前夜祭②

 ――結局、遅れていた斉天と西のフレデリック首相が会場に現れても、未だにソールは姿を見せなかった。


 結局、三位決定戦の二人が姿を見せないという事態の中で止むを得ず開始された式典も、最後の宣誓だけとなる。


「……ここまで勝ち上がってきた強き戦士、レイジ。斉天。双方とも、アーレス神の名において、正々堂々と己の力と技の限りを尽くし戦うと誓いますか?」

「……ああ、誓う」


 司会進行役だというアーレスの教団の偉い人の言葉に、胸に拳を当ててきっぱりと断言し、頷く。しかし……


「……」

「……斉天?」


 もう一人、いつもであれば何も考えず頷く筈の斉天が、黙り込んだまま口を開かない。

 その様子に訝しみ、横目で様子を伺うが……斉天は、どこかここではない場所を見つめるように、虚空を眺めていた。


「……斉天選手?」

「あ、ああ、すまん。我も誓おう」


 司会進行に促され、慌てて答える斉天だったが……


 大勢の人前に立って、緊張した?

 本当にそうだろうか、もっと何か、悩み事がありそうな様子に首を傾げる。


 その間も式典は粛々と進み……やがて、話の終わりとともに、決勝前夜祭が始まるのだった。








 ◇


 決勝進出した二人の宣誓を終えて、会場は催事殿から、ホールに設置されたパーティ会場へと移りました。


 堅苦しい儀式とは裏腹に、この決勝前夜祭そのものは、無礼講のお祭り騒ぎでした。


 会場で行われているのは関係者や来賓、あとはエリアを区切られてこそいるが、ここまで戦って来た選手達のうちの上位入賞者を交えての立食パーティー。


 合わせて大闘技場の外でも多数の花火と共に様々な屋台が開かれ、まさにお祭りの様相を呈しているらしいです。


 はじめは、明日三位決定戦をする筈だった二人の不参加によって、微妙な空気が漂っていましたが……闘技大会で栄えているこの街は、街ぐるみでお祭り好きならしく、今ではすっかり宴の雰囲気一色となっていました。



「しかし、まぁ……無礼講だというのに、各国の皆さんは真面目ですなぁ」


 視界の端では、真っ先にお酒の入った西のフレデリック首相が、アルフガルド陛下やフェリクス皇帝陛下と談笑していました。


「はは、まぁ我々が率先して羽目を外してしまっては、下の者が苦労しますからね」

「申し訳無い。願掛けでしてね、今は私もなるべく酒類断ちをしているもので」

「そうかぁ……私は、皆仲良く朝までぶっ倒れるほど羽目を外して見たくなる時がありますよ」

「はは、それは威厳もあったものではないですな」


 何やら盛り上がっている国家主席三人。


 レイジさんや斉天さんの方はというと……こちらは主賓という事もあり、次々と訪れる客への挨拶に追われているみたいです。




 そんな彼らを横目に、手持ち無沙汰となった私は周囲に侍る護衛の騎士様に目配せし、少しだけ会場を抜け出すのでした。







 街の喧騒を見下ろす事の出来る、会場外のテラス。

 今は人気の無いそこに出てきた私は、脳内に、周囲の生体情報を示す光点が浮かぶマップを呼び出す。



 ――こちらに飛ばされた際にパーティを組んでいたせいか、レイジさんとソール兄様は、青い光点で見えます。


 ゆえに、もしかしたら兄様の位置も引っかかりはしないかと思ったのですが……




「流石に、そう上手くはいきませんね」


 今ひとつだけ付いている青い光点は、ホールに居るレイジさんのみ。はぁ、と溜息をつき、マップを消そうとして――




 ――それに気付いたのは、本当に偶々だった。



「……えっ」


 脳内展開されている、無数の生命反応の光点が………まるで凪いだ池に雨粒が落ちて波紋が広がるように、変化していく。


 健康体を示す白から、何らかの異常が発生したことを示す緑へと。そして……それは自分たちも例外ではなかった。


「くっ、……ひめ……さま……」


 背後で護衛をしていた騎士が呻き声を上げて崩れ落ちる。咄嗟に振り返って駆け寄ろうとして……頭が、ぐらりと揺れた。


 ……催眠ガス!?


