聖都リュミエーレ
――辺境から王都に帰還した、数日後。
皆より一日早く王都を発った私とレイジさんの二人は、アンネリーゼ王妃様とユリウス殿下と共に、列車で数時間揺られた先の街へと来ていました。
列車を降りて、すでに駅の前に待機していた馬車に乗り込んで更に少し移動した場所。
そこは……歴史を感じさせる白亜の石で作られた、巨大な施設の正門前でした。
「ではイリスリーア、気をつけて。レイジさん、この子をお願いしますね?」
「はい、アンネリーゼ様、お任せください」
「お姉様、また後ほど」
「うん、ユリウス君、また後でね」
列車では一緒だったアンネリーゼ王妃様とユリウス君と別れ、二人は先に来賓用の宿舎へと向かって行ってしまいます。
それを見送ってから、私達は案内役という物静かな年配の修道女の方について歩き出す。
ここからは、私とレイジさんは夜まで別行動。
一応私達はここに来るのが初めてという事になっている……実際にはゲーム時代に私の二次職クラスチェンジで来たのですが……ため、教皇様に挨拶も兼ねて、厚意から案内してくれるのだそうです。
――ここは、聖都リュミエーレ。
王都イグドラシルから列車で数刻の近郊にある、アイレイン教団の本拠地がある宗教都市です。
その街は高低差のある場所に作られており、ここからだと眼下に広がっているのは、信者の家族が暮らす家や、救護院を利用する患者や参拝客のための宿場施設。そして。そういった人々の需要から集まってきた商人が営む商店が立ち並んでいる街の光景。
そんな街の中心を駅からずっと貫いている大通りを通り、丘の上へと登って来たのが、この場所……アイレイン教団総本山でした。
翼持つ乙女が二人向かい合う精緻な彫刻を施された正門を潜り、正面に鎮座する大きな建物が、教団に付属する中央救護院。
その敷地の周囲にはさまざまなハーブが植えられており、素敵な景観を作り上げている庭。
その一角には薬草を栽培していると思しきガラス張りの温室が並び、修道服の女性たちがその世話をしているのが見て取れます。
更に、病院に併設されているこれもまた巨大な建物が、付属医科大学。この世界における医学系の最高学府です。
「しかしまあ……相変わらず、宗教の総本山というよりは、俺たちの世界の大学病院みたいだよな」
「医療の中心地ですからね……学びたい者達が集まってくるでしょうから、それも必然なんでしょうね」
……元々はまだ光翼族が残っていた時代、王都にある王立魔法大学院の前身であるノールグラシエ王国魔導学院から、希少な治癒魔法の才を持つ物を集めた一学舎が始まりと言われています。
つまり、最初は学校としてスタートしたのがこのリュミエーレ。どちらかというと後から宗教都市となったため、レイジさんの言葉は間違いでは無いのでしょう。
しかし講師役であった光翼族を崇め始め……いつしかアクロシティの光翼族への搾取に反対し始めて宗教組織となっていたというのが、この教団の創設理由だそうです。
皮肉にも、その力が増したのはこの世界から優れた治癒術師である光翼族が消え、その代役として聖女と呼ばれる治癒術に秀でた女性の需要が上がった後。
もしもまだ光翼族の残っている時代に今のような権威があれば……というのが、列車に同席していた聖女のお姉さま方が語っていた想いでした。
そして、更にその奥へ歩いた先に見えてきたのが、治癒術師として修行中の修道女や聖女様たちの宿舎が併設された大聖堂。このアイレイン教団総本山の本体でした。
そんな場所に、一歩踏み入れると――
「あ、いらっしゃいましたわ!」
「あの方がイリスリーア殿下、再びこの世に舞い降りられた御子姫様……!」
「まぁ、ではこちらの殿方が
――私達に気付いたまだ年若い修道女の方々に、あっという間に囲まれてしまいました。
「遠方より、お慕い申し上げておりました! もしよろしければ、サインを一筆お願いしたく!」
「お、お慕い……サイン……?」
少女たちの勢いに目を白黒させながら、彼女たちが差し出した本に目を移す。
『光翼の姫と紅蓮の騎士』
そんなタイトルの、綺麗に製本された文庫本。
その表紙には、可愛らしい女の子と精悍な赤毛の剣士が、互いに支え合うようなポーズで描画されていました。
「あ、あの……これって」
嫌な予感に思わず顔を引きつらせますが……
「はい、イリスリーア殿下とその騎士様の話を題材にした物語です!」
――もう完成していたんだ!?
