世恢の翼

「エルダードラゴンロード……何という威容でしょうか」

『はは、そう言われてしまうと照れるな。何、今は年老いて巨体を浮かす事もできん老体だ、あまり畏まらずに居てくれるとワシも嬉しい』

「えっと……では、パーサ様とお呼びしても?」

『むぅ、少し距離を感じるのぅ。主……今代の御子姫であれば、気安くお爺ちゃんと呼んでくれても構わんのじゃぞ?』

「そ……それは流石に……」

『む……そうか。以前に来たリィリスという御子姫などは、最初からお爺ちゃん呼びだったのじゃが』


 そう、どこか残念そうに語るパーサ様に、私は内心で冷や汗をかくのでした。


 ――何やってたんですか、リィリスさん!?





 気を取り直して……私達は、エルダードラゴンロード、パーサ様に促され、山頂の岩……彼が暇つぶしに人に合わせて彫った結果、ベンチのようになってます……に腰を下ろして、その話を拝聴する事にしました。


『さて……どこから話をしたものかな。事の始まりは、やはりテラが生まれて間もなくからになるかのう』

「それは、『テイア』に関わる話の事ですか?」

『そうだ……結論から言うと、アーカーシャというのは、その時テラへと衝突した惑星テイアの中心核の事じゃ』


 あっさりと告げられた、その真実。

 ちょっと初級から豪速球すぎませんかね……と皆真顔になっている私達でした。


『お主らの言うジャイアント・インパクトの結果、破片は惑星外へと巻き上がり、それがやがて月になった……その一方で、惑星テイアの中心核、非常に重い比重を持った金属で構成されたそれはテラに残り、世界の記録を保存しながら地中でずっと眠りについておった』

「それが、この場所なのですね」

『然り。じゃが……変化があったのは、お主らの世界、テラ側で一万と二千年ほど昔、こちらの世界では二千年ほど昔になるかの』

「そ……そんなに時差があるのですか、こちらとテラは?」


 およそ六倍。こちらで三か月が経過したという事は、もしや向こうではもう一年半も……と、背中に冷たいものが流れました……が、しかし。


『いや、昔の話よ。お互いの時間の流れのズレはやがて緩やかになっていき、今はもうほぼ等倍で流れておる』

「そ……そうなのですか、良かった……」


 どうやら、こちらに長居すればするほど皆が取り返しがつかなくなる、という事態にはならなそうで、ホッと息を吐く。


『話を戻そう。当時の文明は、テイアから周辺に散らばった金属……当時の者達が『オリハルコン』と名付けた金属を求めて地面を掘り起こし、それによって偶然、そのテイアは掘り出されて地上へと姿を表す事になった』

「その文明とは、アトランティスという大陸の事でしょうか?」

『それで相違無い』



『そして……実際に掘り起こした当事者達の集まりが、まだ生き残っておる。それが現在この世界のアクロシティ、最高執政官である【十王】と呼ばれる者達だ』

「……その言葉、先王の手記にあったな」

「確か……アーカーシャを研究し、創造魔法という物を体系付けたと書いてありしたね」



『さて、現在この世界の最高権力を持つアクロシティ、その最高執政官である十王だが……この際はっきり言っておこう。我ら真竜は、連中をこのケージの盟主などとは認めておらん。連中は、既得権を頼みに支配権を乗っ取ったじゃ』

「そ……そこまで言いますか……」

『言うとも。我らがしばし……千年ほど休眠して目覚めたら、いつのまにか我こそはこの世界の秩序の守護者でござい、とデカいツラをしておったのだからの』

「は、はぁ……」


 怒り心頭、怨み骨髄といった様子のパーサ様に、私は苦笑するしかありません。


『……すまん、私情が混じったの。現在は【十王】と名乗っているアクロシティ最高執政官だが、昔は【十三委員会】と呼ばれておった』

「十三? では、残る三人の方々はどうしたのですか?」


『うむ……迫る【奈落】の脅威に対し、十三委員会は更なるアーカーシャと、創造魔法の力をもって事態を収めようとし始めた。すでに生活に無くてはならなくなっていたその力無しに、もはや考えられなくなっていたのじゃろう』

