黒猫の影

 

 最初の一人目。

 WgO最強の男。

 戦闘狂。


 人懐っこい笑みを浮かべている眼前の人物……斉天せいてんを指す言葉は、他にもいくつかある。


 身長は俺よりも少し低いくらい。

 キリッと太めな眉と、やたらと眼力の強い双眼を戴いた顔はやや男臭さが強いものの、十分に美男子の範疇であろう。その不敵な表情はまるで少年のように感情豊かにころころと動き、どこか愛嬌を感じさせる……普段は。

 特徴的な逆立つオールバックの金髪は、昔見たアニメの、野菜の名前をした異星人への憧れでキャラを作ったせいなのだという。


 その当人の性格を一言で言うのならば……最強厨。


 陽気で人の善い性格と裏腹に、自身を育て、強者へ戦いを挑み、そして勝つことに喜びを見いだすバトルジャンキーだ……とはいえ、それはルールに則っての勝負の事で、普段は無闇矢鱈に噛み付いたりしない案外と理知的な人物なのだが。


 しかもこいつの場合、鍛錬以外にも、研究や装備収集などの努力を惜しまない……しまいには、なんでもリアルでも総合格闘技に手を出していたとか……という、根っからの廃人プレイヤー……いや、いっそ戦闘民族だ。


 そして、ゲーム内におけるPvPの大会での最多優勝回数保持者でもあり……『Worldgate Online』において最強のプレイヤーは誰かと聞いたら、真っ先に名前が挙げられる、俺だってこいつの名前を挙げる、そういうプレイヤーだった。


 もっとも、日本人の気質なのか、往々にしてPvPには興味が薄い者が多い。俺らみたいなPvPに興味がない狩り専門プレイヤーが大多数だったため、一概には言い難いが……




 いずれにせよ、そんな来歴のプレイヤーであり、この闘技諸島に居を構えているのは予想に難くない事だった。


「お前なら、この街に滞在しているんじゃないかと思っていたが、やっぱり居たなこの野郎」

「うむ、この街ならバトルの機会には困らんからな、充実した日々を送っているぞ!」

「見事に満喫してやがんな、てめぇ……」


 晴れやかな笑顔さえ浮かべ、こちらの世界に飛ばされた今の状況に満足している事を示す斉天の、あまりの変わらなさに呆れていると……


「……何を……っ、呑気にくっちゃべっているのだ貴様ら……ぐぅっ!?」

「あ、悪い、忘れてたわ」

「貴様ぁ……っ!」


 斉天に拘束されていた黒服が、苦悶の表情を浮かべ脂汗を垂らしながら、額に青筋を浮かべて抗議してくる。

 とはいえ放置していたら面倒な事になりそうだ。とりあえず、俺は自分が気絶させた方の男を縛り上げる。あとは衛兵にでも突き出しておけばいいだろう。


「き、貴様ら、このような事をしてただで済むと……!」

「ガチで殺しに来ておいて、今更何言ってんだ。おい斉天、落としていいぞ」

「おう」


 そう言って斉天が、顔色を青くして抗議する黒服の首に腕を回し、力を込めると、男は呻き声を上げて、呆気なく昏倒した。


 その慌てぶりに疑問を感じなくもないが……ひとまず周囲に新手の気配は無く、この時の騒動は終結した。





「……で、だ。一体こいつらは何なのだ?」

「お前、知らずに飛び込んで来て拘束してたのかよ……」


 事件の下手人である中年男を引きずって、追いかけて来た道を戻る最中。そんな今更な斉天の質問にがっくりと肩を落とす。そんな斉天は黒服の方を担いでついてきているので、無関係というわけにもいくまい。


