されながら、誰一人無傷。

 その異常な結果に、狐に摘まれていたような顔をしていた彼らが、背後から照らす光に気付いて顔をこちらに向け、驚愕に変わっていくのは時間の問題でした。


「お、お前、その背中の……!?」


 こんな状況だというのに、彼らの驚愕の視線が私の背後に突き刺さります。


「話は……話はあとです、死にたくなければこちらに……急いで!」


 ついに周囲に晒してしまった光翼の事に焦りながらも、辛うじて絞り出した、半ば悲鳴のような私の声に、我に返った彼らがぎこちなくこちらへ駆け寄ってきます。


「正直お前たちを助けるなんて心外だが……『フォース・フィールド』!!」


 兄様の盾を起点に、私たちの周囲に結界が現れます。直後……


「きゃぁ!?」

「くっ……これは、恐ろしいな……っ!」


 半透明な結界越しに、ガガガッと無数の矢の雨が降り注ぎ、そのたびにチカチカと激しく明滅します。鼻先わずか十数センチ程度の場所で次々と跳ぜる矢が、たまらなく恐ろしいです。


 ――今はまだ防げていますが、だがしかし、このままではジリ貧となってしまう。私と兄様の魔力には限界があり、それは遠くないうちに尽きるでしょう。ワイドプロテクションの再使用時間はまだ一分以上。はたしてそれまでこの激しい攻撃に晒され急速に減っているであろう兄様の魔力は持つのか確証もなく、その時間が遥か彼方に感じます。いえ、それよりも……


 その危惧は、すぐに現実となります。ジェネラルの傍に控えていた、リーダー個体を含むハイゴブリン達が、こちらに向けて歩を進め始めました。当然、私達の魔力が尽きるまで待っているわけもなく、それに彼らの硬く強化された肌はおそらく私達と違い矢の雨をものともしないでしょう。


「……一か八かだが、次に矢が降り止んだら全力で後退しよう。ソール、お前はイリスを連れて最初に退くんだ」

「……レイジさん!?」

「……分かった」

「兄様も、なんで!?」


 それではまるでこの前の再現です、到底我慢できず、声を荒げますが、二人の目は揺るぎません。


「心配すんな、今度こそ死ぬつもりはねぇよ。お前さえ無事ならいくらでも立て直せる、分かってるだろ?」

「それは……でも……!」


 安心させようとしているのか、頭を撫でる手。周囲を見回すと、悲壮さをにじませつつも、レイジさんに同意し頷くヴァイスさん達三人。


 ――分かっています。それが正しいと、理性では理解してます。


 苦渋の末、それに頷こうとし……そして、その瞬間は訪れませんでした。






「第二班、構え! 目標敵右翼、焼き払え!!」


 突如、耳に届いたその声。背後の森より姿を現した女性……フィリアスさんの号令とともに、共に現れた魔術師の恰好をした傭兵から、右手の弓兵集団にいくつかの火の玉が数条、放たれていきます。


 ――着弾、轟音。


 そのたった数発の火炎の玉……確か魔術師系の職の中級魔法、『ラーヴァ・ボム』が右側崖上に居た敵陣ど真ん中にいくつか着弾し、向こうの弓兵の立っていた崖が高熱で真っ赤に溶け、そこに居た数十匹のゴブリンの弓兵たちの姿が消滅します。続いて、私たちの後方から放たれた火矢が、再度敵陣に襲い掛かり、次々と上がる炎に右往左往して統率が乱れます。




「第一班、左翼へ突撃開始、お前たち、可憐な姫君の救出戦だ、気張れよ!! 私に続けェ!!」


 その混乱も冷めやらぬまま、左手の森から突如矢のように飛び出してきた、二本の長剣を携えたゼルティスさんを先頭に、各々の武器を携えた六人の集団が、鋭い楔のように、左翼の敵陣に深く深く突き刺さります。接近する者を全て切り伏せ、怒涛のようにかき回し、取りこぼし逃れたゴブリン達も、後方から追従している第二陣に瞬く間に駆逐され敵の前衛の一角が削られていきます。




「すげぇ……これが、本物の、戦いを生業にした傭兵か……」


 あっという間に逆転した形勢に、私を庇った姿勢のレイジさんが呆然と呟きます。いつの間にか、私たちを狙う矢の雨はまばらになっていました。


「……これくらいでいいでしょう、一度後退して、先程の音で今こちらに向かっているであろう団長と合流、態勢を整え直します。皆さんも、さぁ!」


 敵の先鋒を切り崩し引っ掻き回して悠々と帰還してきたゼルティスさんの声に、我に返ったソール兄様が私を抱きかかえ、同じく我に返ったレイジさんも後退します。もちろん、一緒に居た新人の方々も。


