不安とすれ違い
外出禁止を言い渡されて数日は、何かしていた方が気がまぎれるだろうと気を利かせてくれたミランダおばさまのお手伝いをして過ごしていた。
町の人たちが手分けして採取してきた薬草類をすりつぶし、塗布薬を作る。この町は主な産業を林業に頼っているため、打撲や筋肉痛などで需要が絶えないのだそうだ。また、工程の中で治癒術師が魔法を込めて作成したものは簡単な魔法薬となり、その効果も向上するとのことで、せっせと薬を作っているおばさまの横で、むむむ、と力を込めて念じて……本当にこれでいいのかなぁ? と首を捻りながら、魔力を込めていた。
しかし後日、使用した者から驚くほど効果が覿面だったという評判と、使った人が感謝を述べていたという事をおばさまから聞いた時、つい頬が緩んでしまうのが我慢できなかった。
また、空いた時間はおばさまに料理を教わったりしていた。ハーブを練りこんだ、某有名なカントリー何某のような柔らかめのクッキーは、帰ってきた二人にも好評で、なんとなく料理を食べてもらうのが好きな人の気持ちが少しだけ分かった気がした。
お風呂は、この世界には魔法技術が発達しているため、ある程度の上下水道の整備が進んでおり、流石にすべての家にと言うわけではないが、この建物の一階にもきちんと存在していた。そういえば、ゲームの時もかなり広く普及していた。
が、僕は未だに拒み続けている。自分の体を直視しようという気がまだ起きないのだ。幸い、僕の使用できる『ピュリフィケーション』は老廃物などもまとめて消し飛ばせるため、お湯で体を拭くだけでも体を清潔に保つには十分で、特に不便は無い……目隠しして、ソールにやってもらっているけども。
そして、盗賊に捕まっていた女性たちの治療だけれど、こちらは僕の断固とした主張によりソールが折れ、「宿の方で一日一人まで」という条件で怪我の重い子から治療をしても良いこととなった。が。
「……大丈夫か?」
「……はい、私の望んだことですので……弱音なんて、吐いていられません」
ベッドの上で濡れ布巾を目の上に載せたまま、自分でも弱々しいなと思う声で心配して声をかけて来るレイジに辛うじて答える。正直なところ声を出すのも辛い。あの日からずっと、不調が続いている。翼が出しにくくなっていた。使用しようとすると、途端に気持ち悪くなるようになってしまっていた。まるで拒絶反応を起こしたように。全身が、これは自分の体でないと攻撃しているかのようだ。
そのため、治療後はいつも疲労困憊で倒れこみ、眠ってしまうことが多くなった。それでも宿に滞在していた近隣の子たちの治療はどうにか済み、何度も感謝を述べながら皆自分の村へと帰っていった。
地球で言う一週間が、依頼に毎日奔走するレイジやソールをよそに僕の周りだけ平穏に過ぎ、残る治療すべき被害者の子があと少し、と言う所で、レイジが、怪我をして帰ってきた。
「……あー、そんな泣くな、な? ほら、大した怪我じゃねぇっての」
「……ひっ……ひっく……でも……でもぉ……」
「悪かった、本当に心配かけちまって悪かったって……」
自分でも不思議なほど動転して、治療はすでに済んだというのに未だに涙を流してしゃくり上げ続ける僕を、レイジが困ったように頭を撫で慰めている。
たまたま見落とした、擬態した植物系の魔物に不意を突かれ、掠り傷程度の怪我を負ったのがきっかけだったそうだ。その魔物が毒を持っており、戦闘中に毒が回って満足に動けなくなり苦戦したのだと。
楽観視していたと突きつけられた。レイジもソールも、この世界では最強で、無敵のヒーローなのだとどこかで根拠もなく安心していた。
そんな訳ない、どれだけ強くても、HPなんていうもののないこの世界では人は簡単に死ぬのだ。それに、ゲームではここはかなり低レベル帯のレベル上げに使われる狩場だった場所で、温厚な動物の多いまだまだ「安全な部類」の場所だった。危険度なんて序の口もいいところで、より危険の多い場所なんていくらでもある。立っている地面が崩れていく気がした。無理だ、もう一人で安全なところで待っているなんて怖くてできない。
「二人とも……お願いです。今度は私も……連れて行ってください」
思わず口から漏れた懇願は
「……駄目だ、ここで待っているんだ」
ソールにすげなく却下された。
「イリスの為なんだ……お願いだ、分かってくれ」
「……っ!?」
かっと頭に血が上った。またそれか、と。ここ最近はいつもそれだ、あれもダメ、これもダメ! 僕のためだと否定ばかり!!
