ディアマントバレー防衛戦線1
『敵ニ動キアリ』
今朝、端的に告げられた、坑道内に残ったガンツさんからの連絡からすでに三時間。
蜂の巣を突いたような騒ぎの中で進められた戦闘準備はとうに終わり、今は痛いほどの沈黙の中で、皆が固唾を呑んで、西門の外、敵の巣となった坑道のある方角を見つめています。
背後にある町は住人が皆避難しているため今は人の気配は無く、戦えるものは皆がここに集まり、それぞれの持ち場で待機しています。
部隊は大きく分けて二つ。
直接戦闘を行う、傭兵団の方々や黒影騎士団の中でも接近戦が得意な人達、それと衛兵の皆で構成された、門の外で待機している前衛部隊。
そのうち傭兵団の方々は、ヴァルター団長と、ゼルティスさんフィリアスさんの兄妹が指揮する二つの班に別れ遊撃を担当し、それ以外の騎士や兵士達は本隊として、全体の総指揮を任されたアシュレイ様が率いて門の防衛に当たります。
そして、今、私の居る門の上に陣取っているのは、ミリィさんとレニィさん、そしてディアスさん、それと騎士達の半数の、主に魔法を得意とする方々に、ヴァイスさんをはじめとした弓兵の方々といった後衛部隊。
兄様とレイジさんはその護衛としてこちらに残っており、こちらの指揮は兄様が担当する事になりました。
その他、門内のバリケードを越えて大通りの先、元町長の屋敷には、文官や有志の医療知識のある人たちによる救護班。アイニさんも、薬師としてこちらに詰めているそう。
――総勢百人超。
ゲーム時代のパーティは最大八人。それを三パーティ集めたものが、レイドボスの基本、
今回は、それすら超える人数での戦闘となり、未体験の戦闘参加人数に膝が震え、つい、杖を握る手に必要以上に力が篭もります。そしてそれは、指揮を任された兄様も同様……いいえ、私以上にその肩に掛かっているであろうプレッシャーに、纏っている空気がピリピリしています。
そんな私達に、レイジさんは「何かあったらカバーする」と一声かけ、今は門の
「見えた! 見えた、が……なんだ、ありゃ……」
最も目のいいヴァイスさんが、遠方を望遠鏡で覗きこみながら顔を顰めました。同じく望遠鏡を覗き込んでいた人達も似たような感じです。
「おい、やめとけ、ガキが見るようなもんじゃねぇぞ」
「いえ、目を逸らしている訳にもいきませんので」
私がしようとしている事を察したヴァイスさんが、制止しようとするのを振り切って、私も『イーグルアイ』の魔法で視力強化し、見てみると……
――そこには、ホラーゲームのような光景が、広がっていました。
両腕の他に、肩甲骨のあたりから、二対の腕を生やした個体。道中で調達して来たのか、つるはしやシャベルを武器代わりに持っている者もいます。
また、表皮を突き破り、体の内からあの結晶体を生やしている個体も。あるいは、異様に発達した牙が口内を突き破って、涎をだらだらと垂らしながら歩く個体……あるいは……
――いずれも、肥大化した体に対して皮が足りずにあちこちで裂け、筋肉や血管、内部組織を剥き出しにしながらも、じくじくと体液を滴らせながら行軍してくる様子に、ひっと悲鳴を上げそうになったのを、辛うじて飲み込みました。
「言わんこっちゃねえ。大丈夫か?」
「だい、じょうぶ、です……っ」
背中を擦られる感触。きっと、今、顔色は真っ青になっているに違いありません。ですが、もはや気圧されている猶予なんて無い、やるべきことをやらなければ。
深呼吸し、気分を落ち着ける……大丈夫、いける。
「……それでは、まず、皆に補助魔法をかけておきます。この魔法陣、一つ使わせていただきますね」
そう断りを入れて、最も手近にあった魔法陣……ミリィさんが『魔力タンク』と称したそれに足を踏み入れます。
「それは、構いませんが……一つだけでよろしいのですか? これだけの規模の戦闘では、相当に対象を絞らなければ、殿下の負担が……」
