女の子、ふたり
「……落ち着いたか?」
「はい……ごめんなさい、取り乱して」
すっかり赤くなってしまったであろう目元を拭う。
今は、ぐずっている私を先導するレイジさんと二人だけ。他の方は、気を使って先に行ってしまっています。
「そうか、なら良いんだが……何があった? 何を見たんだ?」
「それは……」
伝えないとと思っても、口に出そうとした瞬間なんと言えばいいか分からず喉に引っかかる。思考がぐちゃぐちゃで頭が回らず、考えが纏まりません。
「……ごめんなさい、今は私も訳が分からなくて……明日みんなに話しますから、少し時間をください」
「……そうか、分かった。まぁ今日はゆっくり休め、頭痛も消えたんだろ?」
「はい……」
原因であった『傷』がなくなった事で、ずっと苛んでいた頭痛は消えていました。付近に異常の気配もなく……本当に、この地域で私にできることは、もうありません。
戻ったら、レイジさんの言うとおり、ゆっくり身体を休めよう……本当に、疲れました。肉体的にも……精神的にも。
町に帰ると、概ね戦場の後始末を終えた町では、避難キャンプから戻ってきていた町人達も交えて酒宴が開かれていました。
このあたりは鉱山で働く鉱夫が多いため、仕事が再開できる目処が立ったのもあって、今朝襲撃に遭ったとは思えない程の熱狂と歓喜に包まれています。
私は……酔った荒くれ達に絡まれて何か間違いがあってはいけないからと、戻って休む事を勧める女性陣の意見に従って、一回り挨拶をしたら早々に戻る事にしました。
……ただ、今は休みたかった。浄化魔法で身を清めるだけで済ませると、ふらふらとベッドに倒れこむ。
考える事が多すぎて眠れないかと思いましたが、ここ数日ずっと苛んでいた頭痛が消えたせいか、あるいは身体は疲労に正直だったせいか……掛布を掛けたかも分からぬうちに、すぐに意識は深い眠りの底に沈んでいきました――……
――夜中の三時。
不意に目覚め、真っ暗な周囲を不審に思い時計を確かめると、まだ朝日も出ていない時間でした。早く睡眠に入った事で、変な時間に目覚めてしまったようです。
耳を澄ませても、昼間の喧騒はもう聞こえてきません。どうやら祝勝会はすっかりお開きになったみたいで、シンとした静寂が町に降りているみたいです。
……そういえばレニィさんが、お風呂のお湯は張ったままにしてくれるって言っていましたね。
あれだけ激戦を繰り広げたにも関わらず、昨夜はお風呂に入っていない事に気がついて気持ち悪さを感じる。浄化魔法で身は清めたとはいえ、精神的にはなんだか落ち着きません。
隣室で休んでいるであろうレニィさんを起こすか迷いましたが……結局、皆を起こさないようにそっと部屋を抜け出すと、浴場へ向かって歩き出しました。
……そうしてたどり着いた、接収した元町長の屋敷の浴場。
この館には二つお風呂があり、もう片方……使用人用の大浴場は今は騎士の皆さんらに開放されて男湯として使用されています。そしてもう片方、元の持ち主であった前町長が自分用に拵えたこちらの浴場が、女性用として使用されていました。
向こうの大浴場よりは小さいけれど、それでも数人が脚を伸ばして入れるくらいに広く、一人で入るためにはいささか大きい浴槽が設置されています。
脱衣所の構造的に、明らかに複数人で入るための物……何のためかは知りたくもないですけど……です。
手早く寝間着と下着を脱ぎ去り、畳んで籠の中に入れ、浴室のドアを開けようとした時……
「……あれ? 誰か他にも居る?」
私よりも先に一人先客がいるようで、脱いだ服が畳まれて入っている籠があります。このような時間に……私みたいに、変な時間に目覚めた方でしょうか?
「……失礼、します……?」
恐る恐る浴室に入ると、ばちゃんと、何かが水に飛び込んだような大きな水音。ですが、見渡しても誰も居ません……いえ、浴槽に浮かんでいるのは……金色の髪?
「あの……何をしているんですか?」
恐る恐る近付いた浴槽。中を覗きこんでみた先に居たのは……目と耳を塞ぎ、お湯の中に沈んでいるティティリアさんでした。
レニィさんがどのように洗っていたかを思い出しながら、見よう見まねで髪を洗い流し、さっと身体を洗ってから浴槽に身を沈めます。
長い髪は軽く絞って水気を切り、緩くねじってまとめてあらかじめ持参した髪留めでお湯に浸らないように留めておく。
流石に、お湯を張ってからだいぶ時間が経っているため少し温くなっていますが、のんびりと浸かってボーっとしている分には丁度良い、かな?
