閑話:写真の中に

『討伐完了です(だぜ)(だ)(にゃ)!!』


彼らが、笑い合って言葉を放った瞬間を最後に、中継となっていた白い紙片の力が使い果たされ、夢うつつに違う世界を見ていた意識は引き戻され、私の今生きている世界へと帰還していた。


駅に併設されていた、寂れたネットカフェの一室。長い事椅子に座った態勢で固まっていた体はとても凝り固まっており、軽く体を伸ばすと体のそちらこちらからばきばきと音が鳴る。


「……どうやら、無事安定したようだな。一時は肝を冷やしたが……もう干渉する手段のない以上、あとは彼らの頑張りに期待するしかあるまい」


 私は、私を取り巻く事情により、直接向こうへ干渉することはできない。私がこの身で向こうへ渡ろうとすると、余計なものをこちらに呼び込む恐れが高いからだ。ゆえに、妥協の限界点として数枚、かの者の所持品に頁の切れ端を紛れ込ませ、些細な干渉……一瞬気を引いたり、内面世界への導入を手伝ったり……程度の事しか手助けできなかったが、それも全ての頁を使い切ったことでもはや干渉どころか様子を見ることも叶わない。


 ……ふと、自嘲する。なぜそこまで気にかけているのか。私の目的を考えれば、向こうに『彼女』を送り届けた時点で私の目的としては達成済みなのだ。極論、その辺の悪党の慰み者となろうが、それで向こうに種さえ撒けるのであればそれでいいとさえ思っていたはずなのだ。


 そもそも、向こうへ送り込む術式には対象の意識をこちらに都合よく書き換える、そんな記述さえ織り込んであった。しかし、かの種族への転生権を得るであろうプレイヤーがほぼ当確となった段階で、その記述は消去してある。他の術式との統合性も考えると、並々ならぬ苦労があると知りつつもだ。







 会社のビルのある場所から電車で駅4つ。そこから歩いて十数分。メモに記された住所へとたどり着く。同じ市の郊外の方にある、閑静な地区のはずれ。つい最近大地主が亡くなった際に手放されたという広い土地にはいくつものフェンスが並んでいる。大型商業施設に、老人介護施設。その他さまざまな建築ラッシュが進む中、その外れにぽつんと普通の民家らしき平屋が存在した。


 その入り口は厳重に封鎖されている。その家に住んでいた住人……まだ成人して間もない兄妹は現在世間を騒がせている、百人規模に及ぶ行方不明事件の被害者で、その行方はまだ掴めていない。また、この付近にはもう一人、すぐ近くの剣術道場の息子が行方不明だとのことで、付近の住民には不安が広がっているという。この近隣も、よく見れば、至る所に探し人の張り紙が張られている。


 封鎖しているロープを潜る。問題はない。周囲の警備はすでに抱き込み済みで、今この時間は全て出払っている。何故なら、ここに来た目的はこの家で調べることがあったからだ。





 プレイヤーの間で『姫様』とあだ名される有名な支援職のプレイヤーがいた。


 最初にその名が現れたのは、第一回の公式主催のアバターコンテスト。当初はどうせ企業制作の物が表彰台を占めるはずと専らの評判で、事実、個人製作と企業制作ではその完成度の差は大きく開いていた。そんな中。並居る企業を押しのけて優勝してのけた一人の個人製作のアバター。しかも、当時の制作者の年齢は13歳の年端もいかぬ子供だったという。


 弱冠13歳の少女が並居る企業のアバターを上回る作品を作り上げて来る。なるほど、よほどの才があれば可能かもしれない。事実、採用試験の応募書類と合わせて送られてきたモデリングデータは実に素晴らしく、彼女の高い才と研鑽の跡が見受けられた。今すぐにでも即戦力として採用したいくらいであった。


 しかし、それはあくまで今だからこそだ。では13歳の少女の初の作品が、それらの同一人物の手で作られた最近の作品ですら霞むほどの可憐さを備えているのはどういうことか。つまり……「元となったモデルが存在する」のではないか?


 ……そして、その心当たりはある。だいぶ幼く、また、いくつかの差異はあるものの、記憶の中の人物に、あのアバターはあまりにも似すぎているのだ。


 電子的に厳重にロックされたドアのキーをかざす部分に手を添え、数言呟くと、がちゃりと音がしてロックが解除される。ドアを開けると、段差の殆ど存在しない、至る所に捕まり立ち用の手すりの供えられた屋内が目に入ってくる。キッチンとリビングが一つになった広間を中心に、それぞれ隣接した部屋が周囲に備わっている構造のようだ。

 歩を進める。目的の部屋……和室らしき畳張りの部屋に、仏壇が鎮座しているのを見つける。掃除は欠かしてなかったらしく、手入れの行き届いたその仏壇の、しっかりと閉められたドアを開くと……すぐに、それは見つかった。


 数年前に事故で亡くなったという、この家に住む彼らの両親の遺影。そこに映っていたのは、紛れもなく探し求めていた『彼女』の姿だった。


「……ふ、ふふ、ははは……全て思い通りに動かしているつもりになりながら、よもやこんな近くに探していたものが存在していたと気が付かないとはな……なんと、なんと滑稽なことか……ふはははは!!」


 ずっと、探していたのだ。共に飛ばされたはずながら、いつまでも見つからなかった、手の内から滑り落ちていった『宝石』。それが、よもやこのようなすぐ近くに存在していようとは。あまりに拍子抜けするほどあっさりと見つかったそれに、もはや嗤うしかない。目の端から数滴、滴が流れ落ちる。

 髪は、だいぶ短くなった。腰まであった長いその髪は、肩口当たりで清潔に切りそろえられている。しかし、顔は不思議とあまり変わっていない。いつも童顔を気にしていたが、どうやら子供が出来、時が流れてもそれほど変わらなかったようだ。


 なるほど。こうしてみれば良く分かる。あのアバター、『イリス』のモデルは間違いなくこの女性……に相違ない。


 一緒に備えられていた家族写真のほうも手に取る。そこには親子と思しき4人の姿が収められている。中央に微笑む妹と、それに寄り添い穏やかに笑う人の良さそうな黒髪の日本人男性。その、父親らしき人物のズボンを掴み、人見知りした様子でカメラに目を向けている、妹に似た面影のある、しかしアジア系の顔立ちの5歳くらいの黒髪の少女。そして。






 「妹」に肩を抱かれ、照れたようにそっぽを向いている……10歳に僅かに満たない程度の、私の妹によく似た面影のある顔立ちの、を持った、一見少女と見紛う容姿をした少年が、その写真の中には佇んでいた――……

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