真・アルヴェンティア
あのタナトフローガとの戦闘を終えて、周囲の被害を確認し終えた後。
結局は桜花さんの工房の庭が丸焦げとなった程度で済み、他に被害らしい被害は無かったことを確認した私達は、これ以上の騒ぎを避けるために……先に帰ったシンさんと、周囲の見回りをしてくると言って飛び立った兄様を除き……すぐにネフリム師の工房へと避難して来ていました。
事情を察してくれたネフリム師が応接室を貸してくれ、今日の分の
応接室に二つあった複数人がけのソファのうち、片方は私とティティリアさんが撮影用に。
もう一つには……
「お姉ちゃーん、えへへ……」
「はぁ……全く、すっかり甘えん坊になっちゃって」
「いいの、今までの分も取り返すんだから」
「はいはい……」
昨日のような余所余所しい雰囲気は微塵も無くなった桜花さんとキルシェさんが、背景に百合の花を撒き散らしそうなくらいぴったりと寄り添って、戯れ合っていました。
呆れながらも、満更でもなさそうに義妹の頭を撫でている桜花さん。
その手が優しく動くたびに、キルシェさんの頭、薄桃色の髪の間から生えた、髪と同色の毛皮に包まれた
……そう、猫耳です。
比喩でもなんでもない猫耳が、彼女……だけでなく、私とティティリアさん、ついでにキルシェさんに押し切られた形の桜花さんの頭から、生えているのです。
しかも、頭髪に合わせて毛皮のカラーを自動調整し、感情に合わせて動く機能にも完全対応。
……これもネフリム師の作品である、リアルに動く魔導器の猫耳と猫尻尾。何という技術の無駄遣いでしょう。
そんなことを、眼前でにゃんにゃんしているキルシェさん達を砂糖を吐く思いで眺めながら、なんとなしに考えます。
「それに、この子達の維持にも必要なことなんですから、協力してください、お姉ちゃん?」
そう、とても楽しそうに言うキルシェさん。
そんな彼女の周囲には、長靴を履き、ラッパや太鼓などを構えたファンシーな猫人……『動』の『楽』の唱霊獣である、ケット・シーの集団、その名も『猫人鼓笛隊』というそのまんまな存在です……が、楽しそうに歩き回り楽器を奏でていました。
――タナトフローガとの戦闘後、退避したネフリム師のこの工房にて、私が『マナ・トランスファー』で魔力を分け与えることで復調し目覚めたキルシェさんが、周囲を見て状況を理解し……
「本当に、迷惑をかけて申し訳ありませんでした。せめて治療くらいはさせてください……!」
そう土下座せんばかりの勢いで、心底申し訳なさそうに申し出てくれたのに対し、それが彼女の罪悪感を軽くしてくれるのであればと私達は快く応じました。
そうして呼び出してくれた、この猫人鼓笛隊。見た目や名前こそアレですが、ゲームだった時には支援能力に優れ、周囲に自己判断で範囲
現在もその能力を遺憾なく発揮しており、音楽と共に流れて来る暖かな力が、全身の疲労をゆっくりと癒してくれているのでした。
「でも、驚きました。こんなにあっさりと、意図した唱霊獣を呼び出せるなんて……職の能力か何かですか?」
「うーん……それもあるけれど。この子のユニーク職『歌姫』は、唱霊獣の扱いに特化したクラスみたいだから」
『歌姫』……それが、キルシェさんの得たバード系列のユニーク転生三次職の名前。
ちなみに、桜花さんもまた、『槍聖』というユニーク転生三次職だったそうです。
