領都防衛1

「……じーさん、生きてるかー?」


 隣で、不機嫌そうに黙りこくっている爺さんに恐る恐る語り掛ける。

 今はこうして手綱を握っているが、先程までは少し体調を崩して臥せっていたのだ。気が付いたら心臓止まってました、はちょっとシャレにならない。


「あいにく、まだお迎えは来ておらんわい。さっきはお主のせいで死ぬかと思ったがのぅ」

「事前に警告はしただろうが! 耳塞げよって!」

「バカモン、軽い調子で言いおって、あれではあそこまでの音だとは思わんだろうが!」

「こっちも、咄嗟で余裕無かったんだよ!」


 二人、怒鳴りあって息が上がり、ぜぇはぁと息を吐く。


「はぁ……まさか、に街道で遭遇するとはなぁ……なぁ、この辺だとよくあるのか?」

「まさか。あんなのは、儂もこの辺りでは初めて見たわ。もっと西に行けば偶に見かけるらしいがのぅ」

「……そうかい」


 つまり、いつものツイてない案件か。

 我ながら、不幸体質過ぎて世を儚みそうになり、はぁ……と深い溜息をつく。


「……まぁ、何にせよ、無事にローランド辺境伯領まで到着できたのはお主のおかげには違いない。感謝する」

「……よせよ、俺だって、目的地まで乗せてもらった上に、護衛料までもらってるんだ、この上礼まで言われたらむず痒くて駄目だっての」

「く、くく……」

「はは……」

「お主、本当に損するタチじゃのぅ」

「そ……そうか? そんなことは無いと思うんだが……」

「なんにせよ……助かった、感謝する」

「あぁ……無事着いて、本当に良かったよ」


 二人相好を崩し、笑いあう。

 そこには最初、俺の出自を告げた際のギスギスした空気は無い。

 数週に渡り寝食を共にした信頼感が、好き放題口喧嘩できる気安い空気を醸し出していた。


 あー、居心地良いわぁ。別れるのつれぇわー。

 この関所を抜ければ、領都まであと数時間。場合によってはそれでお別れかー、つれぇわー。


 つれぇわー……あー……


「…………で、だ。なんだ、この状況」

「うむ……儂にもわからん」


 現実逃避の茶番を止めて、今の現状だ。

 俺たちは今……領都目前の最後の関所で、足止めをくらっていた。


 周囲では、自分たち同様に関所を通過待ちの人々でごった返している。

 しかし、その関が解放される気配はない。


「ところで……め、こっちの方に逃げて来た気がするんじゃが……」

「かっ……関係無いね、きっと! よしんば関係あったとしても、正当防衛だ!」


 それに、を撃退したのはせいぜい数刻前だ。

 そんな短時間で、ここまで厳重に交通規制がかかるとも、ましてやこれほど立ち往生の人々でごった返すとも思えない。多分。きっと。


 冷や汗をかきながら主張するも、爺さんはジト目でこちらを見続けている。


「……分かった、何があったのか聞いてくる……」


 その視線に負け、俺は渋々と馬車を降りて衛兵の姿を探しに行くのだった……


 ……どうか、今度賠償金とかありませんように、と祈りながら。






「あの、サーセン、これって……何の混雑ですかね?」


 佇んでいる衛兵の一人が、手が空いたのを見計らって尋ねてみる。

 すると、兵士の鎧を着たその男が、辟易した様子で振り返り、心底面倒そうな顔を向けてきた。


 ……まぁ、似たような奴に何度も捕まって、嫌気が差しているんだろう。


「お前は……行商の護衛か。どうしたも何も、この先魔物が活発化しているせいで特別警戒宣言中だよ。しばらく街道の封鎖は続く予定だから、さっさと宿でも探した方が良いぞ」

「……魔物の活発化?」

「詳しくは知らん。私もこの仕事に就いてそれなりに長いが、こんなことは初めてだ。そら、行った行った」


 やや年かさの、中年〜壮年くらいの衛兵がそう言って、けんもほろろに追い返されそうとする。


 何か、嫌な予感がした。

 よくわからない不安に突き動かされ、食い下がる。


「俺は、見ての通り戦えるっス。協力するから通してくれねぇっすかね」

「……その包みは槍のようだが、残念ながら今回はそういうのが役に立つような事態じゃないんだよ。なんでも飛竜の目撃情報が……」


 ――飛竜、と言った。


 俺のせいじゃねぇよな……?

