ディアマントバレー防衛戦線4
「……――し……丈夫ですか……少年、大丈夫ですか?」
ぺちぺちと頬を叩く感触に、目が覚めた。
「あれ……俺は……」
何で寝てたんだっけ。
そうだ、たしか攻撃魔法を使うヤツの最後の一体を仕留めて、姉ちゃんたちの所に戻ろうとした瞬間に、なにか強い衝撃のようなものを頭に喰らって……
「……そうだ、戦闘中! 姉ちゃんたちは!?」
がばっと跳ね起きて、慌てて周囲を見回す。
――なんだ、これ。
周囲一面が、一面の花畑になっていた。ほのかに光る白い花弁が宙に舞って、やたらと幻想的な風景を作り出している。その光景は、現実の物とは思えない位に綺麗で……
「……え、あれ? 俺死んだの?」
「この光景では、そう思うのも無理はありませんが、そんなことはありませんよ」
即、ツッコミが入った。
先程から声のする方向へようやく目を向けると……確か、ゼル……なんとかっていう、傭兵団の隊長格だっていうあんちゃんがしゃがみこんでこちらを覗き込んでいた。
「さて、目が覚めたのなら、この花びら、二枚か三枚くらい食べておくといいですよ、疲れが取れます」
「……は? 花を?」
そう聞き返した時には、既にあんちゃんはその辺に舞っていた花を一枚、口に放り込んでいた。
「これは、妹が言うには、『神草アイレナ』という希少な薬草……世界樹の滴と合わせて調合することで、『エリクシール』のベースとなると言われているものです。このまま食べても、疲労が取れて闘気が回復しますよ」
本当は年にごく少量発見されるかどうかくらいの希少なもので、こんなに一面に実物が生えているのは初めて見ます、壮観ですねぇ……と、呑気な事を言って苦笑しているあんちゃん。
半信半疑ながら、手近にあった花弁の一枚を手に取って、口に含んでみる。
「……甘い」
それに、口の中でさらっと溶けていくように繊維が解れていく。花というより、まるで砂糖菓子かなにかみたいだ。そして、確かに疲労が吹っ飛んだ、気がする。
「さて、大丈夫なら行きましょうか」
「行くって、どこへ?」
尋ねると、傭兵のあんちゃんが、親指である方向を示した。そこでは……
「……なんだ、あれ。イリスねーちゃん達なのか?」
そこでは、多分レイジ兄ちゃんと、ソール兄ちゃんがもの凄い戦闘を繰り広げていた。目まぐるしく入れ替わり立ち代り、ポジションをスイッチしながら敵のボス、トロールだったものの機先を制し、隙をこじ開け、自分達の優位を決して手放さない。
そして、剣が敵の拳と交差するたびに、激しく閃光が瞬いている。まるで、スポットライトの中で剣士二人が踊っているかのように。
ふと、ゲーム中に聞いた姫様の固定パーティの、騎士と揶揄されていた二人の有名プレイヤーの噂話を思い出した。
たった三人で、本来ならフルパーティ八人用のレイドボス狩りしていたとか、
だけどそれ以上に目を奪われたのが、その背後に控えて支援を続けていたイリス姉ちゃん。
最初に見た黄金の光の翼にも驚いたけど、今はさらに羽根の枚数が増え、大きくなり、眩いばかりの白い光を放っていた。
遠目でも、あの光を背負った姉ちゃんを見ると、大丈夫、なんとかなると、理屈ではなく思えてくる。立ち上がる気力が湧いてくる。宗教なんて全く興味は無かったけど……神々しい、っていうのはこういう事なのだろうか。
兄ちゃん達二人も、実のところ完全に避けきれているわけではなく、何度もヒヤリとする場面があった。だけど、その度に何か守護魔法らしきものが展開しては砕けながらも、その攻撃を逸らしている。
あれは……羽根?
光る白い羽根……姫様の周囲、それと下で最前線で戦っている兵達の周辺にも、それが漂っているように見える。そして、その羽根の一枚一枚が、何らか力場を展開して、攻撃を弾いている。
……だけど、それが分かっていても、自分を砕こうと迫って来る敵の攻撃の前に、そうそう身を晒せるものだろうか?