もっとも……二人ともまだ転生後それほど育っておらず、どのような能力傾向なのかはまだ良くわかっていないのだそうですが。
「でも、どちらかと言えばこれはこの子の資質ね。この子、やけに唱霊獣に好かれる質だったから」
そう、相変わらずキルシェさんの頭を撫で続けながら、桜花さんが教えてくれます。
そんなキルシェさんは褒められて嬉しいのか、彼女の腕の中で顔を耳まで赤く染めて俯いていましたが……その口元は、嬉しそうにはにかんでいました。
……よかった、これでもう彼女達の問題は大丈夫そう。
仲睦まじい二人の様子に、ほっと胸を撫でおろします。
そんな私達の今日の衣装は、ロリータファッション。
私が黒を基調とした最もオーソドックスなゴスロリ、横に座っているティティリアさんは、それと対になる、白を基調とした白ロリ。
キルシェさんはなんと、着物を基調とした和ゴス風の衣装でした。
相変わらず、抵抗感のまだ薄い物を選んできた訳ですが……
「あの……ティアさんは、突然巻き込まれた割には全然平気そうですけれども……」
そうなのです。今日初めてここに来て、なし崩しにネフリム師の趣味に巻き込まれた筈のティティリアさんは、最初こそ大量の少女向け衣装の山を前にして呆然としていましたが……
「ティアちゃん、もうちょっと、イリスちゃんに顔を寄せて……いっそくっ付くくらい寄ってもらえるかにゃ?」
「……えっと、こうで良いでしょうか?」
「うんうん、バッチリにゃ! ついでにもうちょっと蠱惑的な感じにイリスちゃんに手を回してもらえると……」
「はい、わかりましたー。ごめん、ちょっと触りますね……っと、こんな感じ?」
……と、まぁ、そんな感じに、多忙なネフリム師の代理として撮影役を引き受けてパタパタ走り回っているミリィさんのリクエストに、そつなく対応していたのでした。
「私? 私はほら、配信なんてしてるとこの程度は日常茶飯事でしたし」
「ああ、そういえばVR動画配信者でしたもんね……」
「はい、こうしていると当時を思い出して、結構楽しいですよ」
そう、にこやかに笑う彼女。
たしかに、ティティリアさんはこうしたコスプレに関してはプロのようなもの。
良かった、これならば巻き込むために黙っていた事も怒ってはなさそう……そう思っていたのですが。
「それじゃ、イリスちゃん、ティーちゃん、次はソファに横になってポーズ取って見るにゃ!」
そんな指示が、撮影しているミリィさんから飛ぶ。
次の瞬間、ティティリアさんに手を取られたかと思うと、もう片方の手で肩を押され、ソファに優しく倒されました。
突然視界が天井を向いた事に目をぱちくりと瞬かせていると、そんな私に覆いかぶさるように、どこか嗜虐的な表情を浮かべたティティリアさんが覗きこんで来ます。
「あ、あの、ティティリアさん……?」
戸惑っている私の頰や唇を、彼女の細く白い指が撫でる。
「でも、黙っていた事は後でよ……っく、話し合いましょうね、イリスちゃん?」
「……はい」
とても怒っていました。ごめんなさい。
「いい、いいにゃ……二人とも、すっ……ごく可愛いにゃ……はぁ、はぁ……っ」
そう言って、パシャパシャとネフリム師から預かった画像記録用の魔導器のシャッターを切りまくっている彼女……興奮し、だんだんヤバい人の様相を呈してきたミリィさんに、皆の視線が集中する。
……何故、この人は普段から「にゃ」って言っているのに、この場の女性陣でただ一人猫耳を付けていないのだろう?