 そう、背中をヒヤリとした物が伝ったが……飛竜……空飛ぶ相手ならば、余計に自分は役に立つ。

 衛兵の発した単語に好機を見つけ、畳み掛けようと口を開こうとした、その時。


「すみません、私達も通していただけませんか?」

「だから、駄目だ……って……」


 俺の背後から聞こえた声に、鬱陶しそうに返事をしかけた衛兵の声が、止まる。


 つられて振り返ってみると、そこに居たのは、青い髪をした青年だった。

 その腰には二本の長剣が吊ってあり、そこそこ……いや、相当に使い込んでいるように見える。


 しかし、その割にはどこかボンヤリとした雰囲気だが……その顔は整っており、物腰も柔らかく爽やかで、遠巻きにこちらを窺っている女性の視線を集めているのが見て取れた。


 ……なんか王子様っぽい奴が来た。くっそ、イケメンとか滅べばいいのに。


「……ゼル坊ちゃん?」

「はい、お久しぶりです。ヨゼフおじさんも、元気で何よりです」

「おーおー……立派になってまぁ……今は、名の知れた傭兵団で立派にやってるんだって?」

「ええ、今回もその仕事の一環で外出していたもので……ですが、事情が変わり、私たちだけこうして一部の仲間を連れて戻って来ました」


 その背後には、同様によく使い込まれた武装を纏った一団。


 ……青髪の兄ちゃんだけじゃない、こいつら全員、結構やるな。


 ざっと見回して、そう思う。

 立ち振る舞い、雰囲気……そういった物から、彼等が並々ならぬ集団だとなんとなく察する。


 ……ところで、なんか、クソでけぇ弓担いだチンピラっぽいヤツにめっちゃ睨まれてる気がするんだが。


 まぁ、俺の担いでいる武器を察した弓使いには、今までもだいたいそんな顔されたんだが。

 修練を積んだ彼等にとっては、どうにも邪道に思えてならないらしい。


 が、だからって睨まれる筋合いはねぇぞこの野郎……そんなことをぼんやりと考えながらガン付け返していると……


「……ところで、そこの赤毛のあなた」

「……あ?」


 どうやら交渉が纏まったらしいリーダー役の青年から、突然声をかけられた。慌ててガン付けるのをやめる。


「あなたも、腕に自信があるとお見受けします。それに、この先に用事があるとも。よければ、一緒に来てくれませんか?」

「……いいのか!?」

「ええ、戦力は多いに越したことはありません……それに、その獲物……南の国に最近出回っているという噂の、アレですか」


 流石に傭兵団、この世界ではまだ流通の少ない武器種だというのに、ライバル職のあの弓使い以外にもアッサリと見抜かれた。


「……おっと。まぁ、隠すような事じゃないしな。そうだよ、べつに持ち込み禁止じゃねぇよな?」

「ええ、大丈夫です。その包みの中身がアレならば、是非協力してください。きっとこの先で必要になるでしょうから」

「ああ、願ったりだ。よろしく頼む」


 そう言って、差し出された青毛の兄ちゃんの手を、握り返す。


 そうして、ここまで一緒に来た爺さんとまた後に領都で会おうと約束すると、再び出発した。




 それから更に三刻ほど。

 進む先にようやく見えてきた、その領都には――……










 ◇


 ――ここは、領都ローランディア東門の屋上。


「イリスちゃぁああん!」

「……わぷっ!?」



 門の上で待機中だというミリィさんを訪ねて、外へ出た瞬間――突如、顔が柔らかいものに埋まって、視界がゼロになりました。


「良かった、よかったにゃあ~……無事、目覚めたのねぇ……!」

「わ、わかりました、わかりましたから、むぐっ、放してください……っ!」

「おっと、ごめんにゃ、無事なのをこの目で確認して、嬉しくてつい……本当にごめんなさい!」


 ようやく解放され、ぷはっと息を大きく吸い込む。

 ……何だか、ものすごい既視感です。


「……はぁ……はぁ……ご、ご心配おかけしました……」

「ううん、でも、本当に無事で良かった……」


 そう言って今度は優しく抱き留められ、心底心配を掛けていたことを改めて思い知ります。なので、大人しくその抱擁に身を委ねました。

 そのまま、しばらく彼女に為すが儘ににされていると……ようやく抱擁から解放されたかと思えば、彼女は私の背後……傍にずっと控えて護衛をしてくれていた、ハヤト君の方へと興味深そうに駆け寄っていきました。