「……一見、捨て身の猛攻に見えますが……あれは、違いますね。後方に控えている者が要所要所できちんと敵の攻撃を抑えてくれる……そうした信頼の上に成り立っている連携です」
「……すげえ。なんでそんな、信頼できるんだ……?」
あれが、何年もかけて培ってきた、あの兄ちゃん姉ちゃんの信頼関係。果たして、自分にその中に入り込めるほど信頼出来るかっていうと……絶対に無理だ。少なくとも、一朝一夕には。
――やっぱり、敵わねぇな……
「……まったく。想い人が既に居るのであれば、せめて騎士としてお傍でお守りできればそれでいいと思っていたのに……これでは惚れ直してしまうではありませんか」
「……え?」
「ああ、彼らには、内緒ですよ」
しー、と立てた中指を口に当てて、黙っていてくださいね、と、どこか手の届かないものを羨望の眼差しで眺める傭兵のあんちゃん。
……そっか、この人も、なのか。
「……はは、あんちゃんもドンマイだな」
「そうですね……私達は、同志ですね」
「失恋仲間って? 格好悪ぃ同志だなぁ……」
馬鹿馬鹿しくなって、笑うしか無い。こんな強い大人の人でも、ままならないものなんだな……そう思うと、却って胸のもやもやがすとんと消し飛んだ気がした。
「とはいえ、男なら、意地は通すとしましょう……私は我が姫の助力へ行きます、君は?」
「……俺も、行く。当然!」
にっと、二人で笑い合って、あんちゃんの手を取って跳ね起きた。
「では、玉砕した者同士……」
「ああ、行くぜ……っ!」
あの敵のボスには借りもある事だし、あの時のリベンジもしなければ。
姿を消して、未だここまで届く剣戟が鳴り響き続けている、あの壁上の戦場へと駆け出した。
◇
――強い。
元々、この世界のトロール族は、恵まれた肉体と再生能力を持ち、自身の研鑽に余念がないにも関わらず、力試しは好きだが無用な争いや殺し合いは好まぬという、武人然とした温厚な種族です。
それが何故このような結晶に取り付かれたかは分かりませんが……『世界の傷』の結晶に浸食された結果、鋼のような肉体はさらに強化され、なおかつそれを支える強靭な足腰から来る瞬発力は、巨体故の鈍重さを微塵も感じさせません。
――ゆえに、目の前の存在は、「堅い」「速い」「強い」、という、単純に個としての戦闘力が突出していました。救いは、狂化により理性が失われ、そこに「巧い」が存在しない事。付け入る隙はある。
……そのような事を考えていると、黒い影が彼、トロールの腕を覆ったのが見えました。
以前戦った結晶の魔物は、影を多数の触手と言う形で操作するタイプでしたが、こいつは一点に集めて自身を強化するタイプ。その破壊力は想像を絶する物がありました。
だから、自分で自在に操作可能な『マルチプロテクション』の羽根を、敵の拳と二人の間に何枚も滑りこませる。
次の瞬間……空気が潰れて弾ける音がした。巨体に似合わぬ素早い踏み込みから、危険な黒い輝きを放つ敵の拳が放たれ、ソール兄様の前に展開した守護魔法に激突しました。
「……一枚……二枚……っ」
パリン、パリン、と、以前の結晶の魔物の時はその攻撃を防ぎ切った筈の『マルチプロテクション』が、割れていく。
「……三、枚……っ!」
さらに一つの障壁が砕け……そこで、敵の拳が止まった。
しかし、その時には既に兄様は、敵の拳をすり抜けるように、敵の懐に飛び込んでいました。その手にした細剣は、今は紫電を纏い長剣サイズに輝いています。
その後ろからは、挟撃の配置で既に攻撃態勢に入っているレイジさん。外壁の床を擦るように振られた剣から、刀身に劫火が捲き上る。
「爆ぜろ、『ライトニング・ヴェイパー』ッ!!」
「吹っ飛べやァッ!! 『砲閃華』ァ……ッ!!」
雷光を纏った光速の刺突と、業火を纏った一閃が、敵の立っている場所で交錯し……
――ドン、と、光が爆ぜた。
あらかじめ二人に付与していた『ルミネイトエッジ』が斬りつけた場所で炸裂し、結晶の鎧がまた少し砕けて宙に舞う。だけどそれだけでは終わらない。紫電と劫火が舞い上がり、敵のトロールを灼いていく。
……が、しかしまだ届かない。結晶鎧のトロールは、すでにあちこちに出来た傷から、血の代わりのように暗い闇色の煙を巻き上げながらも、その動きには微塵も陰りが見えません。
そんな中、不意に攻撃が止みました。視線の先で、敵が大きく息を吸い込もうとしたのが見えました。
――あれは、駄目……っ!