そんな疑問で、皆の心が一つとなるのでした。
撮影もひと段落し、手持ち無沙汰にしていたレイジさんの淹れてくれていたお茶で喉を潤していると。
「……なぁ、イリス。ちょっと聞きたい事が……その、あるんだが……」
「はい、何ですか?」
何故かこちらから視線を逸らしたまま、言いにくそうにそう切り出してきたレイジさん。
その様子に首を傾げつつも、続きを待つ。
「……う……その……耳はまあ分かるんだ。カチューシャに仕掛けがあるんだろうから。だけど……その動く尻尾は、どうやって繋がっているんだ?」
そう言って、私のスカートの裾からはみ出している、フサフサな長毛種の猫尻尾を指差すレイジさん。
「あ、これは腰のあたりにシールで貼り付けているんですよ」
病院などで見かける電極みたいなシール。その中央に、小さな魔石が据えられているものでした
なんでも貼り付けた者の魔力を感知する事で、その時の感情を読み取りリアルに動くのだそうです。
……本当に、技術の無駄遣いですよね。
時に思うがままに、時に自分勝手に動くフサフサした猫尻尾をフリフリと揺らしながら、ため息を吐きます。
「そ、そうか……それなら良いんだ、うん。安心した」
「……?」
何故か歯切れ悪くそう言って、赤面しながら私から目を逸らしたレイジさんに、再び首を傾げる。
「……おやおやぁ? レイジさん、ちょっとイリスちゃんでエッチな想像したでしょう?」
「なっ、し、してねぇし!」
「あ、それとも、好きな子にそういう事したい願望でもあります? きゃー、イリスちゃん逃げてー」
「おい聞けよ!?」
「……いくらなんでも、そんな落ちないサイズの物を準備なしに挿れたりしたら痛いですよ。私達がこんな平然としているわけないじゃないですか、常識的に考えて」
「急に真顔になって諭すように言うんじゃねぇよ! てめぇ、さては屋根の上に放置した意趣返しか!? あと、なんでそんな詳しいんだよ!!」
何故か私をレイジさんから引き離すように腕の中に抱え込み、悪戯っぽい表情でレイジさんに話しかけるティティリアさんと、それに慌てて怒鳴るレイジさん。
その様子に、再度首を傾げ、横に居るティティリアさんに聞く。
「……エッチな想像、ですか?」
「んっとね、レイジさんが疑ってたのは、多分この尻尾がイリスちゃんのおし……」
「わぁぁあああ!! や、やめろ馬鹿、余計なこと吹き込むな!!」
なぜか取り乱したレイジさんに耳を塞がれ、抱き上げられて、逆にティティリアさんから引き離されてしまいました。
……この二人、ティティリアさんの男性恐怖症の発作が起こらないくらいに打ち解けた筈なのに、何故かよくこうしていがみ合っているんですよね。
「あの、一体……」
「知らなくて良い! お前は知る必要のない事だ!!」
ぜはー、ぜはー、と息を切らせ、真正面から真剣な顔で言い含めてくるレイジさんに、これ以上聞く事はできなさそうだな、と諦めます。
「……はぁ。全く、その子、元はあなたと同年代なんですよね? 初心なネンネじゃあるまいし、過保護過ぎませんか?」
「初心なネンネだからだよ……っ!」
「ま、迷い無く言い切りましたね……でも否定できない……」
その間も二人はしばらく言い合いをしていましたが、耳をすっぽりレイジさんに塞がれていた私には何も聞こえませんでした。
ですが、何となく酷いことを言われているような気がしてむすっとしていると……
「はぁ……ったく。それよりも、この技術、お前の脚に使えないのか?」
「あ、そうでした。それは私も気になったので、説明を聞いた時に一緒に聞いてみたのですが……」
もしかしたら、装身具で私のハンディキャップを解消できるかもしれない……そんな希望から、真っ先に頼んでみました。しかし……
「結論から言うと、これは外部に擬似神経によって動かせる部位を増設する技術らしく、私のように内部に問題がある症状の治療に使用するのは難しいそうです」
「そうか……魔法や装備の助けなしに道具を使って歩けるようになればと思ったけど、難しいもんだな」
「そうですね……例えばタイツ状の衣服にして、強化外骨格のような形で脚全体をぴったりと覆うようなものにするのであれば、手間や費用の関係で今すぐに、というのは難しいらしいですが、いつかは可能かもしれないと。ただ……」
その場合は脚全体を覆う端子と、体を支える力を発生させる人工筋肉的なものが必要らしく、このままでは現実的では無いそうです。
