ゴブリンリーダー討伐戦3

 眼前に迫る矢の雨。それに正面から突っ込めと言うのは、流石に肝の冷える命令だった。が、この身に纏った守護の魔法はその効果を確かに発揮し、油断に気の緩んでいた向こうの数体の上位種を最初の不意打ちで仕留め切る、という僥倖を達成せしめ、趨勢は大きく私達へと傾いていた。


 本来であれば数人がかりで苦労して仕留める上位個体が紙のように蹴散らされ、敵側は浮足立っている。そんな周囲を流れる光景はまるでスローモーションのようにゆっくりと流れ、そんな中、普段と変わらぬように動ける今の身体能力は如何程に跳ね上がっているのか、本来であれば苦戦は必至であろう戦力差を容易く覆していた。






 私達第一班の役目は、速やかに敵に打撃を与えて回ることだ。そのため、団の中でも、とりわけ攻撃に秀でた精鋭の集められた班であり、光栄にも私は切り込み隊長としてその統率を任されている。


 まずは敵の指揮官の首を取る。向こうの指揮官はざっと見た限り、十数年単位の非常に稀に出現する、人の間では災厄扱いされる異形の巨体のゴブリンジェネラルと、その周囲に側近として侍っていたハイゴブリンリーダー……今回同行した彼らがそう呼んでいた……の二体で、その二体はそれぞれ右翼と左翼に展開した敵の部隊の統率に当たっている……そのうち一体に喰いついた。


 私が率先して敵陣を食い破って奥深くへと切り込み、その亀裂を他の物がさらに食い散らし蹂躙する。いつも通り、今回もそれは変わらない。だがしかし、今の私を止められるものなどありはしない。『姫』の補助魔法という加護によりいつもよりずっと軽い体は冴えわたり、すでに私はリーダーと切り結び合い、周囲では仲間たちが周囲の雑兵を千々に蹴散らしている。数での不利は明白だが、それでもこれだけの支援を受けて尚この程度の敵を相手に後れを取るような我々ではない。背後にて、あの神々しい翼をはためかせた可憐な姫が勝利と無事を祈っていると思うと、普段むさくるしい男所帯である私たちの意気も軒高というものだ。


 そしてなによりも彼女の治癒術の存在。はっきり言うと、彼女の扱うこの治癒術の効果は異常だ。本来治癒術というのは、その者の治癒力を高め、安全な後方で時間をかけてその傷を治すものだ。しかし彼女から飛んで来るものは、本来であれば戦線離脱は必至であろう怪我を負っても、すぐさま飛んでくる治癒の淡い光が、即座に戦闘可能な状態に復帰させる。

 これだけの効果を発揮する治癒術を扱う者は実のところ時折現れるが、その大体が「聖人」や「聖女」などと崇められ、教会に囲われてしまうことが殆どだが、話に聞く彼らと比較しても、彼女のこれは規格外な効果に思える。そして、何より彼女はそれを離れた場所へ複数人同時に行使している。


 その彼女は疲労の色が見えるためあまり無理はさせないよう厳命しているが、それでもその有無は精神的余裕に繋がり、どうしても戦場の中で行動不能になるのを避けるための安全マージンを取らざるを得ない普段とは段違いの実力を皆が発揮でき、結果として敵の殲滅速度を加速し負傷の軽減に一役買っている。




 右の剣が閃くたびに氷片が、左の剣が閃くたびに爆炎が戦場を舞う。敵の指揮官の激しい剣戟を右に左に切り払い、隙をこじ開けてはその硬い表皮に剣を叩きつける。戦闘開始時には身に着けていた向こうの防具は全て砕け、無様な半裸を晒しているが、その身に致命打はまだ叩き込めていない。なるほど、この敵は確かに部下には厳しい相手かもしれない、だが、今の私には対処できないほどの相手ではない。確かに敵の膂力と速度は凄まじいが、ただそれだけの事だ。


