ティティリアという少女

 あの後、町民が戻り始め歓喜に沸き立つ町を後にして、今回の異変の元凶である坑道へと向かう私達。


 レイジさんとソール兄様はいつも通り一緒ですが、最大火力として獅子奮迅の活躍を見せていたミリィさんは、先の戦闘での疲労と軽度の魔力枯渇により一足先に休んでしまいました。

 騎士達や、傭兵団の人たちも後始末に追われていて、同行しているのはゼルティスさんとフィリアスさんのみ。

 その他には、「自分の領地で起きている事を見届ける義務がある」と言って同行してきた領主様……レオンハルト様と、ほぼ同様の理由でアシュレイ様、本人の強い希望で同行を望んだアイニさん。そして……




「……えっと、あとで話そうねと言ったものの、何を話せばいいかな……」

「そう、ですね。えぇと……」


 きょろきょろと、気まずげに視線を彷徨わせては、ちらっとこちらの顔を見てすぐにうつむいてしまう彼女……ティティリアさん。

 領主さまが行くところには自分も、と言って同行してきた彼女ですが、私と彼女は馬に乗ることが出来ないため、町から持ち出してきた馬車……町長の使っていたクッション仕様の馬車なため、すこぶる快適です……に放り込まれ、今は二人で睨み合っています。


 ちなみに、レイジさんとソール兄様、それとゼルティスさんは馬を借りて、領主様やアシュレイ様と共に外にいます。

 アイニさんは馬車を御せるという事で御者を引き受けてくれて今は御者台に。フィリアスさんも、サポートのためそちらに居ます。


 なので、現在の馬車の中は私達二人のみ。折角なので、色々話を聞きたいと思ったのですが……


「……ごめん、こんな狭い空間で女の子と二人きりで一緒したことが無いから、緊張しちゃって」

「は、はぁ……同性ですし、そんな気にしなくても……」


 彼女はすっかり萎縮し、真っ赤になって俯いてしまっていますので、とてもそんな余裕はなさそうです。内心苦笑しながら、安心させるように微笑みかけますが……


「う、うん、そう、ですよね……同性ですもんね……」


 そう言いながらも、よりいっそう顔を赤らめて深く俯いてしまうティティリアさん。

 何でしょう、少なくとも外見上は同性である私に対する態度にしては違和感が……?


 首を傾げつつも、どうにか話題を探します。


「えぇと! ティティリアさんは、やっぱり向こう……日本から飛ばされて来たプレイヤーさん、ですよね?」

「……あ、はい! ゲームの時は、『エンチャンター』系列をやっていました!」


 とりあえず絞り出した質問に、飛びつくように答える彼女。

 ですが、その言葉……彼女のクラスに、予想はしていましたが少し驚きました。何故ならば……


「エンチャンター……私が言うのも何ですが……転生三次職まで来ている方、居たんですね……」


 プリースト系列と違い、攻撃的な補助をメインとするエンチャンターは、殲滅速度や確殺攻撃回数に関わってくるためまだパーティ需要はありましたが……あくまで、比較的、という程度でしかありませんでした。

 そのため、私達プリースト系同様に、なかなか転生三次職が現れなかった事で、掲示板がお通夜状態だった仲間でした。

 しかし、私が地下に引きこもってレベリングしていた間に、突破された方が出ていたようです。

 もっとも……それが原因でこの様な事に巻き込まれる事になったので、たまったものではないでしょうけれども。


「本当に、転生間もなかったんですよー……レベル一桁だったから本当苦労しました」


 う、その気持ちは痛いほど分かります。私なんてレベル1でしたし……


「それに私も、まさか純ヒーラーで転生している人が居るなんて思ってもみませんでした……」

「……ですよね。そして苦労して転生したら」

「この事態、ですからね……」

「「はあぁ……」」


 しみじみと、二人でネガティブな事で共感し……深々と、ため息を吐きました。


 ……


 …………


 ………………二人揃って黙り込んでしまいました。空気が、重い……っ! 何か話題、話題を……!


「……そ、そういえば、領主様……レオンハルト様とは、どのようにして知り合ったのですか? 随分仲がよろしいみたいですけれど……」

「う……変、かな?」

「いえ、別に変な事は無いと思いますよ、レオンハルト様は優しい方ですから」

「そう、です、よね……本当に紳士的で優しいんですよ……顔は怖いけど」


 そう言って、顔を赤らめてモジモジしている彼女……あら? これはもしや……?


