新たなる力

『さぁて、Bブロック一回戦も、ぼちぼち中盤に差し掛かっていりました!では、次の選手……レイジ選手、お願いします!!』


 割れるような大歓声の中、闘技場へと踏み込む。

 暗い場所から明るい場所に出たため、一瞬目が眩み……それが収まった時に見えたのは、全周囲をぐるっと囲む、大勢の観衆。非日常の世界に迷い込んだような感覚だった。


 そんな中、貴賓席でイリスが、嬉しそうに拍手している。軽く手を上げて答えると、気がついて笑ったのが見えた。


「……意外と、緊張しないもんだな」


 むしろ、気力は充実し、精神的にも驚くほど落ち着いており、周囲がよく見える。


 ……負ける気がしない、とはこういう事か。


『そして、今回は解説に、特別に東の諸島連合から、巫女、そしてご本人も剣士であらせられる、桔梗様にいらしてもらっていまぁす!』

『はい、こんにちは皆様。私、一応巫女の末席をいただいています、桔梗、と申します』


 そう言っておっとりと挨拶し、典雅な礼をしたのは……見た目ならば清楚可憐な黒髪美人、元プレイヤーの桔梗さんだった。


『ちなみにぃ……現在恋人募集中、いえ、何だったら身体だけ求められる関係というのもぉ……!』

『はぁいそこまでよ! 色々危ないですから自重してください!?』


 そう言って、司会席で身をくねらせている桔梗さんと、そんな彼女を羽交い締めにして抑えようとしている係員。


 ……何やってんだ、あいつ?


 すげーな、完全に放送事故じゃねーか。

 あ、東の貴賓席から「あの色ボケ女を連れ戻せ!」って怒声が聞こえたぞ。


『えー、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした』


 背後から「あっ、そんな、縄で縛るなんてぇ……でもこれはこれでっ」と聴こえてくる声をサクっとスルーしつつ、何事も無かったように進行する司会のお姉さん。


『入って来ている情報によれば、彼は今日最初の試合で素晴らしい勝負を見せてくれた、ソールクエス殿下のご友人との事。そして、イリスリーア王女殿下も含むお二人の、護衛でもあるそうです! これは期待できそうか!?』


 わぁぁ、と上がる歓声。ソールの名前が出た際に女の子の黄色い歓声が上がったあたり、どうやら向こうにはすっかりファンが付いてしまったらしい。


『そしてそして、更に! 非公式ですが、なんと、イリスリーア王女殿下と、恋仲であるとの噂が! そのあたり、ご本人に聞いてみましょう!!』

『……へ?』

「ちょ、まっ!?」


 完全に予想外の流れに、思わず声が出た。

 モニターに映し出される、イリスの姿。

 まだ状況が掴めていないイリスは、数回左右をキョロキョロし……ボッ、と真っ赤になった。軽く組んだ両手指先を顎に触れさせ、俯いてしまう。


 ……は? ふざけんな、可愛いかよ。


 普段と比べずっと手が込んだ様子で着飾られたその姿はただでさえ可愛いのに、殺す気かコノヤロウ。


 そんな事を考えていると、イリスはしばらくそのまま左右に目を泳がせた後……上目遣いで、呟く。


『……あの、ノーコメントで』

『はぁい可愛らしいリアクション、ありがとうございましたぁ!!』


 耳まで真っ赤にしたイリスが画面からフェードアウトする。


 ……てか、あの司会の姉ちゃん滅茶滅茶楽しそうだな!?


