連行されるようです

 ――どうしてこうなったのでしょう。


「だぁ、あうー」


 私の腕の中で、小さな赤ん坊がご機嫌そうに微笑んでいます。

 ……あ、可愛い。いえいえ。そうではなくて。問題は、何故か町のお母さま方大勢に囲まれて、その方々が腕に抱いた赤ん坊を私が抱かされる順番待ちになっている事です。赤ちゃんは軽いですけど、こう続くとだんだん腕が疲れてきました。


「ありがとうございます、おかげでこの子もきっと元気に育ちます!」

「え、えぇと。どういたしまして……?」


 貼り付けた笑顔がすごく引きつってる感じがします。あれですか、地方を訪れたアイドルとか、人気のあるまともな政治家とか、こんな感じなのでしょうか。


「ありがたや、ありがたや……」


 長蛇の列以外にも、周囲にお昼の支度を終え暇を持て余した主婦らしき方々やご老人も集まって、中には結構な人数、手を合わせて拝んでる方も居ます。


「あ、あはは……」

「だー」


 赤ちゃんの手が、まるで慰めるように私の肩をぽんぽん叩きます。


 ……本当に、どうしてこうなったのでしょう。







 ――あの死闘の夜からもう三日。


 あのあと一日お休みして……一番疲労の濃かったレイジさんがベッドから起き上がれなかったためでした。

 その時色々着せられてお世話させられまして。いえ、お世話自体はいつものお礼で大歓迎ですし、いつもと逆の立場は楽しかったですけど、ああいうコスプレ? はちょっと恥ずかしいので遠慮させてほしかったです。

 ……まぁ、それは記憶の底に蓋をしておくとして、お休みして、さらに翌日、例のアジトまで行って、案の定発生していた『傷』を何事もなく修復して。その時、行方不明になっていた町の人の遺体……と言っていいものかどうか、酷く荒らされ損壊していた彼らを見つけた事を町長さんに報告したところ、数日中に人を派遣して遺品の回収と葬儀を行うそうですけれど。ちなみに、あの建物はもう使えない、というか使う気も起きないという事で焼かれることが決定しました。


 こうして、私を縛り付けていた悪夢のあの場所の件が、今度こそ完全に解決したのを自分の手で確認したことによって、すっかりあの件は私の中で過去に終わったものとなったらしく、大分フラッシュバックの危険も無くなって、今では周囲が同性……女性だけならばこうして顔を出していても何とか大丈夫になりました。


 そして、あの戦闘で装備の痛みの激しかった私たちは、一通りの痛んだ装備を町長さんに預け、それが帰ってくるまで出発も鍛錬もできません。修繕してもらっている間、さて何をしよう、という所で町の損壊した場所の復興作業の協力を申し出たのが今日の朝。


 ちなみに、レイジさんとソール兄様は、今も復興作業のお手伝い中です。二人とも周囲と一線を画した身体能力をもっているため、とても頼られているようです。ミリィさんは、忌まわしきあのコスプレの日に、色々体の寸法を測った後は自分のあてがわれた部屋から出てきていません。食事とかきちんと摂っているのでしょうか、心配です。


 では私はというと。意気揚々と……すみません嘘つきました。戦々恐々と現場に向かった私は、周囲の皆からやんわりと協力を断られました。まぁ小さい瓦礫も持ち上げれませんでしたからね……いえ、全身の力を振り絞って、腕をプルプルさせながらですが一応ちょっと浮きはしたんですよ。立ち上がれなかっただけで。周囲の生暖かい視線がとても痛かったです。

 手伝ってもらうなんて恐れ多い、手ぇ傷付けちゃ申し訳ない、とあれよという間に隅っこに退避……というか邪魔にならないように撤去された私は、たまたま通りがかった主婦の人に捕まりまして。そして気が付いたら町のおばさま方にあれよあれよという間に連れてこられたのがここ、教会前。といっても、小さい町だからかあまり民家と様子は変わらず、集会所とかそういう風情ですけども。