「話すと少し長くなるんですけど…………聞きたい?」

「はい、とても! ……あ」


 反射的にそう答えてしまいました、が、すぐにしまったと思いました。


「あ、いえ違います! 話したくない事を無理に聞きたいわけではないわけでして……!」


 これではまるで人の恋話コイバナにがっついているようではしたなく思え、慌てて弁明しようとしましたが……


「……ぷっ、くくっ、姫様慌てすぎ……っ!」

「あぅ……ごめんなさい……」


 笑われてしまいました。穴があったら潜りたい心境です。


「……はぁ、笑いました。良い感じに緊張も解れましたので、いいですよ、話してあげます……ただ、あまり愉快な話ではないですよ?」


 そう前置きして、彼女がこの世界に来てからの事を、ゆっくりと語り始めました……






 ティティリアさんの話によると、彼女が最初にこの世界に飛ばされた時に居たのは、このローランド辺境伯領の、私達が居た国境側の反対方向の端、小さな村の付近だったそうです。


「……あのへんな魔方陣に飲み込まれて、目を覚ましたら森の中だわ、ゲームだった時に比べるとやけに森は広くてなかなか出れないわ……それに、こんな体になってるわで、最初はすごい途方に暮れていたんですけども……」


 そうして何刻か森を彷徨った末に、たまたま小さな悲鳴が聞こえて来たのだそうです。


「そんな訳で、たまたま村から森の中に遊びに来ていた子供が、弱い魔物に襲われていたところに通りかかって……放っておけなくて必死に追い返して子供を助けたら、そのご両親にすごく感謝されて、事情を話したら、しばらく……半月くらいかな? 居候させてもらっていたんです」


 そこは細々と農業と狩猟で生計を立てていた村だったから、武器や身体能力を強化するのが得意な上、フィールドに影響を与え、作物の出来を良くする魔法もある(そのため一部の生産職には人気の職でした)エンチャンター系列のティティリアさんの能力は、村にとってはとても重宝したそうで、すぐに打ち解けたそうです。


「嬉しかったんです、私のおかげでいっぱい食べ物が採れた、作物がよく育っている、そう言って皆が笑ってくれたのが……私、リアルではちょっと色々あって引き篭もりがちだったから、お礼なんてあまり言われた事無かったから」


 ……だから、頑張りすぎてしまった。


 そう呟いた彼女の目には、まだ癒え切ってはいない恐怖の色を湛えて揺れていました。


「そんな事していたから、近隣に有名になっちゃったみたいで。食い詰めて他領から流れてきた大きな盗賊の集団に聞きつけられて、お金になると思われて……村が襲撃されてしまったんです」


 それでもまだ、彼女の付与魔法によって多少優位に戦えたらしいですが……多勢に無勢、彼女自身は戦闘能力は皆無で、盗賊団と平和だった農村の住民とでは、戦う事への抵抗感が全く違う。

 結果、多少相手に損害を与えることはできても撃退までは行かず、ジリジリと追い詰められていたらしい。


「みんなどうにか難を逃れ、全員一箇所に集まって立て籠もっていたんだけど……襲って来た奴ら、私を差し出さないと村に火を放つ、って村のみんなに言ったみたい。でも、みんなそんな要求は飲めない、私を差し出すつもりは無いって、戦ってくれるつもりだったんですよ? けど……避難先には子供もいっぱい居たし、私一人で済むのなら、それでも……って」