はふ……と、温めのお湯の熱が体に染み渡る感触に気の抜けたため息を漏らすと、隣で縮こまっていたティティリアさんが微かに身動ぎをしました……そんな緊張しなくても良いと思うのですが。
「あ……えっと、姫様……昼間、だいぶ辛そうでしたけど……大丈夫ですか?」
「はい……ぐっすり眠ったら、だいぶ落ち着いてきました。ご心配をお掛けしました」
何か話題を探していたらしき彼女に、軽く微笑みながらそう伝えます。
「でも、ごめんなさい。帰りの馬車では私の話をする約束だったのに」
「え……いや、いいですよ、あの様子を見て無理強いは出来ませんって! でも、元気になったようで良かったです」
「そ、そんな酷い有様でしたかね、私……」
軽く両手の指先を合わせ、顎先に当てて俯く。馬車内でもまだ少し泣いた気がしますので……ちょっと恥ずかしい。
そんな風に照れていると……視線を感じました。
「……? どうかしましたか?」
その様子に首を傾げながら尋ねると、彼女はバッと我に返ったように視線を私から外すと、正座の姿勢でお湯の中に座ったその膝を両手で抑え、その手を凝視するような状態で固まってしまいました。
「あっ、ご、ごめんなさい……姫様、前から思っていたけど、所作が綺麗ですよね」
「……え? そ、そうでしょうか……?」
「そ、そうですよ、今の仕草だってそう、振り返り方やちょっとした指の動き、首の傾げ方……おっとりしていそうな緩やかな動きなのに、指先まで意識の行き届いてる感じで……それが無意識にできているって、全然真似できる気しないもん。本当に、あなたも元はあっちの世界出身なの? 実はマジで最初からこっちの世界のお姫様だったりしない?」
「えぇ……自分ではそんなつもり、全然無いんですけど……あ、ありがとう、ございます……?」
まくし立てるように言われた内容に、あまりのベタ誉めにちょっと照れます。
正直なところ私の所作、特に立って行う物については……障害を持つものとしては、というバイアスが掛かっているとは思いますが、今回に彼女が言っていることに関してはそれは関係ないでしょう。
だとしたら、その理由として考えられるのは……最大の要因は、七年間続けられた綾芽の女の子指導の賜物だとは思います。ですが、それだけではないでしょう。
七年間。長いようには思えますが、あくまでも、最も学習能力の高い幼少期を含む十数年を生きた後での、たったの七年間に過ぎません。
それだけの期間、何の下地もないままであれば、必死になって所作や立ち振る舞いの練習をしたとしても結局は付け焼き刃、すぐにボロが出るはずです。
何故ならば……そこにはどうしても、育ってきた環境、どのようなものを見て、どのように躾られて来たか。そういった生まれてからの積み重ねによる影響が如実に現れて来るからです。
それでも、ただ「女の子」を演じるだけであれば問題ないでしょうが、今彼女から言われているのは……「お姫様」としての所作や立ち振る舞いの事でしょう。であれば思い当たるのは……
「母の影響でしょうか。あの人はとても動きの綺麗な人でしたから」
昔、祖父から聞いた話によれば、父の家系も昔の公家を祖とした古い家らしく、父もどこか育ちの良さを感じさせる人でしたが……母は、それと比べてなお、洗練された立ち振る舞いだったように記憶していました。
そして、普段は優しい母でしたが、立ち振る舞いやマナーなどには非常に厳しい人でした。特に私……『玖珂 柳』は、日本人らしからぬ髪色と顔立ちをしていたために奇異の目で見られる事もあったので、そんな視線は弾き返せるようにと自信をつけさせるため、幼い頃から結構厳しく仕込まれていましたから。
そんな、母という手本となる人を幼い頃から見て育ち、指導を受け、それが下地として積み重ねられてきたからこそ……生まれ育った環境という、両親から与えられたアドバンテージがあったからこそ……綾芽は厳しい祖父母の礼儀作法の指導も難なくこなし、私もたった七年で今の所作を身に付けることができたのだと思います。
「へー、姫様のお母さん、何者?」
