魔弾の射手
突然現れた、赤毛の派手な格好をした男性。
おそらく先程のワイバーンを一撃で絶命させた武器であろう、その肩に担いだ物体の異様さに、周囲のざわつきが大きくなりました。
それは……身の丈程もある長さの、とても細長い箱のような形をした巨大な筒。
側面に何らかのレバーと、両手を使用して保持するためのグリップが迫り出しているけれど……外見の印象は、少しSFチックな意匠の黒光りする箱……でしょうか。しかし担いでいる彼の手元に
銃というよりも、砲と言った方がしっくりくるそれを担いだ赤毛の男性が、こちらに歩いて来ます。
私の周囲の兵士さん達がその動きに警戒し、私を庇うように動こうとしました。
けれども……大丈夫、心配いりませんと、それを視線で制します。
それらを意に介さず私の傍、兵の一人が剣を抜くか抜かないか、と言う所まで近づいてきた彼は……
がばっと、その場に跪きました。
そして……こちらに手を伸ばし、胸に手を当てて、口を開く。
「……結婚してくれ!」
「ごめんなさい、お断りします」
――周囲が静まり返りました。
彼の発言に間髪を容れず、深々と頭を下げながらもきっぱりと放った私の言葉に、周囲の人々が固まります。唯一、事情を知っているミリィさんのみが、「あっちゃー、やっちゃった」、とでも言いたげな様子で苦笑していました。
「っかぁー……これだよ、この一刀両断な感じ。これでこそ玖……っと、イリスちゃんって感じがするわー」
「……まったくもう。こんな時でも相変わらずですね……お久しぶりです、緋上さん」
「おう。お前も無事で、本当に良かった」
そう言って、今のやり取りなどまるでなかったように私の頭をぐりぐりと撫でながら、気さくに話しかけて来る彼。
――こんな状況なのに、この人は相変わらずだなぁ。
空にはまだ無数の飛竜が飛び交っているのに……と、思わず苦笑が漏れました。
「大丈夫ですよ、皆さん。彼は私が行方不明になっていた時に随分とお世話になった方で、ちょっとだけ独特のノリではありますが、信頼できる人です」
「は、はぁ……」
そう、周囲に笑いかけながら伝えると、戸惑いを見せながらも、ようやく周囲から緊張感が霧散しました。
しかし、彼はすぐに真面目な表情を作ると、こちらの耳元へと口を寄せ、周囲に聞こえないような声量で話しかけて来ました。
「それで……綾芽ちゃんと……あと確か幼馴染だっていう子は? 一緒じゃないのか?」
「それは……あの、それ、は……」
――突如、未だ眠りから覚めぬ二人の話題が振られたたことで動揺してしまい、声が震えた。
この数日で、心の内に溜まりに溜まっていたものが、彼の登場で……仕事の上司としてだけでなく、兄貴分として……それなりに親密な関係を築いていた彼の登場によって、水を溜め込みすぎた水門が決壊するようにして、目からぽろりと零れ落ちた。
「あれ……そんな場合じゃないのに、おかしいな……あれ?」
ぐしぐしと目を擦っても拭っても、次々と零れていく滴。
「……何か、あったんだな」
ぽん、と優しく頭に手が置かれる。
その手付きが、なんだかレイジさんとそっくりに思えて……ふと、思ってしまった。
――そういえば、しばらく頭を撫でられていないな。
そう、思ってしまったが最後、心の片隅に追いやることで忘れようとしていた感情が、破裂してしまった。
……限界だった。
もはや、零れ落ちる涙は止まりそうになく。
「……ぇ……っ、ぅえ……っ!」
「ちょ、ま……イリスちゃん?」
「ぅわぁぁあああ……っ、あああ…………っ!!」
戸惑っている緋上さんの胸へと飛び込んで、しばらく……子供のように泣きじゃくってしまうのを、止める事はできませんでした……
「……落ち着いたか?」
「……ぐすっ……すみません、こんな時に……」