「いいえ、大丈夫です……多分」
そう心配する騎士の一人に微笑むと、魔力を溜め込んだ魔法陣の中央へと陣取ります。陣が私に反応して光を発し始めたのを確認し、目を閉じて、自らの両手に集中しながら、詠唱を紡ぎます。
「――『我の英知解き放ち、遍く注ぐ光……有れ』……スペル・エクステンション!」
詠唱完了と共に、私の両手に光輪がゆらゆらと廻り始めました。
以前のゴブリンとの戦闘で分かったことがあります。私の能力は……味方が多ければ多いほど、強ければ強いほど、その真価を発揮する、こうした大規模戦闘向きなのだと。
『
『
『
『
そして『ヴァイス・ウェポン』
これらの以前のゴブリン討伐で使用したセットに加えて、今回は鎧姿の兵士たちが多いため、防具に障壁を纏わせ強度を引き上げる『
それと、魔法戦も予想されるため、強力な魔法が相手だと気休め程度になってしまいますが、耐魔力を上げる『
足元の魔法陣から魔力を吸い上げて、私達の陣地全体を七色に輝く煌びやかな光が満たしていきます。それは、この場に居る兵士一人ひとりに行き渡り、浸透し、その潜在能力を解放していきます。
そうして皆に強化魔法の効果が乗った事を確認した後……ふっと、足元の、内包していた魔力を使い切った陣から光が消えました。
「……ふぅ、流石にこの魔力タンク一つの中身だけで、とはいきませんね……ですが、これで大分戦いやすくなった筈です」
足りない分は自前で補ったため軽い疲労感はありますが、それでも以前に比べれば格段に楽な負担でした。念のため、少しだけマジックポーションを口に含んでおきます。
「これは……体が驚くほど軽い。これだけの人数を対象に、これほどの……」
呆然と呟いた
……事前に説明無しでやり過ぎたでしょうか。しかし、皆の生存率を高めるためにも、ここに手を抜くわけにもいきません。
「ははは、どうだウチの姫さんはすげぇだろ!」
「誰がお前達のだ傭兵、この方は我々の……!」
「あの、喧嘩はダメですよ!」
外壁の下で、傭兵団の方と、騎士の方が言い争いを始めたので、胸壁から身を乗り出して諫めようとすると……彼らは全然険悪な雰囲気など無く、笑顔でこちらにサムズアップをしていました。湧き上がる眼下の人達の歓声……あれ?
「よし、嬢ちゃんの可愛い顔も拝んだな、やるぜお前らぁ!」
「うむ、あの御尊顔、しかと目に焼き付けた、皆、あの顔を悲しみに曇らせるような事はするなよ!」
そんな事を言って、意気軒昂に声を上げる眼下の兵たち。いつの間に打ち解けていたのか、肩まで組む者まで居る始末。
「悪いな嬢ちゃん、こいつら折角の機会だからもう一回、姫さんの顔を拝みたいって言うもんだから……俺は止めたんだがな!」
「あ、団長一人だけ逃げるとか最低です! 『良いじゃねぇか、やれやれ』って乗り気で案まで出していたじゃないですか!」
「おい馬鹿、フィリアス、爺さんの前でおま……っ!?」
「ほう……後でゆっくりと話をするべきか、小僧……?」
アシュレイ様の声がしたかと思うと、なにやら下からビシビシと殺気を感じますが、どうしましょう、今回ばかりはいい気味だって思ってしまいました。
「というわけで……ごめんねっ!?」
最後に、フィリアスさんが謝罪をして、眼下の騒ぎがようやく収まりました。
この間、ただ固まっていた頭が、ようやく働き始めます。
……
「き、きちんと無事に帰らないと、この件は不問にしませんからね!」
苦し紛れに、そう怒ってますアピールをして
そこでは、魔法部隊の皆が、すでに各々の儀式陣に入り、初撃の準備を進めていました。
「はは……また聖女扱いが捗るな、きっと」
「知りません、もう……っ!」
「……しかし、皆の緊張は解けた。そこまで考えての事だろう、感謝しないとな」
そう、気が付いたら私も、膝の震えも吐き気も止まっていました。ええ、確かに止まっていました、けど……!
