予兆と予感

 周囲をぐるりと囲んだ商隊の皆さんが固唾を飲んで、しかし若干の期待も含んで見つめる視線がぐさぐさと背中に刺さる中、妙な緊張感に気後れしつつもいつもの使い慣れた詠唱を紡ぎます。


セスト真言シェスト浄化のザルツ第三位リーア光よイーア治癒をラーファト生命のディレーテ息吹を……『ヒール』」


 詠唱が終わると同時、手の内に、ぽぅっと淡い光が生まれます。殆どが軽傷だったとはいえ、少なくない負傷者が発生した中、初期魔法とはいえども夜明け前から立て続けに治癒魔法を行使していますが……以前までと違い、今のところは特に疲労や倦怠感は感じてはいません。やはり、相当魔力が上昇しているのだと感じます。


 淡く光る両手を、患部……足を怪我したたため座り込んだ馬の、その前足へとそっと近寄せます。すると、腫れて熱を持っていたそこがみるみる何事も無かったかのように引いていき、痛みが消えたのを察した馬がしっかりと大地を踏みしめ身を起こします。


 商隊の荷馬車の馬である以上元の世界の競走馬のように繊細ではないでしょうが、それでも馬の脚の怪我というのは商人たちにとっても馬本人にとっても重大な事ですので、その様子に私を始め、周囲で固唾を呑んで見守っていた商人たちからも一斉に安堵のため息が流れました。


「……ふう、良かった。これで問題なく歩けそう。この先もよろしくね?……きゃ!?」


 何度か足踏みをして様子を確かめた後、その馬がお礼のつもりか鼻先を擦り付けるようにして甘えてきました。こちらが倒れないようにと気遣ったかのような優しい力加減ではあるけれども、胸のあたりをぐりぐりとされ、こそばゆさに身悶えします。


「あはは、あは、やめっ、くすぐったいってば……こーら、止めなさい、もう!」


 悪戯はやめてとほんの少し怒ったふりをすると、それが伝わったのか慌てて身を離してしゅんとしてしまいました。大丈夫、怒ってないよと機嫌が直るまで数回首筋を撫でてあげます。そうこうしていると、見守っていた一人、商隊の隊長だという恰幅の良い男性が皆の代表として前に出て来ました。


「おぉ……助かりました、もしかしたら、ここに捨てていかなくてはいけないのかと肝を冷やしましたが……おかげさまで、何事もなく進めそうですな」

「はい、ただし、一応大丈夫だとは思いますが、少しの間は様子を見て、休み休みゆっくりと歩かせてあげてください……それで、怪我人はこれで全部でしょうか?」


 昨夜の騒動……私が感じた異変を動物たちも不穏な気配として感じ取ってしまったらしく、繋いでいた馬たちが暴れてしまい、数名の商人と数匹の馬が怪我をしてしまったため私へとお鉢が回ってきました。

 最も怪我の酷かった人では、暴れる馬の脚を避け損ねて骨折してしまった方も居ましたが……そちらもすでに治療は終わっており、現在は何事もなく復帰されています。


「はい、おかげさまで。本当に、お嬢さんが居てくれてよかった……なんとお礼を言えばよいか……」

「いえ、こちらこそ、おかげさまで快適な旅路を過ごさせていただいてますので……これで多少でも恩をお返しできたのなら、私としても嬉しいですのでお気になさらないでください」


 長時間座っていたまま揺られていた事で、肉付きの薄いお尻が痛みはしましたが……しかし、クッションの敷かれた馬車の座席は、徒歩や直に馬の背に乗るのと比べると大分マシでしょう。


「いいえ! お嬢さんがいなければ馬や荷物を置いていかねばならなくなるところでした! できれば、この仕事が終わった後も是非私共と……!」


 ……なんだか、怪しい方向に話が転がってきました。


「す、すみません、連れと相談しなければいけませんし、それに私達にも目的があるためまずご期待には沿えないかと……」

「そこを何とか! お嬢さんの能力であれば、決して不自由させないくらいの報酬は約束を……!」

「はい、そこまでです。うちのゲストを勝手にヘッドハンティングしないでくださいね……今後、良好な関係を維持したいのであれば」


 ヒートアップして詰め寄ってきた商人さんに危うく肩を掴まれそうになったところで、すぐ後ろで、連絡役、兼、治療に残った私の護衛役だということで睨みを聞かせていたフィリアスさんがその手を掴んで止め、勧誘をストップしてくれました。