 ちなみに余談となるのですが、この地方、北大陸は、知恵と浄化の女神、アイレインの信仰が盛んです。現在の私の種族である光翼族も、遥か昔神代の時代に彼女の遣わした使徒だと言われています。ちなみに東方の諸島連合は精霊信仰、元の世界で言うアニミズム的な信仰が中心で、南方にいくと戦神アーレスの信仰が多くなると言われています。


 ……つまり、ここ北方の大陸で種族がバレた場合、私本当に信仰対象にされてしまう可能性高い……?


 うん、極力バレないようにしたいですね……


 さて、そこの教会では、町の子持ちのママさん方の井戸端会議が行われていました。そして、せっかくの機会でご利益にあやかりたいというお母さま方のたっての頼みによって現在ここで開かれているのが、この参拝会場です。


 原因は、先日のあれでしょう。町長さんの話によると、あの時の私の光は遠くで見ていた全ての人の傷まで治してしまっていたらしく、私が治癒術師というのは噂程度に広まっていたようなので、消去法で私の仕業に違いない、と、こうなったようでした。

 町長さんが、恩人が広めて欲しくなさそうにしていると箝口令を敷いてくれましたが、この程度はまぁ許してやってくれと、先程この有様を見て笑って去っていきました。


 ……正直、拝まれるとか居た堪れなさ過ぎて全力で勘弁してほしいです。私は元はただの一市民なので、この状況は中々に心に来ます。今すぐにでも逃げたいなぁ。でも、腕の中に人様の子供がいる以上そうもいきません。うぅ……


「でも、話には聞いていたけど、本当に綺麗なお嬢さんだねぇ。ねえあんた、弟の嫁に来ない?」

「やめなさいって。こんな綺麗な子、こんな田舎の野暮ったい男なんて似合わないってば!」


 違いない、と周囲に上がる笑い声。こうして赤の他人にそう綺麗とか、可愛いとか言われると、その、照れます。血の集まった顔が熱くなってきました。


「だいたい、ほら、連れの二人からしてレベル高いしねー。この町の男なんて眼中に入らないんじゃない?」

「あ、思った! クール系美少年と、ワイルド系美青年。どっちも強くて格好いいとか素敵よねぇ。ねぇねぇ、どちらかとお付き合いしてるの!?」

「ぅえ!?」


 いけない、ぼーっとしてたら急にこちらに向けられた矛先に、思わずちょっと聞かせられない声が出てしまいました。


「どちらと、言われましても……」

「「「ふんふん……!」」」


 周囲から一気に高まる圧力。あまりに興味津々な様子に若干引きます。


 ……まず、ソール兄様は……除外ですよね。兄妹ですし。あ、でも、この体の血縁関係ってどうなってるのでしょう。機会があったら調べてみたいですね。


 では、レイジさんは……

 想像してみます。レイジさんに恋して、告白して、OKを貰って。あちこちデートして、愛し合って、結婚して。いつしかこのお腹の中に新しい命が宿って、その大きくなったお腹を撫でながら、お仕事から帰ってきたレイジさんにおかえりなさいと言って……


 …………うーん?