あの動きは見た。先程、私も意識を吹き飛ばされたあの咆哮の予備動作です。
音によって脳を揺らし、無防備に受ければひとたまりも無く意識を失うほどの脳震盪を誘発するあの咆哮は、絶対にさせるわけにはいかない……!
――短い期間に二度、脳に強い衝撃を受けた場合……一度目の衝撃で脆くなっている脳組織を損傷し重大な障害、あるいは死に至る可能性のある……いわゆる『セカンド・インパクト』を誘発しかねない。
もっとも、回復魔法の効果によって、その可能性はもしかしたら杞憂なのかもしれないけれど……生死が掛かっている以上、まさか試すわけにもいきません。
ではどうすればいいか……あのモーションはとても無防備だ、ならば隙を与えなければいい!
「――
この領域は、光翼族を送り出したという女神アイレインの領域そのものを、一時的に借り受けて顕現させています。
故に、この中では私の魔力が拡充され、使用する魔法も本来の限界を超越していました。
私の周囲に、光の槍が生成する。今まで使用したことのあるものよりも大量の魔力を注ぎ込まれたそれは、眩く光を放っている……その数、十本!
「い……っけぇ!!」
私の周囲から放たれた光の槍が、今まさに咆哮を上げようとした結晶鎧のトロールの、その空気をかき集め膨れ上がった胸へと吸い込まれて行きました。
一発目、着弾。二発目も同様に。しかし、これでも足りない。魔法に反応して『AMRA』が展開し、弾かれていきます。
三本目、四本目。まだだ、まだ届いていない。けど、諦めない……!
五本目、六本目……七本目、今、一瞬揺らいだ!
「ミリィさん!!」
「……任せるにゃ、『フォトンソード・ランチャー』!!」
ミリィさんの構えた手の前に、純エネルギー属性の魔力が凝縮された剣が六本、生成されました。それは彼女の腕の周りをまるでガトリングの銃身の様に回転を始めます。
その間にも、私の光の槍が今も弾かれながらも障壁を叩き続けています。九……十本目! 今まで無敵を誇ってきた『AMRA』が、甲高い軋みを上げた……割れる!
「よっしゃあ、そのクソ忌々しい障壁ごと……吹っ飛ぶにゃああああ!!」
ミリィさんの掲げた手から、凄まじい速度で一本ずつ、エネルギーの塊である剣が猛スピードで放たれました。
「DPSチェック、なんてぇ、大っ……嫌いにゃぁぁああああ!!」
盛大な私怨を溢れさせたその絶叫に押されるように、剣がトロールの胸部、今まさに再度咆哮を上げようとした瞬間の胸に衝突し――今度こそ、貫いた!
『AMRA』は強力な障壁だけれど、ごく一点に連続して攻撃を加え続けられることに弱いという性質も持つ。だから、咆哮を上げようと足を止めた瞬間を狙って、二人で可能な限り攻撃範囲の狭く、多段攻撃である『ディバイン・スピア』と『フォトンソード・ランチャー』で一点を集中して撃ち続けたのです。
結果……ミリィさんの剣が障壁を貫通し、纏った結晶鎧をも貫いて、剣がその体を貫通し吹き飛ばしました。衝撃に砕けた結晶の破片が大量に宙を舞います。
「やった!」
「っしゃぁ!」
二人でガッツポーズする中で、吹き飛ばされた巨体がそれまで吸い込んだ息を強制的に吐き出させられ、咆哮を中断させられました。
――咆哮は、止めた。今はただ無防備な巨体を晒している……!