 咄嗟に状態異常回復魔法、そして状態異常耐性付与魔法を唱え、自身に睡眠に対する耐性を付ける。

 それでもまだ僅かにふらつく頭を抱え、元の会場へと戻ろうとした……その時でした。


「これはこれは……皆と同じく眠っていただけたら楽だったのですが、一人夜更かしとは悪いお姫様だ」

「……フォルスさん」


 カツン、カツンと靴音を上げて、会場へ続く道を塞ぐように暗がりから姿を現したのは、銀の長髪をした眼鏡の青年。

 その姿を確認し、右手で左手……その手首にある銀のブレスレットに触れる。


「あなたが、このような事をしたのですか」

「ええ……とはいえ私の身分では会場には入れませんでしたが、の方に手伝っていただきましてね」

「協力者……?」


 訝しんで呟くも、流石にそれを教えてはくれそうにない。諦めて、次の質問を投げる。


「何故、このような事をしたのですか?」


 下手をしなくても、発覚すれば首が飛ぶであろう狼藉。そんな事がわからないような彼ではないはずなのに。


「あなたと、話がしたかったのですよ」

「……私と、ですか。これほどの事をしでかして?」

「それくらいしなければ、貴女の周りの騎士様たちが許してはくれなさそうだったもので」


 やれやれ、大事にされていますねと肩をすくめるフォルスさん。


「……いいでしょう、聞いてあげます」


 警戒は解かず、一定の距離を保ちながら、告げる。


 そうしてフォルスさんから語られたのは、彼がこちらに飛ばされてからの数ヶ月の奮闘の歩みでした。






「……こちらからの話は以上です。どうか……貴女に協力して欲しい」


 語り終えた彼の、その一見真摯に見える態度に、キュッと唇を噛む。

 なるほど、レイジさんと兄様が、頑なに彼が私と接触するのを拒んだ訳だと理解した。




 この集団異世界転移の原因となった私には、責任があるのかもしれない。


 それは、ずっと負い目に思っていたのは確かで、故に彼の言葉に賛同してしまいかねないと……そんな心配をされるのも、もっともです。


 だけど……


「……お断りします」


 西大陸へ飛ばされた元プレイヤーの現状。


『海風商会』が現在置かれている窮状と、それが失われた際に出てくる先の見通しが立たない人々の事。


 だからこそ、まだ勢力を打ち立てる事ができる見込みのある西大陸に、こちらに飛ばされた元プレイヤーの拠り所となる地を作りたいという、その話。


 その言葉は、確かに私の心を揺らしたのは事実です。


 しかし……


「成績から言って、会場にいて然るべきの筈の、あのフラニーという方が居ません……彼女は、今どこに?」


 私の問いに、黙り込む彼。


「それに、彼女が警告した、人に寄生する石。材料をどう言った経緯で入手したか分かりませんが、それを精製したのは貴方ですね、『悪魔を制する者デーモンルーラー』?」


 ゲームだった時に、噂に聞いた事がある。

 ウォーロック系、二次職ネクロマンサー。その先にある転生三次職は、ついに異界の悪魔さえ支配下に置いていた…と。




 ――その名を『悪魔を制する者デーモンルーラー』と言う。


 そしてそれが目の前の彼であるという事も、最初から知っていた。




 私の言葉に、フォルスさんが眼鏡の奥でその切れ長な目を見開く。


「……知って、らっしゃったのですか。てっきり、貴女にとって私は一度依頼を受けただけの関係でしかないとばかり」


 その言葉に私は、はぁ、と溜息をつく。


「……あなたは真摯に、迅速に、こちらの無理難題を解決してくれましたから。優秀な人と認めていたのであれば、調べもします」

「……っ」


 ぐっと、何かの感情を飲みこんだかのように表情を歪める彼。


「……ですが、何故私が関係していると?」

「あの石を浄化した際に感じた嫌な気配……あれは、あなたが周囲にずっと侍らせているにそっくりでした」


 私の言葉に、どうやら図星だったらしい彼がピクッと手を震わせた。


 ……だから、アンジェリカちゃんの治療をしたあの時からもう、私にとって彼は敵だった。あの非人道的なアイテムの一件。この一点において、私は彼を許せない。


「巻き込んでしまった元プレイヤーに対して責任を取れというのであれば……今は無理であっても、必ず取ります」


 一つ深呼吸をして、右手指先に触れているブレスレットに、魔力を通す。


「だけどそれは、あなたの元ではありません」

「……貴女は、直接の戦闘力は無い純支援職のはず。共も無く一人で勝てると……お思いで?」

「……っ」


 彼の背後に姿を表すのは、犬や、蜥蜴や、その他様々な姿をした怪物……彼の使役する悪魔たち。


 一方で……周囲にはもはや起きている者達の気配はなく、シンと静まり返った会場内には、駆けつけてくれる者の存在は期待できそうも無い。


 それでも……


「はい、そうですか……と認める訳には、いきません!」


 手始めに飛び掛かってきた、犬の姿をした漆黒の影。

 それに向けて、左手に触れていた右手を、まるで鞘に収まった刀を抜くように、振り抜く。


 光が、奔った。


『ギャン!?』


 交差した犬が、真っ二つに絶たれ、後方へと飛んで行った。


「はは……貴女には驚かされてばかりだ。よもや、そのような物を用意していたとは」


 またも驚きに目を見開くフォルスさん。

 その視線の先、私の手の内には、一本の錫杖。


 先端から、瞬い光で形作られた四つの翼と槍の穂先のような尖角を放出している、錫杖。


 普段は私の手首でブレスレットに変化している、この錫杖。

 これは、所有者の魔力を刃に変換する、ネフリム師謹製の魔導杖……銘を『アストラルレイザー』と言う。

 所有者から魔力を吸った分だけ切れ味を増すその武器は、人並み外れた魔力を有する私が手にした事で、私が振ってですら敵を一刀の元に切り捨てられる破格の攻撃力を発揮していました。



 ――そもそも、お主がそのような物を前線で振り回すような事態なぞあってはならんのだからな……




 脳裏に蘇る、この錫杖を譲ってくれたネフリム様の言葉。


 ……本当に、こんな事態が来る事などあって欲しくはなかった。


 武器はどれだけ強かろうが、振るうのはただの非力な小娘でしかない。

 ただ一体、様子見に繰り出された雑魚を、ただ一体斬り捨てただけで、極度の緊張感ですでに滝のような汗が流れ、息が上がり始めているのですから。


 それでも……


「ええ、このような物に頼ってでも、全力で抵抗させてもらいます……っ!!」


 光の翼を広げて宙へと舞い上がり、十を超える光の槍をかざして……私は、そう叫んだのでした――……

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