王都への帰還

 ――その日、王都イグドラシルは騒然となっていた。


 それもそのはずで……突然飛来した真竜種が二匹、主街区中心へと舞い降りて来たのだから、これで平静で過ごせというのが土台無理な話であろう。


 だが……その背に数人の人物が乗っており、そのうち二人は自分達が知る人物……自国の王子と王女であると認識してからは、その畏怖はやがてやや安堵したものへと変化していった。






 ◇


「ほら、イリス。手を」

「ありがとうございます、レイジさん」


 差し伸べられた彼の手を取って、思い切ってフギン様の背中から飛び降ります。


 視界の端では、兄様がミリィさんに手を貸して、こちらと同様に下ろしてあげているところでした。


 危なげなく彼の胸に抱えられた後地面に下ろされた私は、周囲でザワザワしている人々を安心させようと、軽く手を振って笑いかけてみる。



 ……予想外に歓声などの反響があって、内心ちょっと涙目だったのは秘密ですが。






 ……辺境区域からの帰路は、フギン様とムニン様の厚意によって、まだ少し向こうでやる事があると言って残ったアシュレイ様をはじめとした『黒影』の方々を除いた私達『テラ』組だけ、その背に乗って帰還してきました。


 それに……


「ほぅ、これが今のノールグラシエ首都か! ほれソラ、お主も観光に付き合うが良い!」

「はぁ……まぁいいですが、僕もこの街は初めてですよ?」


 そうそそくさと立ち去ってしまった、アマリリス様とソラさんも一緒です。




 ちなみに、硝雪の森上空を飛行する際の問題となる、こんこんと降り続く鋭利な雪ですが、こちらは真竜族が飛行する際に纏う風の壁により、全て内部には入ってきませんでした。


 あまり長距離を飛行していると飛行型の魔物に捕捉されて危険なそうですが……今回のように手薄な箇所から短距離を横切る分には、なんとかなるみたいです。



 そんなわけで、本来であれば数日の帰路を、わずか四半日足らずで通過した私達なのでした。


「あなたも、背中に乗せてくれてありがとうございます、フギン」

『お気になさらず。テイアの巫女である御身をこの背に乗せた事、私にとってもとても光栄な事でしたがゆえ』


 そう、慇懃に述べる彼。


「……だとしても、ありがとうございます。おかげでこれだけ早く、しかも安全に帰って来れました」

『……は』


 それだけ言って、何やらそっぽを向いてしまった彼。どうやら照れているらしいその様子に、ふっと頬を緩ませます。


『あーあー、フギンは御子姫様を乗せられていいよなー!』

「あっ……と、ムニンも、皆を乗せてくれてありがとう、ね?」

『お安い御用でさぁ。次は、こっちにも乗ってくれよ!』

「あ、あはは……あの、あなた達にとって私って一体……」


 あまりにも最初から好感度がMAX過ぎて、戸惑いながら尋ねると……



『ん……なんで言えば良いかなぁ、フギン?』

『そうですね……人間風に言えば、"敬愛する主様"の愛した"お嬢様"……その"娘"さん、まだまだ危なっかしいか弱き存在を見守っている……みたいな感覚でしょうか……』

