青の魔導騎士団
コメルスの街、上層区。
主街区である中層と、街を見下ろす丘の上に鎮座している大陸縦断鉄道のターミナルを繋ぐ、二本の巨大なエスカレーターに沿うようにして広がっているこの区画。
街の北部にある丘陵……それはもう断崖と言っても良い急勾配ですが……を切り崩して作られたこの土地には、富裕層や、鉄道利用者向けの宿泊施設が集中しています。
そんな、二本設けられたエスカレーターを登った先の終点……そして大陸縦断鉄道の始点が今、私達の目の前へと姿を表しました。
「ふわぁ……」
この街に来てからずっと、見るもの全てに上げているような気がする感嘆の声が、私の口から漏れ出る。
坂を越えて、目の前に現れたのは……
「なんだか……凄い、物々しい施設ですね」
「ああ、これはどちらかと言うと、軍事施設っぽいな」
威容に圧倒されている私の言葉に、背後に付き従うレイジさんが同意する。
今眼前にある駅舎の正面には、今は私達という客人を迎えるために解放されている、非常に分厚い鋼鉄の扉を構えた門。
左右に広がる外壁は端が見えず、壁上には障壁展開装置や砲台らしきものも見受けられ……それは、まるで要塞のようでした。
「はは……その認識は間違っておらんよ、こちらは一般解放されておらんからな。軍などが利用するための管理経路だ」
「あ……それで人が居ないんですね」
大陸横断鉄道という割に、あまりにがらんとしていて利用客が見当たらないこの経路。
アルフガルド陛下が言うには、本来の入り口は今しがた登って来たエスカレーターの、途中の分岐から行ける上層の一角にあったらしいです。
「まあ、普段は私達もこちらは通らないんだがな」
「陛下は、あなた達やユリウスに一度全容を見せたいと……見ておくべきだと、鉄道警備隊に頼んでこちらを使わせていただいたのです」
陛下の後を継いだ王妃様の言葉に、なるほど、と手を叩きます。これはどうやら私達の社会勉強である、と。
確かに今後、何か情勢が動くような事があった際に……知らなかった、では済ませられないでしょう。
「たしか……本当に有事の際には、防衛拠点として使用できるようになっているんでしたか?」
うろ覚えな知識の中から、このターミナルの情報を引き出して口にすると、アルフガルド陛下は満足げに首肯しました。
「ああ、そうだ。他の街から援助物資が届くまで、民衆を収容してもなお一週間程度は持ち堪えられる程度の用意は常時行われておる」
「はー……ちょっと、想像できない規模ですね……」
「ねー、おねえさま、凄いよねー」
そう言って、キラキラと輝く目で施設を眺めているのは、私と手を繋いで歩いているユリウス殿下。
その年相応の可愛らしい姿にクスリと一つ笑いながら、はしゃいで先を急ごうとする彼についていきます。
「はぁ……男の子って、こういう場所が好きよねぇ」
そう溜息混じりに呟いたのは……私とは反対側でユリウス殿下と手を繋いだアンジェリカちゃん。
彼女は、はしゃぐユリウス殿下や呆けていた私の様子に肩を竦めていました。
「あはは……でも、アンジェリカちゃんも一緒の列車で良かったですね」
今回はアルフガルド陛下の厚意で、王族専用車両に教団の聖女の方々も同乗する事となっています。
「イリスリーアお姉様は本当に呑気なんだから……聖女のお姉様方は皆、話を聞きたいって下心満載ですのに」
「あ……アンジェリカちゃんにも教えた、私の魔法の事ですか? それなら別に、私は構いませんよ?」
マリアレーゼ様と会話した感じでは、彼女達聖女や『先生』と呼ばれている教皇様にも、それを利用して利権を牛耳ろうという欲は無さそうに思えます。
ならば、それで助かる人が居るならば、特に出し惜しみするつもりはありませんでした。
「……多分、お姉様方が興味あるのはそこじゃないんですけど。なんで自分は乙女チックなくせに乙女心は分かりませんかねこのお姫様は」
「……?」
何故かぶつぶつ悪態を吐き始めたアンジェリカちゃん。