 そんな事を考えていると、周囲から聞こえてくるのは先程と一転し……罵倒。それも、ほぼ男から。


『おぉっと、これは凄い、凄いブーイングです! レイジ選手に向けて、モテない男たちからブーイングの嵐です!!』

「……あとで覚えてろよこのクソ司会!?」


 完全にアウェーと化した会場に、思わず元凶である司会へと怒鳴り返すのだった。




 そうこうしているうちに、反対側から対戦相手が出て来ていた。


 すっかり会場の興味から外れ、地味な扱いを受けている彼は怒り心頭という様子で、手にした剣を苛立たしげに振り回しながら歩いてくる。


 ……うん、なんかごめん。だけど、こっちもブーイングを一身に受けているのだから許してほしい。


「……はっ。女にキャーキャー言われて良いご身分だな……! だが、みっともなく這いつくばらせてやるから覚悟しやがれ……っ」

「あー、そいつについては謝る。だが……二つ目、俺を倒すってのは無理だ」


 俺の言葉に、さらに頭に青筋を浮かべる男。それを冷静な心境で眺めながら、構える。


 左手に掴んだアルヴェンティアの鞘を腰だめに構え、右手は柄に添える程度。

 膝が地面につく寸前くらいまで姿勢を落とし、刀身は相手の目から隠すように体を捻りつも、視線は真っ直ぐ相手へと。


 周囲の喧騒も、全て意識から外れる。

 静寂の世界の中、相手の姿だけが、筋肉一つ一つの動きまでよく見えた。


 ――いわゆる『ゾーン』状態。そこに入れた事を、どこかで冷静に自覚していた。




 そんな中で鳴り響く試合開始のゴングと同時、男は全力で飛び出した。


 ――否、飛び出そうとした。


「あ……げ、ぇ……っ!?」


 飛び出そうとしたその瞬間、男の膝が砕け、がくりと膝をつく。

 その腹には、一文字に細いもので殴打された跡。


 彼は……ついに、対戦相手が既に背後に、剣を振るい終えた残心の姿勢でいる事すら気付くこともなく、意識を闇に落とした。


「悪いな……今の俺は、これまで生きてきた中で最高に絶好調なんだ。誰にも負けるつもりは無ぇんだよ」


 左右にアルヴェンティアの刃を振るい、鞘に納める。

 チン、という小さな鞘鳴りの音で、まるで時間の流れを思い出したように、会場が歓声で包まれた。


『す……凄い、これは何という……!一瞬! 相手が動く暇すら与えない、一瞬の決着!! まるで、名に聞く剣聖の再来のような、凄まじい圧勝――ッ!!』


 ブーイングからまた一転、司会のお姉さんの声を皮切りに、耳が痛いほどの大歓声に包まれる場内。


『……今の技はぁ……っ!?』

『ご存知なのですか桔梗様!?』

『ええ、あれは″抜打先之先ぬきうちせんのせん″、私にも覚えのある技ですがぁ……そんな、何故彼が……』

『では、彼は桔梗様と同門の方なのですか?』

『……いえ、決してそのような事は……それに私の知るあの剣技はカウンター技、あのように高速で踏み込む技では無いはず……』


 困惑している様子の解説の声を聞きながら、控え室へと戻る。そこには、入り口で待っている人影があった。


「……初戦突破おめでとう」

「ああ、何も問題なく、だ」


 入り口で待っていたのは、一番最初に白星を上げたソールだった。その顔は、呆れた、という苦笑を浮かべている。


「レイジ、少しテンション上げすぎじゃないか?」

「はは……悪い、ついな」

「はぁ……まったく、いきなり初戦から披露するとは」


 ソールが言っているのは、先程の技。

 ここ一月、ヴァルターのおっさんや領主様に教えを請いながら鍛錬した、その成果。


「だが、使えると証明できたな……『複合昇華戦技』、いけそうだ」


 確かな手ごたえを感じ、まだ感触の残る拳を握りしめる。


 先程使用したのは、剣聖の『神速剣』に、剣士系の特殊分化二次職……二次職の『抜打先之先』を取り入れた複合技。


 自分達がスキルと呼んでいたものは、成長と共に自然と使用法が分かるもの。まるで……ゲームでレベルアップ時に技を覚えるように。


 では、他の職の技は使えないのか……その答えが、これだ。


 自動では覚えない。

 だが、鍛錬の先に習得はできる。


「名付けて、我流剣聖技、虚空閃こくうせん会者定離乃太刀えしゃじょうりのたち……ってところか」

「……男の子は、そういうの好きだよなぁ」


 苦笑しながらソールが掲げた手に、パァン、と勢い良くハイタッチする。


「それじゃ、もうしばらくしたら斉天さんの様子も見に行こうか」

「ああ……そうだな」


 俺とソール、どちらが最後まで残ったとしても、きっと最後に待ち構えているのはあいつだろう。


 ――絶対に、負けない。たとえソールや斉天が相手でも。


 そう、決意を新たにしながら、会場に背を向けて歩き出した。










 ◇


「勝った! おねえさま、レイジさんが勝ちましたよ!」

「ええ、そうね……良かった、本当に」


 嬉しそうにはしゃぐユリウス君に、内心私もそうしたいのを堪えて笑いかける。

 どうなる事かとハラハラしたけれど……結果は二人とも圧勝。しかも、レイジさんに至ってはだいぶ調子も良いみたい。


「凄いなぁ……僕も、鍛えたらあんな風に強くなれるでしょうか?」

「あら……ユリウス君は、レイジさんが憧れなの?」

「それは……勿論、ソールクエスおにいさまも尊敬しています、あの手際は本当に華麗で」


 あの時を思い出したのか、興奮気味に話すユリウス君。


「ですが、僕も男ですから。あんな風に力強い男になりたいです。そして……」

「アンジェちゃんを守りたい?」


 私の言葉に、真っ赤になって頷く彼。


「……おねえさま、意地悪です」

「ふふ、ごめんなさいね」


 少しむくれてしまったユリウス君に謝罪します。

 ですが、女の子を守りたいという彼は、まだ小さくても男の子だなぁと微笑ましく眺めていると……



「――っ!?」


 ――視線を、感じた。


 ただの視線ではない。強く、悲しい、怒りを湛えた視線。それは、以前ローランドの裏山でも感じた……のもの。


 無数の観客のひしめく会場の中を、身を乗り出して必死に、視線を感じた方向を探す。




 ――居た。




 これだけの観衆の中から、見つかるなんて思っていなかった。

 しかし、まるで目が吸い寄せられたように、その姿は私の視線の先にあった。


 闇で染められたような、漆黒の髪。

 深い悲しみを湛えた、真っ直ぐこちらを貫く金の瞳。


 ひと月前の遭遇とは違う。今は何の認識障害も存在しない、素のままのの姿がそこにあった。


 動悸が激しくなる。

 視野が、ぎゅうっと狭まる。

 喉がカラカラに乾いて、唾の飲み込み方すらわからなくなる。


 あの日、与えられた苦痛が蘇り、体が震える。


 怖い。たまらなく怖い。


 だけどそれ以上に……話をしたい。


 なのに――彼は、ふっとこちらから視線を外し、会場の外へ通じる出口へと消えていってしまった。




「あ、おねえさま。どこへ――」


 気が付いたら……否、考えるよりも先に、私は立ち上がり、貴賓席から飛び出しているのでした――……

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