「…………ちょっと、考えられないですね」


 長考の末、苦笑いして返すと、周囲から一斉に「はぁーーー……」とものすごい溜息を吐かれました。何故ここまで呆れられているのでしょう。うぅ、なんか遺憾です。


「可哀想にねぇあの兄さん……」

「まぁ、まだそういうお年頃じゃないと思えばチャンスも……」


 なにやら周囲でヒソヒソ言われてます。もう、なんなんでしょう。


「ところで、皆はお付き合いしたいとしたらどっち?」

「あ、私ソール様、あの端正な顔で微笑んで優しく声かけられたい!」

「わかるわー。今のところ、この子にしかあの笑顔向けないもんねぇ。でも、普段のクールな顔も捨てがたいわ」

「私はレイジ様のほうかなー。普段ぶっきらぼうでも、恋人になったらすごく優しくなりそう」


 恋話が始まってしまいました。ものすごい速度で流れていく会話ログに、あっというまに周囲の流れからぽつんと取り残されてしまいました。


「……ママたち、元気ですねー」


 すっかり放置されて暇な私。ぼんやり俄に喧騒に包まれた周囲をぼーっと眺めています。ちなみに人気は若干ソール兄様の方が優位でしょうか。


「だぁう!」


 抱いた赤ん坊が、私のささやかな胸部の膨らみをぺしぺしと叩きます。あ、こーら、そんなところ叩いても私はおっぱい出ませんよ、もう。


「もうすぐ飽きて帰ってくるでしょうし、帰ってきたらごはん貰いましょうねー」


 ちょっとぐずりかけてますし、お腹空いたのかなぁ。お母さんは話に夢中みたいなので、抱き上げてよしよしとあやします。そういえば、出なくても口に含ませるだけで安心するって何かで言ってましたね。


 ……いえ、しませんからね?











「「「温泉?」」」


 まだ昼も過ぎて間もない、日も高い明るい頃、レイジさんと兄様と一緒に帰ってきた町長のルドルフさんが、突然言い出した事……「温泉は好きか」という質問に、私たちは思わず声を揃えて疑問を口にしました。


「この近場に温泉が湧いている場所があるのです。設備は田舎なりに整ってますし、普段は町民の方が稀に湯治に行くのですが、今は皆それどころでは無いでしょう。夕方まで皆さんだけで使えるようにしておきますので、いかがでしょう?」


 なんでも、先日からの労を労いたいということから来た提案でした。非常にありがたい申し出ですが。


「それじゃ、レイジさんとソール兄様。行ってらしたらいかがですか? 今日の仕事は肉体労働でしたでしょうし、お疲れでしょう。私のことは構わず行ってらっしゃいませ」


 完璧にお姫様スマイルを決めて、優雅に踵を返して宿に引き返します。このまま優雅に立ち去りましょう。


「はい、ちょっと待ってねイリス」


 その脇の下にすっと手が入り、一瞬ですとんと兄様の腕の中に納まって抱きすくめられていました。周囲の女性からなにやら黄色い声が上がります……あれ?


「すみませんお兄様、兄妹とはいえ人目のある所でこれは少々紳士としていかがなものでしょうか?」


 顔を引きつらせながらも苦言を呈します。


「若い女の子がお風呂を嫌がって逃げるのもどうなのかな?」

「……うっ」


 周囲に聞こえない程度の小声でささやかれた内容に喉が詰まります。


「……魔法で、除菌や老廃物の浄化はしてますので不潔じゃないですもん」

「それとこれとは別。そろそろ、ちゃんとお風呂の入り方も実践しないと……ねぇ?」

「ひっ!?」


 あ、だめです、これ、久々の女の子の授業の激おこ版兄様です。逃れようとしても身体能力でかなうはずもなく、軽々とお姫様抱っこ……に見せかけて、抵抗がきっちり封じられて抱き上げられてしまいます。こっそり見えないように拘束魔法まで使ってやがりますねこの兄様の鬼畜!! 


「それに、あの時何でもするって言ったよねぇ?」

「あらお兄様、私あの一連の流れは大嫌いだと、以前申し上げたことがありませんでしたでしょうか?」

「さぁ、何の事かな」


  くっ、取り付く島もありません。どれだけお風呂に入らせたいんですかソール兄様。こうなったら、隣のレイジさんに助けを……


「あー……まぁ、それならお言葉に甘えさせてもらいます……」


 求めれませんでした。若干あきれ顔なレイジさんの顔を横目に、私は内心悲鳴を上げながら、ドナドナの牛よろしく運ばれていくのでした……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る