……という結論を伝える。
「時間が出来たら何か考えてみてくれるそうです。ですが、一年や二年の話ではないでしょうし、滞在中には無理ですね」
「そうか……まぁ、仕方ないか」
そう、二人でしみじみとため息をついていると……
『すまん、待たせたな。ようやく準備ができた』
この工房の主、ネフリム師が、ちょんと器用に白い包みを指先に乗せてやってきました。
……朝から随分と回り道をした気がしますが――ようやく、本来の今日の目的に入れるみたいでした。
『それで……まずはほれ、修繕を頼まれていた武器だ』
そう言って、卓上にやけに丁寧にそっと置かれた、ネフリム師が摘むように持っていた布に包まれている白い大剣……アルヴェンティア。
よほど剣が腰に無かったのが落ち着かなかったのか、早速確かめようとしたレイジさんを、ネフリム師が慌てて止める。
『待て待て、その布はまだ取るな、まだ修繕は済んでおらん』
「……は? まだって、直したんじゃねぇのか?」
『直したとも。だが、まだ肝心の仕上げが済んでいないのだ』
その言葉に、皆で首を傾げる。
「あのー……その布って、記憶違いじゃなければ、魔力を遮断する素材で織られてるやつですにゃ? 魔石の加工なんかで使われる……」
『おお、よく知ってるじゃねぇか』
ミリィさんの言葉に、ネフリム師が頷く。
魔石……何度か名前が出てきましたが、基本的には魔力と親和性の高い宝石類の総称です。
砕いて触媒に使われたりもする以外に、これに特殊加工を施す事で、特定の魔法を
魔法を付与した場合、以降は劣化して壊れるまで魔力を通すだけで、繰り返し記録された魔法を発動させるようにする事が出来るため、魔導器の核として使われる事が多いのです。
しかし、加工後まだ何も付与されていない無垢な魔石は、時に周囲の魔法を吸収して使い物にならなくなってしまう事があるため、特殊な布に包まれて保存される……のだと、こちらで習った内容の中にあった筈です。
「では、アルヴェンティアがその布に包まれているのは……」
『そうだ、これは今、周囲の魔法の影響をモロに受ける不安定な状態にある。ちぃとばかし、他の魔力に当てるわけには行かなくてな』
そう言って、ゴホンと一つ咳払いをしたのちに、ネフリム師が語り始める。
『この剣は、光翼族の創り出した特殊な流体金属でできておってな。刃を研ぐだけならばこの工房の砥石でも可能だが、修繕となると……』
「……難しいのですか?」
『うむ。これに関しては、かの者達も秘匿しておったから、その技術がいかなる物であるかを今も伝えておるものは、世界でも数人と居るまい』
「……という事は、ここからあらためて、そのいずれかの人を探し出さないと駄目なのですか……?」
世界中から、本当に居るかも定かではないその数人の内の誰かを探し出す……途方もない話だと思ったのですが。
『……ふふん、真っ先に我の下へと持ち込んだお主達は、本当に運が良いぞ』
「……では!?」
『うむ、何を隠そう、その中の一人が我だ』
そう、ドヤァという擬音の付きそうな様子で胸を張るネフリム師。
『そこで、修繕の代わりと言っては何だが頼みがあるのだが……』
サイクロプスの刀匠からの頼み。
その言葉面に、皆に緊張が走ります……私と桜花さん姉妹以外の、事情を知らない皆に。
『……このあと、もう一度くらいは着替える時間もあろう? ならば、できれば次はもう少し攻めたものを選んでくれぬか! 例えば水……』
「……わかりました、やります」
『着……とか……って、マジで!?』
何故か狼狽えている、発言者のネフリム師。
ですが、これはもう、昨日から覚悟は済んでいたのです。
――レイジさんやソール兄様の為に自分が出来る事があれば、何だってすると。
もっとも、相手が趣味に多少の問題はあっても信頼できるネフリム師が相手だからではありますが。
「はい……レイジさんの剣を直していただけるのでしたら、私にできる事であれば……恥ずかしいですが、水着でも何でも着ますし、撮影も……」
『い、いや、本当に頼みたかったのは別……』
「おいイリス、お前こういうの苦手なのに、そんな無理する必要は……」
「いいえ、レイジさんはいつも身体を張って助けてくれているのですから、そのレイジさんのためなら、少しの間恥ずかしい思いを少しする程度、何という事はありませんよ」
「イリス、お前……そうか、ありがとな」