「さぁ……髪色や顔立ち的に日本人ではないと思いますが、私にも、遠くから来たとしか教えてくれませんでしたから。今は……もう聞く事もできませんし」
「あ……なんか、ごめんなさい」
「いえ、気にしていませんよ、もう亡くなったのも十年以上前ですし、流石にこれだけ時間があれば、完全に気持ちの整理はついてますから」
ばつが悪そうにしている彼女に、ニコッと微笑みかけて安心させる。たしかに事件へのトラウマこそ残っていますが、両親を亡くした事自体はもうすっかり立ち直れています。
「ところで……あなたは、なぜこんな時間に入浴を? 私も人の事は言えませんけれど……」
それに、視線が先程からずっと彷徨っていましたので、不思議に思っていました。そのくらい、軽い気持ちで聞いたのですが……しかし、聞かれたとたんに、彼女は真っ青な表情で俯いて黙り込んでしましました。
「それ、は……その……」
「あの、言いたくない事であれば、無理には……」
「……いいえ、言います。でないと不誠実だもの。だけど……」
何か悲壮な覚悟を決めたような表情で、顔を上げた彼女。
「軽蔑も罰も甘んじて受け入れる。だけどお願い、レオンハルト様にだけは言わないで……!」
ギュッと固く目を瞑り、震えながら頭を下げる彼女。その剣幕に、パチパチと目を瞬かせます。
「わ、分かりました、言いません、約束します」
「ありがと……実は私……その………………」
言うか言うまいか、逡巡を見せているティティリアさん。釣られて私も緊張してきました。しかし、迷いを振り切るかのように数度深呼吸した彼女は、意を決して口を開きました。
「私、元男なの! 中身は男プレイヤーなの! ごめんなさい!!」
「…………あー」
カミングアウトされた内容に、つい、間の抜けた声が漏れてしまいました。
「お風呂も女の子と一緒に入るのはなんか悪いし、怖くて男側のお風呂なんて入れないし……だから人の少ない時間を狙ったつもりだったんだけど、まさか人が来ると思ってなくて……ごめんなさい!」
すごい勢いでまくし立てたかと思えば、叩きつけるような勢いで頭を下げた。ばちゃん! と、激しく水面を叩いた音は、ティティリアさんが勢いよく頭を下げすぎたせいでお湯に頭を突っ込んだ音。
「……それは、ごめんなさい。憩いの時間を邪魔してしまいましたか?」
せっかく彼女が気を使ってくれていたのに、そこに踏み込んで気の休まらない時間にしてしまった事を、申し訳なく思います。
「…………え? あれぇ? それだけ? もっとこう、怒るとか、恥じらうとか……無いの?」
「……たしかに驚きましたけど……ですが、こうして私と一緒にお風呂に入っていて、やましい気持ちなどはある様には見えませんでしたし」
「えっと、それは……罪悪感はありますけど、不思議と……最初は自分の体も直視できなかったのに、今では女の子にあまりドキドキしなくなったし……逆に、訓練中の領主さまの、ふと目に入った筋肉とかにドキっとしたりすることが増えて……」
なるほど……今の身体に変わってすでに一月以上。恋をしてしまった彼女の内面は、すでにほとんどが女の子なようです。
――自分でなんと思おうと、誰が何と言おうとも、私や彼女の今の身体は紛れもなく女の子なのです。
兄様の言うには、感情だって脳内や体内でやり取りされている物質の影響を受けますし、体構造がガラッと変わってしまっている以上はホルモンバランスも激変し、精神への影響が無いなどという事はあり得ないそうです。
現に、ソール兄様は元の世界の綾芽だった時に比べずっと大雑把……もとい、あまり細かい事を気にしなくなっている気がしますし、私も兄様を『兄様』と呼ぶことに抵抗もほとんど無くなってきています。
いわば、性別が変わるという大きな変化があった私達は、時間が経てば経つほど、文字通り体内から何もかもが、精神までもが変わっている……正真正銘の『女の子』になって来ている、という事。
……という考えは、余計な混乱を与えかねませんので、今は黙っておきます。
「じゃあ、私は別に気にしません……むしろ他の女の人は何故か私を抱っこしようとしてくるので、それに比べたら気楽なくらいです」