 助かりましたが、その瞳は剣呑な色を湛えており、なんとなく、あ、これイラっと来てるなというのが気配で感じます……普段は活発で優しいお姉さんみたいな方ですが、怒らせないように注意しましょうと内心誓うのでした。













 ――昨夜『世界の傷』の開いたのを感知した後。


 どうにか全身を貫く痛みの治まった私は、駆け付けたヴァルター団長にその事を伝えました。すると皆血相を変えて行動を始め、すぐさま傭兵団から周辺の偵察班が組まれあっという間に出払ってしまいました。


 私達はこちらに来た時からあの傷跡を消す手段を有していたため、今ひとつピンと来ていませんでしたが、本来あの『世界の傷』が発生した土地というのは、光翼族が姿を消した以降は対処療法として現れた魔物を討伐する以外の事はできず、封鎖され、人が近寄る事を禁じられる一大事なのだそうです。


 そう考えると、そうやって生活圏が徐々に狭まって来たこの世界において、いかに自分という存在が希少価値があるか、という事が重く圧し掛かってきます。


 協力を申し出たレイジさんや兄様たちも偵察班に加わり、現在このキャンプに残っているのは商人さん達と治療のため留まっていた私、それと護衛に残っていたフィリアスさんや、商人たちの護衛に残った数名の傭兵さん等だけだったのですが……夜も開けてもう既に一刻ほど経過し、日も上らぬ朝早くに出立した偵察班も既に探索を終えて戻ってきた方々がちらほら散見され、思い思いに朝食を摂り始めています。


 そんな中、一仕事を終えた私達も、塩漬けの干し肉を沸かした湯で煮込んで戻し、野菜を加えてさらに煮たスープの立てるいい匂いに包まれながら……先程の事についてお説教をされていました……うぅ、お腹がくぅくぅ鳴りそうです。


「駄目ですよ、イリスちゃん。商人相手に曖昧な返事ばかりで弱味を見せていると、いつのまにやら身売りさせられてた、なんてことになりかねないんですからね」

「い、いや、流石にそれは……そうなる前に気が付く、と、思うんです、けど……」


 皆、そんな悪そうな人には見えませんけれども……


「甘いです。砂糖菓子よりも甘いです。確かにノールグラシエは政策で先代国王の治世の時から奴隷売買を禁止していますが、売春まで禁止されているわけではありません。相手は口八丁が身上の商人、世間知らずのお嬢さんをだまくらかすなんて朝飯前、ほいほい契約書にサインしたらいつの間にか売春宿に……なんてことも可能性としてはあるんです!」


 その真剣な様子に、ここは元居た世界、元居た平穏な国ではなく、そうした危険はどこに潜んでいるか分からないという事を……いえ、女性の体の今となっては場合によっては元の世界でも十分にあり得ることでありますので、想像してしまい背筋を震わせます。


「……ま、まぁ、ここの商隊の皆さんについては、領主様の信任を受けて今回の仕事を受けている方々なので信の置ける者たちでしょうから、少し言い過ぎました。ですが今後は注意してください。特に、誰も傍に居ないときは」


 しゅんとしてしまった私に慌ててフォローらしき一言を加えたフィリアスさんが、思ったよりあっさりお説教を切り上げた事に……最近、お説教されてばかりでお小言慣れして来てしまってる気がします……はて、と首を傾げていると。


「……何だ、また何かやらかしたのか」

「わひゃう!?」


 突如背後から聞こえたレイジさんの声に、驚いて変な声が飛び出しました。






「とりあえず、周囲……この付近ではこれといった異常は無いみたいだ、というのが結論になった。お前の言う通り、発生源はかなり遠くだろうな……なぁ、まだ頭痛むんだろう、大丈夫か?」

「あ……はい。少しまだ痛みは感じますが、なんとか」


 昨夜のような激痛はすでに収まっていますが、まだ頭の芯に残るような感じでじくじくと鈍痛があります。フィリアスさんやレニィさんには顔色が悪いから休むように言われましたが、これはここ数回の経験上、『世界の傷』の近くに居る限りは収まることは無いでしょう。離れるか、あるいは異常を収めるか……いずれにせよ、すぐにどうこうできる物でもありません。


