幕間:俺とあいつと

 ――最初出会ったときは、なんか見慣れない変な奴が居るなって、それだけだった。



 脚を折って入院していた地元の病院に、新しくよその病院から移ってきたあいつ。

 暇すぎて病院散策していて、たまたま入った他所の病室に居たあいつは、初見での印象としては、なんだか女の子みたいな奴だなという程度のものだった。


 しかし、ずっとぼーっとどこか遠くを見ていて、ぴくりとも表情を動かさない。

 話を振っても、ただ小さくうん、と頷き返すだけで、まるで興味が無いという態度があからさまで、ガキ特有の図々しさで絶対に笑わせてやると毎日遊びに行っては奇行に励む日々を送っていた。


「辛いことがあったんだよ。あの子は他人を信用していない、特に大人をな……しかし、同じ子供ならもしかしたら心を開いてくれるかもしれんのぅ」


 あの変な奴は、じーちゃんの知人の孫だという。

 見舞いに来たじーちゃんからそんな話を聞いた俺は、躍起になって色々やっては玉砕する日々を送っていた。

 気が付いたらあいつよりも先に、度々病院に見舞いに来ているあいつの妹と仲良くなって、一人っ子の俺は妹ができたみたいで悪くない気分だった。


 そんな生活をしていたある日、このへんじゃ見ない大人たちがやけにゴツいカメラを持ってやってきているのを見た。

 何かの悪者かとこっそり後をつけてみると、あいつの部屋に入っていって……すぐに、悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 焦って飛び込んだ俺が見たのは、ベッド端で縮こまって震えているあいつと、そこに縋りついて威嚇しているあいつの妹。そして、そんな二人をニヤニヤと、醜悪な顔でカメラとマイクを向ける連中。

 あいつが、その男たちに怯えているのは明らかだった。怒りに頭が真っ白になった俺は、手にした松葉杖で殴りかかっていた。


 気が付いたら男たちは居なくなっており、俺は病院の関係者にしこたま怒られて、無茶した結果怪我が悪化して入院が延びた。親やじいちゃんには滅茶滅茶怒られたけど、最後には「よくやった」と褒められたのが子供心に誇らしかったのを覚えている。




 それから、あいつは俺が話しかけるとちゃんと反応を返すようになった。

 あいつの妹にもすっかりと懐かれ、一緒に談話室でテレビを見たり、三人で病院内を探検したりもした。

 俺の退院の日には二人揃ってわんわん泣かれ、おもわずもらい泣きして周りを困らせたりもして……だから、その翌月、隣のえらく大きな家に暮らす爺さんに連れられて、引っ越してきた挨拶に来たあいつと、その車椅子を押す妹の姿を見た時は、三人であの時三人で泣いたのはなんだったのかと笑い転げたものだ。


 あいつの家の爺さんは、その息子さんがどこからか拾ってきた、身元も定かでない異国の娘と結婚すると堅く主張することに腹を立て、最終的には口論になり勘当してしまったことを悔いていたらしい。

 そんな息子夫婦が知らぬところで凶刃により亡くなり、だいぶ経ってから届いた知らせに慌てて迎えに行った二人の孫がこの兄妹なのだそうだ。

 両親を失った二人は祖父母に引き取られ、こちらに暮らすことになったのだと。




 そうして友人となった俺たちは、いつも一緒に居ることが多くなった。


 ただでさえ容姿で目立つというのに、下半身の動かない、対人恐怖症を患ったあいつに奇異の視線を向ける奴は多かったが、俺が仲を取り持ったり、口論したり、場合によってはあいつを守って殴り合いなんかもした。

 あいつを友達だと思っていたのは絶対に間違いないが、今にして思うと、当時の俺の中には、多少は「俺が守ってやっている」という優越感を持っていたような気がする。


 そんな状況が変化したのは、高校1年の時だった。この時にはあいつの対人恐怖症はますます悪化しており、せっかく一緒の高校に通ったというのに接点も減っていた時期だった。


 始めにあいつの祖母が。続いて祖父が立て続けに亡くなった。


 子供二人では大変だろうと、俺の家族も協力して葬儀を済ませたあと、あいつとは数か月顔を合わせることはなくなった。

 そして……気が付いたら、あいつは学校に退学届を出して姿を消していた。なんの相談もなく高校を中退したあいつに、裏切られたような気がした俺は、ふてくされてこちらも連絡を絶ち、疎遠状態でその年が明けた。