「よし、兄貴たちは退却を始めたね。レニィとディアスは目くらましに派手な魔法を準備、その他は『爆矢』の使用を許可する……きちんと狙う必要はない、目くらましと威嚇になればいい!構え! 放てぇ!!」


 続いて、後方のフィリアスさんと共にいる、三名の弓を持った傭兵が矢を……歪に先端が膨らんだ矢を番え、放ちます。それらは、ゆらゆらと不規則な軌道を描いて敵陣、弓を構えたゴブリン達の眼前まで辛うじて飛んで……


 ――着弾、再度の轟音。


 落下した矢が巨大な音と衝撃、炎をまき散らして炸裂し、本来臆病な性格である通常のゴブリン達は右往左往を始めました。今度こそ、私たちを狙っていた矢は完全に降り止みます。続いて離脱しようとする私たちの背後で再度飛来した火球が炸裂し、私達とゴブリン達の中間で巻き上がった爆炎と砂塵に飲み込まれて完全に視界が途絶えます。その砂塵を煙幕にして逃げる私たちの先には、大きく手を振っている、束ねた蒼い髪を尻尾のように揺らすフィリアスさんの姿。


「無事で良かったよーイリスちゃん、それにお兄さんらも! あ、ついでに兄貴も。無事だね!」

「ついでって、お前なぁ……まぁいいか、援護助かったよフィリアス。それじゃ、撤退だ!」

「あ、待ってよ馬鹿兄貴ぃ……!」


 相変わらずこのような場でも緊張感のないようなやり取りを見せる、嵐のような二人に、私たちも、この場を後にしたのでした。












「約束通り、貴女の事を救う名誉を頂きたく、その危機に参上いたしました、可愛らしい姫……っ痛ぁ!?」


 未だソール兄様の腕に抱かれた私の手を取って、またその手の甲に口を寄せようとするゼルティスさん。そんな彼の手を、何故か不機嫌な顔をしたレイジさんが叩き落しています。そんな何故かギスギスした空気の中、呑気な声がかかります。


「よう、お前たち。ちょっと見ない間にずいぶん晴れ晴れとした良い顔するようになったじゃねぇか。先に始めてるもんだから冷や汗かいたぜ全く」


 そう言った彼……ヴァルターさんの視線が、つい、と私たちの背後に移動します。


「……大方、そっちの新人どもがうかつに踏み込んでなし崩しに戦闘開始だったんだろうけどな」


 先程から、一言も口にしていないヴァイスさんを始めとする彼らが、ジロリとヴァルターさんに睨まれ、悔しそうに拳を握りしめます。


「功を焦って本来の班を抜け出し勝手な突撃。あげくに味方を危機に晒したとなったら本来なら厳罰だが……」

「……異論は、ありません。全て、俺たちの勝手が招いたことです」


 自責の念に駆られるように、彼らを代表してヴァイスさんがそれだけ絞り出すように伝えます。


「……あの、彼らは」


 どうにか情状酌量をあげれないかと、おそるおそる発言しようとする私の頭を突然大きな手がぐりぐりとかき回します。


「分かってる。こいつらの顔見れば分かる、貴重な挫折を経験したんだ、生きて次の糧にすりゃいい。そこらに放り出しゃしねぇよ」


 にかっと余裕たっぷりに笑いながらのその言葉に、周囲一同ほっと胸を撫でおろします。


「とはいえ、何のお咎めなしってぇのも良くねぇ。よってお前らには一週間、野菜の皮むきを命じる。勿論お前たちだけでだ!」

「げぇ……!?」

「そ、そんなぁ……」


 たちまち涙目になる彼ら。傭兵団の食事ともなると、その作業量も大変でしょう。ご愁傷様、と内心で同情します。





「さて……おまえさんの『それ』も対処しねぇとな」

「……あっ、こ、これは」


 周囲で、ソール兄様とレイジさんの殺気立つ様子がわかります、が。


「まぁ、そっちは任せとけ。知人との約束もあるからな、悪いようにはしねぇよ」

「知人、ですか?」

「まぁ、追い追いな。時間が出来たら話してやるよ」


 私の疑問にあいまいな笑いを返した彼は、ぽんぽん、と軽く私の頭を叩いて、私の横をすり抜けて背後で動向を見守っている傭兵団の方々へ向き直ります。




「いいかぁお前ら! このお嬢さん達は、俺の友人たっての依頼によって、俺たちの客となった! 特にこの可愛らしいお嬢さんは、最優先の護衛対象と思え!! 当然、その情報は最重要の秘匿義務があると思って接しろ、いいな!!」


