祭の裏で
――その後も、大会は順調に進んでいました。
二日目、三日目もつつがなく試合が終わり……レイジさんも、兄様も、特に危なげなく勝ち上がりました。
そして、四日目。
トーナメントが進み、強者が選りすぐられてきたため一戦にかかる試合時間が伸びていく、そんな中。
既に今日の試合も半数が消化された頃、ひときわ大きな歓声が大闘技場を沸かせていました。
『――勝者、レイジ選手! 本日もその圧倒的な強さで、試合を制しました! まさに破竹の快進撃!』
『うむ……彼は聞いた話では、最初は参加する予定は無く、トラブルにより欠けた参加者を補うための飛び入りでの参加だとの事だが、このような逸材が埋もれていたとは、いやはやなんとも』
『一足早く明日への切符を手にしたご友人であるソールクエス殿下共々、今大会の台風の目として素晴らしい活躍でしたね。私、ちょっとファンになってしまいそうです』
『他にも同じく危なげない勝利を重ねている、Cブロックのハスター選手や、Dブロックの王者斉天選手といい……今大会は、正に珠玉の集う大会と言ってよかろう。彼らであれば、きっとエキスパートの部でも立派に上位争いに参加できたであろうな』
『……との事でした。解説は、東の諸島連合にて剣術指南役をしており、本人もエキスパート部門に参加予定の剣豪、リュウエン師です、ありがとうございました!』
そんな解説を背中に受けながら、控室へと消えていくレイジさんの背中。
今日も無事試合が終わった事に、ほっと胸をなでおろすのでした。
「今日もお疲れ様でした、二人とも」
「格好良かったです、ソールにいさま、レイジさん!」
「はは……ありがとう、ユリウス殿下」
「ありがとうございます、殿下」
ユリウス君の出迎えに、兄様はポンポンと頭を撫でてやりながら、レイジさんは照れながらも臣下の礼を取りながら、その無邪気な賞賛を受け止めている。
「それで……イリスは言ってくれないのか?」
「あ……えぇと……」
期待が込められたレイジさんの視線に、恥ずかしくなって指先を以て遊び……意を決して、口を開く。
「……格好良かったです」
「……お、おぅ。言っといて何だが、照れるな」
そう頭を掻いているレイジさんに、自分が言ったくせにと苦笑していると、ゴホンと咳払いの音。
パッと顔を上げると、そこには呆れたような兄様の視線がありました。
「はいはい、ご馳走さま……そんな事より問題は、この先だな」
その言葉に、浮かれ気分を引き締め直します。
明日残る選手は、六十人ほどにまで減少します。
大会参加総数の二十分の一程までに絞られた対戦相手はそれだけ精鋭揃いでしょう。
「……そろそろ、当たるかもな」
レイジさんの呟きに、兄様と二人頷きます。真偽は不明ですが、もしかしたら大会参加者内に紛れているかもしれない刺客。
本当にそういった者が存在し、順調に勝ち上がってきているのであれば、次か、その次あたりには三人の内の誰かとぶつかってもおかしくありません。
それに……
再び、会場からワッと上がる歓声。
リングの方を見ると、選手入場口から一人の剣士が入場してくるところでした。
その戦い方こそ荒々しくも、確かな技術に裏打ちされた実力者として、この三日ですっかり人気を獲得したその選手……ハスターさん。
一見乱暴に見えるけれど、レイジさんが言うには相手の出鼻を正確に挫き、思うように行動させていないのだとか。
今日も、ほぼ一方的に対戦相手を打ち据えており……最後に、凄まじい勢いで弾かれた相手が場外、リング周囲を囲む塀に激突したところで試合終了の鐘が鳴りました。
観客も慣れたもので、静まり返っていた初日とは違い、ワッと歓声に包まれる場内。
しかしそんな声にも表情一つ変えない彼は、特に気にした様子もなく控室へと消えていきました。
「……やっぱり、あいつ強いな」
「ああ……もし彼がプレイヤー互助組織の刺客だとしたら、少々厄介だな」
「そう、ですね……」
ですが……直感ではありますが、なんとなく違う気がします。彼から感じる雰囲気は、むしろ……