周囲には相変わらず飛竜が旋回しており、気を利かせてくれて明後日の方を向いている周りの人々は、今も警戒中。落ち着くと、今度は恥ずかしいやら申し訳ないやらで、急にいたたまれなくなって来てしまいました。
少し前の戦闘のあらましと、それによって負傷した二人が、未だ目覚めない事。
しゃくりあげながらも、どうにか語り終える。
それらを聞いた緋上さん……ゲーム内では『スカーレット』と名乗っているらしい……は、話を聞いている間ずっと、私を落ち着かせるように頭を撫でてくれていました。
――なんだか、いつも一緒の二人が居なくて不安な中、兄貴分だった彼が現れた事で安堵したせいか、随分と自分が子供っぽくなってしまった気がします。
「……そうか……大変だったな」
「あはは……本当に……今回は、いつもよりもさらにひどい目に逢いました……」
どうにか苦笑の形を作って、そう返します。
おどけていないと、顔を覗かせそうになる寂寥感と恐怖心に耐え兼ねて折れてしまう気がしたから。
――ちゃんと、笑えていると良いのですが。酷い顔になっているのではないかと、気が気ではありませんでした。
「ふぅ……俺じゃあ、代わりにはなれないかもしんないけどさ……綾芽ちゃん達が目覚めるまで、好きに頼ってくれ。俺は、全面的にお前の味方だから……な?」
「……はい……はい……っ」
その言葉にまた、少しじわっと涙が出て、慌てて拭う。
元とはいえ兄として、あまり弱みを見せたくない相手である綾芽。
いつか、きちんと横に立てるように、対等になりたいと思っている相手である玲史。
内心そんな想いがあるために、つい甘えることを躊躇ってしまう二人相手と違い……自分よりも年齢も立場も上で、年の離れた兄のような存在である緋上さんにはついつい甘えてしまいそうになってしまう。
――しっかりしないと……そう、涙を拭い、軽く頰を叩いて気合いを入れ直す。
「しっかし……イリスちゃん、随分と雰囲気が変わったな、なんかマジで女の子っぽくなったというか……」
「……?」
「い、いや、何でもねぇ! それより……」
聞き取れないような声量で呟き、何故か慌て始めた彼に首を傾げていた……そんな時、俄かに周囲がざわつき始めました。
空を見上げると……どうやら痺れを切らしたらしく、数匹の飛竜がこちらへと突撃を試み始めていました。
そのため、迎撃を再開した
「さて……それじゃ、まずはこの状況をさっさと片付けて、二人を目覚めさせないとな。イリスちゃん、耳を塞いで、だけど俺の後ろから離れるなよ?」
そう言われて素直に耳を両手で塞ぎ、数歩後退します。
そんな私を横目で確認すると、銃の側面にあるレバーを引くスカーレット……スカーさん。
ジャコンと音がして、銃側面からマジックペンくらいの大きさの空薬莢が宙を舞い、すぐに重力に引かれて床に落ちました。
すぐさま彼の手が、腰に幾つも括り付けた弾丸のケースに伸びたかと思うと、そこから出てきたのは、新しい一発の銃弾。流れるようにその新たな弾が銃に装填され、レバーを戻し薬室が再び閉じられました。
――魔導銃。
自分たちの居た世界で言う雷管の代わりに、薬莢の底に仕込まれた魔法を撃鉄に仕込まれた起爆術式で励起させ放つ、ゲーム内でもかなり新しい武器カテゴリーに位置する武器……いいえ、兵器と言っても差し支えの無いそれ。
使用できるのは、アーチャー系列の特殊分化職『ガンナー』系列のみ。
そのクラスの取得には、アーチャー系列の二次職後半まで育てるのを前提条件として受諾できる、希少な素材を気が遠くなる個数要求される鬼畜難易度で有名な、魔導銃作成クエストをクリアする必要がありました。
しかも……『転生』のようにレベルこそ下がらないものの、それまで鍛えてきた弓の技能を全て捨てて一から育て直さなければならず、非常にハードルの高い職。それがガンナーでした。
