困惑の心

「……何で着いて来てるんですか」


 復興作業に賑わう町の青空の下、周囲の喧騒とは様子の違う険を帯びた私の声が響きます。きっと、今鏡を見たら、さぞ冷たい目をしているのでしょう。


「そりゃ……お前ひとりだけだと何があるか分からないし心配だから」

「……レイジさんと一緒の方が心配なんですけど?」

「ぐっ!?」



 一緒に居るのがどうしても気まずくて、当てもなしに町に飛び出したというのに、何故かぴたりとレイジさんが着いてきています。私程度の脚ではどれだけ急いでもわずかに離すこともできず、そもそもの歩幅も違いすぎるため、精々がのんびり歩いている、程度の歩き方のレイジさんが余計に腹立たしく無性にイライラします。


「何度も言ってるが、悪いとは、その、思ってるさ。まさかあんなことになるなんて思ってなくてな……」

「だからって、あんな、あんな……!」


 あの時の事を思い出すと顔が熱くなって、恥ずかしさに目からぽろぽろ涙がこぼれます。それを見てぎょっとうろたえるレイジさんですが、ささくれ立った感情の波は止めることができません。


「ほんっとうに! すっごく! 恥ずかしかったんですからね!! あんな、あんな……!! 二人がかりで、もうやめてって何度も言ってるのに、無理矢理……あんな恥ずかしい事!!」

「うわわわ、や、やめろ、その発言はヤバい、誤解される!?」


 大声で怒りをあらわに叫ぶ私。感情がまるで制御できません。レイジさんを見るたびにあの時の事を思い出し、あられもない声を散々聴かれてしまった恥ずかしさと、痴態を晒してしまった居た堪れなさに、つい攻撃的な態度になってしまっています。


 ……本当は、レイジさんに非はないと本心では思っているんです。


 背中にあるらしい模様を調べてほしいと頼んだのは私ですし、レイジさんも、まさか背中を触っているだけで私が……えぇと、あんなふうになるだなんて思ってはいなかったでしょうし。

 ですが、あのような失態を目の前で起こしてしまった事は拭えずに、ついこうして可愛くない態度を取ってしまっているという自覚はありますし、それを許してくれているレイジさんに甘えている事について自己嫌悪も感じています……


 しかし、何故かどうしても……あの事が恥ずかしくて目を合わせられず、素直に水に流して謝ることができずにこうして一日経過してしまいました。一体どうしてしまったのか、考えても全く分かりません。


 ……ソール兄様? 知りません、勝手に凹んで少しは反省すればいいんですよ、もう!!











「そういえば、行商人がやって来たそうだね」

「ああ、それで子供たちが飛び出していったのかい」



 ついまた心にもなく辛く当たってしまったことに意気消沈し、あてもなくぶらぶらと歩いていると、何気なしに向けた街の人たちの会話に、そんな言葉が耳に入りました。


「……行商人か。今後の行き先の予定を立てるために話を聞くのも悪くない、か?」


 レイジさんも聞きつけたようです。どうやら興味もあるらしく……これは、仲直りのチャンスかもしれません。


「……あの、レイジさん」


 あぁ、きっと私は今拗ねた子供のような顔をしています。本当に嫌になります。


「ん? どうした?」

「……その、商人の方がどういったものを取り扱っているのか、見て、みたいの、です、が……」


 そこまで絞り出しながらもやがてぱくぱくと口を開閉させるだけで喉が無意味に震え、続きを中々口にできず、何故か素直になれません、どうしても目を逸らしてしまいます……が、これを逃したら次はいつ機会があるか。目をぎゅっと瞑って、数回すぅ、はぁと深呼吸し、震える声を叱咤して力いっぱい告げます。


「……付き合ってくれたら、今回の事は水に流してあげます!!」

「……うぇえ!? な、ななな!?」


 ……あれ? 何か間違えた気がします。うろたえている目の前のレイジさんの様子に、私ははて、と首を傾げるのでした。









「あー、まぁそうだろうよ、知ってた知ってた」


 なにやら向こうでレイジさんが投げやりにぼやいてますが、私は目の前の小物類に夢中でした。町の広場に所狭しと広げられた、行商人達が広げている様々な商品たちの中の、元の世界ではあまり見かけなくなってきた、手仕事らしき一個一個少しずつ違う小物たちは目に楽しく、見たことのない素材もいくつかあります。


 ……以前はこういった小物にはあまり興味はなかったのですが、今はこうして眺めているだけでも何故か楽しいです。そういえば、味覚も変わってきた気がします。以前に比べて甘いものをよく摂りたくなるような……。逆に、辛い物と苦い物が苦手になりつつありました。ちょっと不安になってこっそりお腹周りを軽くつまんでみます……うん、ぷにぷにになったりはしてない……はずです。







 そうして、その商品の中の一個を手に取ったその時でした。何気なく手に取った、かすかに虹色のような輝きを帯びた青暗色の花の形をしたブローチ。見た目はとても綺麗ですが、それ以上になにか引っ掛かりを覚えて何気なく手に取った瞬間。


「……あ、れ?」


 視界が、ぐらりと傾き風景が流れ……いえ、これは、私が……


「危ねぇ!?」


 とさっと軽い衝撃を感じた次の瞬間、誰かに抱き留められました。突然目の前一面に広がる青空と、レイジさんの心配そうに見下ろす顔に、目を瞬かせます……一体、何が。


「どうした、どこか具合悪いのか? いきなり倒れてどうした?」


 心配そうな気遣わし気な声に、ようやく私の今の状態を把握します。そう――


「……私、倒れた……んですか?」


 身を縮ませて、小さくなってレイジさんに抱きかかえられていました。

 逞しい胸板と腕が、私一人の体重をまるでびくともせずに支えており、服越しでも分かるその力強さを、気遣わしげに抱き包まれた全身で感じます。


「……っ」


 あれ……なんだか心臓が少しバクバクと跳ねています……変、ですね?