「はぁ……さっき、通りで事件があっただろ」

「む、通り掛かっただけであるが……闘技大会参加者が刺されたという奴であるか。正々堂々とリング上で戦わず闇討ちとは、実に嘆かわしい事だな」

「その下手人だよ、多分な。さっさと衛兵に引き渡しに行くぞ」

「なるほど、そういう事なら是非も無い、喜んで手伝うぞ!」


 よほどこいつらのしていることが腹に据えかねたらしく、俄然やる気になった斉天と共に、目覚めて暴れられないうちに、サッサと衛兵隊の詰所に連行するのだった。






 ――そうして衛兵に男たちを引き渡し、謝礼と多少のお小言を貰って解放された時には、すでに一刻以上が経過していた。




 彼らが簡単に調べたところ、やはり奴らが持っていた短刀には毒が仕込まれていたらしい。それも、西大陸の方で主に出回っているもの。


 ……というところまでは、ノールグラシエ王家の護衛としてここに来ているローランド辺境伯、その関係者という自分の立場を利用して聞き出せた。


「……西大陸、か」


 毒などで動きを阻害し、複数人で仕留める……おそらくそんな戦術が基本であろうこの連中の手口には、見覚えがある。


 これは……


「何か心当たりがあるのか、剣聖の?」

「ああ。西の通商連合の暗部……『黒猫ヘイシーダ・マオ』って言ったか。以前に戦ったんだが、そいつらに似ている気がする」

「ふむ、その組織の工作員であるか」

「確証は無いけどな、似てるってだけで。だが、そうなると……」


 あの連中だとしたら、捨て置くわけにはいかない。

 以前遭遇したディアマントバレーで起きたあの襲撃の事は、今でも思い出すだけで沸々と腹の奥が煮えくり返ってくるのだから。


「どうかしたのか、剣聖の? 随分と穏やかでない顔をしているが」

「ああ……そいつらだとしたら、以前にイリスを狙ってきた事があるんだよ」

「なんだとっ!?」


 ものすごい勢いで食い付いてきた。

 そういえば、こいつはイリスの大ファンだったな……と、ふと思い出す。


「俺は、こいつらを捨て置くのはマズいと思っている。斉天、お前も何か掴んだら、俺にも教えてくれないか?」

「むぅ……何故参加者を狙ったかは分からんが、こちらでも気をつけておこう」

「ああ、頼む。お前は馬鹿だが頼りにしているぞ」

「馬鹿は余計だ!」


 打てば響くようなその返事に思わず笑いながら……ふと、気になった事を口にする。


「ところで……お前も大闘華祭に参加するんだよな?」


 疑問ではなく、確認だ。四年に一度の闘技大会など、こいつが黙っていられなさそうだが……


「無論だ! くくく、聞いて驚け……俺はこちらに来てからいくつかの大会を制し、フレッシュマンの部のシード枠で参加する事となっているぞ!」

「へぇ……凄えじゃねえか。いくつか大会制覇したのか、流石だな」


 腰に手を当て、胸を張って自慢する斉天だが、実際に凄い事なので今回は素直に称賛する。




 大闘華祭は、新人……フレッシュマンの部と、熟練者によるエキスパートの部の二種目に分類されている。


 だが、その二つの部門はただフレッシュマンの部だから低級だという訳ではなく、これはあくまで「過去の大会において入賞経験があるか否か」という分類らしい。


 いずれも強者揃いなのは流石にエキスパートの部だが、その性質上、参加者の情報はほとんど出そろい研究し尽くされていて、それを踏まえた駆け引きが展開されている。

 一方でフレッシュマンの部は玉石混合、データの不揃いな強者も大量に紛れており、決して油断はできない……らしい。




 要するに、実力がどうであろうと斉天は大闘華祭に初参加となるため、フレッシュマンの部にしか参加できない……という訳だ。だが、シード権を持つという事は、それ以外の試合でよほどの功績を挙げたという事になる。


「それで……お前は出ないのか、剣聖の?」

「ああ。今回はこっちで世話になっている人の元で、護衛の仕事でな……悪いな、期待に添えなくて」

「むぐ……であれば、仕方ないな……」


 そう残念そうに言う斉天。

 だが正直に言えば、俺自身としてもできれば出場して己の実力を試してみたかったので、残念ではある。


「今回は仕方ねぇさ。代わりにお前が頑張ってくれよ。応援くらいはしてやるからさ」

「……うむ、そうだな。任せておくがいい!」


 そう自信満々に請け負う斉天だったが……ふと、嫌な予感が脳裏を過ぎる。


 今回の事件の被害者も、一般参加の大会で良好な成績を残してフレッシュマンの部に参加するはずだった青年だ。

 もし、『黒猫』の目標が有望な大会参加者なのであれば、斉天も狙われている可能性があるのではないか?


「ただ……なぁ、一人で無茶するんじゃねぇぞ」

「はは、まさかお前に心配されるとはな。明日には槍でも降るのではないか?」


 不意に口をついて出た苦言は、そう笑い飛ばされた。

 だが、ただでさえ多い手数を更に気功によって強化し高い火力を発揮するモンク系列職は、対単体で無類の強さを発揮する一方で、持久力の低さと攻撃範囲の狭さから、集団戦がやや苦手だった。


 こいつが三次転生職『拳聖』となった事でその辺りの欠点がどうなったかは分からないが、それでも奴らみたいな集団で襲ってくる相手は苦手な部類のはずだ。


「……くれぐれも、身の回りには気を付けろよ。なんかされたらすぐ連絡しろ、怪我や毒ならイリスに治療を頼んでやるから」

「お、おぅ、わかった……お前にそう真剣に心配されると、調子が狂うであるな……」


 今度は不承不承ではあるけれども、どうやら納得してくれたらしい。

 さて、そろそろ宿に戻るか……そう、踵を返した時。


「あ、レイジさん!」

「レイジ、お前起きていたのか」


 背後から、よく聞き慣れた声。

 どうやら、話しているうちにメインストリートまで戻って来ていたらしい。宿泊施設のある闘技場へと帰る途中らしい、見慣れた二人……イリスとソールがこちらに歩いて来ていた。


