大闘華祭
――大闘華祭、開催当日。
……とうとう、この日が来てしまいました。
来賓席への入り口の前、そんな憂鬱な気分で見下ろすのは、すっかり着飾らされた自分の格好。
レニィさんをはじめとした、私があまり着飾るのは苦手だと知っている方々が比較的簡素に仕上げてくれたそうですが、それでも結い上げる過程であちこち花や飾りを添えられた頭は重く、首が引きつりそう。
そして……纏っているドレス。ベースとなるのは大きく肩を露出したフィッシュテールのドレス。白から青へ、グラデーションが施された様は繊細で、これだけでも相当な品なのでしょうが……
そこからさらに、繊細なレースがふんだんに施された、透けるほど薄いオーバースカートやボレロ、ショールを幾重にも重ねられ、頭にはサークレットと一体化したヴェールまで。ふわふわと幾重にも重ねられたその様は、まるで花のよう。
いったい幾らするのか、恐ろしくて聞けませんでした。
「…本当に大丈夫でしょうか。華美過ぎて浮いていたりなどは……」
「ふふ、大丈夫ですよ。よく似合っています、イリスリーア」
「おねえさま、とてもお綺麗です!」
優しく称賛の言葉をくれた王妃殿下と、キラキラとした目で絶賛してくるユリウス殿下。二人掛かりで褒めちぎられ、これ以上何も言えませんでした。
それに……
「それに……この大会はあなたにとっても大切な意味を持つ事なのでしょう?」
「あ、ぅ……」
レニィさんを通じて昨夜の事情を知っている王妃殿下に、耳元でこっそり耳打ちされ、赤くなって俯く。
ローランド辺境伯家がレイジさんを家に迎え入れようとしていることは、陛下も王妃様も承知しているらしい、という事は、昨夜の出来事の後にレオンハルト様から聞きました。レイジさんが何故、その話を受けるつもりなのかも承知している、とも。
つまり、私が気付いていないうちに、すっかり外堀は埋められているのでした。
「……私も陛下も、あなたが決めたことを邪魔するつもりはありません。頑張りなさい」
「……はい、ありがとうございます」
その心遣いに、頭を下げる。すると、まるで子供にするみたいに頭を撫でられました。
そうこうしていると……
『……ノールグラシエ国王陛下、ならびにそのご家族の皆様の御入場です。皆、礼を以ってお迎えください』
そんな厳かな言葉と共に、待機していた入り口のドアが開く。
そこには、あらかじめ整列していた騎士達。彼らが作る道の中、ゆっくりと歩き出す陛下を先頭にして会場入りします。
私は内心腰が引けまくりなのですが、そうと察せられないよう細心の注意を払い、そのあとに続く。
ゲートをくぐった瞬間、歓声に包まれました。
見渡す限りの観客と、空気を震わせる歓声。
陛下や王妃殿下が、歓声を上げる観客席に向けて手を振っているのを見て、その真似をして軽く手を振ってみる。すると……
「あれが、行方不明だったという……」
「何て可憐な……まるで、花の精のよう……」
ざわざわと聞こえて来る会話と、それをかき消すようにワッと上がる大歓声。その勢いに、思わずビクッと手を引いてしまう。
「はは、イリスリーアの人気はすごいな、私も少し嫉妬してしまうぞ」
「ええ……ですが、少々固いですわね。今後もこうした機会が増えるのですから、慣れていかなければなりませんよ?」
「が、頑張ります……」
そう縮こまっていると、さらに歓声。どうやらこれは、王妃殿下の横で元気に手を振っているユリウス殿下に向けてのものらしく、周囲から「かわいー!」等の、主に女性からの黄色い声。