「ああ、突然。どうした、どこかおかしいか?」


 そのレイジさんは、心配げに私の方を見るだけでどうやら気が付かれていないらしく、ホッとします。……何故私はホッとしているのでしょう?


「いえ、特には……あ」

「どうした!?」

「足が……動きません。これは、強化魔法が……切れてる、みたいです」


 正確には動かないわけではないですが、強化魔法が突然切れたことによる落差でそう錯覚していたみたいです。急激に落ちた脚の力では体重を支えることができず、こうして倒れた……と。


「……そうか、それならまぁ、大丈夫か。珍しいな、お前が効果時間を読み違えるの」


 そんなはずはありません。日常生活用と割り切り、効果を絞って持続時間に振り込んだそれは、本来なら三時間は持つはずでした。たかだか部屋を飛び出して数十分程度の今切れるなんてことは。


「つい先程部屋を出る際にかけたばかりの筈なのですが……いえ、今掛け直しますね。『フィジカル・エンハンス』」


 初級魔法故の数節の短い、使い慣れた詠唱を完了すると、いつものように私の体が一瞬ほの明るい魔法の光に包まれ……ませんでした。


 ――え? まるで……手ごたえを感じません……?


「あ……れ? 『フィジカル・エンハンス』……『フィジカル・エンハンス』!!」


 徐々に、声に焦りを帯びていきます。何度試しても、うんともすんとも言いません、そんな、今までこちらの世界で普通に暮らしていたのはこの魔法のおかげなのに、このままじゃ旅なんて……顔から血の気が引いていき、焦りの感情が、じわりと胸を浸食していきます。


 焦って何度も魔法を唱えている私に、背後から申し訳なさげな声がかかりました。


「あー、お客さん……多分、魔法が使えないのは、そのブローチのせいだと……思います」

「へ? あ、ああ、これですか」


 そういえば、商品を眺めていて手に取ったままでした。試しに、店主さんに返却してもう一度試したところ、今度は特に何事もなく使用でき、ほっと胸を撫でおろします。


「すみません……ご迷惑をおかけしました」

「いやいや、お嬢さんに怪我が無くて良かった。すみませんね、説明が遅れまして。普段から魔法や魔道具を生活の上で使用している方には注意しなければいけないのですが、よもやこのように都市から離れた場所に居られるとは思っておらず……」


 『魔消石』。それがこのブローチの素材の名称だそうです。近年新たに発見され、ここから程近く、都市部へと続く道の途中にある村のそばでも最近採れるようになったという、周囲の魔法をある程度打ち消す石。特に魔法大国を有するこの北大陸では、犯罪へと使用されることも考えられるため、一定量以上の取り扱いには国の発行する免許が必要な素材らしいです。それで、商人さんは申し訳なさそうにしていたのですか。取り扱う上で説明の義務もあるのだそうです。そしてこの魔消石は、主に、魔法に対する護身用のお守りとして用いられるのだとか。ですが最近、加工することで魔道具の素材としての活用法に注目され研究が進められており、採取できる場所においては特需に沸いているのだそうです。脆いため拘束具などの原料とはならないらしく、その点ではひとまずは一安心ですが、これは……


「あの、レイジさん、これはゲームの時は無かった……ですよね?」

「ああ、もしかしたらミリアムあたりは知ってるのかもしれないが……少なくとも、俺は聞いたことがないな」


 こそこそと話す私たち。あまりにも都合よく目の前に現れた、ゲームの時には存在しなかったと思われるつい最近発見された素材。


「……なんだか、嫌な予感がします」


 今は特に疑問もなく日用品にまで使われているみたいですが……何がどうとははっきりと言えませんが、どこかキナ臭い物を感じずにはいれませんでした。






「あー、それで、お客さん、お熱いのは結構なのですが……そろそろ、独り身には毒でして、続きはまた別のところでお願いできませんかね……?」

「はい?」

「へ?」


 思わぬ事を言われて周囲を見回すと……あれ、なんだか注目を浴びてます。中にはこちらを見て微笑ましい物を見る目でひそひそ話すもの、黄色い声を上げている女性……あ。


「ごごご、ごめんなさいレイジさん!?」

「い、いや、俺こそ悪かった!」


 未だに腕に抱き抱えられたままでした。ぺたんとレイジさんの腕から降り、地面に座りなおす私と、ぱっと離れるレイジさん。私は、熱くなった顔を周囲の視線からシャットアウトするようにフードの端をつまんで下ろしていることしかできませんでした。


「……?」


 とくんと、一つ大きく心臓が跳ねます。……やっぱり、私、どこかおかしくなったのかもしれません……。

 悪い病気でなければいいのですが。

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