「……分かりません! 全っ然、分かりません!! 今までは大丈夫でも、今回はとうとうこうして怪我して帰って来たじゃないですか!? 今度は二人とも動けなくなったら!? いつまでも帰ってこない二人を、不安を抱えて安全なところで待ってろって……そう言うんですか!?」
気が付いたら、ヒステリックに叫んでいた。驚いたようにこちらを凝視するソールにちくりと罪悪感が湧くが、一度口に出してしまうと言葉が止まらない。これも体に引きずられてるのだろうか。僕の目から大粒の涙がぼろぼろと、小さい子供のようにとめどなく溢れてくる。癇癪を起した子供みたいだ。だけど、自分の意志ではどうにもならなくて。
「一人に、しないで……一人残されるのは嫌です……ずっと、知らないところで何かあったんじゃないかって不安で、辛いんです……もう一人にしないって、あの時言ったじゃないですか……っ!!」
「…………ごめん、それはできない」
「……っ!! もう、知りません!! ソール兄様のわからずや!!」
乱暴にドアを叩きつけ、自分の部屋に戻って布団に逃げ込む。わぁわぁと嗚咽が止まらず、顔を埋めた枕はみるみる液体に湿っていく。
強くならないと。あの二人が過保護になってしまうのは僕は弱いからだ。もう大丈夫だと、一緒についていけるのだと、二人に証明できないと、置いてかれていってしまう。二人に心配を掛けずに済むように強くならないと、そんな強迫観念が、僕を責め苛んでいた。
「……なぁ、ソール。お前が心配なのも良く分かる……だけど、これでいいのか? あいつも、連れて行ってやった方が良いんじゃないか? この世界に慣れないといけないのは、あいつも……」
「そんなことは分かってる!!」
思わず、テーブルを殴りつける。予想以上に力が入ってしまい、ばき、と皹が入った感触がした。分かっている、一人安全な場所で僕らを待つイリスが不安で押しつぶされそうなことも、先程の様子がまるでまた普通の女の子のようで。先程、激昂し冷静さを欠きながらも、私の事をなんと呼んだ? 「ソール兄様」と呼んでいたのではないか? こうして一人囲い込んで危険から遠ざけていることで、かえって負担になって症状が進行してるんじゃないか?
「わかってるのよ、そんなこと……だけど、今度またって思うと、どうしても……駄目なの」
もともと、私は男になりたかった。そうすれば、今度は私がお兄ちゃんを守れるのに。あの事件で私を庇ったお兄ちゃんが、その後ずっと不自由な生活を送っているのをずっと誰よりも傍で見てきた。今度は自分が守る側になりたくて、一芝居打って兄のアカウントを奪って、今こうして『ソール』としてここにいる。
確かに、慣れない男性の体に当初は苦労した。これがもしムキムキな筋肉質の体だったりしたら耐えれないかもしれないけど、今の私の体は私の理想で作った中性的な美少年で、最初は戸惑ったものの特に不便もなく、割とすぐに慣れて満喫していた。そう、私はこの世界に来て、「守る側」に回れたことを喜んですらいたのだ。
……だけど、お兄ちゃんは?
私の身勝手で押し付けられた華奢な女の子の体で、今こうして苦しんでる。まるで昔の事件の時みたい。私のせいで、またお兄ちゃんが傷ついている。お兄ちゃんを守るための力が欲しかったのに、それを手に入れるために自分がやってしまった事で今はお兄ちゃんを追いつめている。本末転倒も甚だしい、こんなつもりじゃなかったのに。怖い。今度また何かあったら。前は辛うじて間に合った。でも今度は? 同じことがあったら次は間に合う確証は?