幼いながらも堂々とその歓声を受けているあたりに、ずっとそういう教育を受けてきた殿下との差を痛感します。
そうこうしているうちに、到着した貴賓席。
他国の来賓も既に入場し終えたようでした、
『それでは開催の挨拶を、フランヴェルジェ帝国皇帝、フェリクス・フランヴェルジェ皇帝陛下にお願いいたします。観客の皆様、跪礼を以って拝聴お願いいたします』
そう紹介され、フランヴェルジェ帝国からの来賓席から、正装を纏ったフェリクス皇帝陛下が進み出ます。
「えー……では、慣例に従い、この大闘華祭開催における挨拶は、この私から述べさせていただきます――」
朗々と、挨拶を述べ始める皇帝陛下。
ふと、イーシュお姉様の方を見ると……彼女はまるで恋する乙女のような、ポーっとした様子で皇帝陛下の晴れ姿を眺めていました。はいはいご馳走さまです。
そして……その側に控えている、こちらも正装のスカーさん。こちらの視線に気が付いたらしく、苦笑しながら手を軽く振って来たので、微笑んで返します。
「――話が長くなってしまったが、本日の、いや、この大闘華祭の主役である諸君ら選手一同の日頃からの鍛錬の成果を惜しみなく披露し、悔いなく戦っていただける事を願い、開会の挨拶とさせていただく。諸君らの健闘を祈る!!」
そうしているうちに、開会の挨拶が終わりました。
フェリクス皇帝陛下がその力強く締めると、会場が雄叫びに包まれ、大気がビリビリと振動する。
こうして――四年に一度の武の祭典、大闘華祭が幕を開けたのでした――……
◇
『では、記念すべき最初の一戦の方、入場をどうぞー!』
司会進行らしき少女の声に、舞台へと続くゲートをくぐると、携えた剣に何かがまとわりつく感覚。
これは、武器に力場を纏わせて、その武器の殺傷力を落とすための魔法だと、事前に説明を受けていた。
そして、この魔法を大人しく受け入れるか、大会側の用意した刃引きの剣を利用しなければ失格になる、とも。
『第一戦。最初を飾るのは、ソールクエス選手!!』
しかし――まさか最初の試合から出番だとは。そこに、一番目立つ場所を提供しようという忖度の存在を感じて苦笑しながら、会場へと歩を進める。
通路を抜け、リングに入ると、全周囲から降り注ぐ歓声。
『お気付きの方もいらっしゃいますと思いますが……彼は、ノールグラシエ王国の貴賓席にて観戦なされている、イリスリーア王女殿下の実のお兄様であらせられます! 気品のある所作、怜悧な美貌は、まさに王子様。私、こうして眺めているだけでもドキドキしてしまっています! キャー!!』
「……あ、あの?」
若干暴走気味な司会のお姉さんに、声を掛ける。
彼女はすぐに自分の失言に気が付いたように、コホンと咳払いすると、何事も無かったように司会を再開した。
しかし、会場内、四方八方から降り注ぐ主に女性方の黄色い声と……少数、男性らしきブーイングの声が混じっている事に、若干引き攣った苦笑を浮かべる。
『そして――相対するは、東の諸島連合出身、ゲンサイ・ヒラガ選手ー!! いやはや、今の会場の空気はゲンサイ選手には少し申し訳ない気もしますが、どうかそんな空気に負けず、存分に力を振るっていただきたい所存です!!』
その紹介で反対側から姿を現したのは……何というか、剣客だった。
若干洋装のアレンジが入っている袴にブーツ。腰には打ち刀。漆黒の髪を後ろで纏めたその姿は……やはり、剣客だ。
「はは……さすがに、王子様は凄い人気でござるな」
……ござる?
