真竜の頼み


 光翼族のルーツ。

 邪竜クロウクルアフの来歴。


 そんな衝撃的な話が出た後も、パーサ様の話は続きます。



『……この時期、我らは休眠中だった故に伝聞だが、現人神として信仰対象にあったルミナリエは、だがしかしその生の後半は権力者……既得権益から人々の統治機構の長へとまんまと収まった十王に利用され、自由のない生活を送っていたと言う』


 起きていたら助けになれたのかもしれない……そんな苦悩を滲ませて語るパーサ様。


『そして……休眠せずに彼女に付き従った、騎竜であったクルナックも、謀略によって奈落へと落とされ、消息を絶ち……次にこの世界に現れた時には、もはや別物へと変わり果てておった』

「それが、クロウクルアフ……あの竜も、やはり人に恨みを抱いているのでしょうか?」

『……かもしれぬ』


 深々と苦悩が滲む溜息を吐きながら、頷くパーサ様。


『それでも、何者かの意思によるものか、再びこの世界に浮上したクルナック……否、クロウクルアフは、力の発揮できぬ空間に封じ込められたまま眠りについておった』

「眠りに?」

『そう……あやつはそれでも、御子姫を失った後は世界を放浪していた御子姫リィリスの騎士が封印を解くまでは、そのまま眠り続けておったのじゃよ』

「封印……ですか?」

『お主も見たであろう。人間が魔消石と呼ぶ物質に覆われた空間を」

「……! それは、ディアマントバレーにあったあの場所ですか!?」


 あの場所に、クロウクルアフが眠っていた。


「そうか……だから、あの場所にあいつの使っていたこの『アルヴェンティア』が、転がっていたのか!」

「あの場所でそのクロウクルアフの封印を解いたのが、リュケイオンさん……!」

『さよう。共に十王に深い恨みを持つ者同士、二人が意気投合するのは必然だったのだろう』




『おそらくじゃが、クロウクルアフ、そして元リィリスの騎士の狙いは……アクロシティ、そしてそこを占拠している十王の排除』

「でも、アクロシティは『アイレインの月』の管制塔なんですよね、そんな事をしたら……」

『うむ……我も、心情としてはあやつ……クロウクルアフに近い。だが、アクロシティを破壊する事だけは見逃せん』

「もし……破壊された場合、どうなるのですか?」

『あそこを、中央管制塔を破壊したら、この世界ケージは崩壊する。奈落より世界を守ろうとした三人の意思が、無為に還ってしまう。それだけは避けねばならん』


 その言葉に、愕然とする気配が皆から漂って来ます。


「は……帰る手段を探しに来て、とんだ厄ネタが出て来たな」

「それって……こっちに居る俺たちに、向こうの世界の命運が掛かってるって事か?」

「ちょっと、話が大きすぎてうまく飲み込めないにゃ……」

「それは……流石に困るであるな」


 戸惑いを見せる皆。無理もありません、私達はあくまで、ゲームをやっているつもりのただの一般人だったのですから。


『すまんが……あやつを、クロウクルアフを止めてくれ。それをできるのはおそらく、双方と深い繋がりのある御子姫よ、そなただけだ』


 そう、パーサ様はこうべを垂れ、私達は沈黙するのでした。





「とはいえ……私はそのクロウクルアフの戦いを一度間近で見ましたが、止めるといっても勝てるようなものなのですか?」

『そうじゃな、人のみでは相当に厳しいじゃろうな。さて……フギン、ムニン居るな?』


 パーサ様がそう告げると、上空から、キィィン……という音が降ってくる。


 見上げた先、『アイレインの月』から離れたこちらに向かって小さな何かが降ってきて……それはようやくその姿の詳細を見れるようになってきた頃、ばさりと翼を開いて羽ばたいた。