「は、はあ……」


 首を捻りながらそんな返事を捻り出してくれたフギンさん。分かったような、わからないような……


 ただ、彼らがこちらを庇護対象として見ている事は、よく伝わってきました。




 ……と、のんびり会話をしていたら、下層から沢山の兵士の方々が上がってきてしまいました。


「イリスリーア!!」


 兵士達の先頭、真っ先に駆け寄ってきたのは、国王である叔父様。


「竜が出た、と聞いて慌てて出てきたが、この状況は一体……」

「ごめんなさい叔父様。彼らはフギン様とムニン様、竜王様の命で私達に協力してくれる事となった真竜様です」

「し、真竜が協力……!?」

「フギン様、ムニン様、幻体に変化はできますか?」


 このままではまず話にならないと、お二人に頼んでみます。


『おっと……これは、失礼しました』

『まぁ、この格好じゃ目立っちまうしなぁ!』


 そう言って、みるみる人間サイズへと縮小するお二方。姿が変わった事で、周囲からホッと緊張が弛緩した空気が伝わって来ます。


「ほ、本当にお主らと友好的な関係なのだな……」


 流石に、目を白黒させるアルフガルド叔父様。

 無理もありません、私だって、王都を出立する前の頃に同じ事を言われたら、きっと混乱するでしょうから。


 ……これで、物語に出てくるノールグラシエ王国の宿敵、魔王アマリリス様とも一緒だと知ったら。


 今は幸い出かけている事に感謝しながら、そっと口を塞ぎます。


「して、協力とは?」

「それも含め、お話しなければならなくなった事がたくさんあります……すでに間近に迫った、三国交渉のためにも」


 そう、気を引き締め直して告げるのでした。








 ――場所を変えて、クリスタルパレスの王の執務室。


「……なるほど。アクロシティを支配する最高執政官『十王』……噂には聞いていたが」


 重々しく息を吐くアルフガルド叔父様。


「……よもや、本来そのような権限など無い簒奪者だったとは……そして、それは遡れば我々もか」


 本来、この世界の管理者であるべきだったのは……この世界『ケージ』を作るために奔走した十三委員会の離反者であるアイレイン様とアーレス様、そして原初の御子姫であるルミナリエ様と、その子孫達だった筈でした。


 ところが今支配している『十王』はむしろそれに敵対した側。大事を終えてから、まんまとその席に滑り込んだ者達。


 更には、この世界の王族は皆、過去に主権を剥奪された光翼族の血を血筋に取り入れた者……そして、その全てが円満に事が運んだのかと言うと……残念ながら、パーサ様は首を縦には振りませんでした。


 ただ……今の叔父様の言葉には、一つ間違いがあります。


「でも、あくまでもそれは過去に起きた事です。今、民を導いて来た叔父様たちの尽力まで無かった事にして卑下するのは、違うと思います」

「そ……そうか、そうだな」


 私の指摘に、少し恥ずかしそうに咳払いする叔父様。今大事な問題は、そこではありません。


「ですが、彼らの正統性を問うのはひとまず後回しにしなければなりません」

「そうだな……まずは、その『クロウクルアフ』からアクロシティを護らねば、全てが露と消えてしまうというのはよく分かった」


 そう語る叔父様の表情は、とても苦々しいもの。


「頭の痛い話だな……よもや、最初から我々にとって最も有効な人質が、アクロシティ側の手の内にあるとは」

「ええ……」


 流石に、それを切り捨てる選択肢は彼ら十王にも無いでしょう。

 ですが、万が一を考えるとこちらも迂闊な事はできないのは確かなのです。



「これは、パーサ様の残してくださった助言なのですが」


 そう、一つ前置きして語り始めます。


「アクロシティには、未だどこかに先代御子姫、リィリス様が眠っており、システムを自分達で操作する礎となっているのでは、と。まずは彼女を目覚めさせる事で……」

「なるほど……システム上位にある彼女から、内部から援護して貰えたら、という訳だな」

「はい……ですが、そのためには」

「その騎士、リュケイオンとやらの協力が不可欠、と」


 陛下の言葉に、私も頷きます。


 アクロシティは直径数十キロメートルに及ぶ面積が、何十層にも積み重なった巨大な積層閉鎖都市。しかもその中心部は全て謎に包まれています。


 故に……手当たり次第に探し回っても、その間に包囲されるだけ。彼女がいる場所を知っているのも、彼しか居ません。



「説得、か」

「はい、できるかは分かりません。ですが……」


 私は、いくつかの夢……という形でリィリスさんの記憶を垣間見ています。そして、そんな彼女達が深く愛し合っていた事も、、知っています。


 ……でなければ、リュケイオンさんも狂気に呑まれるほど、彼女を奪われた事を苦しむ筈がないのですから。


「分かった。やってみると良い。その点も含め議題を纏めておこう。それと、監視を密に行うようにコメルス駐在の『青氷』に連絡もしておく」

「はい。お手数お掛けします」






「それで、三国会議に先んじて、イリスリーアたちにはやってほしい事があるのだが」

「……それは?」

「三日後、会議に先んじて、会場の設営の相談で我が妻と息子が教団総本山へと向かう事となっておる……それに同行し、会議前に先方との情報共有をしておいてもらいたいのだ」

「はい、分かりました」


 快諾する私に、叔父様が申し訳なさそうな顔をします。


「すまんな、帰って来たばかりのお前たちに、ロクな休みもくれてやれず」

「いいえ……これはもう、私たちにとって他人事ではありませんから」


 そう……私達はもう、巻き込まれた異世界人ではなく、同じ苦難を乗り越えねばならない同じ世界の住人なのですから。

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