何だろうと首を傾げるのですが……どうやら、機嫌を損ねてしまったらしく、それ以上は何も言ってくれませんでした。
そんな事がありながらも陛下の先導で歩いていくと、やがて外壁の上へと続くエスカレーターが見えて来ました。
ちなみに、駅の裏手はすぐ山が鎮座しており、鉄道は最初地下を通っているらしいため、こちら側からでは肝心の魔導列車は見えません。
頑なに弱い部分を晒そうとしない、この構造は……と、ふと思った事。
「……あの、こういう事を聞くのも何ですが……これ、元々『今みたいな有事の際』を想定して作られてますよね?」
おそらく仮想敵は、すぐ南、あまりに巨大なために水平線の彼方に薄らと見える、天を突くような巨大な塔――
皆の視線がそちらに集中した中で……陛下が苦々しい表情で口を開きます。
「……兄が、そう初めから計画していてな」
「先王……父が?」
「ああ。当時は皆、なぜアクロシティにそのような過剰な警戒をと非難する中で強行されたその計画だが……」
そこで一つ溜息を吐き、先を続ける陛下。
「今は、それが正しかったと思わざるを得ぬ。あの時にはすでに、こうなる事を読んでいたのだろうな」
全く、やはり兄上には敵わぬ……そう苦笑するアルフガルド陛下でした。
そうこうしているうちに、外壁上へと出る最後のエスカレーターが終点へと到着します。
そこには……揃いの青い制服を纏い、腰に剣帯から
その中心から、他の人よりも肩などにやや装飾の多い制服を纏う方が一人、私達の前へと歩み出ます。
現れた人物の姿を見て、暗い表情をしていた陛下の顔が、ぱっと明るくなりました。
「お待ちしておりました、アルフガルド陛下。そして王家の皆様方」
「おお、出迎えご苦労。急ですまんがこれから王都まで、しばらく世話になるぞ」
そう言って陛下が握手を求めたその人物は……すらっとした長身の、まだ三十よりは前くらいの年齢に見える若い青年。
騎士……というよりは、私達の世界の軍服のように見える、青を基調とした服に身を包んだその男性。
男性にしては長めな、その青味がかった銀髪から覗く顔は優男にも見えますが……しかし、凛と立っている姿だけで、ひしひしと感じます。
……この人、強い。
おそらく、通常時のレイジさんや兄様と比べても、さほど引けを取らないでしょう。その立ち姿から受ける雰囲気は、どこかレオンハルト様に似ているような気がします。
「紹介しよう。鉄道警備隊……魔導騎士団『青氷』の団長を任せておる、名をクラウス・ヴァイマールと言う」
「へぇ、団長……!」
「凄い、まだお若いのに……!」
陛下の紹介に、兄様と私の驚嘆の声が重なります。
それに……『ヴァイマール』という家名にも聞き覚えがあります。
確か、私達が今までお世話になっていたローランド辺境伯領……そこに隣接する領地の、領主様の家名だったと記憶しています。
「いえ、私達『青氷』はまだ設立間もなく若い騎士も多いため、その統括を任されていると言ってもまだまだ若輩者です」
そう驚愕の声を上げる兄様と私に対して謙遜する彼の顔は、若干の照れが入っているように見えました。
――魔導騎士団『青氷』
コメルスと王都を結ぶ新たな大動脈、縦断鉄道の保守と防衛を受け持つ鉄道警備隊。それを統括する精鋭部隊。
多数の領地を横切る鉄道の管理を請け負うという性質から、その権限には様々な特権が付与されています。
騎士団、と名は付いていますが……その性格は、どちらかと言うと軍よりも警察に近いでしょう。
そんな彼らには実力だけでなく、時には各領地を管理する者達との折衝も重要であり……それを任されている彼は、やはり優秀なのでしょう。
「はは、謙遜するなクラウス。彼は、まだ騎士団に居た頃のレオンハルトの直弟子でな。若いが優秀だぞ」
「も、勿体ないお言葉です……」
陛下で手放しに称賛され、更に恐縮する彼ですが……そのレオンハルト様の弟子という言葉に、すとんと腑に落ちた気分でした。