「ふふ、ふふふははは!!」


 顔が、喜色に緩むのを感じるが、止めることはできない。そう、私はとても嬉しい。嬉しいのだ。






 ――まだ幼かったその日、奥まった場所にある部屋で彼女を見たのはただの偶然だ。たまたま悪戯心と、突入していた反抗期故の僅かな反抗心で、近寄らぬようにと父にきつく言われたその部屋へ忍び込んだ私は、蒼い月明かりに照らされた、この世のものと思えぬ彼女の神秘的な横顔を、ただ茫然と見つめていた。


 僻地に隠れるように暮らしていたというその天族の少女の、このような状況にあって、幼いながらも人形のように動かない整った横顔。ただの村娘などと言われても到底信じられぬ、触れれば儚く溶けて消えてしまいそうなその様。まだ幼い少女に使う言葉ではない気もするが、ただひたすらに美しかった。この日、私は親の家を継ぐためと慢性的に騎士になる道を歩んでいた中で、初めて自分の意思でこの者に仕えたいと、そう思ったのだ。


 聞けば、父がいずこからか攫ってきたという。それを聞いた瞬間、我欲に幼気な少女をその毒牙にかけようとする父を許すことができず、その時から幼い正義感から行動を始めていた。


 清廉な騎士であった叔父への密告。子供だからと警戒されていないことを利用し、必要な情報を次々と集め内密に横流しした。そうして流された情報のいくつかが、父の失脚の理由の何割かに及ぶのだとか。そう、私は彼女のために、何のためらいもなく親を売ったのだ。


 家、約束されていた将来、全てを失ったが、それで彼女が束縛から解放され、慰み者とならずに済むのであれば、これでいいと思った。後に彼女の身元が正真正銘、仕えるべきであった姫君の出自であると発覚し、それを略取しようとした男の息子という烙印の押されたこの身では、その騎士になる道がすでに閉ざされていたことに涙もしたが、それでも後悔はしていなかった。


 家を失った私は、それまで培ってきた剣を頼りに、何故かわざわざ付き合ってついてきた妹と共に傭兵の門をたたき、転戦を繰り返す中で頭角を示してヴァルター団長に引き抜かれ、今の椅子についた。彼女の事はもう終わったことと、既に諦めていたのだ。しかし、たまたま立ち寄った町で偶然、朽ちていたはずのその夢は突如現実の扉を叩いてきた。






 ああ、私は今とても浮かれているのだろう。


 ――七年前と見た目が変わってない? 些細な問題だ。どうだって構わない。


 ――絶滅したはずの光翼族? 何も問題はない、剣を捧げる相手として、むしろ願ったりだ!


 団長は彼女の保護を考えており、今は同じ道を歩むであろう。しかし、その道が分かたれた場合、私は貴女の騎士となることも吝かではない。貴女が望むのであれば、私は迷わず貴女に剣を捧げ、貴女の騎士となろう。


 騎士の道は夢と消え、初めて剣を捧げたいと願った貴女は手の届かないところへと去ってしまった。そのはずだったのに、だが今こうして、貴女のために剣を振るうことができる。潰えたはずの夢が、今帰ってきた、その歓喜の前に障害など存在しない!



「今日この時に、私の前に立ち塞がった己の不幸を呪え!」


 私の滾る忠義の想いを糧にして、右の剣に激しい闘気が奔り、周囲に霜を下ろすほどの冷気となる。左の剣で、敵の攻撃を強引に払う。爆炎と衝撃に堪らず態勢を崩した我が敵……ハイゴブリンリーダーが、不格好にその胴を無防備に晒した。


 いくら皮膚が硬かろうが、削られ続ければいつかは貫ける。今までずっとこの瞬間のために、準備は整えてきた。冷気に、炎、全く異なる性質の攻撃に晒されてきたそこは、今やぼろぼろに罅割れている……貫く!