そう礼を述べて笑いかけてくるレイジさんに、私も微笑み返します。
『む、むむぅ……渋ったら改めて本当の頼みを明かす、ちょっとした冗談のつもりだったのだが……どうしてこうなったのだ……』
「にゃはは、あの子らはちょっと真っ直ぐすぎるからにゃぁ。今はブレーキ踏むであろうソールも居ないしにゃ」
『ぬ、ぅ……もはや嘘でしたと言える雰囲気ではないのぅ……』
「まぁまぁ、向こうも乗り気みたいだし、ラッキーと思っておけば良いにゃ。ふふ、ふへへ……」
『お、お主は……』
何やら遠くで不穏な気を発するミリィさんが、ネフリム師と話を弾ませているようですが、大丈夫……多分。
『……よし。では包みを解くぞ。くれぐれも、周囲で魔法の類を使わぬように、な』
そう念押しして、皆が注目する中で、ネフリム師が刀身を包んでいる布を慎重に剥ぎ取ります。
そこに現れたのは……見た目には、文句の付けようもなく綺麗に修繕された、アルヴェンティアの鏡のような真白い刀身。
「綺麗に治っているように見えるのですが……」
『見た目だけであればな。実際はまだ、補填部分と刀身が馴染んでおらん。強度も漆喰くらいしかないだろう。そもそも、変に衝撃を加えるだけで形を失って崩れるが』
そう言われて、興味本位で刀身に触れようと伸ばしていた手を慌てて引っ込める。
『この素材、名を「ルミナトロープ」と言う通常は液体の物質なのだが、少々厄介な性質でな。光翼族が込めた祈りによりその存在を固着……この場合、剣という形を取るわけなのだが』
「あぁ……それでこのアルヴェンティアは、柄から鍔から刀身の先まで、全部削り出したように一体になっているのか」
『うむ、そういう事だ。それで……破損を埋めるだけならば、失ったルミナトロープを継ぎ足してから研ぎ直してやればいい……とはいかんのだ』
「と、言うと?」
『……今のこのアルヴェンティアは、私が可能なところまで修復したのだが、剣という存在で固着した部分と、何物でもない無垢なルミナトロープがまだらに混じり合った非常に不安定な状態なのだ。このままでは、剣という存在で固着できなくなり、崩壊して崩れ去るであろう』
「……えぇと……マヨネーズを作ろうと思ったのだけど、このままでは油分と卵が分離してよくわからない液体になってしまう、みたいな感じですか?」
『…………間違ってはおらんな』
あ、すごい微妙な顔をされました。ごめんなさい。
「それで、どうすれば良いんですか?」
『何、簡単な事だ。ならば、新たな祈りを込めて、新しい剣として存在を再固着してやれば良い。これを託す相手のことを思って、魔力を込めながら祈るのだ』
「レイジさんを……思って……」
『以前より強くなるか、弱くなるか……全てはお主の想い次第。やるか?』
「……はい、やります」
今度こそ、そっと刀身に触れ、目を閉じる。
……なんとなく、どうすれば良いのかが解る。
深く深く集中する中で、次々と浮かんでくるのはこの世界に来てからのレイジさんの姿。
傷ついて、傷ついて、それでも常に側に居てくれて、前に立ってくれるその背中。
だけと、その体は何度傷ついて、怪我をして、ボロボロになって。
その光景がいくつもフラッシュバックする度に、胸が抉られるような痛みが走る。
――どうか、レイジさんを守って欲しい。
この剣は「セイブザクイーン」……私を守るための剣だと言うけれど、それだけでなく、持ち主であるレイジさんの事も、どうか守って、必ず帰ってくる手助けをして欲しい。
そう、ただひたすらに、一心不乱に祈り続ける。
ただ、ひたすらに――……
……
…………
………………
『……――い! もう良い、祈りを込めるのを止めぬか!』
不意にネフリム師から慌てたように声を掛けられて、いつのまにか何処かに飛んでいた意識が帰ってくる。
周囲を見回すと、周りでは皆、心配そうにこちらを覗き込んでいました。
『全く、どれだけの想いを込めるつもりだお主は。パンクしないかヒヤヒヤしたぞ』
「あ……やり過ぎてしまいました?」
『うむ。それだけ、お主がその坊主を想っているという事なんだろうがな、はっはっは』
そう大笑いするネフリム師ですが、言われたこちらは恥ずかしさで顔も上げられません。
「……と! とりあえず、剣の方は!?」
慌てて置かれたアルヴェンティアの方を見る。
そこには、純白の刀身に、薄く私の髪色に似た虹色の光を散らしたような燐光を浮かべた、僅かにその様相を変えた剣が鎮座していました。
