アウレオ・ユーバー

「光翼族を……作る?」


 それが可能なのであれば、おそらくどの国も喉から手が出るほど欲しいはずだ。それが、盗まれた……?


「とはいっても、誰も使用方法が分からずに、みな真偽を疑いながらただ惰性で保管していたらしいのですけれど……」

「なんだそりゃ。分からないって……あんたらの先祖が作ったものじゃないのか?」

「はい、お恥ずかしながら、預かりものだったんです。持ち込まれたのはもう数百年昔の旧魔導文明期。光翼族がその姿を完全に消した頃と言われています」


 その頃の話は、ゲームでも少しだけ見た。

 旧魔導文明期の末期、様々な権力者に縁談を強要され、多種族と交配が進み血の薄れた光翼族はその大半が翼を失っていた。

 そんな中でごく一部の力を残した者達が、世界の中心にある『アクロシティ』に保護されていた、と。


 そのため、各国の王族は、光翼族の血を引いているものが殆どだ。

 もっとも、極々薄く血を引いているだけで、種族特徴はとうに失われているらしいが。


 胸糞悪い話だが、だからこそ……その本の存在は危険だ。


「なんでも、『御子姫』様付きの騎士であった光翼族の方が、ボロボロになっても尚、それを抱えてふらりと訪れ、封印するように言って預けていったのだとか……」

「それは……まぁ、表には出せないだろうな」


 そんな物が公になれば、各国で奪い合いになる可能性が非常に高い。であれば……


「……なんでまた、あんたらの……その、里に?」


 自らの主か、それに類するであろう『御子姫』の魂を封じたとされる魔本。

 ……もしその話が本当なら、そんなに大事に抱えたその騎士とやらが、何の所縁もない特定の人の里に預けたりはしない筈だ。保管している者たちが欲に駆られれば、どのように使われるか。


「それは……申し訳ありません、まだ言えません……ただ、そうですね……あなたには、私の種族は何に見えるでしょうか?」

「は……? いや、そりゃ、人族だろ?」


 アイニさんにはソールみたいな翼もないし、ミリアムのように頭に角がある様にも見えない。であれば、消去法で……


「いいえ……私、いえ、私を含んだ里の数名は、血こそごく薄いですが、実は、という事はお伝えしておこうと思います」

「それって……まさか、あんたは……」


 人族に見えるが、しかし人族ではない者……その存在に、一人、極々身近に心当たりがある。それは……


「……まぁ、いいさ。言いたくないなら詮索は無しだ。あんたには借りもあるからな」

「はい、ありがとうございます、レイジさんがとても理解のある方で助かりました」

「しかし……そうなると、その使い方も分からない魔本の使用法を調べ上げ、誰かがイリスに使用した可能性がある……という事か」

「はい……信じがたくはありましたが、こうして、実際に本当に力ある光翼族が目の前に現れてしまうと、やはり関係性を疑ってしまいます」

「関係性……か」


 脳裏によみがえる、色々ありすぎてすっかり忘却していた記憶。




 ――ちょっと聞きたいんだけど、二人の転職の時って、選択肢って三つもあった? 


 ――ええと、ユニーク種族、光翼族、って


 ――な、なんなのこれ、レイジ、ソール、何これ、どうしたらいいの!?




 ……あの日、俺達の世界が変わってしまった日、確かにこいつの転職イベントの際に、異常はあったのだ。

 その後の流れですっかりと忘却の彼方に押しやってしまっていたが……こいつは、確かに、あの白い本の前で何かがあった。


 状況的には、考えられなくはない。いや、むしろ、それしか考えられない。


 ――その、『白の書』は、俺達の世界に――俺達の世界のゲームの中に存在していた……のか? 


 ――だったら、何故?誰が持ち込んだ?