特にミリィさんやフィリアスさんは、スキンシップが激しいですから……と苦笑する。
「安心して、悪気があったわけじゃないって分かってるから。誰にも言わないし、気にしていないですから」
「……許して、くれるの?」
「ええ、あなたも罪悪感があったから、皆に配慮してこんな時間に居たのよね。大丈夫、信じます……少しは気持ちも分かりますしね」
最後だけ、聞こえない程度の声量で呟く。
ええ、痛いほどよく分かりますとも。私も女性の方と入浴するのは多少慣れてきたとはいえ、まだ罪悪感がありますから。
それに、どう見ても女性そのものな彼女のアバターで言われても……見た目通りの女の子にしか見えませんし、実感できないものですね。というより……
「その、ティティリアさんが領主様の事を話しているときって、正真正銘の乙女みたいですから……女の子としか思えないんですよね」
「そ、そうかな……そんなに?」
「はい、とても可愛らしくて、つい応援してしまいます」
「あ、ぅ……」
「さっきも、真っ先に心配したのが『領主様に知られる事』でしたしね。大丈夫、言いませんよ。私も応援しますから、頑張ってください!」
「……姫様、意外と意地悪です」
そう拗ねたようにぶくぶくと口から泡を立てながら、真っ赤になった顔の半分くらいを水中に沈めてしまいました……うん、やりすぎましたね、ごめんなさい。
「ところで、その体の元になったアバターはご自分で? 随分と完成度が高そうですけれど、アバターコンテストで見たことは無いですよね?」
有名どころの企業が制作して販売していたアバターは完成度は高いですがその企業ごとに一定の癖がありました。
一応優勝経験者であり、コンテスト出禁となった代わりに審査員として駆り出されていた私は、それらをなんとなく把握しているつもりでした。
しかし、彼女はそのどれにも該当してない気がします。だから、もしかしたら私達と同じ自作アバターかな、と思ったのですが……
「うん、自作。最初は姉貴が作って欲しいってんでちまちま用意してたやつだったんだけど……」
折角のVR、どうせなら普段とは全く違う美少女になりきってみたい……そう、お姉さんに頼まれて、作っていたアバターらしいです。
「では、あなたがなぜそのアバターを?」
「それは……姉貴、ハード注文直後に海外出張くらって、泣きながら出ていった出張先の海外で、もうあんな会社のことなんて知るかー! ってキレて向こうで旦那作って帰って来なくなったから」
「それは……また、災難でしたね」
そして豪快なお姉さんですね……
「で、手元には空いているハードが一個あるじゃない。聞いたら好きに使っていいよーって放り投げられて、じゃぁ勿体無いし……って」
「あぁ……『Worldgate Online』は、海外展開していませんでしたからね……」
自分の国でもサービス開始してくれ、って言う打診は結構あったらしいのですけども。
そして、ハードが需要に比べ供給が著しく少なかったため、新たに自分用を注文しようとしても数か月……もしかしたら一年以上は手が出ない可能性があったため、それならありがたく……という事らしいです。
「機器登録時の性別と同じアバターしか作れないって知ったのはそのあとでしたけれど、もともとこんな感じのアバターでVRの実況動画配信なんかもやっていましたので、ネカマ自体はほとんど抵抗も無かったです。むしろ面白そうとノリノリでしたね」
そう言う彼女から聞いた配信者の名前は……うわぁ、知っている方でした。結構昔から居て、アバターも頻繁に改修されており、高い完成度で有名な方です。
なるほど……年季がお有りだったんですね、あの界隈は黎明期からの流れで、こうした性別の違うアバターを使用する事にも非常に寛容でしたから。
「アバターも、3Dモデルをあれこれ弄り回す経験はいっぱい積んでいましたし……そこを見込まれて姉貴に『最高に可愛いやつ』って注文を受けて何ヶ月も掛けた自信作でしたからね、この『ティティリア』は」
お蔵入りはもったいないじゃん? と苦笑する彼女に、ぐっと両拳を握ってこくこくと勢いよく頷きます。分かります、よー……っく、わかります……っ!!