「『蒼の茨エスピナス・アスール』!!」


 鋭く、ただひたすら鋭く、貫き通すその一撃が、脆くなったそこを抵抗も許さず剣の根元まで貫通する。


「……散れ!」


 次の瞬間、剣に纏っていた闘気が全て敵の体内で氷の蔦と化し、柔らかい内側を突き破ってその体をズタズタに引き裂いて、みるみるその敵の命をを啜り氷の花が咲き、その命を完膚なきまでに貫き穿っていく。




 ――彼は、知らなかった。その技が偶然にも、彼が敬愛する姫と呼ぶ少女に侍る者が、つい先程同じ敵を屠るのに使用した技に非常に良く似た性質のものであるという事を。




 数秒後、二体居たハイゴブリンリーダーの片割れは、内部から無数に生えた氷柱にめった刺しにされ、内側から蔦と花に食い破られるような奇妙なオブジェとして倒れることも許されぬまま朽ちていった。



 勝利の余韻に浸っている暇などない。私が仕事を手早く消化すれば、彼女の負担はそれだけ減らせるのだから。次はあいつだ。反対側、敵右翼で未だ妹……フィリアスの切り結んでいる敵指揮官へ向けて、地を蹴り駆け出した。










「あはは……さすがにきついねぇ……」


 敵指揮官と切り結びながらぼやく。なんせ、指揮をしながら敵指揮官を抑えているのだ。褒めて欲しいくらい。幸い、足止めに徹している分にはそれでもどうにかなりそうだ。


 元々私達第二班は、味方の援護を目的とした魔法使いと弓兵中心の部隊で、単独行動を取っている団長の第三班を数人借りて戦線を維持しつつ、第二班は他の戦場に援護をさせている。そう、私たちの目的は戦線の維持。勝つ必要はない、ここでこちらの敵が他に流れないように食い止め、左翼へ突っ込んだ兄貴の第一班が向こうを食い破り、こちらに駆け付けるまで持たせれば……


「フィリアス! こちらは任せろ、お前は姫の援護へ!」

「って早っ!? え、もう倒したの!?」


 馬鹿兄貴が、疾風のように私の切り結んでいたハイゴブリンリーダーに斬りかかる。見れば兄貴の担当だった敵左翼は指揮官を失いぼろぼろに潰走し始めており、兄貴の部下が掃討にあたっている。私の見立てではもう少しかかるはずだったんだけど、いくら何でも早すぎない!?


 そうは思ったが、普段は穏やかな、しかし茫洋としており表情のあまり読めないその横顔に、おそらく私にしか分からないであろう嬉々とした色を見つけ、察した。


 あちゃー……めちゃめちゃ浮かれてる。そうだよねぇ、「お姫様」と念願叶って再会したんだもんねぇ。


 何年も前に一目だけ見た時とは全く違い、表情豊かで可愛らしいあの子を脳裏に浮かべる。


 ……うん、守れる。あの冷たく無表情だったあの子だったら兄貴のように何をおいても守ろうなんて思えないけど、今の表情豊かなあの子なら、私も守りたい。不安げに揺れていたその目はまるで小動物のようで、可愛い物好きなこの心を激しく揺さぶって、正直食堂のあのときも抱きしめて、その見るからにすべすべで柔らかそうな頬に頬擦りしたかったのを全力で堪えていたのだ。


 、あの子を守りたいと思っていた。そのことに微かな疑念はあるが、悪い子じゃない、むしろ心優しい良い子みたいだからまぁ良いかぁ、とも思う。小さい子猫を思わず守りたくなるようなものだろう、うん。


 っと、いけない。お仕事に集中しなければ。気が付くと、後方からの矢はすでに止まっていた。どうやら向こうは団長がもう片付けたらしい。きっともうすぐ合流するであろう。


「第二班はここで第一班の援護を。速やかに片付けて合流せよ。第三班は私と共にゲストの彼らの援護に回る、第二班打ち方用意、第三班はそれに合わせて離脱を! ……放て!」