更にはすでに出版にこぎつけているという事。
乙女たちの行動力に恐怖しながらも、少女たちの眼差しに抗しきれず、私達は言われるままに本の裏表紙にサインしていくのでした。
……もっとも、私は小洒落たサインの練習なんてしていませんので、自分の名前を筆記体で書いただけですけれども。
それでも少女たちは喜んで、次はレイジさんの方へと向かっていましたので……良かった……のかな……?
と、私達がロマンスに憧れる少女たちに囲まれて困り果てていると……見かねた様子で現れた、聖女の法衣……その中でも最高位の物を纏った女性がこちらへと歩いてきました。
「ほらほら、あなた方、イリスリーア殿下が困っていますよ?」
「あ……マリアレーゼ様!」
聖女の法衣を纏う見知った顔……マリアレーゼ様の登場に、助けを求める視線を送ります。
「殿下はこれからお会いになる方が居ますから、また後になさい、ね?」
その意を察して、マリアレーゼ様が修道女の子たちを制してくれたおかげで、ようやくこの騒動は収束していったのでした。
「いや……酷い目に遭ったわ」
「レイジさんも、お疲れ様」
女の子に取り囲まれて、喜ぶどころかむしろ憔悴した様子のレイジさんに苦笑しながら、案内するマリアレーゼさんについていくのでした。
コツ、コツと、足音が大きく響く大聖堂内の廊下を進み、その奥へ。
あちこちに宗教的な像が直接壁に刻まれた、長い廊下。その先にあるというのが、教皇様……通称『先生』の執務室。私達が向かっている場所です。
やがて……私達は、その最奥にある一室へと辿り着きます。
「先せ……こほん。教皇猊下。イリスリーア王女殿下をお連れしました」
「ありがとう、マリアレーゼ。イリスリーア殿下、それと赤の騎士殿、どうぞお入りください」
穏やかな男性の声。
入り口脇に侍るマリアレーゼ様が扉を開けて促すままに、その部屋の中に入ります。
「マリアレーゼも、ここまでありがとう。ご苦労だったね」
教皇猊下からの労りの言葉に、マリアレーゼ様はどこか少女っぽい嬉しそうな笑みを浮かべて会釈し、そっとドアを閉めて退室します。
そうして案内された部屋の中はというと……教皇の執務室は、イメージしていたよりずっと質実剛健な部屋でした。
「改めて……ようこそいらっしゃいました、御子姫殿と、その騎士殿」
席を立ち、穏やか笑みを浮かべていたのは、豪奢な法衣……は傍らのソファに掛け、今は簡素な黒のカソック姿という楽な出で立ちをした、まだ『教皇』という名前から受ける印象と比べるとずっと若々しい男性。
漆黒の艶のある黒髪を肩下あたりで切り揃え、モノクルを掛けたその姿は、宗教関係者というよりは、まるで学者さんのようでした。
「お……お初にお目に掛かります、教皇猊下……」
「あ、大丈夫だよ。こちらが誘った側だからね、どうか楽にしてください、イリスリーア殿下と、その騎士殿」
そう微笑みながら優しい声音で告げる、教皇猊下でしたが。
「それに……初めまして、ではありませんよ私達は……数日ぶりじゃな、二人とも」
突然、どこか茶目っ気のある老獪な雰囲気に変わった教皇様。まるで悪戯が成功したみたいな笑みを浮かべ、私達が何かに気づくのを、愉しげに見守っています。
「……まさか」
「うむ、
そう、教皇様は私達に告げたのでした――……
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