語尾が気になりはしたものの……彼の、元の世界で言う和装に近い格好と腰の刀を見ると、なんとなくしっくり来てしまう。
そんな彼は人の好さそうな笑みを浮かべ、ぐるりと周囲を見回している。
困った風に見えるけれど……その実、殆ど動じていないのが、物腰を見ているとなんとなく解る。
……この人、かなり強いな。
決して油断できるような人物ではないと、気を引き締め治す。
「なんというか……申し訳ありません、このような雰囲気にしてしまって」
「何、気にしないでござるよ。このような事で精神を乱すのであれば、拙の精神修養が至らなかったというだけの事。そして何より……」
ゲンサイが、納刀したままの刀を腰溜めに構えた。その瞬間、周囲に漂う氷のような気配……殺気。
「拙は、貴殿を王子様などとは思いませぬ。一角の剣士と見込み、獣……いや、鬼と相対したつもりでお相手仕る……!」
王子の道楽と思って貰えたら御の字……そんな楽観など吹き飛んだ。ビリビリ伝わって来るこの殺気は、微塵もこちらに対する侮りなど存在しない。
そして……それでこそ面白いと思ってしまっている私は、すっかりレイジに毒されているらしかった。
『それでは……第一戦、始め!!』
戦闘開始のゴングと同時、恐ろしいほどの低姿勢で飛び出してくるゲンサイ。こちらの視界から隠すような形で抜刀された白刃が閃く。
――疾い!
半歩後退し、紙一重でその刃の圏内から逃れる。
振り切ったところを反撃に移ろうとして……足を、止めた。
ゲンサイの刀は――既に、鞘に収まっていた。
もしも踏み込んでいれば、おそらく斬り捨てられていたに違いない。
「成る程。誘いに乗ってこないとは、意外と戦い慣れしていますな……ですが、来ないのであればこちらから行きますぞ……!」
そう言って、攻勢に出るゲンサイ。
剣閃の鋭さもさることながら、体勢を立て直して次の行動に移るのが恐ろしく早い。その圧力はまるで荒れ狂う波濤のようだ。
こちらに来たばかりの頃……いや、あるいはひと月前の自分では、勝てなかったかもしれないな、と思う。
しかし……ヴァルター団長や、レオンハルト様という世界最高峰の戦士に散々稽古を付けてもらった今であれば、まだまだ余裕をもって見える。十分にいなせる。
『おぉっと、ゲンサイ選手、ものすごい猛攻です! ソールクエス殿下は防戦一方か……!?』
そんな司会の言葉に、ふっと口元を緩める。
――そろそろ、やられっぱなしは面白くないな……っ!!
ゲンサイが猛攻の切れ間を狙い踏み込む。
――ドンッ、と地を蹴った足元が爆ぜる。瞬時にその刀の軌跡の内側へと身を滑り込ませ、その軌道を逸らす。ゲンサイが一度退こうと刀を引き戻そうとした瞬間、させないと右手のアルスラーダで抑え込む。
「……ぬぉっ!?」
――キンッ!
そのまま、巻き取るように絡め取り、弾き上げる。
激しく金属ぶつかり合う音を上げてゲンサイの持つ刀が弾かれ、眼前の剣士が無防備な姿を晒した。
――その首に、左手のアルトリウスをスッと添える。
「勝負あり。ですね?」
「……で、ごさるな。この勝負、拙の負けでござる」
そう言って、刀を落とすゲンサイ。その様子に、ふぅ、と息を吐く。
『し、失礼ながら、あまりに早すぎる攻防で、私よく見えなかったのですが……第一戦、制したのはソールクエス殿下! その実力、たしかに本物です!! しかし、初戦に相応しい、素晴らしい試合を演じてくれたゲンサイ選手にも、惜しみない拍手をお願いしまぁす!!』
ワッと上がる歓声と、会場を揺るがす万雷の拍手。
視線を貴賓席に移すと、イリスが身を乗り出すようにして、興奮した様子で嬉しそうに拍手をしているのが見えた。
成る程、あの斉天さんが闘技場に立つ理由が、少し理解できた気がする。確かにこれは気分が良い。
「ふぅ、初戦敗退とは悔しいでござるが……負けた相手が貴殿で、悔いは無いでござるよ」
「ええ、私も……貴方が最初の相手で良かったと思っています。おかげで慢心が吹き飛び、背筋が伸びる思いをしました」
「そ、そうでござるか? であれば、良かったでござる」
先程の冷気すら漂う殺気はすっかり霧散し、照れながらもニッと人懐っこく笑うこの若侍に手を貸してやりながら、気を引き締め直す。
ここは、世界から強者の集う場所。決して油断はできない……と。
武の祭典は、まだまだ始まったばかりであった――……
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