「へぇ……では、私達もレオンハルト様には色々と手ほどきいただきましたので、クラウス殿は兄弟子という訳ですね」
「ああ……なるほど。確かにそうなりますね。よろしくお願いします、ソールクエス殿下」
そう、礼節は崩さないまま柔らかく微笑んで、兄様の差し出した手を取るクラウスさん。
そんな彼は次に、私の後ろにいるレイジさんへと目を向けました。
「それに……あなたが噂の『
「ぐっ……」
「……くっ、ふふ……っ」
彼の口から飛んだ、すっかり有名になった異名に、心底嫌そうに呻き声を上げるレイジさん。
そんな彼の様子を見て、思わず目を逸らし背を向けて吹き出してしまった私。その背中に、当のレイジさんから何か言いたげな視線がチクチクと刺さります。
そんな私達の様子に疑問符を浮かべながら……クラウスさんは、レイジさんへも握手を求めました。
「なんでも、今度ローランド辺境伯家に養子として迎えられるそうで……色々と付き合いも増えるでしょうから、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ……はい、こちらこそ……よろしくお願いします」
「ええ。何か困った事が有れば、いつでも相談に乗りますので遠慮なく」
すっかりペースを乱され、戸惑いながらその手を握るレイジさん。
礼儀正しくも柔らかい雰囲気の彼……クラウスさんのその姿は、おそらく女の子が憧れるであろう『白馬の騎士』という言葉が、これ以上ないほどに似合うなぁと、なんとなく思ったのでした。
……と、感慨に浸っていると。次に彼は、私の前へと跪きました。
「イリスリーア殿下……その華奢な身でここまでの旅、さそや御苦労なさった事と存じます」
「それは……ええ、まあ」
言われてみれば、思えばロクな目に遭ってないなぁ……と、今までの旅の思い出に遠い目をしていると。
「ですが、今後は王都まで快適にお過ごしいただけるよう、私ども『青氷』一同、微力を尽くさせていただきます」
「あ……ありがとうございます」
「それで……もしよろしければ、部下達にも一言、声を掛けていただけないでしょうか? どうやら皆、こうして殿下にお目見えできる日を一日千秋の想いで待っていたようなので」
そう言って、紹介するように背後に整列していた魔導騎士達の方へと促されました。
勿論、これからしばらくお世話になる方々への挨拶ですから、私としても是非もありません。
「え……と、コホン。お初にお目にかかります、イリスリーア・ノールグラシエです。皆様、これから数日の間ですが、お世話になりますね」
すっかりイスアーレスの日々で慣れてしまった対外向けの微笑みを浮かべ、スカートの端をちょんと摘んで軽く礼を取る。
ただそれだけ……の筈だったのだけれど。
「「「――イェス、ユア、ハイネス!!!」」」
響き渡る騎士達の声に、カッと一つに連なった靴音と、やけに気合の入っているにもかかわらず一糸の乱れもない敬礼。
それらが一斉に帰ってきて、私は思わずビクッと肩を震わせて目を白黒させる。
彼らのその表情は、決して強要された者のようなものではなく、喜色に輝いていて……まるで、忠誠心のステータスが一瞬でカンストしたような有様に、ちょっと怖くなってきました。
「うむ、やはりイリスリーアは人気だな」
「あ、あはは……」
そんな呑気なアルフガルド陛下の言葉に、思わず渇いた笑いを漏らす。
……そういえば、この国の騎士様達は自国の『お姫様』に飢えていたんでしたっけ。
そこに光翼族の事も公開されたものだから、今では信仰も加わって、更にエスカレートしている気がします。
――お姫様って、大変だなぁ。
私のただの一言で、この反応。迂闊な事を言うと大変な事になりそうです。
どこか熱気に満ちた彼らの様子に、以前ディアマントバレーで出会った『黒影』の人達を思い出し……私は、引きつった笑みを浮かべるのでした。
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