 そうして、村の人達の為に一人抜け出して、ついていく、協力する代わりに村には何もしないでほしいと、盗賊団に投降したのだそうです。


「そこには多少の打算もあったんです。奴らが欲しいのは私の能力ですから、素直に降って表面上だけでも協力的に振る舞えば、そう酷い目には遭わないはず、って」


 今思えば、平和ボケもいいところですけどね……と、苦笑する彼女。


「……だけど、今の私はこの体、この顔だっていう事を、本当に甘く見ていたと後悔したのは、その後すぐでした」


 そう呟いて、顔を青くして自分の身体を抱きしめる彼女。

 よほど丹精込めて作られたアバターだったのでしょう。今のティティリアさんは私や兄様にも引けを取らない、輝かんばかりの美少女です。

 そんな彼女がならず者達の手に落ちれば……どうなるかは、いくら私でも察します。


「……あの、顔色が悪いです、辛いのならもう止めましょう?」

「あ……ごめんなさい、こんな話聞かせて。でも大丈夫……まぁ、手遅れだったら立ち直れていなかったかもしれないけど、この通り無事だったから」

「なら、良いんですが……」

「というか、誰かに聞いて欲しかったのかも。領主様にはこんな話できないし。姫様に、女の子にこんな嫌な話を聞かせて申し訳ないけれど……」

「そう……分かりました、話して楽になるのであれば、吐き出してしまうといいですよ、最後まで付き合いますから」


 以前ミリィさんに言われた事を思い出す。彼女にも、きっとそうしてぶちまけてしまい、踏ん切りをつけるのが必要なのかもしれません。


「ありがと……それで、うん、多分あなたの想像通り。連中のアジトに連れ込まれた私は無理矢理裸にひん剥かれて、押し倒されて……ああ、こんな連中に好き放題されちゃうんだ……そう絶望した時だったの、領主様が来てくれたのは」


 彼女が連れ去られた後すぐ、結局約束など守る気は無かった盗賊たちによって村に火がかけられ……しかし幸運にも、たまたま視察中だった領主様がその火の手を見て駆けつけ、盗賊団を撃退したそうです。


 そして、村の人達が姿が見えないティティリアさんを助けて欲しいと必死に頼み、それを受けて数名の部下と一緒に盗賊たちのアジトを制圧に来てくれたのだそうです。


「本当に、格好良かった。色々な葛藤を吹き飛ばすくらい。気がついたら奴らはみんなもの言わなくなっていて、私は彼の外套に包まれた状態で抱き抱えて運ばれていて……アジトの外に出て、安心したら急に怖くなって、我慢できずにすがりついて随分泣いてしまったけど、ずっと落ちつくまで撫でてくれていて……」


 そう、その時の光景を思い出すかのように、手を組んで目を瞑り語る彼女は恋する女の子そのもので、とても嬉しそうでした。


 ――結局、その村に残る事は、再び同じ事になるのを恐れてできなかったそうです。なので、皆無事に再会できた事を喜ぶ村の皆に、惜しまれながらも別れを告げ、領主様に引き取られ、保護を受けるようになって……


「……でも、のうのうと養われているだけは嫌。だから領主様の仕事を手伝わせてもらうことにして……で、今回、こうしてくっついて来たのでした、はい、私の話はおしまい!」


 いやぁ、こういう話は思ったより恥ずかしいねぇと照れて頰を書く彼女。


 つまり……彼女にとって領主様は、私にとってのレイジさんやソール兄様のような存在なのですね。

 しかも、一人こちらに来て、恐ろしい目に遭って……そこから救い出してくれた人です、惹かれるのも無理はないのでしょう。


「……ティティリアさんは、その……レオンハルト様の事、お好きなんですね」

「……うん、はい。好き。大好き。何か役に立ちたいし、褒められるとすごく嬉しい。もしかしたら危ないところを助けられた事による吊り橋効果や刷り込みだったのかもしれないし……私にその資格があるかもわからないけど……私は、レオンハルト様が大好きって言う想いは、きっと本当」