「レイジさん!」
「任せろぉっ!!」
凄まじい速度で距離を詰めたレイジさんが、横をすれ違いざまに一撃……は加えずにそのまま横を通り抜け、外壁の端、断崖絶壁を駆けのぼり、瞬く間にかなりの高さまで昇ったかと思うと……その壁面を蹴って、宙に身を躍らせた。それに反応し、咄嗟に頭をガードしたトロールでした、が……
「……来い! 『剣軍』……っ!!」
そのレイジさんの体の周辺に、半透明な剣が一二本出現しました。
その中の一本を、『アルヴェンティア』を持っていない方の手で掴み取ると、落下の勢いそのままに、X字に叩きつけるように振り下ろし……
ぱきぃ――ん、と、澄んだ硬質の物が砕ける音。剣を構成していた半透明な力場が、きらきらと細片を振りまいてすぐに宙に溶けて消える。
しかしそれは、ガードした腕に、決して浅くない二条の傷を刻んでいました。
「ちぃ、魔法的な防御が掛かってるやつは一刀両断たぁ行かねぇか、だけどなぁ!!」
ガッと、レイジさんの手が、周囲に浮いている剣の一本を掴み取った。
……あらかじめ用意してあった剣を次々抜き放って戦う将軍の話があったはずだけど、まさかそれ!? なにその技、格好良い、ズルい……っ!
「その腕くらいは……ここで置いてけやぁぁあああっ!」
凄まじい勢いで、次々と周囲に浮かぶ剣を使い捨てながら、両手の剣で猛ラッシュを仕掛けるレイジさん。もはやその剣閃は私の目には追えず、パキンという破砕音が、多重奏で鳴り響く。
あまりの手数に反応できず、ガード姿勢のまま執拗に狙われた敵の左腕がみるみる刻まれ、ボロボロになっていって……
――ザンッ!!
一際鈍い切断音が響いた次の瞬間、巨大な腕が宙を舞った。
「次ィ! ソール、代われ!!」
「言われなくても……っ!!」
あの技はとても消費が激しいらしく、レイジさんは十二本の剣全てを消費するとすぐ後退しました……が、その時にはもう、兄様がその背後から肉薄していました。無数の鎖と、雷光を伴って。
「戒めろ、『チェインバインド・ランページ』……ッ!」
バジュウッ、と、背筋が粟立つような高圧の電流が瞬間的に流れる音を発し、兄様の、紫電を纏った剣がトロールの胸のど真ん中へと突き刺さる。鎧すら貫いて僅かに食い込んだ剣が形を崩壊させ、その全てを電撃として敵の体内へと叩き込む。
これにはさすがにトロールもひとたまりも無く身をのけ反らせ、よろよろと後退し――その体を、倒れることは許さない、とばかりに、無数の鎖が締め上げて、その場に固定する。
「……ハヤト!! お前の番だ!!」
刹那、背後から身を翻した小さな影。
「『アサシネイト』……っ!」
いつの間にかここまで戻ってきていたハヤト君の短刀が、閃いた。
右肩から左わき腹へ。奇しくもそれは、あの坑道でハヤト君が奴に与えた負傷と、全く同じ軌跡。鎧も、脊椎も断ち割って、まるで血しぶきのように奴の体から黒い影が周囲に飛び散り、地に落ちる前に浄化されて宙に消えて行きます。
「……あんちゃん、任せた!!」
「ふっ……任されました!!」
即座に飛びのいたハヤト君の後を追従し、壁を駆け上ってきた人影がその勢いのまま、突っ込んで来る……え、ゼルティスさんまで!?