 そして、今回の感知範囲は感覚的には今までと比べて恐ろしく遠いです。まるで、何かがこちらへも呼び掛けているかのように、指向性をもってその存在を知らせて来ているような……そんな不思議な感じです。


「本当に、我慢できない程ではないですし、心配しなくて大丈夫ですよ?」

「そう……辛かったらちゃんと言ってくださいね?」

「そうだな、お前はちょっと我慢しすぎだ」


 尚も心配そうにする二人……傍から見ると、そんなに調子悪そうなのでしょうか……?


「っと、いけね、忘れてた、伝言があるんだった。ヴァルターさんが、話しがあるからちょっと俺らに集まって欲しいとさ。少し朝飯は遅くなるが、もうソール達も向こうに行ったから先に……」


 そんな時でした。何かがすぐ傍らの茂みをがさりと揺らしたのは。


「誰だ!?」


 即座にその音に反応し、レイジさんが剣を抜いて私を庇う位置に飛び出します。すぐ後ろでは、フィリアスさんも武器を抜いた音がします。

 姿を現さないその存在に痺れを切らし、レイジさんが何かが潜んでいる茂みを一閃します。その奥から現れたのは……


「ゴブリン! こんな場所に!?」

「待って!」


 その姿を見たレイジさんが剣を構えるのを、慌てて制止します。視線の先に居た者……ゴブリン達は、先日交戦した者たちに比べると身なりが良く、しかしよく見ると怪我だらけでした。兄弟かもしくは姉妹か……片方、庇われているやや小柄な方はどうやら脚を怪我しているらしく、恐らく今逃げ出さない、というよりは逃げ出せないのはそのためでしょう。


 その足を怪我している方を若干大柄な方が庇うように二人抱き合い、身を震わせてこちらを見つめているその瞳に浮かんでいるのは怯えの色。悪意は感じず、敵意も見られない……気がします。


「おい、イリス、危ないぞ!?」

「大丈夫……多分、この子らはホブゴブリン……悪さはしない子たちだと思うので、任せてもらえませんか?」



 ホブゴブリン……妖魔や蛮族に分類されているゴブリンとは違い、邪心に染まっておらず、こっそり人の家に入り込んで人知れず家事を行う彼らは妖精や家精へとカテゴライズされています。玄関先にお酒と少々の食料やお菓子、賃金などを吊るしておくと、家人の居ぬ間に家の清掃や庭の手入れをする存在として一部地域では重宝され、生活に溶け込んでいる存在です。


 その他にも、中には人里へ行商に現れ、山海の恵みの供給へも一役買っている者や、傭兵業を営み斥候や荷物持ちに従事する者も居り、人の生活圏でも比較的見かける機会は多いと言えましょう。

 悪戯好きでもあるためトラブルが起きることもありますが、それほど悪質な真似はせず、地方によっては受け入れられている存在ですが……しかしこの様子は何処からか逃げてきたように見えます。


「大丈夫、怪我の手当をさせてもらうだけだから……じっとしていてね?」

「あ、おい!」


 近寄ろうとする私を慌てて止めようとするレイジさんに、大丈夫、心配しないでと視線で制します


「……分かった、けど、危ないと思ったらお前を優先するからな」


 渋々と言った様子で、レイジさんが剣を下ろします。

 両手を上げて一歩一歩ゆっくりと接近し、安心させるように……果たして人以外に通じるかは分かりませんが……微笑んで見せると、彼ら(彼女ら?)の震えは収まり、訝しがりながらも多少の警戒を解いたようにじっとしています。


 そんな彼らの様子を見て、屈んで視線を合わせ、そっと前に出てもう一体の小柄なほうを庇っているホブゴブリンに触れます。一度ビクッと震えましたが、それ以上の抵抗はありません。その事を確認して、泥だらけなのを考慮し『ピュリフィケーション』で汚れを払って身を清め容態を確かめると、主な怪我はあまり鋭くない刃物による裂傷や、鈍器などによる打撲傷……明らかに、何かに襲われた戦闘の跡です。