「……本当にそうでしょうか?」
「……多分」
拗ねて口を尖らせる私に、苦笑混じりで返す兄様。
……だけど、雰囲気が和らいだのは、確かでした。それで皆が実力を存分に発揮できるのならば、恥ずかしい思いをするくらいは……くらいは…………やっぱり嫌です、うん。
「さて……私達は、向こうの反撃に備えるぞ」
「……はいっ!」
攻撃魔法隊の射程に敵が入るまで……もう、あと僅か。ついに、戦端が開かれようとしていました。
敵の行軍は、非常にゆっくりしたものでした……あるいは極度の緊張状態が、時の流れを遅く感じさせたか。
……ですが、その時は来ました。ようやく肉眼での視認が可能になったくらいの彼方、敵の最前列が、あらかじめ打たれた杭により付けられた目印……魔法の限界射程内へと踏み込みます。
「……よし、魔法隊、一斉に放て!」
兄様の掛け声に合わせて、魔法隊の皆でタイミングを合わせるために、完成間際で待機していた魔法が一斉に解き放たれました。儀式陣によって強化された火球……以前も見た中位火炎魔法『ラーヴァ・ボム』が、ゆっくりとした軌道で狙い違わず敵最前列に吸い込まれていき……
「……――
数瞬遅れて、ミリィさんから、周囲を真っ白に染め上げるほどに巨大な雷光が同じ地点へと放たれました。
彼方、敵陣で轟音を上げて『ラーヴァ・ボム』が炸裂し、溶解した大地と炎が荒れ狂うそこに、膨大なエネルギーをその身に蓄えた紫電が縦横無尽に奔り、まるで蛇のように敵集団を打ち据えながらその間を駆け巡ります。
――しかし、それだけでは終わりませんでした。
自然現象の炎ではありえないように不自然な動きで、雷光へと吸い寄せられるように炎が集まり、収縮し……次の瞬間、方々で、眩い光と、ここまで届くほどの熱気を放つ大火球が発生し、大地を更に灼きました。
――これは、『マナ・バースト』と呼ばれる現象です。
特定の属性の、一定以上の魔力が、一点に集中した際に発生する現象で、高密度の魔力が混じり合って変性し、その場で炸裂する現象。
この現象を起こすには、相当数の魔法使いがタイミングを合わせなければならず……本来であれば、この倍近い人数が必要になる筈ですが、そこは儀式陣による補助と、ミリィさんの最上級魔法で無理矢理に励起させたみたいです。
今のは、多数の『ラーヴァ・ボム』の炎属性と、ミリィさんの『ライトニング・デトネイター』の光属性が混じり合った『核熱』のマナ・バースト。
……核熱、といっても、ニューでクリアな奴ではないのですが。そうだったらヤバいですし。
それはさておき……炎はその熱と衝撃によって、炎耐性持ち以外にはほとんどの敵、大抵の生命体に対し安定した効力を発揮する為に使い勝手が良く、そのため最も多く使用されやすいのがこの『核熱』のマナ・バーストですが……
「……やりました、かね?」
「いいえ……これで済むような相手なら良いのですけれど」
傍の騎士の呟きを否定し、身を乗り出して着弾点を凝視します。
しばらくして、閃光と土煙が収まった時、その場には何も残ってはいなかった……とは、残念ながら行かなかったみたいでした。
「……全てではありませんが、かなり抵抗されましたね」
ぎりっと、手摺を握る手に力が入ります。予想以上に向こうの被害が少ない。敵の周囲に、薄い膜のような物が見えました――抵抗魔法、ですか。
……どうやら仕留めきれたのは、ほぼ『核熱』の爆心地に居た相手と、当たり所の良かった少数、だったみたいです。
よく見ると、敵の背後に何らかの術を行使している者たちが居ました。肩と頭に例の結晶を生やした個体が数体。おそらくあれが……抵抗魔法を使用している術者。
「あいつら、以前の襲撃で私らの使った魔法に対応した抵抗魔法を展開してるにゃ、雷と炎は効果が薄い、それ以外の属性にきりかえるにゃあ!!」
私と同じく着弾点の状況を確認するため外壁から身を乗り出していたミリィさんが、状況をすぐさま把握して振り返り、そう矢継ぎ早に叫んでいます。
その背後の彼方に、敵側の魔法の輝き……それを見た瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走ります。
あれは……ただの攻撃魔法ではない、おそらく……呪詛!
