突入


 ――頼まれた物は、全部用意した。


 そうメッセージを送ると、その日のうちに訪れた彼女は、中身を確認して驚愕していた。


「ありがとうこざいます……まさか、これほど早く用立ててくれるなんて……『海風商会』団長さんの推薦通り、あなたは本当に凄い方なんですね」


 そう、ふわりと笑いかけられて……私は、思わずその眩く輝かんばかりの笑顔から、顔を背けてしまう。


「別に……凄くなんて無いです。私はこうして効率的に準備を整えるのが人より得意ですが、自主性に欠ける人間なんで」


 彼女と目を合わせる事もできず、背を向けながらブツブツと呟く様の、なんと無様な事だろう。


 言われた事しか出来ぬ、マニュアル人間。


 そんな劣等感に凝り固まった自分が、凄いわけがないのだと、自らに言い聞かせる。




 ――おまえは、やれば出来るくせに何故か役に立たない。本当に使えない子だね。




 それは、いつも母に言われていた言葉。


 ヒステリックな性格をしていた母は、いつもいつも、何をして欲しいかを自分から言うことは無かった。

 その一方で何か間違えたり、自分の思い通りにならなければ、すぐに叱責、時には暴力が飛んでくる。


 おまえは普段は、自分の思った通りに動かない奴だとそう言われ続けていた。


 ……クソ喰らえだった。


 何故、自分の意思もまともに伝えもしない奴のために、こちらから何をして欲しいかを先読みして、あくせくと動かなければならないのか。


 幼い頃からそんな反抗心を抱くようになり……結果、自分から動くなんて嫌だ、そう無気力に思うようになってしまった。




「なるべく面倒な責任を負いたくないし、気楽に人から指示される立場に居たい……それが私というか人間ですから」



 自分から誰かのために動くなんて嫌だ、嫌悪感が湧き上がって来る。


 人の為になんて嫌だ、出来ない。

 対価無しに何かをしてやるつもりなんてない。


 今回だって、ギルドマスターから頼まれたからで、きちんと報酬も貰ったから……そう思っていたのに。


「いいえ……あなたは、こうして難しいはずの頼みごとを、こんなに早く、立派にこなしてくれたじゃないですか」


 目線を合わせない私に、諭すように優しく語りかけてくる彼女。


「人のために動けないなんて嘘。あなたは、頼まれた事は誠実にこなしてくれました。本当は人の為に何かできる、優しい方です。だから、あまり卑下なさらないでください……本当に、ありがとうございました」

「あなたは……」


 思わず振り返って……初めて、まともに見たその姿に、息を飲んだ。


 すぐ間近で微笑みを浮かべている、その可憐な姿。




 その姿が、最大限に可憐に見えるよう作られた偶像アイドルだという事は分かっている。

 その中身がどのような人物か分かったものではない事くらい、分かっている。

 それが、公式のイメージから外れないように取り繕っているだけの可能性が高い事も、分かっていた。




 ……だが、自分ですら卑屈になっていたにもかかわらず、そんな自分を肯定してくれた可憐な少女。


 自分の中で新しい想いに芽生えた時……その時にはもう、彼女は後ろ姿しか見えなかった。




 ――また、逢いたい。


 いつかまた逢えたならば……そう思いながらも代わり映えしない生活を送っていだ最中……それは、起きた。


 何が起きたのかは分からない。突如、よく分からない魔法陣に飲み込まれたその直後、世界は一変していた。


「何だ、何だよこれ!?」

「だれか、返事を……なんでチャンネル開けないんだよ!?」


 広場の中で、周囲の人々から不審なものを見るような目が集中する中で、パニックに陥っていた、先程まで一緒の『Worldgate Online』のゲームの中に居たはずの者たち。


 そこからの行動は、やはり自分らしく身勝手なものだった。


 まずは、自分の生活基盤を整える。

 自由競争経済が築かれているらしい西大陸で、競争に負け、傾きかけていた商店の店主に取り入ってその経営を立て直し、実質的にその経営権を手中へと収めた。


 あとは、搾り取れるだけ搾り取っておさらばだ……こんな状況で、人の事なんて考えていられるか。全て見て見ぬ振りをして、それを元手にどこかで安全で割のいい仕事を見つける。



 ――それで、良かった筈なのに。



「へぇ、行く場所が無い? なら、いい仕事を紹介してやるよ」

「え、でも……」

「いいから……来い、ってんだろうが、なぁ!?」

「……ひっ!?」


 路地裏から、たまたまそんな声が聞いてしまった。


 最初は無視しようとしたのだが……よりにもよって、その少女は。元プレイヤーの特徴である、やたらと容姿が整っているその女の子は。


 ……彼女と同じ、銀髪だったのだ。




 脳裏にチラついたのは、彼女の姿。


 ――あなたは、本当は人の為に何かできる、優しい方です。


 脳裏に響く、彼女の声。


 それが、少女の窮地を黙殺して、無視して立ち去ろうとする足を止めさせてしまった。


「……分かったよ、そう言うならば、やってやるよ……やってやればいいんだろう!?」


 ヤケクソのように叫び、元来た道を引き返す。


 目下の問題は、こちらに連れてこられたプレイヤー達の、この世界の知識と居場所の無さ。

 だから、現実となったこの世界では、騙され、足元を見られ、クソみたいな立場に貶められていく。


 だったら……そうならないように、その居場所を作ってやる。とりあえず手始めに、先程騙されて連れて行かれた銀髪の少女からだ!