その入手条件から、同系列のアーチャー系からは『途中で別の道へと逸れていった者達』として非常に確執があり、某掲示板でも頻繁に諍いが起きていたりした……というのは余談です。
ですが……その取得の際に作成し、以降相棒となる魔導銃には、初期のハンドガンタイプをはじめとして、二丁拳銃やライフル等、様々な物を選択して強化可能らしいのですが……彼が持つような、対物狙撃銃すらも遥かに凌ぐようなサイズの物は、見た事がありません。
なので……それはおそらく、彼専用の物。何故ならば、彼は……
「ガンナー三次ユニーク職『
バチっと、周囲で空気が弾け、帯電したスカーさんの髪が、逆巻くのが見えました。
魔道銃に幾条かの線……弾体加速用の魔道回路が輝き、その先端にいくつかの小さな魔法陣が灯る。
その魔法陣は、視線の先、二十メートルほどの一定間隔を置いて空中に投影され、ある方向へと伸びて行く。
一体それは何を……と思った瞬間――
――耳を塞いだ手すらも貫通する、轟音が炸裂した。
銃声だけではない。
放たれた弾体が銃の前に展開された魔法陣を潜った瞬間――眩い光と、雷鳴のような音を鳴り響かせ、さらには空気が潰れ、限界を超えて貫かれた音がそれに覆い……網膜に焼きつくほどの一筋の雷光だけ残して、消える。
ほぼ発射と同時としか認識できないその刹那。
どうやら弾丸の経路だったらしい、転々と設置された魔方陣に誘導されるように、今まさにこちらに向けて急降下中であったワイバーンの胴体が……その胸のあたりがぽっかりと抉られるようにして、円形に爆ぜた。
グァ……と、そんな呻き声だけを残し、心臓と肺の大半を失ったその巨体が力無く落下していくきます。
――即死でした。硬い鱗に守られた、高い生命力を持つはずのワイバーンが。
つい一瞬前までは空を自在に駆けていたその巨体が力無く地に墜ちていく様に、ちくりと胸が痛みますが……だからと言って、素直に喰われてやるわけにもいきません。ぐっとローブの胸のあたりを掴んで堪え、せめて目を逸らさないようにその様を見届ける。
「……すっげ」
ぽかんとその光景を見つめ、中には感嘆の声を上げる、ハヤト君をはじめとした周囲の皆。
私も、正直同じ気持ちでした。
破壊力自体は、ミリィさんの大火力魔法に軍配が上がるでしょう。
ですがこれは……一点突破の貫通力、殺傷力という点では、彼が上を行っていました。
そして、彼はその栄冠を引き継ぐ三次ユニーク職。その破壊力は恐るべき物でした。
「……ってぇのが、今の俺の基本能力だ。戦闘面ではある程度頼ってくれていいぜ、特にこういう場面ではな」
そう言って、上空を仰ぎ見るスカーさん。
そこでは、ワイバーン達の動きに変化が起きていました。
今までは一体がやられたらすぐに様子見に戻っていたワイバーン達が、退いていかない。
それどころか旋回していた数匹がその進路を変えて……次々と、こちらへと、あるいは街中へと、向かって来ていた。
「……奴さんらもマジなようだからな、こっからが本番だ……イリスちゃん、辛かったら、門の中に……」
「……いいえ、もう大丈夫です」
私を気遣っての彼の言葉に、だけど私はかぶりを振る。
無理はするつもりはないけれど、動いていなければ押しつぶされそうで、何もせずに隠れて震えている事の方が、ずっと怖い。だから……
「早く終わらせて、街の皆を安心させ……眠っている二人を目覚めさせてあげないと。スカーさん……お願いです、力を貸してください」
「……ああ、合点承知だぜ!」
再び、がしゃりと排莢音。そして……床に空薬莢が落下した澄んだ金属音。
それが、本格的な領都防衛戦の始まりを告げるかのように、やけに大きく響き渡りました――……
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