ライバル

「……そう、来週には出発するのね……寂しくなるわね」

「……はい」


 この町から発つという事を決めた翌朝、その事をソファで休んでいたミランダさんに伝えます。この町に滞在してからずっとお世話になっていたおばさんは、最近体調がすぐれないらしく、よく寝込んでいることが増えましたが……それでも、調子を見て色々教えてもらっていた私は……お別れ、という言葉が脳裏を過ぎり、胸が締め付けられるような思いに駆られます。


「それで、あの……」

「ん? 何か教えて欲しい物でもあるのかい?」

「はい!……その……簡単な物でいいので、お弁当の、作り方を」


 レイジさんとソール兄様は、傭兵団の方々に稽古をつけてもらうとかで、朝早くに宿を出ました。なので、何かできることは……と考え思いついたのが、これでした……ただ、おばさんの体調が不安です。


「……ぷっ、なんだいそんな心配そうな顔をして! ふふ、良いよ、今日は体調も良いから、エプロン持って調理場においで」

「は、はい、お願いします!」







「それで、お弁当ですか」

「はい、レイジさんもソール兄様も、こうして頑張っていると聞いて、私にも何か……と」

「にゅふふ……イリスちゃんは健気ねぇ、うん、そんなところも可愛い可愛い」

「そ、そんなんじゃないですってば。くすぐったいです、もうっ」


 頬をつんつんと突いてくるミリィさんに、ちょっと怒ったふりして睨みつけます。杖で片手の塞がっている私の代わりに、大きなランチバスケットを手に下げたレニィさんと、一仕事終わって手空きだというミリィさんの二人と上機嫌で会話しながら、昼前の、昼食を求めちらほらと休憩中と思しき町の人の往来する通りを歩いています。


 ……さすがに、『クラルテアイリス』では目立ちすぎるため、危険な場所へ行くわけでもないためなるべく簡素な……それでも、ちょっとお高そうな物を押し通されましたが……簡素なワンピースに外套というあまり派手ではない格好です。


「言ってくだされば、私も多少はお力になれたのですけれど」

「ありがとうございます。でも、この町にいる間は……」


 出来るだけ、一緒に居たい。そんな気持ちもあったのでしょうか、わざわざ料理を教わりに行ったのは。


「……なるほど、イリス様は、お別れが寂しいのですね」

「……う、その……はい。自分でも不思議ですけど、なんだか無性に……」


 思い当たる節はあります。多分、私は色々教えてくれたおばさんのことを……


「そ、それより、急ぎましょう、早くしないとお昼終わってしまうかもっ」

「ふふ、そうですね、それだと折角頑張ったのに残念ですものね」


 変な方向に飛びそうになった思考をぱたぱたと追い出し、皆が訓練しているという町の外へと歩を早めるのでした。



 町の外、傭兵の皆さんのキャンプの傍らにある、森の伐採跡を利用した修練場所に行くと、丁度、レイジさんがゼルティスさんと対峙している所でした。周囲は各々の武器を置いた傭兵の皆さんに囲まれており、その視線の中心で刃引きをした剣を構えて向かい合っています。


「兄様!」


 にらみ合う二人の邪魔にならぬよう、座って休憩していたソール兄様の下へ駆け寄……れはしないので、できるだけ急いで杖を動かして寄っていき、小声で声を掛けます。


「ああ、イリス……と、レニィさんでしたか。付き添い、ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことではないですよ、ソール様。これもお仕事ですので」

「そ……そうですか……」


 兄様も、私同様こうした扱いに慣れずギクシャクしています……やっぱり慣れませんよね。目が合った視線がそう語っており、思わず二人で苦笑します。


「それで、用事は……って、それか」

「はい、お弁当をミランダさんに教わって……まだ簡単なものですけど。でも、取込み中でしたね」

「いや、これが休憩前最後の手合わせだから、丁度いいタイミングだと思うよ」


 視線を、他の傭兵の方たちも見つめている先に向けると、剣を構えたまま微動もしない……いや、よく見たらぴくっとお互いの動きに反応しつつも、殆ど動けずにいる、レイジさんとゼルティスさんの二人。

 二人は額からだらだらと汗を流しつつ、それでもにらみ合ったまま殆ど動きません。


「実力が拮抗しているからね……下手に動いて隙を晒せば、その瞬間やられる。だからお互い動けないからああして睨み合いになってるんだよ……っと、動くな」


 そう兄様が呟いた直後、二人の姿が霞むような速さで動き、数度ぎんっ、ぎんっ、と、刃引きされた金属の刃の撃ち合う音が鳴り響き、また別の位置で一定の、お互いの刃の届かない距離で制止します。


「……すご……ほとんど見えませんでした」

「そうだね……けど、まだ向こうの方が少し上手かな」

「そうなんですか?」


 レイジさんが押されている、そのことに目を見張ります。


「ほぅ、よく見てるな。それに気が付いてるのは俺の団にもあまり居なさそうだが……嬢ちゃんも、弁当作りご苦労さん」


 背後から、大きな手が頭をぐりぐりと撫でてきます。この大きな手は……ヴァルターさんですね。


「……団長。せっかくセットした御髪を乱すのはやめてほしいのですが」

「おっと、悪いなレニィ……嬢ちゃんもすまなかった、ついな」

「いえ、構いません。それより……」


 再び、対峙したまま殆ど動きを見せない二人の方を伺います。


「向こうが気になるか……まぁ、そうだな。ゼルティスのは俺の仕込んだものだが、習った剣の基礎は騎士として培った物、どちらかと言えば対人向けのものだ。対してあの赤毛の兄さんの奴は、人間以外……魔物をメインターゲットにしたものだろう」