 私の号令に合わせて、今まさに離脱しようと反転した第三班の背後を追おうとする敵に矢と魔法が襲い掛かる。それで怯んだ隙に無事離脱した彼らを確認し、私もその背後に追従し駆ける。












「……ふぅ、まぁこんなものか」


 動かなくなった敵後衛部隊を見回す。ここまで侵入してしまえば、大した相手ではない。ゴブリンメイジに加え、背後の弓兵もあらかた始末した。援護もつぶしたことだしさっさと戻ってあいつらの援護を……


「……ん、何だ、こりゃ」


 敵の一体の遺体の、粗末な衣装から覗く、不自然な物体。手に取ってみると、まるで粘土のような……いや、まさか。


「こいつら、こんなものを……! おい、お前ら、急いで戻るぞ!」


 言うが早いか、地を蹴り全速力で来た道を戻る。


 誰に教わったか知らねぇが、こいつら……なんてものを用意してやがる!


 各々の役目を果たせば特に問題はない、その考えは、予想外の『これ』の存在で覆されてしまった。


「無事でいろよ……!」












 すでに私の魔力は半分を割ったでしょうか。ぜぇはぁと、荒い息をどうにか整えようと肺に酸素を必死に取り込みます。そうして体が揺れるたびに、何本も開けたマナポーションやウォーターでお腹の中がちゃぷちゃぷしているのを感じます……飲み過ぎました、苦しいです。これ以上は飲めません。きっと今私のお腹はぽっこり膨れているに違いありません、気持ち悪いです。


 『イーグルアイ』により強化された視力で、戦場の様子を俯瞰し、ある程度以上身動きの取れなくなりそうな怪我を負ったものに回復魔法を飛ばす。言うだけであればそれだけですが、これだけの人数を一人で、それもバフを維持しながら、その効果時間とリキャストをカウントしながら同時にこなす、というのは、魔力的にも肉体的にも大きく負荷をかけ、酷使された頭が微かにキリキリと悲鳴を上げ始めています。


 しかしそれも、先程から敵の後衛から放たれる矢が途絶え、敵の半数が潰走を始めたことでぐっと楽になり始めました。呼吸を整えながら眼前の戦闘を眺めます。




 上空からソール兄様の放った『チェーンバインド』が、ゴブリンジェネラルの腕に絡みつきます。本来は自分以外へと向かうターゲットを自分に固定するためのこの魔法のこの世界での特徴、「起点は発生地点から移動しない」という特性によって、今し方振り下ろそうとした剣を持った腕は途中で止まります。もっとも、それで留め置けるのは僅かな時間でしょうけれども。


「レイジ!」

「言われなくても!!」


 その時にはもうすでにチャージの完了していた『閃華』が、そのがら空きの鎧を纏った胴に突き刺さります、が。


「くそっ、硬ぇ!!」


 解放されたその闘気が、爆発となってゴブリンジェネラルの鎧の一部を砕き、表面を焼く……そう、表面です。この技は内部に浸透させてこそで、こうして外側で炸裂しても本来の効果は認められません。大剣を振り切った姿勢で硬直するレイジさんに、ニタリとゴブリンジェネラルの顔が喜悦に歪み、剣を手放した岩塊のような腕が振り下ろされます。


「まぁだだぁあああ!!」


 絶叫とともに上空から加速して飛び込んできたソール兄様が、レイジさんの傍らに矢のごとき勢いで降り立ち、着地の低姿勢から飛び上がるように鋭角を描いて剣閃が奔ります。


「爆ぜろ!! 『ライトニング・ヴェイパー』……ッ!!」


 地を這う位置から跳ね上がった刺突が、雷光をまき散らし、今拳を振り下ろそうとしたゴブリンジェネラルに先んじて、その胴に突き刺さります。僅かに食い込んだ剣先から目もくらむような雷光が迸り、ゴブリンジェネラルの巨体を焼く、その衝撃に数歩たたらを踏んで、後退します。


 ……?