「敵の反撃です、兄様!」
「ああ、イリス、頼む!」
私の右手を、兄様の左手が握ります。『スペル・エクステンション』の光輪が、私だけでなく兄様の腕も飲み込んでいく。
「――『イージス』!!」
「――『セイクリッド・フィールド』!!」
ぐっと魔力の目減りする感触に、二人で歯をくいしばって耐えます。
同時に詠唱完了した私達の手から、広域拡大された防護魔法が放たれ、二重の障壁となって皆の前に展開されました。
「ぐぅ……っ!?」
「く……っ!」
次の瞬間、無数の黒い火球がその障壁に着弾しました。その衝撃に後退しそうになった所を、兄様に支えられてどうにか持ち堪えます。
一層目、兄様の放った『イージス』というナイトロード専用魔法が、敵の放ったおぞましい炎とぶつかり合い、それを受け流す。目がチカチカする障壁の輝きは、赤と黒が入り混じったもの。それは、敵のこの魔法が火と闇の属性の複合であるという証です。
本来であれば、抵抗魔法は一つの魔法につき一つの属性であり、敵の放った魔法の属性を読んで使用するか、あるいは複数人で展開することで複数の属性へ対処するのが基本です。
しかし兄様のそれは「属性問わずある程度防ぐ」という反則的な、さすが三次職と言わんばかりの性能をいかんなく発揮して、その破壊力を散らしていきます。
そして、嫌な予感通り、貫通してきた呪いの瘴気が皆の頭上へと降りかかりますが、そちらは私の展開した二層目、毒や呪いといった状態異常ををシャットアウトする『セイクリッド・フィールド』によって全て消し飛ばされます。
しばらく続いた炎と呪詛の暴風が、それでも徐々に勢いを弱めていき……やがて晴れました。
「今ので負傷した方は!?」
必死に叫び、周囲を見回す……眼前での爆発と閃光に驚いて
……良かった、怪我人は居ないみたい。ひとまず安堵の息を吐きます。
「よし、いけるな! 敵の魔法は私達が受け流す、魔法隊は気にせず攻撃魔法を集中、接敵前に少しでも奴らの数を減らせ!!」
「まかせるにゃ! 皆、くれぐれも属性干渉には気を付けるにゃ!!」
兄様の指示に、皆が新たな魔法を詠唱開始します。
ここでバラバラの属性に切り替え、相性の悪い属性が混じってしまうと効果が激減するためミリィさんが警告を発しますが、皆言われるまでも無く、歴戦の傭兵であるレニィさんとディアスさんは勿論、今回が初の共同戦線戦線である騎士たちの唱えている魔法も、揃って風属性。
そんな中、一人使える魔法系統の違うミリィさんも、マナ・バーストが起きない代わりに他を阻害しない特性を持つ純エネルギー属性魔法を誰よりも早く詠唱し終え、巨大な魔法陣を頭上から前面に振り下ろし、叫ぶ。
「まずはその抵抗魔法から吹っ飛ばしてやるにゃ!! 『フォトンブラスター』ぁ!!」
放たれた莫大な魔力の奔流が、敵を一直線に貫く極太のレーザーとなって大地に融解跡を描きながら、抵抗魔法を唱えていた後方の異形まで飲み込んで彼方と消えて行きました――……
――後にディアマントバレー防衛戦線と呼ばれ、『世界の傷』の消滅が公式に確認され、人々の反撃の兆しとなったこの小規模な戦闘は……まだまだ始まったばかりでした。
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