 ヴァルターさんの、大気をびりびりと震わせる怒声が、戦場に響き渡ります。あまりの声量に、思わず耳を塞いでしまいました。


「この決定に不満がある人は、私の呪縛ギアスによってこの事をを口外できない契約の上で、退団とします!」


 続いて報告するフィリアスさんのその声。呪縛ギアスとは、大事な契約の際に用いられ、その内容に反した場合術者の力量次第ですが手痛い制裁を行う、ゲーム時代ではプレイヤーには使用できず設定で名前のみ出てきた魔法です。


 ……異論を上げる者はいませんでした。そのようなことは些末事であると、ただ淡々と、各々の武器の具合を確かめ、敵とぶつかり合う時を今か今かと緊張感を高めています。


「はは、当然ですね、このようなむさくるしい所帯にこうして可憐な一輪の花が現れ、しかも私達の手で守れ、などという名誉を与えられたのですから!」


 おどけて声を張り上げるゼルティスさんの声に


「おぉよ、血生臭せぇ戦場に向かうにもそのほうがやる気が出るってもんだぜ!」

「まぁ、男なら一回くらいかわいい子を守って戦ってみてぇしなぁ」

「そうそう、俺らこんなだから、たまにゃ怖がられるんじゃなく嬢ちゃんみてぇな子に感謝されてぇしよ!」


 周囲から追従し、歓声と、賛同の声が上がります。私を抱えたソール兄様も、周囲から庇うように佇んでいたレイジさんも、その和気藹々とした雰囲気に、ぽかんとしています。


 ――この人達は、私を、私達を助けてくれる。


 そのことが、私の胸に何か熱い物が込み上げてきます。何故ならそれは、この世界で初めての事でした。町の皆さんは、良くしてくれています。町長さんやミランダおばさんには、感謝してもし足りません。ですが……こうして、俺たちが助けてやる、そう言ってくれた方々はこれが初めてで、私たちが自覚していたよりはるかに重く圧し掛かっていた不安に苛まれながらもこの世界で過ごしてきた私、いえ、私達には、ようやく見えた光のようでした。思わずぽろぽろと涙の流れてしまった私、それにつられて涙ぐんでしまったソール兄様やレイジさん。そんな私達三人を、ヴァルターさんは、まるで親類の子を見守るような優しい目で見つめていました。












 ヴァルターさん率いる第三班と合流し、ヴァイスさんら三人は、私の護衛という形で私達と行動を共にすることとなり、これで六人で一班の全四班、総勢二十四人。態勢を立て直した私たちの眼前に、同じく混乱を収めて態勢を立て直したゴブリンジェネラル率いるゴブリンの群れが再度その姿を現します。その戦力差、単純な数ではおよそ五倍はあるでしょうか。


 ――あんま気張るなよ

 ――任せておけ、負けやしねぇよ


 最後尾で全体の補助と治療を受け持つことになった私を後ろから追い抜いていく彼らが、口々に私たちを勇気付けるように声をかけ、前線へ向かっていきます。彼らに報いるためにも、私にできることを全力でやりましょう。幸い、もはやこの場に隠蔽しなければならないものは無くなったのですから。


 決意を新たにする私の背に、黄金に輝く六枚の羽根が現れます。その光景に、周囲から、おぉ……と、どよめきの声が上がります。


「『我の英知解き放ち、遍く注ぐ光……有れ』……!」


 私の両手首を中心とし、ゆらゆらと廻る幾何学模様でできた光輪が現れます。


「『スペル・エクステンション』……皆に力を!!」


 私の口から矢継ぎ早に続々流れる呪文。


パワーエンチャント筋力強化

スピ-ドエンチャント瞬発力強化

コンセントレイト反応速度強化

リジェネレイト治癒能力促進

 そして『ヴァイス・ウェポン』


 次々発動させていく援護の魔法の光が、私の手の光輪を通過する際にまるで万華鏡を覗き込んだかのように煌びやかに拡散され、戦場を遍く満たして傭兵団の皆さんへと降り注いでその身体能力を底上げしていきます。