 改めて『ヒール』を唱えると、その体から傷が消えていきます。驚いて自分の体を見ているその様子からすると、どうやら正常に効果を発揮したようです。流石に破れた服はどうにもなりませんが、体の方はこれで大丈夫。


「……さ、あなたも診せてください」


 もう片方、庇われていた若干小柄な方へも声をかけると、私ともう一体のホブゴブリンを数度見比べた後、おずおずと前に出て来ます。こちらも軽く容体を調べると、大体怪我の様子は同一でした。最も酷い脚の怪我の方は化膿しかけでしたが、それでも骨まではいってないみたいでした。


「……良かった、少し悪化してるみたいだけど、これなら大丈夫」


 先ほどと同じ様に、浄化と治癒を施します。急に楽になった脚の様子を確かめる様に数歩歩くと、ぱっと喜色を滲ませもう一体と抱き合っていました。その仲睦まじげな微笑ましい様子にホッと一息つきます。


「……うん、よし。それじゃ、気を付けてね? もう怪我しちゃダメですからね?」


 そっと、携帯食料……ドライフルーツなどを混ぜて硬く焼いたビスケットのようなもの……の包みを握らせ肩を叩くと、彼らは戸惑いながらもすっかり傷も癒えた身軽な足取りで遠ざかっていきます。見えなくなる直前、こちらを振り返りお辞儀らしきものをしてきたので、小さく手を振って姿を消すのを見守りました。


 そうして去っていく彼らの姿が消えるのを見送った後……そういえば、呼び出されているのを思い出しました。


「ごめんなさい、お待たせしました……レイジさん?」


 慌ててスカートの裾を整えて立ち上がり振り返ると、レイジさんはぼーっとこちらを眺めていました。


「あの、レイジさん……? あの!」

「……うわっ!?」


 あまりに反応が鈍いため、下から見上げる様な体勢で……身長差がかなりあるためやむを得ません……服のお腹のあたりを軽く引っ張ると、突如再起動したレイジさんがものすごい勢いで後ずさりしました。その勢いに、思わず目を丸くします。


「……あの角度で下から見上げて、服をちょこんと掴んで引っ張る……あざといけどあれで天然なのよね……恐ろしい子……!?」


 なにやら少し離れた場所でフィリアスさんがぶつぶつと呟いていますが、一体何なのでしょう。


「……っと、悪い、少しぼーっとしてた……しかしまぁ、躊躇いなく近寄るもんだから冷や冷やしたぞ。怖くは無いのか?」

「んー……悪い子たちには見えませんでしたし、それよりも痛そうで見ていられなかったからあまり……そういえば気になりませんでしたね」


 あの今朝の夢の、多様な種族に慕われ囲まれていた『彼女』を見ていたせいでしょうか。何者であれ、敵意の無い者に対する忌避感や恐怖感は不思議と薄れてしまっている気がします。


「……って、呼ばれてるのではありませんでした?」

「あ、悪い! ちょっと急ぐぞ!」

「ひゃあ!? ちょ、急には心臓に悪……っ」

「あ、こらー置いてくなー! それと女の子はもっと丁重に扱いなさーい!」


 ふと我に帰ったレイジさんが、ひょいっと私を抱え上げてものすごい速度で駆け出します。後ろを若干遅れて追ってきているはずのフィリアスさんの叱る声が徐々に遠ざかって……って、ちょと、速っ!? 人! 前に人がっ! ぶつかる!?


 自分の脚で走るものとは全く違う速度で左右に振られるのは酷く恐ろしく、胃がきゅーっと絞られるような恐怖心に冷や汗を流しながら、振り落とされないようにぎゅっと捕まっていることしかできませんでした。

 レイジさん的にはあれでもだいぶ余裕があったのだと分かったのは、だいぶ後、すっかり落ち着いてからでした。





「あー……すまん、俺が悪かった」

「うううぅぅぅうぅ……」


 人の行き交う商隊の縦に伸びたキャンプの前から後ろへ、たっぷり一分程度の恐怖体験を経てようやく下ろしてもらった時には、三半規管を滅茶滅茶に揺さぶられた恐怖で膝がガクガク震えていました。目の端に涙を浮かべながらレイジさんを睨むと、彼はバツが悪そうに謝罪しながら目を逸らします。震える足でヴァルター団長のいるテントへ入ると、やはりというか既に全員揃っていました。