「きゃ!?」

「おっと、大丈夫か?」


 巻き上がった突風に驚いた瞬間、レイジさんがマントを広げ庇ってくれる。


 そんな突風が治まった頃……私達の目の前には、二体の真竜がこちらを見下ろしていました。


 それは、赤と青、二匹の真竜。


 ――どことなく、生物であると同時にメカっぽい雰囲気があります。


 巨体を支え直立させる逆関節の太い脚に、巨大な爪を備える大きな手、スラッとした胴体の背には、二対の巨大な翼と長い尾が備わっていた。

 そして……その翼は皮膜ではなく、なんらかのエネルギーフィールドに覆われているのでした。


『彼らを、御子姫の護衛に預けよう。まだ若いが、その分新型で、性能は折り紙付きじゃ』


 そうパーサ様が紹介を終えると、二体の真竜の姿がブレて消え……そこには、二人の人間と変わらぬ姿をした男性が佇んでいました。


「……こちらは、我らの対人インターフェース『幻体』と申します」

「普段はこっちなら、邪魔にはなんねーよな?」


 そう告げて、青髪の怜悧な風貌をした男性……フギンは恭しく頭を下げ、赤髪の、細く引き締まったワイルドな風貌の女性……ムニンは、がはは、と豪快に笑っていました。



「ええと……フギンさん、ムニンさん、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします、御子姫様」

「おう、よろしくな、御子姫様」



「あの……その御子姫様というのは……」

「申し訳ありません、私達テイアに仕える真竜にとって、その御子である貴女は尊ぶべき存在」

「は、はぁ……」

「ま、諦めて俺らのお姫様になってくれってこった」


 一応気遣ってなのか、あまり痛くない程度の強さでバンバンと背中を叩かれて、私はただ苦笑するしかなかったのでした。




「それで……どなたが我々の誓約者となっていただけるのでしょうか?」

「……誓約者?」


 フギンさんの言葉に、首を傾げます。

 答えは、ムニンさんの方から帰ってきました。


「おう。俺らは基本、『アイレインの月』の中にあるテイアに危険が及んだ時にしか戦闘できないように、制限が掛かっているからな。強力過ぎて、この世界を混乱させかねないからって」

「そこで、下界にて限定的に力を解放するために、行動範囲を定める基点となる誓約者……『竜騎士ドラグーン』が必要なのです」

「な、なるほど……」

「ちなみに、私、フギンはタイプ・守護者。拠点防衛用の機体になります」

「んで、俺、ムニン様はタイプ・砲戦。長距離砲撃が得意だぜ!」


 そう、大まかな機能を説明する二人。

 それを聞いて真っ先に手をあげたのは、ソール兄様でした。


「……では、フギン様。よろしければ私が」

「了解しました、ソールクエス王子」


 そうあっさりと了解するフギンさん。すると、兄様の左手に、光る模様が現れます。



「んじゃ、ムニンは俺が誓約者になろう、よろしくな」

「おう、えーと……」

「スカーレットだ。スカーで良い」

「おう、よろしくな、スカー!」


 続けて挙手したスカーさんにも、同様に紋章が。

 どうやら、これで契約は完了みたいでした。




『すまんが、生憎と我にはお主らが本当に聞きたかったであろう事……任意にテラへと還す手段を知らぬ』


 そう、申し訳無さそうに告げるパーサ様。


『唯一判明している方法は、アクロシティを破壊してこのケージを元の世界へと帰還させる方法じゃが……』

「分かっています、それは、私達の本意ではありません」

「……だな。それで向こうを滅ぼしちまったら本末転倒だ」


 私とレイジさんの言葉に、皆が頷く。


『じゃが、何か手段が見えたら必ず伝えよう』

「あ、ですが、私達がここまで来るのは中々難しい……」

『安心するがいい、向こう……アイレイン教団総本部というお主らの宗教施設にな、私の幻体がおる。それを通じて会話が可能じゃ』

「そ、そうだったのですか!?」

『うむ、我はこの場から動けんが、世界の情報は必要じゃったからな、特にここ最近は』


 そう、悪戯が成功した少年のような雰囲気で、笑うように喉を鳴らすパーサ様。意外とお茶目なところがあると知り、目を白黒させていると。


『では……また、三国共同会議の時にでもまた会おうぞ』

「え、それはどういう……」


 彼が、どこか悪戯っぽい調子でそう言い残したのを最後に……私達の周囲の光景が、一変していました。


 それは、ティシュトリヤの隠れ里の入り口。

 私達は、先程までの会談がまるで夢か幻だったかのように、一瞬で人里へと帰って来ていたのでした――……

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