前夜祭③
戦闘開始直後、私は騎士たちが倒れているテラスを避けるため、背中の羽をはためかせて戦場を誰もいない中庭へと移していた。
各種強化魔法を身に纏い、過負荷で悲鳴を上げる体と反射神経を『
「……驚きました、随分と戦い慣れていらっしゃる」
「……舐めないでください、私はずっと、誰よりも、最前線を見つめ続けて来たのです」
ふぅ、ふぅ、と荒い息を吐く私を意外という表情で見つめるフォルスさんを、真っ直ぐ睨みつけ、反論する。
常に前線の動向を注視している中で、味方のみならず敵に対しても、彼らが何を理由にどう動いているのかを、ずっと見つめ続けて来たもの……それが、私達、前線を支える純ヒーラー。
攻撃にも参加できず、陽動にもなれず、自らの身すら人任せにして守護されながら、それでも他の人の動きを睨み、前線に立ち続けるのが
――それが、私の戦闘経験となっている。
だが、それでも……こうして抵抗できているのは、こちらの利が多いからに過ぎない。
悪魔には、私の魔法はだいたい有効打となる事。
向こうは、私を傷付けるわけには行かず、攻めきれない事。
そして……私の脳内に展開されているレーダーが、魔力反応を示す光点を
夜の闇に沈む影の犬。
その姿は視覚的には見えないが、移動する魔力自体は常に捉えている。
「……そこですっ!」
私の意思を受けて、放たれる二本の光槍。
それは今まさに影から飛び出して来た犬の頭と腹を穿ち、瞬時にその体を構成する禍々しい魔力を消し飛ばす。
顕界できなくなり消えていくその犬を尻目に、二体、三体と時間差で飛び出してくる同じ犬を撃ち抜いていく。
次の瞬間、背後に現れたのは、犬よりやや大きな魔力反応を持つ、両手が鎌となった魔物。
こちらは、急に出現した。恐らくは短距離転移能力を有しているのだろう。だが、それも……
「……『エンゼル・ハイロゥ』!」
先置きするように設置された、爆発的に広がる結界魔法。
姿を現した瞬間に眼前に現れたその結界に反応できなかった魔物達は、強かに全身を打ち据えられて壁に衝突する。
起き上がれずにいるその魔物に駆け寄り、手にした『アストラルレイザー』でそれぞれ両断する。
二体の鎌の手を持った魔物は、先程の犬と同様粒子を撒き散らしながら、影のように消え去った。
「……はーっ……はーっ……」
呼吸音に、ひゅう、ひゅうという音が混じっている。
酸素不足で意識は朦朧するし、肺は痛いくらい酷使している。
それでも、滝のように流れる汗をぐいっと拭い、続いて現れた一際強大な存在感を放つ、正面、巨体持つ悪魔を睨みつける。
それは……一本一本が私の背丈を優に超えそうな双剣を手に、一歩一歩威圧するように近づいて来ていた。
「……『ディバイン・スピア』、いっ……けぇっ!!」
周囲に残っている光槍を、ほぼ同時に最大速度で射出する。
しかし……瞬時に悪魔の持つ双剣が振るわれ……一瞬で、その全てが切り落とされた。
「……チッ」
舌打ちして、さらに十本の光槍を呼び出す。
再度放とうとした瞬間――双剣の魔神は、すぐ眼前に存在した。
――疾い!?
魔神の一刀で、纏っていた『プロテクション』は薄紙のように切り裂かれ、薄い光の破片を撒き散らして霧散した。
続いて伸びてきた手を……
「……『ソリッド・レイ』!」
咄嗟に放った一度きりの絶対守護障壁が、その手を弾き飛ばす。その反作用を利用して、私は宙へと舞い上がった。
「『エンゼル・ハイロゥ』……!」
不浄なる者を弾き出す、結界魔法。
それを魔神の頭上から……相手を押し潰すように発動させる。
目論見通り、地面へと縫いとめられる双剣の悪魔。
しかし、流石にそれだけで倒すには至らず、『エンゼル・ハイロゥ』の効果が消えてもなお、魔神は五体満足で起き上がろうとしていた。
――だけど、それで十分!