「……どうした、イリス? 何か気になる事でも?」
考え込んでいると、レイジさんが声を掛けてくる。その声にハッと顔を上げると、二人とも心配そうにこちらを覗き込んでいました。
「……そうですね。二人には話しておきたい事があります」
そう、二人の方を真っ直ぐに見つめて言いました。
護衛の総責任者であるレオンハルト様に、一言、少し席を外したいと告げる。護衛としてレイジさんが一緒ならば良いでしょう、と今度はきちんと許可を貰って、会場を後にします。
三人で貴賓席を抜け出して中庭へと出てきた私達は、中央を彩っている噴水に腰掛けます。
私がドレス姿なため凄い注目を浴びますが……大会優勝候補と名高い二人が睨みを効かせている現在、皆は遠巻きに眺めているだけで寄っては来ません。これならば水音によって、あまり大きな声を出さなければ周囲には会話が聞こえないはずです。
「……それで、話とは?」
「はい……正直、私自身、なぜこんな所にと半信半疑なため、言うか迷っていたのですが……」
先を促す兄様にそう前置きしてから、大会初日、私が貴賓席を飛び出した時の事……
「……何だと!?」
「しー、レイジさん、しー!」
話を聞いた途端、ガバッと跳ね起きたレイジさんを、慌てて引き留める。ただでさえドレス姿の私が噴水で談笑しているために遠巻きに注目を集めているため、これ以上目立つのは遠慮したいところです。
それを察してくれたみたいで、ばつが悪そうに、座り直すレイジさん。今度は声を潜め、口を開きます。
「……奴が、『死の蛇』がいるかもしれない?」
「はい……私の勘違いでなければ、ですけども。ごめんなさい、もっと早く相談しておくべきでした」
「あー……まあ、どうせお前の事だから、試合のある俺たちに心配かけたくなかったとかそんなんだろ」
「あ、あはは……」
「まぁ……大会初日、なんで貴賓席を飛び出すなんて真似をしたかも、納得した」
レイジさんのジト目に、笑って誤魔化します。
「はぁ……責められるべきは私もだな。私はイリスの言っている事を信じよう。あいつは……多分、どこかに居る」
「……兄様?」
「私も……一度だけ、奴の視線を感じたからな。あの時は気のせいと思ったが、イリスもとなれば勘違いではなさそうだ」
「……お前ら兄妹揃って、自分で抱え込む癖をなんとかしろよ」
「う、ごめんなさい……」
「そこは、申し訳ないと思っている」
一人蚊帳の外だったことに不機嫌そうにして言うレイジさんに、二人で謝罪します。
「それじゃ、あのハスターって奴は……」
「ええ……あの人が関与しているのでは、と私は疑っています。以前会った時とは、あまりにも別人過ぎますので……」
「確かに……聞いた話では、大会前の彼の情報は、今の彼とは似ても似つかぬ物だったからね」
そう兄様が言うと、皆黙り込む。
しばらくして最初に、絞り出すように口を開いたのはレイジさんでした。
「はぁ……もしそれがマジだった場合、居るか分からない刺客よりも、ずっと厄介事じゃねぇか?」
「一応聞いておきたいんだけど……『傷』の気配は無いんだね?」
「はい、そちらは気配すら全く感じませんので、大丈夫だと思います」
「そうか……それだけは救いだね」
再度、重い雰囲気の中で黙り込む私たち。
そのまま、皆が何かを考えこんでいると……
「……おや、イリスリーア姫ではありませんか。どうなさいました、深刻な顔で」
思索に耽っていたところに、突然かけられた声。
「あ……フォルスさん?」
「ええ、奇遇ですね。皆さんも休憩中であらせられましたか。宜しければ、ご一緒しても……」
そう言って、近寄ってくるフォルスさんでしたが……
「……行くぞ、イリス」
「きゃ!? に、兄様? 何を……」
まるで彼から私を逃すように、有無を言わさず私の手を取って立ち上がらせると、引きずるように歩き出してしまう兄様。
「痛っ! 痛いです、もう少しゆっくり……っ」
手袋の上から握られた腕に痛みが走り、その乱暴とも言える行動に、小さく抗議しますが……
「……あいつとは関わるな」
「で、ですが、これはいくらなんでも失礼では……」