 ……そうまっすぐ前を向いて言葉にするティティリアさんが、少し眩しく、羨ましく見えました。


「それじゃ、私も話したから次は姫様の番……って、言いたいところだけど」

「……また今度、ですね」


 結構長い時間話を聞いていたらしく、丁度その時、目的地に着いた馬車がその進行を止めました。







『オ主ラノ探シテイル場所ハ、ココダ』


 ガンツさんの案内で、連れてこられた場所。それは、採掘済みの坑道の一角を利用したと思しき、鉱夫の方々の休憩所であろう場所でした。

 外見は、ただの閉め切られた普通のドア。しかし、その内には濃密な異界の気配があると、近くに来た事で増した頭痛が、そう教えてくれます。


「……どうだ?」

「……間違いないです。それでは、開けますね」

「イリスリーア殿下、まずは私が……」


 ドアノブに手を伸ばしたところ、領主様が代わりに開けようとしてくれました。しかし、それを私が制します。


「いいえ、おそらく耐性は私の方がずっと高いと思いますので、皆さんは何かあった時、お願いします……ありがとうございます」


 心配して申し出てくれたことに感謝を述べると、おっかなびっくり、ドアノブに触れてみます。

 まずは指先で触れて……うん、なんともなさそうです。そっと握って、ドアノブを捻る。


「うわ……」

「これは、なんとも異様な……」


 すぐ後ろに控えていたゼルティスさんとフィリアスさんが、驚嘆に呻く。


 そこに広がっていたのは、やはり一面虹色に輝く結晶に覆われた部屋。

 それはまるで万華鏡のように、色とりどりの光を反射して幻想的な空間を構築していました。


「……これが、皆さんの言う『世界の傷』、それによって侵食された異世界、ですか……」

「見た目は、綺麗なんだがな……長く留まると、精神と肉体に変調を来たす、魔の領域なのでご注意を」

「実際、中に入ると気分が悪くなりました。多分、結晶の魔物が使っていた呪詛の類が充満しているんだと思いますので、迂闊に踏み込まないように」


 同じく目を奪われているアイニさんへ、領主様とソール兄様の警告が飛びます。


「あの、姫様は大丈夫なんですか? カンタマカウンター・マジックします?」

「ふふ、ありがとうございます、ティティリアさん。大丈夫です、私はこの空間に対して耐性があるみたいですから」


 これは本当。種族の特性らしく、私には皆さんの言うようなものはこの空間からは一切感じません。


「そっか……でも、何かあったらすぐ言ってくださいね?」

「はい。その時は頼りにさせてもらいますね」


 そう言って、まだ心配そうながらも渋々引き下がる彼女に、安心させるように微笑んでみせます。


「……なぁ、あの子と随分と仲良くなったんだな?」


 そんな私達の様子に、レイジさんが疑問を口にします。


「ええ、馬車でゆっくりさせて貰ったから、いっぱいお話できましたから」

「そうか……まぁ、友達ができたみたいで良かったよ、安心した」


 ………………え、友達?


 ああ、確かに、友達という関係がしっくり来ます。そういえば、私に純粋に友人と言える人って、今までレイジさんだけだったような……ような……


 ……うん、この事は考えるのをやめましょう。今から大事な仕事があるのに凹むわけにはいきません。


「……では、始めます」


 気を取り直して、そっとこの空間の中心へと手を差し向けると、そこに空間の裂け目が可視化されて出現します。


「……あ、れ……?」

「どうした、イリス?」

「なんだか、『傷』の形状が……」


 今までの『傷』は、罅割れという言葉がしっくりと来る、まるでガラスにひびが入ったような形状をしていました。


 ですが、これは……


「……まるで、何か鋭い物で一直線に断ったような傷、だな」

「ええ……今まで見たものと、形状が少し違う……偶然でしょうか?」


 ……あるいは、何者かの仕業?  まさか、そんな……そうは思いますが、しかし脳裏を過ぎるものもあって否定しきれません。


「……考えていても仕方ありません、早く終わらせてしまいますね」


 そう皆に告げると、結晶に浸食された部屋へと踏み込む。これで三度目、もうだいぶ慣れてきました。そっと、傷を翼で包み込む。


 ――次の瞬間、流れこんできた負の感情に、体が跳ねた。


「……あ……ぅ……あぁああ……っ!」


 堪らず苦悶の声が口から漏れる。強烈な思念が、流れ込んでくる。


 ――憤怒

 ――憎悪


 そして――微かに混じる、悲哀。


「おい、大丈夫か!?」

「だい、じょう、ぶ……っ! すぐ、終わらせますので、待ってて……っ!」


 額に脂汗が滲む。


 この『傷』は、慰めなど求めていない。救いなど願っていない。

 世界を恨み、憎み、傷つけ……滅ぼす。ただそれだけを求める狂暴な意志。


 だから、その身で受け止め、抑え込む。このような物を野放しにしてはいけない。

 ギリギリと、腕の中で抵抗を続けていた怨嗟の意志が徐々に、徐々に小さくなって……やがて、消えた。


「――はぁっ! ……はぁっ、はぁ……っ」


 激しい疲労に視界が霞む。だけど、それ以上に……


 何となく、予感はしていた。

 覚悟も、していたはずでした。


 だけど、こうして直面してしまうと……その衝撃に膝から力が抜け、崩れ落ちました。


「何故……何故なんですか……どうして……あなたが……っ!?」


 だけど、同時に納得もしてしまいました。何故、この『傷』に、何か呼ばれているようなものを感じたのか。


 この『傷』を開いた者は……

 あのトロールを、異形化させて今回の件を引き起こした者は……


 朧げな夢の記憶の中に居た、皮肉屋を気取りながらも、優しく『彼女』にいつも寄り添っていたあの彼……




 ――多分、今では世界でただ一人、今の私の同族……光翼族でした。

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