悪意の襲撃

「魔物だと!?」


 一気に騒然となる会議室。当然だ、ようやく邪魔になりそうな町長を黙らせる算段がついて、今まさに、この町へ迫っている魔物の脅威にどう対処するべきかという事を話し合おうとしていた矢先の出来事だったのだから。


「もしや、魔物というのは体のどこかに結晶を纏った異形の怪物ではありませんでしたか!?」


 違っていてくれと祈りながら問う。あの魔物達だとしたら早すぎる、まさか奴らが侵攻を始める時期を見誤ったか……?

 戦うにしても、避難するにしても、何の準備もできていない現状では……レイジに至っては、今はとりあえず予備の心許ない武器を下げている位なのだから。


「え? い、いいえ、普段外で普通に見かける魔物ですが……」


 その言葉に会議室内にホッとした空気が流れかけるも、現状それどころでは無いと皆すぐに気持ちを切り替え、ガチャガチャと帷子を鳴らして外へと出ていく。私達も、それに合わせて並んで続いた。


「それで、魔物は何処から来た、西か、東か」

「そ、それが……両方です!」

「なんだと!?」

「西からは白狼ホワイトファングの群れが相当数、東からは飢えた雪豹フロストパンサーが数頭、と伝令は言っておりました!」


 隊長さんと伝令の衛兵が緊迫きた様子で会話を交わしている。


 両方動物系だが、特に東から来ている『フロストパンサー』は氷雪系の魔法も操る正真正銘の魔獣だ。『ホワイトファング』に関しては、若干毛皮に氷雪系への耐性がある以外は概ね通常の狼と変わらないが、数が多い場合その連携は侮れない。


 ただの野生の魔物が、それも別種の魔物が、このように示し合わせたタイミングで来るわけがない、だとすれば、何らかの手段で手引きした者が……


「……東の敵に関しては、現地の方々と協力して私とレイジで押さえます」

「でも、それだともし数が予想より多かった場合に対処が難しいですよね」

「そうだな……傭兵団の皆さんは、そちらに厄介になっているミリアム含む何名かでこちらに援護を寄こしてください。あとは衛兵の皆さんと協力してまずは西の安全の確保を優先して……」


 足早に歩きながら、隣を歩くフィリアス嬢と急ぎ配置を相談しつつ、ハチの巣をつついた様に飛び出していく衛兵達に続いて外に出ると……


「あれは……火の手が上がっているのか?」


 東の空がやけに赤く、明るい。

 だが、襲ってきている魔物はどちらも氷雪系だったはずだ。誰かが火の始末をしくじったか、それとも……


「……ん?」


 ふと、違和感を感じて視線を外すと、衛兵の一人がやけに具合が悪そうに、顔を青くして町の方を眺めていた。


「あの、そこの貴方、顔色が悪いようですが――」

「――ひっ!?」


 声をかけたとたん、ずさっと後ずさって怯えたような目を向ける彼……その怯えようは、魔物ではなく会議室から出てきた私達の方に向けられているようで……


「おい、お前、まさか……この騒ぎの何かを知っているな」


 そうだ、双方向から同時の襲撃など絶対におかしいのだ、でもしていたのでなければ……!


 動物系の魔物は、その辺りは比較的容易に誘導できる。餌や、薬品……魔物を使役する事を生業にしている者も少なからず存在しており、ゲームの時もペットを使役する事を専門とするアニマルテイマーも職として存在していた。


「ち、違うんだ、こんなつもりじゃ、俺、奴らがここまでするなんて思ってなくて……!!」

「君は……元々この町に駐留していた隊員だったな。どういうことだ?」

「や、やりたくてやったわけじゃない、家族が……言う事を聞かないと家族に手を出すって……!」


 問い詰める隊長さん。聞けば、元々ここに住んでいるこの男は、現在第二子が妻のお腹の中におり、その面倒を見るため年を召した親も同居しているのだと。

 町長の一派にその家族を人質にされ、協力することを断れなかったのだそうな。


 ……つくづく、下衆い連中だ。


「でも、自分が言われたのは、あんたらがここに来たら合図をしろ、それだけだったんだ……!」

「……嘘は言っていないようですね」

「そうか……事情は後で聞く、お前は詰め所の中で謹慎していろ!」


 憔悴した様子で私達が出てきた入り口の中へ戻っていく彼。あの様子では逃げ出したりという事は無さそうだ、が。


「あいつら……自分たちの町に魔物を引き込んで、火までかけたってのか」

「憶測になるが、そういうことだな」

「けどよ、そんな事をしたら、もうこの街には居られないだろ」


 誰が自分の町を危機に巻き込む長に支持をするものかと。今まで「まぁ、ずっとそうだったから」と強硬に反対してこなかった町の者たちも、今回ばかりは許すはずがあるまい……町に残っていれば、だが。