「そう……ですね」


 ゲーム時代は、人と戦うことはあまりありませんでしたから……対人戦PvPもあるにはありましたが、レイジさんもソール兄様も狩りメインで、そちらはあまりやっていたわけではなかったです。


「ま、その差だろう……これが討伐数勝負であればお前たちのところの赤毛の兄ちゃんの方が分があるんだろうがな。しかしそれだけでなく何か……っと」


 ギン、というけたたましい音を立てて、レイジさんの剣が若干跳ね上げられ、そこへ滑り込んだゼルティスさんの剣がぴたりと体……心臓の上へ突きつけられました。


「そこまで!!」


 そのヴァルターさんの宣言と同時、極度の緊張から解放された二人が額だけでなく全身から滝のように汗を拭き出し、二人揃ってへたりこみます。


「……くっそ、また負けた! お前、本当に強いな」

「いや、君の剣はどちらかというと自分より体格の大きなものを相手にする想定の物だろう……それでここまで拮抗されるとは、目を見張るものがあるね」

「……いや! それでも負けは負けだ! しかしこれで3勝5敗か……次は、負けねぇぞ」

「ふっ、いつでも相手になりましょう。私にとっても、君との手合わせはいい経験になるからありがたい」


 そう笑い合って拳を合わせる二人……この二人、昨日まで仲があまり良くなかったと思うんですけど。何時の間にかすっかり意気投合し、まるで少年のように笑い合う二人の様子に、ふふっと笑みが零れます。


「レイジさん! それと、えっと、ゼルティスさん。お疲れ様です、はい、タオルです」

「おっと、サンキュ」

「ありがとうございます。我が姫」

「あ、あの……姫は、やめてほしいです」


 駆け寄ってタオルを渡す私に、普段通り受け取るレイジさんと違い、胸に手を当て一礼して恭しく受け取るゼルティスさん。あ、あの、タオルを渡しただけで仰々しすぎませんか? こうしてお姫様に仕える騎士のような対応は、どうしても慣れません、恥ずかしい。


「おっと、では、僭越ながら、イリス嬢、と」

「……それでいいです」


 まだ、それも少し恥ずかしいですが、姫よりはいいかな……諦めの気持ちで、投げやりに許可します。


「はぁ……格好悪いところ見せちまったな」

「いえ、そんな事無いです! その……二人とも、凄かったです。格好良かった!」

「お、おぅ」

「はは……光栄です」


 ちょっと興奮して感想を伝える私に、照れた様子で汗をぬぐう二人。ちょっと浮かれ過ぎました、落ち着かなければ。


「二人とも、見せてもらったぜ。なかなかいい勝負だった……ゼルティス、また腕を上げたか?」

「いえ、自分と同じくらいの実力の良い勝負相手が居て、ちょっと熱が入ったせいだと。それと最近はとても調子が良くて……」


 そんなことを話しているときに、一瞬だけ、彼の視線がこちらを向き、ふっと相好を崩してまたヴァルターさんとの会話に戻っていきました……何だったんでしょう。


「それと、あー、レイジだったか。お前もなかなかいい感じだが……一つ気になってるんだが、いいか?」

「へ? あ、ああ、勿論……」

「お前と、あー、それとソール殿下もなんだが。どうにも、今の自分の能力が腑に落ちていない、というか……なんだ、元はもっとできたものが出来ずにいる、だいぶ能力が落ちてしっくり来ていない、みたいな印象を動きに感じるんだが……」


 その言葉に、レイジさんが息を飲みます。


「……そんな所まで見抜かれるとは」


 最盛期は……転職間際のレベルカンスト直前の頃でしょうから、その頃の感覚と比べると、転職後レベル巻き戻りの後の成長途上であった今はだいぶ二人にとっては動きにくい物なのかもしれません。もともと激しく体を動かさない私には実感ありませんが……それでも、私も当時と比べてすぐに尽きる魔力には苦心していますし……


「やっぱりか。まぁ詳しく聞くつもりはないが、どうにもぎこちないように見えてな。とりあえず、午後からは俺も少し見てやろう。さて、昼飯にしよう、嬢ちゃんがお前たちに食べて欲しくて用意してきたみたいだからな」

「あ、はいっ。流石に傭兵の皆さん全員分は無理ですが、多めに用意してきたので皆さんも一緒に……お口に合うかは分かりませんが……」

「そうですか、では、ありがたくご相伴にあずかります。私は妹を呼んできましょう」


 そう言って一礼して、フィリアスさんを探しに行く彼。


「……レイジさん、ずいぶんとあの人と仲良くなったんですね?」

「あ、あぁ、まぁな……悪い奴じゃないし、それに」


 レイジさんの目線が、気まずげにこちらを向きます、が、すぐに逸らされました。


「……俺、ぜってぇあいつには負けねぇから」

「え?」

「いや、悪い、忘れてくれ。俺、ソールと昼飯の準備手伝ってくるわ」


 突然の宣言に頭上に疑問符を浮かべていると、レイジさんが慌てたように、そそくさと敷布を広げバスケットの中身をセットしているソール兄様の方へと立ち去っていきました。


「はは、こっちの方も前途多難みたいだな、頑張れよ若人」


 そんな様子を面白そうに眺めていたヴァルターさんに、私は一人首を傾げるのでした。

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