分かっているのだ、頭では。こうして閉じ込めていても何も解決なんてしないんだ。なのに、立ち向かう機会をまたこうしてお兄ちゃんから奪っている。間違いだらけだ。本当に自分が嫌になる。ちょっと考えれば自分のやってることが悪手だなんてすぐに分かるのに。こうするべき、そうした方がお兄ちゃんのためだ、そんな案はいくらでも思いつくのに、自分の決断で何かあったらと思うとその選択を選べず、本人の意志も無視して、ただ危険から遠ざけることしか言えていない。
「……悪かった、お前の気持ちも考えてやれなくて。……が、明日までだ。明日の仕事が済んだら討伐系の依頼は全部終わる。そうしたら、ちゃんとあいつも連れてってやる。いいな?」
強い目でそう断言する
なんて、卑怯なんだろう、私は。
「うへぇ、こりゃひでぇな……」
「凄いっすね……これを二人でやったんすか、あのお姫さんの騎士二人」
山賊の使っていた館……昔は、後ろ暗い研究をしていた錬金術師の屋敷だったらしい。が、そこをねぐらとしていた山賊たちが居なくなったことで、何かに使えないかと調査しに来ていた男二人の見たその部屋は、簡単に言うと血みどろだった。すでに数日時間の経過したその部屋は鉄錆びた悪臭が噎せ返るほど充満し、掃除しようにも綺麗な場所を探すほうが難しい。
「もうこれ、焼いちまったほうがいいんじゃないっすか?」
「そうだな、もともとあんまりロクな噂の無かった屋敷だ、仮に掃除してもこんな所使おうなんて」
――ぱきり
「……いま、なんか割れる音したな?」
「も、もしかして崩れるんすかね、いやっすよこんな家に生き埋めなんて。さっさとこんな所……」
「ああ、戻って焼く方向で相談を……」
――――ぱき、ぱきん
「す……る……なん、だ、こりゃぁ」
数度のまばたきの間の僅かな時間で、いつのまにか、部屋が結晶に覆われていた。あまりの視界の変化に呆然としていた彼は、「それ」に気が付けなかった。
「親方! 後ろ!?」
「何……うげぁ!?」
全身に何かが噛みつき、群がる何かに埋もれ、その内でぶちぶちと何かを噛みちぎる嫌な音と、時折その奥から短いうめき声を数度上げたのを最後に声は聞こえなくなり、みるみる足元の床が真新しい赤い液体に塗れていく。
「ひ、ひぃ……!? あがっ!?」
咄嗟に背を向け逃げようとしたもう一人の男の体に、次々と何か帯状の物が刺さっていき、そのたびにひくん、びくんを倒れることも許されぬまま体が跳ねる。
「し……にたく……ぇ、よぉ……」
頭から股間までを一直線に、何か冷たい物が通過した感触がする。必死に手を伸ばした男が最後に見たものは、左右に分かれ倒れていく自分の視界であった。
「あぁ、ありがとう……こんな綺麗に治してもらえるなんて……なんてお礼を言ったらいいか」
「いっ、いえ……伺うのが遅くなってしまい……申し訳、ありませんでした、し、失礼しますっ!」
感激して被害者の女の子の母親が僕の手を取ろうとする。それだけであの嫌な手を想起してしまい、ついその手を躱してそそくさと逃げるように立ち去った。
レイジもソールも、周りにはいない。一夜が明けて、僕は今、レイジたちが仕事で留守の隙をついて、一人宿を抜け出し被害者の家を回ろうと町を歩いていた。
だけど……こんなに一人じゃダメだったとは思わなかった。小さな町ではすぐに噂が広まり、人々は先日の僕の醜態を知っている物も居るらしく、こちらを目にするとすぐに気まずげに、あるいは痛々し気に視線を逸らす。おかげでどうにか倒れずに済んでいるが、それでも最初の一軒でもうすでに疲労困憊し、人目から逃げるように、人気のない、それでいて大きな道からは離れていない路地裏に逃げ込んだ。
民家の壁に背を預け、ずるずると地面に座り込む。意識が朦朧とする。二人と一緒に居た時に比べずっと強い反応で、精神を、体力を、みるみる削っていく。こうしてまた一人になってみると、どれだけ二人に依存していたのかが痛いほど良く分かる。
強くならないといけないのに……こんなことじゃいけないのに……。
焦りと不甲斐なさに涙が滲み、抱えた膝に顔を埋めた。
「にゃ、可愛い子が行き倒れてる。大丈夫かにゃ、キミ?」
どれくらい時間がたったのだろう、何だかおかしな口調で話しかけられていた。
知らない声にびくりと背を跳ねさせて恐る恐る目を上げると、やや赤味を帯びた、桃色に近い銀髪を肩より少し下くらいの長さで切りそろえ、薄い青白い肌と、赤黒い角を持った、スタイルの良い……魔族の女の人がいつの間にか目の前まで接近し、覗き込んでいた。
こちらと同じ高さに目線を合わせ、人懐こそうな、それでいて柔和な、人をほっとさせるような顔で覗き込んでいる。
――何で猫耳でも猫尻尾でもないのに猫語なんだろう?
ぼんやりと場違いなことを考える。
「うにゃ? 綾芽ちゃん家の姫ちゃんじゃん……大丈夫、立てる? それと、キミの妹ちゃんが何処にいるか知らない?」
目の前の変な女の人は、まるで何でもない事のように、僕と、
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