「……いや、違う。あいつら、元々次にゴブリン達が襲撃して来る前に、さっさと自分達だけ逃げ出すつもりだったんだ……混乱に乗じて、!」


 先程見せられた資料の中には、すぐ南に行ったところにある港町から海路を使用し、極秘裏に西の大陸と何度か裏取引をしている可能性が示唆されていた。


 本来奴隷売買が禁止されているこの国と違い、商人の国である向こうはそういった商売も盛んであるとも。もし、そういった事にまで手を伸ばしているとすれば、その際、最も狙われそうなのは……


「――イリスか!」

「急ぐぞ、レイジ!」


 まさか大通りに面していて人目に付き、しかも患者も数名入院しているアイニさんの店に、曲がりなりにもこの町の名士が押し入るような目立つことはしないと思っていた。

 しかし、これだけ状況が混乱し、そもそも町に残るつもりが無いのであれば、おそらくどのような事でもしてくるはずだ。


 急いで駆けだそうとした、その時。


「――レイジ君!」


 走り出そうとしたその時、背後からかかっていた声に、思わず私とレイジが振り向いた瞬間、結構な勢いで飛来してきた細長い物体を、咄嗟にレイジが空中でキャッチする。それは……


「……剣? って、これ、ゼルティス……お前の愛剣じゃねぇか!?」


 そこに立っていたのは、駆け付けた皆の中から一人こちらに向かってくる青年……ゼルティスさんだった。彼は、いつも腰に佩いていた長剣のうち片方は既に抜いているが、もう片方は存在せず……それはレイジの手の内にあった。


「君は愛剣を失ったのだろう! 持っていきたまえ、普段の剣とサイズが違うのは諦めて欲しいが、それなりの業物だ!」

「……悪い、ありがたく借りるぜ、ありがとな!」

「勿論、貸すだけだからきちんと返しに来たまえよ、我が姫と一緒にな!」

「おいこら誰がお前のだふざけんなよ!?」


 気障ったらしく手で礼を取る彼に、怒鳴り返しながら剣帯の剣を入れ替えているレイジ……やっぱり、仲いいなこの二人。そうは思ったが声は出さずに、先に行っているぞとだけ告げ全速で駆け出した。










 ――ズズン、とフロストパンサーの体が地に崩れ落ちる。


 所々で火の手が上がる夜の町……東区の、渓流沿いに作られた大通りの中ほどにあるアイニさんの店の付近まであと少し、と言う場所。

 しかし、私達二人はどうやら避難した怪我人の血の匂いを追ってきたらしい、その目的地に迫っていた魔物と遭遇していた。


 心臓を貫いたレイジの剣がズルリとその白い体躯から引き抜かれ、純白の毛皮を真っ赤に染めていく。その様子は確実に事切れており、再び起き上がる気配はない、が。


「ソール、もう一体、魔法詠唱中だ!」


 私達が発見した時、フロストパンサーは二体居た。一匹が前線に残って私達と遣り合っている間に、もう一体はすでに後方に下がってしまっている。

 およそ50メートルは離れた平屋の屋根の上、そのもう一体のスノウパンサーの足元には氷雪系の魔法であることを示す白に近い青色に輝く魔法陣が展開されている、が。


「させるかぁっ!!」

「ギャウン!?」


 私の剣から放たれた雷光がスノウパンサーを貫き、今まさに発動しようとしていた魔法を霧散させる。


 こいつ等の使う魔法には、広範囲を対象にした攻撃魔法『ブリザード』が存在する。

 避難所に程近い、このような場所で攻撃魔法を放たれるわけには行かないと、咄嗟に放った私の『スタンピアサー』が宙を駆け、狙い違わずその純白の毛皮を貫き、痺れによって詠唱を中断させると同時に、体の自由を失った敵が屋根を転がり落ちて地面に叩きつけられる。