「揃ったか……って、嬢ちゃん、顔色が物凄いことになってるが大丈夫か……?」

「ご、ご心配なく……ちょっと急な絶叫マシーン体験で心臓が破裂しそうですが、問題ありません……」

「そ、そうか? それじゃ、始めさせてもらうが……」


 若干引いていたように見えるヴァルターさんが、こほんと一つ咳払いをして話し始めます。


「お前達には、次の宿泊予定地である関所の宿泊施設で一泊した後は、別の馬車を借りて一足先に街まで行って貰いたい。商隊に同伴していると竜車に合わせないといかんから、どうしても先を急げないからな」


 改めて話し始めたヴァルター団長が、この場に呼ばれた面々……私達、転移組四人と、ゼルティスさんとフィリアスさん、ヴァイスさん、レニィさんに向けて発した第一声が、それでした。


 話の中に出てきた竜車というのは、牛や馬の代わりに、一頭でも大型の馬車並みの体躯を持つ、草食恐竜のような姿の亜竜に牽かせた車で、現在は買い付けた木材を運ぶ荷馬車を引いています。非常に強い力を持ち、穏やかな気性と牛よりは多少早く移動できることから重量物を引かせる際に非常に心強い存在ですが……やはり、馬車に比べるとその速度はだいぶ落ちてしまいます。


 ちなみに、一度休憩時にその荷を引く亜竜を見せて頂いたのですが……のんびりした動きで草を食んでいる愛らしさと、優し気な色を湛えた瞳に油断していたら、まるで座布団のような舌でべろりと舐められ、顔中べとべとになってしまったため実は少し苦手です……浄化魔法で綺麗にしたため大事にはなりませんでしたが。あと、あの時に後ろでお腹を抱えて大爆笑していたレイジさんは許しません。そのうち同じ目に遭わないかなぁ。


 閑話休題それはさておき



「嬢ちゃんの言っていた方向も俺達の進路にほぼ合致しているし、どうにもキナ臭い。一応向こうも領主の兵が増援として派兵されているはずだが、もし何かあったらそれだけでは心許ない。俺はこちらの指揮を摂らないといかんから、お前達は先にそちらに向かい、何かあったら独自の判断で対処して欲しい……できるか?」


 治癒術師の私に、剣士三人、タンク一人と魔術師二人に弓手の総勢八人。確かにこのメンバーであればかなり広くの突発事態に対処できるでしょう。

 元々分隊長として指揮を執る側であったゼルティスさんらは特に気負う様子もなく頷き、ヴァイスさんとレニィさんも問題ないようで、となると必然とその視線は私達4人に集中します。


「あー……本当は、嬢ちゃんまで駆り出したくはないんだが……事が『世界の傷』絡みとあっちゃ、頼らざるを得ない。すまないが、協力してくれるか?」


 あの傷跡による周囲への影響力は深刻です。今度向かっている町だけではなく、まだ先日出立してきた町からもそう遠くなく、いつ向こうまで牙を伸ばすか分かりません。であれば感知してしまった以上、放置することなど私にはできません。


 そして……今朝の、私と同じ髪色の『彼女』の夢を見た直後というこのタイミング。ただの夢と笑い飛ばすのは簡単ですが、どうしても引っ掛かりを覚えます。そして、何より件の方向へと感じる、どこか惹かれるような、郷愁にも似た自分でも良く分からない感情。


 使命感はあります。恐怖心も。しかし、それ以上に……何が待っているのかを見届けたい。


 私の左右にいるレイジさんと兄様に視線を向けると、私に任せた、とばかりに二人とも頷きました。背後を振り返ると、背中を押すかのようにミリィさんが私の肩に手を置きます。であれば。


「分かりました。これは私にも関わる事です。だから、私の方こそ……皆さんの力、ありがたくお借りします」


 そう、感謝の気持ちを込めて頭を垂れました。





【後書き】

 この後、「貴女の立場的に容易く人に頭を下げては云々かんぬん」とまた説教され、さらに朝食が遅れたとかなんとか。そして始まる貴婦人の礼のトレーニング。


 話中に出て来る亜竜は、モン〇ンのアプケロスみたいなのをイメージしていただければ。

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