「それで……何か、所在の手掛かりがあれば、教えていただきたいのですけれども」

「……悪い、俺一人じゃ頭がついてこねぇ。ソールとも一回相談して……返事は、それからでいいか?」

「はい……それと、くれぐれも内密にお願いします」











 町に帰ると、すっかり騒動は鎮圧されていた。

 今は、各々の家へと帰るものや、周辺を慌ただしく事後処理で駆け回っている衛兵たちによる喧騒が夜の町を包んでいた。


 まだまだ暗いが、今は夜明けも近付いてきた時間帯……どうやら、有志による炊き出しなんかも行われているらしい。スープらしき良い匂いも漂ってくる。


 そんな中、イリスの事を診療所に送り、後をアイニさんと、やる気に満ち満ちた騎士達……まぁ、自分達のお姫様の護衛とか、気合いも入るよな……に任せてソールを探して周囲を見て歩いていると、一際強い存在感を放つ、ヴァルターのおっさんの背中を見つけた。


 ……そうか、後から来ていた傭兵団も、追いついて、合流していたのか。


「おっさん、来てたのか。思ったより早かったな」

「レイジ、戻ったか……嬢ちゃんも無事なようだな、よくやった」


 軽く拳を合わせ、再会を喜ぶ。

 正直、おっさん程の戦士に褒められるのは男としてすげぇ嬉しいけど……今はぐっと堪えて現状確認を優先する。


「そっちも、すっかり鎮圧は済んだみたいだな、被害は?」

「こちらも大した事はない、あの王子さんがほとんどの敵を抑え込んでくれていたからな……もっとも、そのせいでまた大変みたいだが……」

「大変……? 何かあったのか?」

「ああ、怪我とかじゃないから安心しろ。あー、なんだ、あの見た目で町民を守っての大活躍したら……まぁ、女達が放っておかないわな」

「あー……」


 つまりイケメン爆発しろ案件と。まぁ、中身は綾芽ちゃんだからご愁傷様だけども。


「それで、俺、あいつに大事な話あるんだが、レニィさんとフィリアスさんに、イリスの事任せていいか?」

「ん? おお、今呼んで……呼んで……」


 ヴァルターのおっさんが、言葉の途中で固まった。その視線は、俺の背後に固定されて……


 釣られて振り返って見ると、だいたい騎士達に指示を出し終えたらしい爺さんが、成長した息子を見るような目でこちらを見ていた。


「……おい、なんで師しょ……爺さんがここに居るんだよ」

「ふ、久しいな、小僧。あと、もう師匠は止めろと言った筈じゃぞ。お主に教えられる事などもう何も無い、対等に扱うと言った筈だろう」


 鉢合わせた爺さんに、珍しく焦った様子のヴァルターのおっさん。ていうかこの爺さんが師匠だったのか。


「………なに、少々、最近活動が活発になっていた鼠を叩き出しにな。巣は潰したが、まだしばらくは油断はできまい」

「……まあ。爺さんが居るなら丁度いいか。頼みたい事がある。騎士達も連れて来て居るなら尚更だ」

「ふむ……それは、王から預かった騎士達を動かすに足る事か?」

「ああ、足る事だ。この町の付近に『傷』が発生した、らしい。あんたらにも、最優先事項の案件だろう?」

「……詳しく聞こう、責任者の元に案内を頼む」


 剣呑な雰囲気が漂い始め、何やら難しい話を始めそうな二人にひとつ頭を下げてその場を後にすると、俺は目的の人物……ソールの姿を探す。

 周囲に目を走らせると、こちらに向かって来る兄妹……ゼルティスと、フィリアスさんが見えた。


「お、ゼルティス、剣、助かったぜ、ありがとな」


 剣帯に刺したままだったゼルティスの長剣を外し、返す。これのおかげで本当に助かった。


 ……換えのまともな武器も、早く何とかしないとな。『剣軍』は継戦能力が無さすぎる。


「ああ、レイジ君も、無事で良かった。姫も無事だったみたいで何よりだ」

「ああ……体調悪化でしばらくベッドの上だろうけどな」

「なんと、それは! ……あぁ、おいたわしや……」


 くっ、と俯いて歯ぎしりをしているゼルティスに、苦笑する。こいつ、本当に良い奴なんだよなぁ……変なやつだけど。


 とりあえず、自分の世界に入ってしまったこいつは放っておいて、隣で呆れているフィリアスさんの方に話しかける。


「そういう訳で、フィリアスさん、イリスの事を少しの間、任せても良いか? 俺はソールに急ぎの話があって。アイニさんの診療所にいる筈なんだが」