「ですがそれでは、『奈落』を封じるために更なる奈落を増やしながら封印するという事で、いつかは追いつかなくなる……」

『そうじゃな、そうして溜まったツケは、やがてより深刻な破滅となって噴き出したであろう事は間違いなかろう』


『じゃが、そうはならなんだ……その三人が、意見の相違から離れ、別の道を歩み始めた事によっての』

「その三人とは?」

『うむ。一人は防衛と治安維持組織の長であったアーレス。もう一人は医療と研究の長であったアイレイン。二人は、夫婦でもあった』

「戦神アーレスと、女神アイレイン……!」

「彼らも、人の研究者か……!」


 この世界で信じられている二柱の神の名前が出て来た事に、皆驚きの表情を浮かべる。


『二人は、十三委員会を抜けた後、アーレスは奈落と戦うための力を民に与えるため、力無き者達に力を与える加護紋章システムを完成させて、戦う意志がある者達へと広げていった。お主らが行使するその力の原型じゃな。また、身体能力に長けた強化人間……魔族を作り上げ、世に出したのもあやつじゃよ』

「戦技とか、闘気を操る技術をもたらした……って事か」

『一方で、アイレインは同じく民に戦う力として、創造魔法とは違う、世界を壊さぬようリミットが設けられた魔法を与えると、今度は奈落を封じる研究に没頭していった』


『だが、袂を分かった双方の主張は決して相容れぬものだったからの。二人は抗争の末に十王を出し抜き、支持者たちと共に、創造魔法のアーカーシャへのアクセス経路を封印した。それにより人は創造魔法を喪い、今はもう使えるものはおらん』

「そうして、今私達が使えるのはだいぶデチューンされた魔法となったのですね」

『もっとも、当時のアイレインが作った魔法はもっとシステマティック、かつ、ささやかなものだったがのぅ』


 そう言って、パーサ様は愉快そうに、ソラさんへと顔を寄せます。


『そこの学者が考察した通り、人は自らで魔力を生成するよう進化し、アーカーシャに頼らぬ強力な術式を操るまでに至った。ほんにお主らは、進化に貪欲な種族だと我は思うぞ』


 そう、がっはっはと笑い声を響かせるパーサ様でしたが、すぐに真面目な顔に戻ります。


『話がまた逸れたわ。これだから歳を取るとよくないわい。それで、アイレインはその後、アーカーシャの本体であるテイア……膨大な魔力を内包する、当時のアトランティス人たちがオリハルコンと名付けた金属が、超高密度で凝縮されたその星……それを動力として動く結界装置、アイレインの月を作り上げたのじゃよ』


 そう言って、天を仰ぐパーサ様。その視線の先には、真上に浮かぶ青い月があった。


「それが、あの頭上にある青い月ですか……」

『そうだ。そして、それを用いてこの世界を隔離し、異なる次元に存在した異世界へと転写して、縫いとめた。アイレインの月、その中に眠るアーカーシャと、世界を侵食せんとする奈落ごとな』

「で、この場に留まり続けているあんたは、その守護者の長、でいいのか?」

『然り、然り。そして、我らは元々アーカーシャにより生み出され隷従する守護者であるが故、彼女とは利害の一致により、協力関係にあったのだよ』


 そう言って、周囲を睥睨するパーサ様。

 そこには、無数に転がっている真竜たちの遺骸。


『……そこまでに、創造魔法から脱却しようとする者と変わらず縋ろうとする者、両者の間に長い戦いがあった。強大な力を持つ創造魔法を相手に、我ら真竜にも多数の被害が出た。あのアイレインの月跡地に眠っている遺骸は、その時の犠牲によるものだ』


 そうして、数多の犠牲により作られたのが、この『ケージ』という隔離世界。



『だが……まあ厄介な事に、我らが休眠中に、アイレインの月の管制を司るアクロシティが連中に占領されていたのがな。あそこに陣取られてしまうと、我らは迂闊に手出しできん』