 あれ、今、何か違和感が……まるで、先程のソール兄様の『ライトニング・ヴェイパー』の雷撃が、背後のゴブリン達に襲い掛かるのを庇うように、腕を広げてその身を盾にしたような……?


「……凄ぇ、一歩も引かねぇどころか、あの二人のほうが押してねぇか?」


 私の護衛としてこちらに接近する敵の排除に当たっていた傭兵の一人、その背後からの声に、我に返ります。そう、二人は目まぐるしく入れ替わり立ち代わり、お互いの隙を埋めるように間断なく攻め立て、あの巨体をじりじりと後退させています。


 ……しかし、その耐久力はやはり恐るべきもので、二人だけではいくら攻撃を重ねても、未だ有効打を与えられずにいます。私たちの役目は、この戦場で最も危険性の高いこの親玉をここに縫い付けておくこと。その間にゼルティスさんとフィリアスさんが周囲の掃討を行い、総力を挙げて最後にこの一体にぶつける。ゲームではレイドボスだっただけあり、十数年に一度と言われる頻度でしか現れないというこの存在は、この世界ではそれだけの戦力を挙げ事に当たらなければいけない脅威であるとのことでした。


「負けねぇ、いつか絶対……っ」


 鬼気迫る様子で、先程から私の傍やや前方に控えた傭兵の彼……ヴァイスさんの矢が、たたらを踏むジェネラルの背後から隙を伺っているゴブリン達を射抜いていきます……二人がジェネラル相手に集中できているのは、おそらく彼が牽制しているため、背後に控える敵ゴブリン達が余計な茶々を入れれずにいるおかげなのでしょう。役目の邪魔にならぬよう、今は心の内でだけ礼を述べておきます。


 形勢不利と悟ったのか、残った共を連れ後退しようとする敵。しかし、その後ろにはフィリアスさん率いる第三班の皆さんがすでに迫っています。


「グゥゥゥゥルルルゥゥゥアアアアアアアア!!」


 それを見たゴブリンジェネラルが咆哮を上げ、何らかの魔術らしきものを地面に叩きつけます。


「ぐあっ!?」

「がっ!」


 破れかぶれに……と、この時は思った、ゴブリンジェネラルから放たれた魔法……広域に電撃をまき散らす魔術師の初級魔法『スパーク』によく似たそれが大地とそこに倒れ伏すゴブリンの遺骸を嘗め回し、今まさに集結しようとしていたた第三班の一部を巻き込んで広がっていきます。大した威力は無いものの、その効果によって痺れたレイジさんやソール兄様を始め、付近にまで迫っていた傭兵の前衛数人が膝を着きます。


「レイジさん! 兄様!? 今、回復を……『レスト・フィ』……?」


 効果範囲外だったため無事な私は、彼らを戒める麻痺を解除しようと詠唱を開始し……その時、たまたま、本当に偶然目の合った彼……ゴブリンジェネラルの顔が、歪に歪んだような気がしました。何か愉悦を堪えるかのような……?


「……っ!? 『全ての害意を拒絶し、我らを守護する光、有れ……ワイドプロテクション』……っ!」


 背筋を奔った猛烈に嫌な予感に、反射的に使用魔法を切り替え、リキャストを終了し温存していたワイドプロテクションを発動します。強引な魔法行使キャンセルとそれに続く魔法使用で激しく魔力が乱れ、大きなロスを加えて残り少なくなりつつある魔力がさらに目減りする感覚にぐらりと視界が傾ぎますが、それでもやらなければいけないと本能が警鐘を鳴らしています。


「……っ! 総員、防御態勢!盾を持っている人は前に……」


 私の様子に気がついたフィリアスさんが、咄嗟に指示を飛ばし、傭兵の方々もすぐさま反応して対応しようとしています、か、それでも。


 同時に、周囲のゴブリン達の遺体の懐や腰布、衣服の裏から、ぽぅ、と青い光が立ち上ります。それはまるで先程の雷撃の色にそっくりで……


(……お願い、間に合って……っ!?)