「あ、分かってくれる? まぁ、姫様もそうだもんねー……最初はね、応募しようとしたんだ、コンテスト。だけど怖くなってやめたの。ほら、世間ってネカマはバレると蛇蝎のごとく嫌われて叩かれるじゃん?」
「そう、ですねぇ……」
ネットゲームにおいて、男性が女性キャラを使用するいわゆる「ネカマ」に対しては、かなり冷たい視線が付きまといます。逆に、女性が男のアバターを使用する分にはほとんど悪意は向けられないんですけでも。
とはいえ、旧来の、ディスプレイを見て遊ぶゲームにおいては私達の時代では理解も進み、騙して利益を得ていたとかでもなければ、一部特殊な方々以外にはあまり気にされないようになっていたのですが……そもそも異性のアバターを選べないという前提のある『Worldgate Online』では、それこそバレでもしたら大騒ぎでした。
だから丁寧な言葉で当たり障りの無い対応を心掛けて、人に恨まれるような事はしないプレイを心掛けていたら……気が付いたら、逆に完全に女性プレイヤーと勘違いされていたそう。
本当は、自分は中身が男性だと公言できればよかったのでしょうが……先程の理由から、フルダイブ型のVRMMOである『Worldgate Online』でそれを言うのは並大抵ではない覚悟が要ります。
こっちはそんなつもりは無かったのにねー、と力無く苦笑するティティリアさん。
……私――『柳』の場合は、そもそもアカウントの入れ替わりを主導しているのが綾芽だったから、何かあってもすぐにまた入れ替われば無理やり誤魔化せますし、あまり深く問題視はしていませんでしたが……姉が海外に行ってしまっているティティリアさんの場合、そうもいきません。
「だから……許してくれて、同性って認めてくれて、本当に嬉しかった。ありがと、姫様」
「……いえ、それならよかったです」
ちくりと、胸に棘が刺さる。
実は自分も……そう言えれば、どれだけ良かったでしょう。
だけど……今の私は、彼女に共感できないし、それはかえって不誠実だと思ってしまう。私は自分を明確に
だから……真に彼女の苦悩は分かち合えない……で……しょ…………う…………?
「……あ……あれ? ……え?」
「ん? なんかした、姫様?」
「い、いいえ、何でも……ないです」
今、私は何て思いました……?
「…………~~~っっっ!?」
ばしゃん、と慌てて浴槽に潜る。
そうだ、私は何で平然としていたのだろう。私も今、一糸纏わない、ティティリアさんという美少女と一緒にお風呂に居たのに……綺麗なものを見る事に対するドキドキこそありますが、不思議なくらい平然としていました。
以前はあれだけ躊躇っていたフィリアスさんやレニィさんらと一緒に入る事も、あっという間に慣れて、ほとんど気にしなくなっていました……
じゃあ、例えば、そう、例えばですよ?レイジさんと今のような状況で一緒していて、平然としていられるでしょうか?
脳内で、シミュレートして……み……
無理、絶対無理ぃ!? 男の人と……
少し前までは全然平気だったのに……え、いつから? いつからこんな事になっていたの!?
認識してしまった。今まで、考えないようにしていたのに、今明確に認識してしまいました。私は……私を、女性と認識している。もう、気がついたら、男だった時の感覚があまり思い出せない。
――そうだ……私は、女の子だ。
そして、自覚がないままであれば意識しないで、目を逸らしたままでいられたのに。そんな私が、恋愛対象にしているのは……今は……っ!?
「う、ぁ……ああああぁぁぁあああっ!?」
「ちょ、何でいきなり乱心してるんですか、姫様、姫様ぁ!?」
――結局、すっかり混乱し、のぼせる前にとティティリアさんにお風呂から連れ出され、衣服を身に付けさせられたところで……ようやく我を取り戻しました。
「……落ち着きましたか?」
「はい……取り乱してすみませんでした……」
うん、何もありませんでした。ありませんでしたとも。
さっき考えてしまった事は、心の奥底に沈めて鍵を掛けてしまいましょう。ほら、これで元どおり平静に……
「……ん? ああ、イリス、ここに居たのか、レニィさんが、お前が見当たらないって心配して……」
「――ひぁああっ!?」
背後から掛けられた慣れ親しんだ声に、ビクン! と、全身が跳ねました……平静なんてありませんでした。
いつも通りのレイジさんの声。そのはずなのに……何故か、咄嗟にティティリアさんを盾にして、その背中に隠れてしまいました。
……あれ? あれ? あれ? あれ!?
上気し赤く火照った顔や身体を見られるのが恥ずかしい。
下着と薄い寝間着を羽織っただけの姿を見られるのが恥ずかしい。
なんかもう素肌を見られるだけで恥ずかしいです。
……あ、駄目です、自覚しちゃうとこれ、本当にダメ……!
「……どうしたんだ?」
「……さぁ?」
二人とも、首を傾げているみたいですが……私は、バクバクと狂ったように脈打つ心臓に翻弄され、それどころではありませんでした――……
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