『……うむ、完全に固着しておるな。もう大丈夫だ』
「も、もう持って大丈夫なのか?」
修繕の済んだ愛剣を前に、ウズウズとした様子で急かしているレイジさん。
どうか、そんな彼がガッカリするような事になっていませんように……そう、祈るように思う。
『うむ、イリス嬢のお前に向けた想いの結晶だ、受け取ってやるといい』
「あの、ネフリム様!?」
明らかに面白がっている調子のネフリム様に抗議する私を他所に、レイジさんが剣を手にする。
手にした瞬間、眼を見張る彼に、駄目だったろうかと焦る。
しかし、レイジさんは無言のまま剣を構え、横一文字に一閃した。
途端に、虹色の軌跡が周囲に燐光を撒き散らし、周囲を、幻想的な色で染め上げる。
「すげぇ、持っているだけで力がひしひし伝わって来る……それに」
そのままいくつか型を取りながら剣を振るレイジさん。
その顔が徐々に喜色に染まっていくのを見て、ようやく安堵の息を吐きます。
「……負荷を感じない。間違いなく前より強化された筈なのに、妙にしっくり来るというか、逆に体が軽くなると言うか……まるで、俺のために作られた、俺の体の一部みたいだ」
『ふむ、ふむ、なるほどのぅ……』
その様子を見ていたネフリム師の視線が、私の方をチラッと見る。その視線は、面白がっている色が浮かんでおり……
『いやぁ、若者の青春は老骨にはちと甘すぎるわい』
そう、わざとらしく呟かれた彼の言葉に、自分でもわかるほど、ボッと頭に血が上ったのでした。
そんな、顔も上げられない程の気恥ずかしさに俯いていると……ポン、と頭に置かれた大きな手。
「ありがとう、な。これで、俺もまた戦える……たとえ相手が
「……あまり、無茶な事は」
「大丈夫、解ってる。お前が俺の為に、剣に込めてくれた想いの事は、しっかりと伝わって来た……だから、ありがとうな?」
「……はい、どうか存分に、使ってあげてください」
自然と顔が緩んでいくに任せて笑顔を見せ、改めて、彼に託しました。
――私の想いが、きっと彼を守り抜いてくれますように。
そう祈りながら。
◇
周囲の被害を確認しておく……そう告げて別行動していた私は、今、上空からあのシンと言うプレイヤー互助組織の少年を尾行していた。
はじめは連中の滞在先でも掴めたらと思い尾行していたが、その足は、どんどん見覚えのある場所へと向かっていく。その行く先は……
「……大闘技場?」
私達も滞在している、今は本祭の準備で関係者と来賓以外の立ち入りが禁止されている大闘技場へと、迷い無い足取りで進んでいく少年。
その姿はとうとう入り口に到達し……何かパスらしき物を提示すると、何事もなくその中へと姿を消して行く。
自分達、ノールグラシエの関係者にあのような特徴的な仮面を被った美少年は居ない。
なれば……運営側の関係者とは考え難いため、どこか別の国の関係者か。
いずれにせよ……
「これ以上、追跡は無理、か」
他国のプライベートエリアに、アポ無しで踏み込む訳にはいかない。後で正規の手順を踏むか……今、出来ることは無いだろう。
そう判断し、皆の元へ戻ろうと翼をはためかせ高度を上げようとした――その時。
「……ん?」
はじめに感じたのは、視線。
だが、今の自分は結構な高度に滞空している。
人はえてして頭上への警戒は薄くなりがちだ。平穏な時ならば尚の事。あるいは誰かに偶然見咎められたのだろうか……そう思った瞬間。
「――ッ!!?」
次の瞬間――まるで心臓を掴まれたような悪寒が体を貫いた。
冷や汗が、手足の震えが止まらず、何もしていないのに呼吸が詰まる。
その凄まじい圧力を感じたのは、ほんの一瞬。
だが、忘れもしない。それは以前……僅か二月弱という少し前に感じたものと、同種のもの。
――あの、仔セイリオスを帰しに行った時に遭遇した、『ヤツ』と同じ感触だった。
しかし……
「……居ない、か」
安堵しながら……安堵
どれだけ周囲を見回しても、その姿は見当たらなかった――……
【後書き】
アルヴェンティアII
従来のアルヴェンティアの性能の向上に加え、装備制限緩和、オートリジェネ、オートプロテス、オートシェル付与……みたいな感じです。他にも復活した機能があるのですが、それは後々。
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