「それで……こっちの少年は、ディアマントバレーの時の少年……ふむふむ、こうしてみると中々……エキゾチックな美少年小姓……ありにゃ!」

「は!? な、なん……っ!?」

「お姉さん、君の事気に入ったにゃ!」


 そう、今度はがしりとハヤト君の肩を掴むミリィさん。

 突然年上の美人なお姉さんに捕まった彼は、真っ赤になってドギマギしているみたいです。

 ですが……ミリィさんの気に入った、というのは……いけません。それはつまり……


「少年! ……女の子の恰好に、興味は無い!?」

「ばっ……あるわけねぇだろっ!!?」


 真っ赤になって、まるで悲鳴のように上擦った声で叫ぶハヤト君。

 ミリィさんはたまに私に向けるのと似たような目をしていたので、そうだろうと思いました。そっと後ろで苦笑します。


「できるだけボーイッシュな方向で纏めるから! ね、駄目かにゃ!?」

「そもそも俺は男だっつーの、女の恰好なんてできるか!? くそっ、俺は周囲の見回りに行ってくる!!」


 そう言って、ミリィさんの腕を振り切って、『クローキング』で姿を消してどこかへと行ってしまいました。


「あらら……振られちゃったにゃ」

「それはそうですよ、後でハヤト君に謝ってあげてくださいね?」

「うむ、了解にゃ」


 たはは、と苦笑しながらそう言う彼女に、ちょっと怒ったふりをしていたのを止めて、つられて苦笑する。

 しかし、すぐに真面目な顔に戻った彼女に、こちらも居住まいを正します。


「それで……『クラルテアイリス』の修理は、まだちょっとかかるにゃ。本当は早く直してあげたかったんだけど……」

「いえ……それよりも、折角作ってくれた衣装だったのに、破損してしまって、ごめんなさい……」


 服自体の破損に、力を失ったエンチャントの再構築。

 折角あれだけの物を作ってくれたのに、申し訳なさが募ります。が……


「謝る事なんてない、あれは自信作だけど防具は防具。着ているイリスちゃんが無事ならオッケーにゃ……ね?」

「……はい、ありがとうございます」


 まったく気にした風もなく、優しく頭を撫でるその手に……ふっと、表情を緩めて笑いかける。


「それに、完成したあの時から比べてイリスちゃんの能力も上がってるにゃ。ここらで一度、レベルに合わせて性能もあげておきたかったから……もう少しかかるけど、待っていて欲しいにゃ」

「はい、楽しみにしていますね」

「それに……あの素材の方も、使用の目途はついたにゃ」

「……そうですか。どうか、お願いします」


 あの素材……ブランシュ様の――セイリオスの白く輝く体毛。

 最高峰の幻獣である彼女のそれは、非常に優れた性能を持つ、幻の防具素材でもあります。

 どうか、有効活用してほしい―――そんな彼女の願いにより、あらかじめ領主様が採取していたそれも、今はミリィさんの手元に素材として存在しています。


「とりあえず、生地に織り込んだりして節約しながら使って……三人分の外套、それと綾芽ちゃんのためのサーコート(甲冑やチェインメイルの上から羽織る、熱吸収を抑えるための上衣)は作れると思うにゃ。肝心の鎧の方はまた別に頼むから、そのあとだと思うけど……」

「ミリィさん、その……自分の分も作って良いのですよ?」

「ふふん、その点は抜かりないにゃ、きっちり自分用もローブ一着分、確保してあるにゃ」


 そう、自信満々に言う彼女。

 高い打撃力を持つ反面、防御面に不安の残る魔術師の彼女なので、そのあたりが心配でしたが……どうやらきちんと考えていたようで、心配は杞憂に終わってほっと一息つきます。