 それが、本当に私が始まった瞬間だった。





 ――だった、はずなのに。











 ◇


 唱霊獣『バハムート』のその巨大な翼は伊達ではなく、目的の船……『海風商会シーブリーズ』の船は、すぐに見つかった。


 すぐ後ろをついてきていた主力を乗せた魔導船に合図を送ると、バハムートは速度を上げて先行する。


「キルシェさん、敵船右舷の砲台が、突入部隊の脅威になる。排除できる?」

「はい、任せてください!」


 そう言って、バハムートの騎首を船へと向けさせるキルシェさん。

 同時に、周囲に集まってくる魔力が無数の炎となって、その巨大な翼の羽ばたきと共に放たれる。


「行って、バハムート……『インパルス』、撃てぇ!!」


 放たれた火球が指向性を持って、右舷側の砲台へと複雑な軌跡を描いて殺到する。


 次の瞬間……それら砲台が、まとめて爆炎に包まれた。

 さらに、ついでとばかりに水を掻く右後部の水車に当たり、その動きが止まる。


「よし……キルシェさんは、この後船にギリギリまでバハムートを寄せて、ハヤト達を船へと送り届けて。そのあとは、甲板のどこかに陣取って、降りた皆の援護を」

「分かりました、みなさん、無理はなさらずに」


 キルシェさんが、頷いて船へと寄せ始める。


「ハヤトは姿を消してイリスの捜索、いけるな?」

「任せろ兄ちゃん、こういう仕事は俺の本領発揮だぜ」

「桜花さん、フラニーさん、それとハスターは僕と甲板で敵を引きつける。皆、準備は?」

「はいはい、任せときな」

「ええ、いつでも」

「ああ、大丈夫だ」


 それぞれ頷く三人に、よし、とこちらも頷く。


「それじゃ、僕達も行こう。星露さん……覚悟は、良いんだね?」

「はい……私、前は短絡的な手段を取ってしまいましたが……今度こそ、話をしたいんです。もう、こんな事はやめようて、何回だって」

「……わかった」


 真っ直ぐに船を見つめている星露さんを横抱きに、先陣を切ってバハムートの首から宙に身を踊らせる。

 浮遊感に身を強張らせた星露さんに苦笑しつつ、背中の翼を広げ風を掴むと、ぐんぐんと近づいてくる海風商会の魔導船。


 ある程度まで接近したところで、星露さんが浮遊魔法を展開した事を確認してその体を離し、腰から剣を抜く。


 まだ甲板で、予想外の襲撃に右往左往しているフォルスの元へ残った元プレイヤーたち、その一人にターゲットを絞り……


「『エッジ・ザ・ライトニング』、はぁぁあああっ!!」


 手にした剣が、紫電を纏い巨大な長剣となる。

 それを、落下の勢いのまま……切っ先だけ掠めるようにして、甲板へと叩きつけるように振り下ろしながら着地する。


 ――ピシャァァアアッ!!


 まるで、落雷のような音が船上へと響き渡る。

 不幸にもターゲットになった元プレイヤーは……雷撃に撃たれ、全身を焦がしながら倒れ込んでいた。


「な、なんだぁ!?」

「そんな……敵襲、敵襲ー!!」

「ひぃ、竜が上に……!?」


 ろくな統率も無く、さらに蜂の巣を突くような騒ぎに包まれる甲板。

 そこに、甲板上空を掠めて飛んだバハムートの背中から、ほかの皆も無事降りてくる。肝心のハヤトの方も、即座に自身の姿を隠蔽して物陰へと身を潜ませていた。


 そうこうしているうちに、拙くはあるが周囲を包囲し始める海風商会の者達。その姿を睥睨し……声を上げる。


「私は、ソールクエス・ノールグラシエ。北の魔法王国王子である! 不当によ、貴様らが、イリスリーア殿、力尽くでもさせてもらう!!」


 私のわざと大仰に張り上げた言葉に、周囲が再びざわつく。


 心底PKを楽しんでいるような輩でもなければ、大多数のプレイヤー……特に一握りの強者を夢見てトップグループに属しているような者たち……は、自分が悪党になりたいとは考えていない。


 ところが、私が大仰な名乗りを上げた事で……ただ有名プレイヤーの一人を自分たちの陣営に引き込んだだけだと思い込み、よく分からずにただ上からの指示に従っていただけの彼らも気付いたはずだ。


 ……自分達が、いつのまにか一国のお姫様を攫った大罪人となっていた事に。


「姫さまを、誘拐?」

「どういうことだ、自分達は、ただ……」


 ざわつく周囲。

 自分達が何をしたのか、それをようやくながらも薄々察した彼らの士気は、すでにガタガタに崩れ落ちかけていた。


 あとは……


「姿が見えないと思ったら……やって、くれますね……『金剛石の騎士』……っ!」


 船室から、忌々しげな声を上げながら登ってくる、目的の人物……フォルス。

 だが、様子がおかしかった。顔色は悪く、まるで頭痛をこらえているかのように頭を抱えており、動きも随分とふらついている。


「フォルスさん、もうやめましょう! あなたはいいように利用されているんです!」

「星露……あなたも、そちらにつきますか。いいでしょう、纏めて始末してあげます……!」

「フォルスさん!?」


 必死に呼びかけている星露さんの声も虚しく、その手に漆黒の鎌を取り出して、多数の犬型の影を周囲に呼び出すフォルス。


 やはり……奴をなんとかしなければ、数の不利はますます開くばかりか。


 そう、明らかに正気を欠いている様相の彼を睨みつけ、星露さんを背に庇う。


「……どうやら、一度殴って目を覚まさせないと駄目らしいな」


 いいな? と、彼女に目配せする。そんな彼女は蒼褪めながらも、しっかり頷いた。


 こうして……船上での火蓋は、切って落とされたのだった――……

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