 ――アクロシティが連中に占拠されていた。


 さらっとそんな聞き捨てならない事を口にしたパーサ様に、慌てて尋ねる。


「ち、ちょっと待ってください、アクロシティは元々あなた達の側の施設なのですか!?」

『そうじゃ。十王連中は広く自分達の所有物であると喧伝しておるが、日々の調整程度ならばまだしも、上位管理者権限を有さぬ連中には、決してその重要な機能は使用できぬ」

「では、十王達には……」

『うむ、連中にはこの世界を統治するに足るだけの正統性は存在せん、ただ皆が事実を忘れた頃に上手いこと乗っ取っただけの者達じゃよ』


 そこまで言って、哀しみを湛えた目で空の月を見上げるパーサ様。


『……以前我に会いに来た御子姫リィリスは、それを知ってもなお同じ世界を護りたい者同士、信じてみると言って戻って行ったのだがな。結果はお主が知っての通りじゃ』


 ……そう、寂しげに呟いたのでした。





『……と、まだ離反した三人目の話がまだじゃったな』


 そうでした。


 あまりに情報量が多い話に圧倒されていましたが、まだ離反した三人のうち二人しか、話に出て来ていません。


『このケージを作ったまでは良い。だが奈落の封印は、そのままでは遠からず破られるはずじゃった。故に、奈落の侵入経路を塞ぐ事ができる手段を求められていたが……アイレインもついにその手段を生み出す事は叶わなかった。このケージという世界は、元のテラを存続させる為に、人知れず奈落に食い潰される贄となる筈だったのだがな』


 悲壮な覚悟で切り離された世界。

 だが……この世界は、まだ存続している。


『……それを防いだ者が居たのじゃ』

「では、その離反したという最後の一人が……?」

『うむ、最後の一人……それは、アーレスとアイレイン、夫婦でもあった二人の娘であった少女。誰よりも強くアーカーシャと共振してみせた才を持つが故に、半ば研究対象として十三委員会に名を連ねただけの、心優しい娘じゃった』

「実験体……ですか」

『うむ。しかし連中の思惑とは裏腹に、少女は十三委員会に招致された後、創造魔法による乱開発によって荒れた大陸環境を鎮め、もはや迂闊な事は出来ぬ程に慕われており、人々からは感謝を以て歓迎された。その名を【星恢せいかいの姫ルミナリエ】と言った』


 懐かしむように、先程とは一転して優しげな眼で語るパーサ様。その様子から、その女性と良好な関係を築いていたのだと伝わって来ます。


『彼女は十三委員会から離脱した後は、ただひたすら一心に、アーカーシャへと祈り続けた。皆を護りたい、助けたいとな。そしてある時、ふっと姿を消してしまった』

「消えてしまった……?」

『これは、後から分かった事じゃが……彼女は、深く繋がりすぎた結果アーカーシャへと取り込まれていたらしい。その数年後……彼女はすっかりと姿を変え、世界へと舞い戻ってきた。真白き光の翼と虹の髪、光の円環を頭に抱いてな』

「それは、もしや……?」

『そうだ。。世界に初めて生まれ出た、アーカーシャに取り込まれ、その巫女となった。かの存在の記録したバックアップを借りて壊れた世界をあるべき姿に戻す、。世界を癒し恢復するもの。全ての光翼族の祖である。それが彼女だった』


「世界の、基準点……」

『そう、それがお主ら光翼族の本来の能力じゃ。類稀な治癒能力で世界の綻びを修繕し、浄化能力で溢れた奈落を清めた上で、アーカーシャと同期した世界のバックアップを参照して元の姿へと戻す。他の者には真似はできん』


 アーカーシャと同期、という事を聞いて、一つ、思い当たるものがありました。あれは確か……


「そういえば以前、アンジェリカちゃんが目覚めた時……接続権限がどう、といった声が聞こえてきた気がしますが……あれは、そういう事だったんですね」


 妙にシステム的な幻聴だったので気になっていましたが……どうやら本当に、システムに接続されていた結果だったのだと、ストンと腑に落ちたのでした。



『そして……もう一つ、伝えておかねばな。お主らが死の蛇と呼ぶ邪竜クロウクルアフじゃが……奴もまた、我ら真竜の一体であった。名をクルナックという……当のルミナリエの騎竜だった者じゃよ』


 そう、パーサ様は痛ましげな面持ちで語るのでした――……

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