「咲け、『
ハヤト君の切り開いた傷跡に、ゼルティスさんの二刀が突きこまれる。次の瞬間、体内から突き破る様に、氷の結晶が生えました。まるで茨の棘の様に。
「では次、任せましたよ期待の新人君?」
「……うっせぇ! どいつもこいつも派手にバカバカぶっ放しやがって!!」
そうしてゼルティスさんがトロールの頭を足場にして飛び退った瞬間、鎖と氷に絡め取られ、脊椎を絶たれて動きを止めたトロールの顔……左目に、ドッ……と、ヴァイスさんの矢が突き立った。
柔らかい眼を貫き、眼下を貫通し、その矢は脳組織がある場所を貫いて……さらには駄目押しのように、あらかじめ炎の属性を付与されていたらしいその矢が、トロールの頭を炎上させる。
……しかし、それでも動きは止まらない。
「……チッ、これで死なねぇとか、本格的に生き物辞めてやがんなコノヤロウ……っ!」
「だけど、これで……真打登場、にゃ!!」
障壁を砕いてすぐに、再度別の魔法を唱え始めていたミリィさんが、完成した巨大な魔法陣を眼前へと解き放った。
「今度こそ、ふっ飛ぶがいいにゃ……っ! 『フォトンブラスター』ッ!!」
至近距離から放たれた純エネルギーの奔流が、満身創痍のトロールを丸ごと飲み込んで、崖へと突き刺さった。
十数秒続いた閃光の奔流は崖を焼きながら少しずつ砕き、朦々と土煙を上げて……やがてゆっくりと収束して消えていった。
「……はぁっ……はぁっ……やった、かにゃ?」
巻き上がった土埃が、徐々に収まってくる。そこには……
「……はは、冗談も、大概にするにゃ……」
そこには、脊椎を断たれ、内臓をズタズタにされ、頭を焼かれても尚、ボコボコと傷跡から肉が盛り上がり、欠けた部分を影で補って立つ敵の姿がありました。
「……くそっ、なんてぇバカげた再生力だ、振り出しかよ……!」
「いいえ、鎧の大半はもう残っていませんし、だいぶ弱っているはずです。最初ほどの圧力はもうありません……それに」
聴こえる。遠方、東側から接近してくる、音。
「……
――来た。
「――皆の者、敵を突破し、挟撃にて壁の向こうで戦っている同胞を援護せよ……総員……突撃ぃ!!」
何者かの号令を受けて、鬨の声が背後から湧き上がりました。
宙を駆けるように……いいえ、実際に宙を駆けて壁を乗り越えていった数多の騎兵が、私達の横を通り過ぎて次々に外壁の向こうの地面へと降り立ち、『聖域』を破ろうと横に広がっている敵たちの横を掠めていくかのような軌道で駆け抜けていきました。
「うわぁ、なんだか凄いのと戦ってますねぇ。それに……おお、姫様だ、姫様が居る。でも、なにあの羽根、うっわ綺麗……!」
不意に、聴こえてきた、場違いな女の子の声。思わずそちらに目を向けると、一際立派な体躯の黒馬に乗った長身の男性が、前に少女を抱きかかえるように乗せたままやってきました。
長めに整えた黒髪。眼光は鋭く、端麗な顔を厳しく引き締めた……黒騎士という表現がしっくりくる美丈夫。
ぱっと見ではまるで物語の悪役の騎士のように恐ろしげですが……その実、誠実で実直な方だと知っているため、どうにかビクッとなるのは抑えられました。
――ローランド辺境伯、レオンハルト・ローランディア。この地の領主様で、こちらでは、短い間とはいえ、私……『イリスリーア』の後見人だった方でした。
「……イリスリーア殿下、それにソールクエス殿下。積もる話はございますが、今は後にしましょう……助力は、必要ですか?」
「いいえ。こちらは大丈夫、私には頼もしい仲間がついています。だから……皆を手伝ってあげてください」
「……はっ、その命令、しかと承りました。ティティリア、ここで降りて、背後からの援護を頼む」
「はい、領主様、任せてください!」
ティティリアと呼ばれた少女がぱっと馬から降りると、その男性……レオンハルト様が、馬首を敵の集団の方へと返す。そんな中……
「……良い顔を、するようになりましたね」
横目でこちらを見ながら、ポツリと呟かれた言葉。
「はい……大切な人、信頼できる人が、沢山できましたから」
「ふ、それは良かった……それでは、私も出ます。ご武運を」
僅かに仏頂面の口元を緩めると、領主様……レオンハルト様が、未だ混戦続く前線へと駆け出しました。
「それじゃ、私も行きます。皆……特に姫様、
「……え? あの、貴方は……っ!?」
掛けられた予想外の言葉に咄嗟に呼び止めようとするも、しかし、彼女は既に身を翻して城壁の外へと飛び出してしまっていました。
そうだ、まだ終わりじゃない。話は、後でいっぱいできるのだから。気を取り直して、武器を構える。
――――このわずか数分後。
敵の首領であるトロールはついにその巨体を地に沈め、以降二度と起き上がってくることはありませんでした。
そして、これによって士気を際限なく上げた人間側の勢いはもはや止まることは無く……やがて後詰の歩兵も合流し、全ての敵を殲滅し終えるまでは、それほど時間も掛かることはありませんでした。
――負傷者は大勢いました。しかし、その死傷者は……ゼロ。
こうして、最初は絶望的と思われたこの戦闘……後に『ディアマントバレー防衛線戦』と呼ばれる戦闘は、全員生還という、この規模の戦闘においては奇跡的な結果で幕を閉じました――……
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