 何が起きているのかも把握できぬまま、祈るように、広がっていくワイドプロテクションの光を見つめます。その光がレイジさんやソール兄様を包み、傭兵団の皆さんの間を走り抜け、傭兵団の最後尾、フィリアスさんのところに届いた、その瞬間。




 目を灼く閃光と、衝撃としか理解できない轟音が、私のすぐ眼前の空間、皆が戦っているその場を埋め尽くしました――……











 全身を叩く熱風が収まってようやく顔をあげたそこは、からん、からんと未だに瓦礫が降り注ぎ、大きく抉れ吹き飛んだ、土くれの地肌を晒す大地、つい先ほどまでと全く異なる光景が、眼前に広がっていました。これは……


「……爆、薬?」


 火薬ではない、爆薬。広がった衝撃波が周囲に壊滅的な被害を及ぼしたその光景に、呆然と呟く。


 突如炸裂したゴブリンの遺体によって、今まさに殺到していた傭兵団、フィリアスさんの率いていた第三班の大半が炎に巻かれ、衝撃に打ち据えられて倒れ、それより更に至近で直撃を受けたソール兄様とレイジさんはひとたまりも無い……はずでしたが、それでもどうにか間に合わせたらしい、兄様の『インビジブル・シールド』の魔法と、私のプロテクションの効果で、その周囲だけ地面は綺麗に残っており、二人とも五体満足で健在で、今もどうにか身を起そうとしています。


「被害状況を……」


 先の轟音の影響か、やけに遠くに感じる小さな音で、フィリアスさんが指示を出す声が聞こえます。


 その被害は周囲甚大で……だけど、皆生きてる!


「いま回復を……」

「駄目だ! 逃げろ!!」


 そんな皆を慌てて治癒しようとした私に向けて投げかける鋭いレイジさんの声に、思わず顔を上げた瞬間。


「……え……!? あぐっ!?」


 飛来した……砲弾のように投げつけられた、未だ帯電しているゴブリンの一体が私の纏うプロテクションに直撃し、その重量と、ゴブリンジェネラルの膂力で投げられた速度による衝撃でたまらず吹き飛ばされ、数回地を転がりようやく止まります。


「……う……っく……」


 倒れている場合ではない、回復が必要な人は沢山いる。しかし力の入らない足でよろよろ立ち上がろうとするも、あちこち叩きつけた衝撃と、体に走った手足を痺れさせる電撃、散々転がっておかしくなった平衡感覚のせいで上手くいかない。急いで起き上がらないと。こうしている間にも、皆が今危機に晒されてるというのに……しかし、そんな身を起そうとする背後から、かちゃかちゃと何か金具を外そうとするような音……が……


「おいガキ! 駄目だ、早くそこから離れろ!!」

「……え?」


 必死なヴァイスさんの声。顔を上げるとすぐ傍に、慌てて何かを服から取り出し投げ捨てようとする先程投げつけられたゴブリン。その手に持つ白い粘土のような物体が……その中に埋め込まれた筒状の何かが光を……放ち始め……


「……っ、あっ」


 何も、する暇はもう残されていませんでした。


「くそがぁああああああ!!」


 呆然と見つめる目の前で、どうにかその不吉に光る粘土を投げ捨てようとしていたゴブリンが、爆轟に飲まれ消し飛ぶ様子がスロー再生のように目に映ります。私の眼前に、飛び込んでくる叫ぶ人影。誰かに抱き留められ、地面に引き倒される感触……それが何かを確認する間も、ありませんでした。




 次の瞬間、眼前の誰かの体越しに炸裂した、閃光が、私を、私を飲み込んで――……

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