「玲史!、なぁ玲史、見てくれ、これ!」


 そんな年が明けて間もないころ、やけに興奮した調子で久々にあいつの声を聴いた。仲違いしていた俺は、何事だと嫌々見に行くと……あいつはいたずらの成功したような目で、一冊の文庫本を得意げに俺に見せてきていた。


『イラスト:玖珂柳』


 その文字に何度か目をこすった俺は、戸惑いながら、なんだ、これ、とあいつに呆然と疑問を投げた。


 曰く、祖父母が死んでしまったことで、自立したいと思ったということ。


 あいつの祖父母はそれなりに地元では名の知れた地主で、晩年その土地の権利を、あいつら兄妹の住むバリアフリー化された離れ周辺を除いて金に換え、遺産としてあいつらに残しているためしばらく不自由は無いはずだった。

 しかし、あいつはそれに手を付けるのはなるべく最小限にするため、自分でもできる仕事を探していたのだそうだ。


 そこで目を付けたのが、元々引きこもっている間に描いていた趣味の絵で、何社にも売り込みし、ネットでも様々な活動を行い、ついに初オファーが来て挿絵の担当した本が発売されたのが今日だったのだ、と、最初に俺に見せたかったと照れたように語っていた。


 少しでも遺産を多く妹のために遺しておきたかった、そう語るあいつの横顔は、ハンデなんてものともせず力強く見えて、俺は負けたような気がした。

 おそらく、あいつを対等だと……色々と介助の手伝いをしているため、真に対等とは言えないのかもしれないが、俺の中であいつが対等の存在と認識したのは、これが最初だったのだろう。


 そうして交友を回復した俺たちは、そのしばらくあと、あいつとその妹に誘われて一緒のゲームを始めた。それが『Worldgate Onlin』だった。

 遅れて始めること二か月、初めてゲーム内であいつらのアバターを見た時は言葉を失ったが、その中身が入れ替わっていることを悪戯っぽい表情で妹のほうから伝えられた時は、その隣のあまりに可憐な様子で恥じらっているあいつを見て完全に絶句していた。







 ――それから七年。


 ゲーム内の伝手により、あいつがアークスVRテクノロジーに誘われ、時々あいつの描いたイメージイラストを見かけるようになっていた。

 俺は、高校を卒業し大学に入学し修士課程まで進み、あいつの妹が俺の居た大学に後輩として入ってきて……その間、ずっと一緒に冒険をしてきた。


 時には三人でレイドパーティに加えてもらい、強大なレイドボスと死闘を繰り広げたりもした。

 時にはああでもないこうでもないと頭を突き合わせて議論を白熱させながら無謀な挑戦なんかもした。


 ……気がつけば、トップレベルの廃人プレイヤーの中に数えられていたりもした。




 そして――あの今年初めのアップデートで俺たちは、とうとうあいつを置いて先に進まざるを得なくなった。

 しかしそれもついに、予想よりずっと早くあいつが追いついたことで、ようやく元の三人組に戻ることができた……はずだった。


 また一緒に色々冒険をしよう。そう、今まで通りの関係が続くと、ずっと俺は……俺たちは、思っていたんだ。










『な、なんなのこれ、レイジ、ソール、何これ、どうしたらいいの!?』

「どうした、何があった!」

「お兄ちゃん、落ち着いて、何があったの!?」

『は、放し……がはっ!?』

「おい、何があった、大丈夫か!? おい!?」


 背後から聞こえるノイズと、くぐもった苦悶の声に背筋が凍る。痛覚のほとんど効かないこのゲームであり得るはずのない声音に焦燥が募っていく。


「どうした!? 返事をしろ、おい! くそっ、なんだってんだこれは!!」

「お兄ちゃん、何があったの!? 返事をして!」


 周囲では、まばらに居たプレイヤーが次々と倒れ、消えていく。


 空、いや、空間そのものが赤く染まり、やがてノイズが酷くなり、地面が徐々に闇に飲まれていく。


「は、はは……なんだってんだ、これはよ……」


 あまりにも想定外な事態に、もはや笑うことしかできない。


 そうこうしているうちに、足元と頭上に現れた魔法陣らしきものに、上と下から飲み込まれ……俺の意識は暗転していた。

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