「ダメだ、関わるな。レオンハルト様以下護衛の皆にも、イリスと二人には絶対にさせるなとそう伝えてある」
「な、何故そんな……待って、答えてください!」
私がそう抗議しても兄様は怖い顔をしたまま取り付く島もなく、ただ手を引かれるまま、貴賓席へと連行されてしまうのでした。
◇
少女がドレスの裾すら見えなくなってようやく……こちらを牽制していた赤毛の青年が、剣の柄から手を離し、踵を返して立ち去っていく。
そうしてその姿が無くなって、やっと全身に纏わり付いていたピリピリとした重圧が消え失せ、安堵に深くため息を吐く。
それは……傍に居たシンも同様だったらしく、こちらも胸をなでおろしていた。
「……物凄い警戒でしたね。無理に近寄っていたら、多分レイジさんに斬られましたよね、あれ」
「……まぁ、仕方ないでしょうね。問答無用で排除されないだけまだ冷静でしょうか、彼らも」
やれやれ、と肩を竦める。
あの二人に実力行使されたら、到底叶う気がしなかった。
「けど、あの二人が怒ると、本当に同じ日本人の元プレイヤーとは思えません。怖すぎです……」
「……ええ、本当に。一体どれだけ修羅場を潜り抜けてきたんでしょうかね」
青い顔をして、震える声で語るシンに同意する。それくらいには、見知った元プレイヤー達と、あの姫君の騎士二人の間には乖離があった。
……完全に、見誤っていた。
それは今回のエンカウントの事だけでなく……大会での活躍も含めてだ。
あの斉天というプレイヤーは、頭のネジ何本か吹き飛んでいるのは元々わかり切っていた事なのでともかく、問題は出場者が空白となった中に滑り込んできた、あの二人が想定外過ぎた事だ。
……フォルスは、元プレイヤーの大半の事を、実のところ現時点では『戦力』としてはあまり信用はしていない。
自分たちは、突然この世界へと拉致された被害者だ。
そして、アバターの身体は能力こそ高いものの、その中身は根本的には平和ボケした日本人のそれであり、日夜危険と隣り合わせで暮らしていたこの世界の戦闘技能者に比べると……特に精神的な面において、現時点ではあまりにお粗末な者が多い……そう、思っていた。
あのチャンピオンのように、簡単にこの世界に順応できた者こそ、日本で暮らしてきた者としてはおかしいのだ。
そして……
「……ハスターさんは、相変わらずですか」
「はい……こちらの予定は、ことごとく無視されています。というより、まるで私たちの事なんて知らない別人のようで……」
チッ、と舌打ちする。
あの斉天という『Worldgate Online』最強プレイヤーの勧誘が失敗に終わった以上は、彼は配下の元プレイヤー内でもトップクラスの実力者であったというのに、おかげで色々な目論見が御破算になってしまった。
こうなると……当初の予定は破棄し、別の手段も考えなければいけなくなりそうだ。
「……シン、あれは届きましたか?」
「は、はい、こちらに……」
そう言ってシンが取り出したのは……掌に乗る程度の小箱。しかし……その箱には魔消石が埋め込まれ、その上から厳重に封印が施されていた。躊躇いがちに差し出されたその箱を受け取り、中身がある事を確かめる
「だけど……なんで今更、そんなものを持ち出すんですか」
そう問うてくるシンの目は、忠実な腹心である彼にしては珍しく、自分に対する批難の色が濃い。
「……必要になったからです。何か問題でも?」
「だって、非人道的に過ぎるからと、
「私たちの居場所を作るために必要な事です。言ったはずですよ」
「だからって……!」
なおも抗議しようとする声を背に受けながら、話は終わりだと無視してその場を後にする。
「最近、おかしいですよ、フォルスさん……」
そう小さく呟いた声は……ただ虚しく、喧騒の中へと消えていった――……
【後書き】
正直に伝えてしまうと、馬鹿正直に話を聞きに行ってしまいそうなお姫様なため、護衛一同は彼と接触させない方向で合意しました。
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