「やっぱり、戦力や装備の増強は急務?」

「はい……あれを目の当たりにしてしまうと、今のままではとても……」


 今後、どんどん戦闘が激しくなっていくかもしれない。

 そろそろ、兄様やレイジさんを始めとしたプレイヤーの皆も、こちらに来た時のままの装備では役に立たなくなっていくのではないか……そんな予感をひしひしと感じています。


 ……こちらへ来た皆が元々着ていた装備というのは、その辺の店で売っているものと比較してもだいぶ上等なものではあります。

 だがしかし、これらはあくまでも、転生によってレベルダウンしたために着れなくなったメイン装備の代用品……間に合わせなのですから。


「布系防具はミリィさんが居てくれますし、武器についても当てはありますが……」

「となると……防具職人ね」

「はい……どなたか心当たりはないでしょうか?」


 彼女がギルマスを務めるギルド。生産職の集まるそこに、もしかしたら伝手が……と思いましたが……


「んー……こっちに来ている中に、多分いないと思うのよね……イチから探していく事になるかにゃぁ……」

「そうですか……」


 なかなか、上手くはいかないものです。

 とはいえ、元々があわよくば……という話でもありましたので、気分を切り替えていかないといけません。

 ここはまだ戦火に巻き込まれてはいないけれど、領主様を始めとした皆はもうすでに戦闘に入っているのですから。


「それで……戦況は、どのように?」

「んー、向こう、お城周辺をはじめとした山の側はだいぶ前からちらほらと小競り合いは起きているみたいにゃ。時々魔法の光が瞬いているのも見えるけど……うまく抑え込めているみたい。そっちも、特に怪我人も運ばれてきていないのよね?」

「はい……今のところ、小さな子供が環境の変化で体調を崩したのが二件、それと、ちょっとしたトラブルによる軽傷……だけです」


 それも、こちらに詰めているアイニさんをはじめとした医師や薬師の皆さんで対処済み。

 最前線はすでに開戦している一方で、こちらはまだ平和なものでした。


 本当は、この間にレイジさんとソール兄様の治療も進めたかったのですが……


「……慌てない、慌てない。二人の症状は、安定しているのよね?」

「……はい」


 ぽんぽんと、宥めるように撫でられる。

 どうやら、焦りが顔に出ていたみたいです。


「なら、大丈夫、二人とも君を置いたままどっかいったりは絶対しないにゃ、信じてあげよう?」

「……そう、ですね。ありがとうございます、ミリィさん」

「にゅふー、お姉ちゃんって言っても良いのよ、ほら、ほら!」

「い、いや、それはちょっと……」


 時折忘れそうになりますが、向こうでは彼女は綾芽の……妹の同級生です。

 さすがにそれをお姉ちゃんと呼ぶのは、ちょっと……と、苦笑します。


「むぅぅ……イリスちゃんのいけずー……」

「なんと言われても、今でこそ私はこの体ですが、向こうでは年上だったんで――」


 拗ねるミリィさんにツンと澄まし顔で返していた、その時――視界の先の空が、光に包まれました。


「ねぇ、イリスちゃん、今の光……」

「あれは……黄色の信号弾?」


 山に潜み、魔物の動向を監視していた山伏の人からの信号弾。

 門の胸壁に手をついて、身を乗り出した視線の先には、未だに黄味がかった光が瞬いています。

 呆然とその光を眺めていると、横から人の……隠行を解いたハヤト君も気配。


「――姉ちゃん、今の!」

「ええ、黄色は……たしか、『想定外の危険、注意されたし』……でしたよね?」


 私の言葉に、頷く二人。

 ちなみに赤ならば『すぐに街から退避しろ』……だったはずです。


「一体、何が……」

「どうにも、嫌な予感がするにゃ」


 二人が言い合うのを聞きながら、じっと山の方へと目を凝らしていると……山の方からいくつかの影が、こちらへと向かって来ているのが見えました。


「あれは……鳥?」


 それにしては、大きすぎる気がする。

 自身にイーグルアイの魔法を付与し、視力を強化する。

 ハヤト君も何か視力強化系のスキルを使用したらしく、真剣な表情で同じ方向を見つめていた。


「いや……違うぞ、あれ……鳥じゃねぇ」


 呆然と呟く、ハヤト君の声。

 強化された視界に飛び込んで来たのは……


 鱗に覆われた長い巨体と、槍のように鋭く長い尾。

 前足は無く、代わりに飛膜の張った大きな翼。

 そして……竜の頭。


 あれは……!


「……ワイバーン!?」


 しかも……何があったのが、空腹かなにかで凶暴化している様子が見て取れる。

 そんな影が、一匹や二匹ではない。

 山の向こうから……同じ姿の影が、次々とこちらへと向かって飛んで来ていました――……

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