「これで……二体目っ!」


 痺れて地に倒れ伏したスノウパンサーの首に、あっという間に距離を詰めたレイジの剣が落ちる。ごきり、と鈍い音がして、その白い巨体がビクン! と跳ねると……こちらもすぐにその動きを止めた。


 ここに来るまでにも既に数体の魔物を斬り伏せて、ようやくたどり着いたアイニさんの店は……


「くっ、遅かったか!?」


 踏み荒らされた庭に、蹴倒されたプランター。一目で何か騒ぎがあったと分かるほど、庭が荒らされていた。

 そんな中、玄関で呆然と座り込んでいた避難者と入院患者と思しき者達に、レイジが詰め寄る。


「おい、ここで何があった!?」

「あ、ああ……剣士様……町長の、町長の私兵のゴロツキ共が……」


 動転していて今一つ要領がつかみにくい話だったが、要約すると、突然の魔物の襲来で騒然とする中……


「急に踏みこんできた連中が、患者を人質にしてイリスとアイニさんを攫って行った……!?」

「……クソッ、あの野郎ども……っ!!」

「待て、レイジ! すみません、その時、アイニさんに拾われていた子供……ハヤト君は、その場に居ましたか?」


 すぐにでも飛び出そうとするレイジを制止すると、その時の状況の中で最も聞いておきたかったもの……連れ去られたであろうイリスとアイニさん以外でこの場に居ないについて質問する。


「へ? い、いえ……そういえば、ふと気が付いたら居なかったような……」

「そうですか……情報、感謝します」


 ふっと口の端を緩める。あの少年の場合、その場に居なかったのならばそれで良い。


「おい、ソール、早く追わねぇと……!」

「いや、奴らが何処に向かったのかもわからないまま追うのは却って良くない、ここより東は私達には地の利がないからな……それに……有った」


 ざっと周囲を探っていると、道路に一本、不自然な金属片が刺さっているのを発見した。

 抜き取って眺めてみる。黒い金属むき出しの細長く飾り気のない、武骨な金属製の箸のようなそれには、何か小さな赤い糸切れが結わえてあった……そういえば、ハヤトの身につけていたマフラーも、これと同じ赤色だったな。ふっと、こんな時なのに笑いが漏れた。


 ……人質を取られた時点で『相手に認識されない事』を優先したか。しかし、追跡しつつもきっちりこちらに分かるように情報を遺している。やはり、瞬時の判断力は中々光るものがある少年じゃないか。


 ――ますます、仲間に欲しくなった。


 以前、死を覚悟した時にイリスに言った事がある。『信頼できる仲間を集めろ』と。その想いは、無事にあの時の夜を切り抜けた今も変わっていない。

 あの少年は、粗削りながらもその期待を十分に満たしてくれる片鱗を見せてくれている。だから、欲しい。


 ……っと、こんな事をしている場合じゃなかったな。手元の金属棒をレイジに投げ渡す。


「……棒手裏剣、間違いない。レイジ、大丈夫だ、あの二人は優秀な護衛が追っている。この目印を追うんだ」

「護衛……そうか、姿が見えないと思ったら」

「私は残って町を守る……イリス達は、任せたぞ」


 幸い、ここに来るまでにスノウパンサーは何体か狩っている。騒ぎの規模的にあと2~3体くらいか、それくらいであれば私一人で、倒せないまでも十分に引き付けられる。


 ……元の世界基準で考えると、随分化け物じみた話だなと今更ながらに苦笑しながら、レイジの背中を押す。


「……ああ、行ってくる! あいつら絶対逃がさねえ……っ!」


 そう言い残し、あっと言う間に見えなくなったその背を見送る。

 ……こうしては居られない、自分の仕事をしなくては。近くを走って居た衛兵を捕まえる。


「魔物を見つけたら私に知らせろ、貴方達は消火活動と、逃げ遅れた町民が居たら薬屋に誘導してくれ!」

「あ、ああ、分かった!」


 それだけその衛兵に伝えると、未だ騒がしい場所へ向けて駆け出した。


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