「はは、こりゃすげぇな!」

「ああ、負ける気がしねぇ、ありがとよ嬢ちゃん!」


 続々と、頼もしい笑顔で、軽い足取りで駆け出していく傭兵団の方々。


「姫、この戦闘に勝利を! どうか我が剣をご照覧あれ!!」

「この馬鹿兄貴の言うことは気にしないでいいよ! でも……大船に乗ったつもりでお姉さんに任せなさい!!」


 そんな他の傭兵団すら置いてけぼりにする勢いで駆け出す二人。それぞれ左右に分かれ、誰よりも最初に先頭へと到達したゼルティスさんの二刀の長剣、フィリアスさんの細剣と短剣が、最初の赤い華を咲かせます……この二人、先程も感じましたが本当に強いです。今の脚力、手際共に、レイジさんやソール兄様と遜色有りません……!


 右翼、左翼、それぞれへと迫るハイゴブリンリーダーが、それぞれ先陣を切るゼルティスさんとフィリアスさんと交戦に入りました。それに続いて、取り巻きのハイゴブリン達と傭兵団も交戦に入ります。

 そして、案の定、その上から降り注ぐ矢。彼らハイゴブリンの硬い皮膚には僅かな痛痒にしかならないが故の味方をも巻き込んだ一斉射は、予想通りです……!


「――『全ての害意を拒絶し、我らを守護する光、有れ……ワイドプロテクション』!!」


 私を中心に戦場へ波紋のように広がる光が、周囲の味方に光の防護膜となってその身を包みます。刹那、矢が雨のように降り注ぎます……だけど、しかし。


 それで血を流したのは、彼らの方でした。ゴブリン達の予想していたであろう血にまみれ地に転がる私たちの姿は存在せず、逆にその油断を突いて矢の雨に臆せず突貫した傭兵たちの手により、数体のハイゴブリンが、刃に貫かれて崩れ落ちます。



「……はぁっ! はぁっ……はっ……はっ……」


 一連の援護が、私の魔力を大きく削り、急速な疲労感に杖を支えに肩で息をつきます。そんな私に、背後から現れたヴァルターさんが、ポーションの小瓶を差し出してきます。


「よくやった。とりあえず嬢ちゃんのおかげで戦況は優位だ、今のうちに休んでおくんだ」


 開栓して渡されたそれを受け取り、必死に嚥下します。まだまだ私の仕事は増えます、バテている暇はありません……完全に、ヒーラーが自分一人という状況で戦線を支えた経験は、私にもないのですから。


「……それじゃ、俺も行ってくる、あとの指揮は手はず通りにフィリアスに」


 そうヴァルターさんが、共を数人だけ付けて、迷彩柄の外套を被って姿をくらまして向かうのは、奴らの後方、周囲に補助魔法を維持しているゴブリン……ゴブリンメイジの集団です。後方からの弓兵の撃ち合いが始まった事により頻度は減っていますが、完全に止まっているわけではありません。敵陣深くに切り込むため非常に危険な役回りでありますが……彼らの目には、確かな自信を宿し、気負いのようなものはありません。


「ああ、そうそう、連中は手先が器用だ、何を用意していても不思議じゃねぇ……くれぐれも、油断するなよ、それじゃまた後でな」


 そういって地を這うほどの低姿勢で音もなく駆け出し森の中に消えたた彼らに、私たちは、気を引き締めるのでした。



 ……今、この瞬間も、敵が迫っていました。その中でも、ひときわ強烈な殺意と、その内に見え隠れする背筋が泡立つような獣欲。『ゴブリンジェネラル』が、こちらを見ている。先程から、派手に援護魔法をばら撒いていた以上、その目に留められるのは当然でした。そして、彼らは強い子孫を残すため、特に魔力の高い女性を好んで狙う傾向があるとも何かで見たはずです。


 ……完全に、ロックオンされた、その確信に僅かに動悸が激しくなります。ゲームの時は最初期のレイドボスであり、最近では一般の野良パーティですら対処できる相手だったとはいえ、ここはゲームとは違う法則で動く現実、そして私たちはその時ほどの能力はまだありません。決して楽な相手などではなく、一瞬の油断もするわけには行きません。


 直衛として、私の少し前で待機していたレイジさんが大剣を抜き放ち、ソール兄様がその大盾を構えます。



 ――戦闘は、まだまだ始まったばかりでした。


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