足が止まった悪魔の肩に降り立つ。
そこで杖を振りかぶり、先端を悪魔へ向け突き刺す。
「『不浄で哀れなる者共を、あるべき場所へ帰す裁きの光、有れ』……
滑るように動く私の口が、あっという間に祝詞を奏で終え、背中の翼がバサリと今までより大きく広がった。
まるで、一帯の光が全て杖先の一点に凝縮されたかのように、周囲全ての光を搔き消すほど瞬い閃光が生まれ……次の瞬間、一帯を揺るがす衝撃と共に、闇を切り裂く光の柱が天まで立ち昇る。
『
新たに開花した、光翼族専用魔法。
極々至近、接触状態でなければ使用できない代わりに、破格の威力をごく限定的な一点に炸裂させる、私の有する魔法で初の、純粋な攻撃魔法。
その威力は、強靭な双剣使いの悪魔の右腕を付け根から半ば吹き飛ばしており、外殻が破られた悪魔は内部から体を構成する魔力を漏れ出させていた。
「――、ホーリー・インパクト!」
再度、閃光が夜を灼く。
だが、まだ止めない。
「――、ホーリー・インパクトッ!!」
先程よりも早く詠唱を終え、三度閃光が夜を灼いた。
だが――
――キィィン……ッ
各種補助魔法により様々な加速が施された喉が、もはや高音にしか聞こえない音を上げ、一瞬で詠唱を完了した。
「ホーリー……インパクト……ッ!!!」
枯れた喉から絞り出すような絶叫と共に、夜が四度目の、一瞬だけの夜明けを迎える。
「……はぁ、っ……は、あっ……ッ!」
汗は滝のように流れ、声はもう霞んでいる。
だが……光の治まったそこには……
「……バカな……純支援ヒーラー相手に、悪魔……いや、魔神である一柱が、負けた……?」
愕然とした様子のフォルスの声。
悪魔の巨体はもはやそこには無く、残滓のように、紫色の光が漂うだけだった。
それを尻目に、空いた包囲を飛び出して、皆がいるはずのホールへと、残る力を掻き集め、翔ぶ。
もう、少し。
あと少し、あの扉さえ。
あれさえ潜り、皆を起こしさえすれば、この事態を打開できる。
……はずだったのに。
「――あ、ぐっ……!?」
横穴から飛び出して来た、硬質で質量が大きな何かに、無理矢理に横へと吹き飛ばされた。
地面に衝突間際、周囲を覆う『プロテクション』が火花を散らし、ようやく止まる。
慌てて飛び上がり姿勢を整えて周囲を見回すと、そこに居たのは……
ところどころ緑色に光るエネルギーラインを走らせた、鈍色の硬質で冷たいボディ。
複雑怪奇な機動で迫る、多脚を備えたその姿。あちこちからモーター音を鳴らしながら、ガチャガチャ、ギシギシといった感じの音を発しながら動くそれは……
――機械!?
さっと、顔が蒼ざめるのを感じる。
機械系エネミー……その種に共通して備わる特性は、
あらゆる点で有利を取れた先程の悪魔たちとは真逆、私の……天敵。
距離を……そう思って下がった背中に当たる、硬い石壁の感触。
――しまっ……
声を上げる暇も無かった。
こちらが止まったと認識した瞬間、眼前にはすでに、一匹の鋼鉄の蜘蛛が飛び掛かって来ており……
「かっ……はっ……」
胸を打ち付ける衝撃に、呼吸が詰まる。
だが、それはただの体当たりなどではなく……周囲、寄りかかっている石壁に、硬いものが突き刺さる音。
それと同時に、飛び掛かって来た鋼鉄の蜘蛛が、その沢山の脚で抱きつくように壁に固定されてしまった。
「離し……て……っ!?」
暴れても、私の力では鋼鉄の蜘蛛はまるでビクともしない。
しかも、一本、また一本とモーター音が唸るたびに、その多脚が壁に突き立ち、私の動きを封じていく。
その本体後部から新たに伸びてくるアーム、その先端にあるものに……ひっ、と声が漏れた。
あの、蒼い輝きが混じる金属には、見覚えがある。
まずい、逃げないと……そう焦る私の視界に、一つの人影が見えた。
「いやはや……彼がきちんと自分の役目を果たしていれば良かったのですが、イリスリーア殿下はとんだお転婆姫ですな」
「あな……たは……」
「やはり、暴徒捕縛用オートマトン、念のためにとスタンバイしておいて正解でしたか」
くっくっと喉を鳴らして笑いながら、近寄ってくる人影。
呆然と眺めながらも……心の何処かでは、やはりという気もするその人影。それは……
「
人の良さそうな顔をした、恰幅の良い体型の彼。
しかし……今は、その目がただ人を値踏みするような冷たい商売人の……いや、違う、利益を尊ぶ商売人ではなく、むしろ淡々と何かの目的を遂行する、何らかのエージェントのような……
――そこまで考えて、ハッとする。
この、機械兵器の出所は……西ではない。
これだけの機械技術を持つのは、南のフランヴェルジェ帝国か、あるいは……
「そういう、事……っ、フォルスさんの裏で糸を引いていたのは……西の通商連合というのは……っ!」
「……やれ」
ただ一言の指示。
それだけで、私が何か言うよりも早く……首に、ガチャリと冷たい金属の輪が掛かる感触。同時に、ガクンと下肢から力が失われた。
「あ……ぅ……」
自分の仕事は終わったとばかりに、機械の腕から解放される。
だが……脚はストンと重力に負け、床に座り込んでしまう。魔法は、もはや紡ごうとする端から消えていく。
もう、抵抗できない……そう認識してしまった瞬間、ここまでの疲労に屈して、意識を手放してしまうのだった――……
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