「悪い、心配かけたな。そっちは……なんか良い事があったみたいだな、成果はどうだった?」

「ああ、ネフリム師は無事コンタクト取れたよ。装備の方も面倒見てくれるそうだ」

「それと、気になる話も聞けました。後で情報共有しますね」

「そうか……こっちも、気になる事があった。どうにも気になる連中が動いているみたいだ」

「……同じ件かはわからないけど、こちらでも、不穏な動きをしているプレイヤーの話を聞いた。どうも、少しキナ臭い空気があるな」

「そうだな……ん?」


 そう並んで会話していると……ふと、俺の隣に居たはずの斉天がやけに静かな事に気がついた。

 隣を見ると……こっそり立ち去ろうとしている金のツンツン頭の後ろ姿。


 ……何やってんだ、あいつ。


「あら? あなたは……」


 そんな俺の様子に気がついたイリスの目が、こっそり立ち去ろうと移動していた斉天を捉えた。

 その瞬間、斉天の身体がビクッと跳ね、慌ただしく振り返り、ガチガチな直立不動の姿勢になる。


「あ、その……ひ、ひひ、姫様においてはご機嫌麗しゅう……」

「……斉天さん! あなたもこちらに来ていたのですね、元気そうでなによりです」


 テンパっておかしな言葉遣いになっている斉天をよそに、イリスが知人の無事を喜び相好を崩す。


 ……俺に頻繁に突っかかって来ていたため、ほぼ一緒に行動していたイリスやソールとの交流もそれなりにあった。そしてイリスの中では、戦闘さえ絡まなければ悪い奴ではない斉天への好感度はかなり高く、再会を本当に嬉しそうにしている。


 しかし、無邪気に向けられているイリスの笑顔から真っ赤になって顔を背けている斉天は、先程までの傲岸不遜はどこへやら、すっかり純情な青少年みたいになっていた。


「あ……もしかして、斉天さんも大会に参加されるんですか?」

「あ、あ、はい……」

「では、私も応援していますね、頑張ってください!」


 両手を合わせ笑顔を振りまき、知り合いが大会に参加しているという事を喜んでいるイリス。

 そんなイリスを前に、斉天はしどろもどろになって、どうにか会話しようとしているが……駄目みたいだな。そして、その様子に気がついているのかいないのか、イリスは久しぶりに会った顔見知りに嬉しそうに話しかけ続けている。


 ……斉天の奴、もう「あっ、はい」しか言えてねぇじゃん。


「……レイジ、助けなくていいのか?」

「面白いから、もうちょっと見てようぜ」


 呆れたようなソールの言葉に、自分でも意地の悪い表情をしているんだろうなと思いつつ答える。

 そんな斉天はといえば、先程からチラチラと助けを求めるような視線をこちらに送っていた。


 まぁ、無理もない。

 斉天は、戦闘であれはどこまでも男女平等な奴なのだが……リアルでもゲームでもストイックに自己鍛錬に明け暮れていたせいで、とにかく女性、それも可愛い女の子に免疫がない。

 特に、イリスみたいな戦闘から縁遠そうなタイプ相手だと、ああしてどうすればいいか分からずにフリーズするのだ。


 大ファンなのだが、実際に話をするのが最大級に苦手だとは……難儀な奴。


「……剣聖の、おい剣聖の」

「……何だ?」


 ついに逃げ出してきた斉天が、俺の腕を取って、小声で話しかけてくる。


「何だ、何なのだあれは。正直俺には無理だ、勝てん。ゲームの時よりも可憐さが増しておらんか……?」

「あー……こっちに来て、短期間とはいえお姫様としての修行させられたからな」

「なんだと……それで、以前よりもしとやかというかたおやかというか……気品のようなものが端々に滲んでいるのか」


 納得した、と、絶望感すら漂う顔で頷いている斉天。


 実際、ローランドの城に滞在中様々な習い事を受けさせられた今のイリスは、指先まで意識が行き届いているかのようにその所作が洗練されており、行動の端々に華やかさのような物を感じられる……フードを目深に被って変装していても、隠しきれない程に。

 それが、自身の魅力にいまひとつ理解がなく、無頓着に接してくるのだ。その破壊力は推して知るべし。


「剣聖の、お前はよく平然としていられるな。正直この点においては尊敬するぞ……」

「ふふん、まぁ、俺は付き合い長いからな」


 実際は、ふとした仕草にドキッとする事も多く、言われる程平然としているわけではない。

 しかし、その辺の我慢にかけては誰よりも一日の長があると自負している俺は狼狽えない。余裕ぶって斉天に勝ち誇ってみせる……が。


「……やれやれだな。レイジのバーカ」

「……は?」


 何故かソールにそう蔑んだ目で吐き捨てられ、首を捻るのだった。

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