「はい、任されました。レニィも連れてすぐに向かうわね」

「悪い、あの人も一緒ならより安心だ、助かる」







 ソールは……まぁ、すぐに見つかった。



 完全に女性たちに二重三重に囲まれて、困ったようにどうにか抜け出そうとしているみたいだが、手荒な事も出来ずに参っていた。


「どちらからいらっしゃったの?」

「恋人はいらっしゃるの?」


 等々の質問責めに表面上ではにこやかに答えているが、辟易してるな、あれは。さっきから全く表情が動いて無ぇ。


 ……王子ってバレて無いのが救いか。


 しかし、まあ、周りの男の嫉妬の気配が殺気になってビリビリと伝わって来る。

 俺もゲーム時代はイリスの側にいたせいか専用の晒しスレッドファンクラブがあったけど、外から見るとこんな感じなのか……他人事のように考えて眺めていると、ふとソールと目が合った。


「あ、ああ、戻ったか、レイジ!」

「おう、イリスも無事だぜ。それで、少し話があるんだが……」

「行こう、今すぐに! という訳で、申し訳ありませんお嬢さん方、私は彼と大事な話があるので、これで!」


 おー、すげぇ、大義名分が出来た途端に、少し乱暴に周囲の人の肩を押し退けて、囲いをさっくり潜り抜けてきた。


「……助かった、ありがとう」

「……大変だな」

「あぁ……フロストパンサーを五匹引き付けている方が遥かに楽だったな……」


 遠い目をして、心底疲れ果てたように呟いたソールの声に、苦笑を返す事しか出来なかった。







「――結論から言うと、私も、あの転職の間にあった本が『白の書』だと思う」


 その後俺たちは、今俺が帰って来た東門の外壁の上に移動し、今まで聞いた内容を話し合った。

 真剣な表情で食い入るように聴いていたソールが、一通り俺が話し終えてまず放ったのが、それだった。


「……ずいぶんと、断定したな」

「ええ、ようやく繋がった。まぁ、玲史さんは、あの人に会ったことがないから仕方ないだろうけれど……」

「あの人……?」


 首を傾げていると、ソール……綾芽ちゃんが、ポツポツと語り出した。


「……二十五年前。私がまだ生まれる前だけれど、お兄ちゃんと玲史さんが生まれた前年。その年の出来事で、関係のありそうなことは一つ、心当たりがあるわ」

「それは? 俺も何か引っかかっていたんだが、どうにも思い出せないんだよな……」

「無理も無いわね、実際に、表舞台で脚光を浴びたのは、さらに数年後だもの」


 こほんと一つ綾芽ちゃんが咳払いし、語り出した。


「その年は……私達が遊んでいたゲームの生みの親……不世出の天才、どこから現れたのかも定かではなかった彼……『アウレオ・ユーバー』氏が、初めて世に出て来た年ね」

「そいつは……」


 ある時ふらりと現れて、画期的なVR技術……基盤のレベルからこれまでとは全く違う新しい系統の技術が盛り込まれ、技術をもたらした天才。

 そうだ。たしか、ふらりと現れて、基礎理論の論文を提出したのがその年だ。

 当時は「何をお伽話みたいな事を」と殆ど取り合って貰えなかったらしいが、彼は事実、その数年後にプロトタイプを完成させてしまった。


「時折疑問に思っていたの。あの人は、どこかゲーム内のノールグラシエ国王によく似ている気がする、と。ようやく合点がいったわ」


 俺たちの見た、『Worldgate Online』内に存在した、白の書と思しきオブジェクト。

 本と同時期に失踪した、前国王。


「まさか……おい、まさか、その、アウレオって奴は……」

「これは推測でしかないけれど……逆に、他に考えられない……緋上さんに会ったら、確認しなければならないことが増えたわね」


 固まってきた推測。ソールが……綾芽ちゃんが、一呼吸置いて……はっきりと、口にした。


「アウレオ・ユーバー。彼は……この世界の、『アウレオリウス・ノールグラシエ』……その人なんじゃないかと、私は思っている」






【後書き】

 主人公たちの視点では、今回ようやくこの話が繋がりました。

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