夢の跡の君 -リィリス・アトラス・ウィム・アイレイン-

 ――私ね、自分さえ頑張ればって、そうすれば、後に生まれて来た子達はもう、こんな想いをしなくて済むのならって、ずっと頑張って来たんだよ。




 機械に繋がれた彼女は、そう、微笑みながらこちらを見下ろしている。

 ずっと隣にあったはずのその存在が……今はもう、手も届かない。




 ――だから、これでいいの。私がこうする事で、皆がもう同じ思いをしなくて済むのなら、私の目的は達成されるの。




 そんな筈があるものか。

 自分が何もできずにむざむざと捕らえられている間、ずっと、ずっと彼女の泣き声が聞こえていたのに。


 だけど……今の自分には、手の内にあるこの存在を連れて帰るのが精一杯だった。

 手の内にあるそれ……生まれて来るはずだった彼女の後継者の魂を封じたという、魔導器。


 死に物狂いで奪って来たそれは、平穏だった日々を全てを狂わせた元凶で……しかし、決して失うわけにはいかない。せめて、信頼できる誰かに預けるまでは。




 ――その子の事は辛かったけど、大丈夫。きっと君がいつか救ってくれるって、信じているから……ね? さ、早く行って?




 背後で、隔壁が降り始めていた。

 彼女が最後の自由意思でこじ開けた、唯一の脱出口。




 ……いつか、迎えに来る。




 どうにか、絞り出すようにそう告げて、彼女へと背を向ける。


 あるいは、余計な希望を与えてしまうのは残酷だったかもしれない。

 だけど……言葉にしなければ、ここで諦めてしまう予感がしたから。




 ――うん、待ってる。




 いつもの待ち合わせの約束をする時のように、微笑んで返事をする彼女。


 嘘だ。


 自分も、そしておそらくは彼女も、そんな言葉は信じちゃいない。


 それでも……立ち止まることは許されず、もはや自分の背よりも低い所まで降りてしまっている隔壁を潜り抜け、部屋の外へと脱出する。


 ……その声が聞こえてきたのは、そんな後だった。




 ――だ、よ……




 それは、隙間から漏れて来る、一人になった彼女の声。

 もう、僕に聞こえていないと思っているからこそ出た、彼女の本心。




 ――嫌、だよ……!




 聞き耳を立てるのは躊躇われたが、彼女の真意を知りたいと考えてしまい、足が止まってしまった。

 中から聞こえて来たのが……慟哭だったから。




 ――三人で、いっぱい色々な物を見たかった、色々美味しい物を食べたかった……!




 ああ、そうだな。君は意外と食いしん坊だから、娘にまで買い食い癖がつかなければ良いんだけど。




 ――おかあさんに……なりたかった……っ!




 僕としては、君はボーっとしていて、なのに落ち着きがなくてガサツだから、ちゃんと母親をやれるか、正直ずっと心配だったんだけど。

 それとも……子供が産まれたら、変わって行くのだろうか?




 ――親子三人で、色々と旅してみたかった……だけじゃない、も……!




 あぁ、行きたいな……こんなクソみたいな場所に縛られず、広い世界をあちこちに飛んでいくんだ。


 外の世界も……向こうは隔絶されたこちらよりも時間の流れが早いらしいから、僕たちには思いもよらない程文明が発達していたりするのだろうか。


 あぁ……どれもこれも魅力的で……でも、どれにも手が届かない。


 僕に力があれば……戦う力、魔法の力、それだけじゃない、発言力や、政治力、社交力、その他僕らの居た世界を変えられるだけの力があれば……叶えられたのだろうか。




 ――ごめんね……――君……




 隔壁が降りる直前、隙間から聞こえて来た、彼女の声。


 あるいは、都合のいい幻聴だったのかもしれない。


 ……だが、そうだとしても、たしかに聞こえて来たのだ。




 ――ずっと……ずっと……大好き、だよ…………




 それが……最後に聴いた、彼女の声だった――……










 ◇


「……――あ……ぁ…………」


 ぼんやりと、意識が浮上する。



 相変わらず蛇に絡め取られた体は宙に固定されており、手足はだらんと完全に脱力したまま、ぴくりとも動かない

 何も、感じない。

 ただ意識がある……そんな状態。


「……目覚めたか。お前もツイていないな、気を失ったままでいれば、目覚めた時には全ての力を失って終わっていたというのに」


 力無く首を振る。

 私の内部から、何か決定的な物が砕かれる予感。

 破滅の手が、とうとう私の最奥の私という存在を作っていると感じるに触れ、握られた悪寒。


 だけど……何も、できない。


「ははは……っ! 悲しむ必要は無い、どうせそんな力を持っていたって、いつかヒトはお前を利用しようと喰らいつき、しゃぶり回すんだ! どうせ、ロクな事にはならないんだ!!」



 頭を掴まれているため、右目は男の手によって塞がれているが、左目は男の指の隙間から、その様子を捉えていた。




 ――ああ、なんで、この人は…………こんなに辛そうな顔をしているのだろう。




 今この瞬間も私という存在を好き放題搔き回し、壊しているはずの彼が……ひどく、悲しそうに見えて仕方が無かった。


「だったら……ここで、そんな力、二度と使えないようにぶっ壊して――っ!?」


 ぎりっと、捕まれた何かへと力が加わるような、致命的な感触。

 圧倒的な喪失の予感に、意識が遠のいて――




 ――うーん……こんな事になっちゃってたかぁ。彼ってば、思い詰めるタイプだったからなぁ。ごめんね、でも大丈夫、私が守るから。




 沈んでいく闇の中に、不意に、光が生まれた。





 ――こーら! いつも言っていたでしょう? 女の子を苛めちゃダメだってば。




「苛めてなんて居ない! 僕は……え……?」


 男が、何かの声に反論する。

 まるで、打てば響くかのように。

 長年連れ添っていた相手との会話のように。


 彼自身がその事に一番驚いており、私を責め苛んでいた手が、思わずといった様子で蹂躙を止める。




 ――そのつもりが無くても、君はいぃっ……つも、不機嫌そうにしていて顔が怖いんだから、もうちょっと優しく接しないとっていつも言っているでしょう?




 何故か、この状況でもなお、どこかほわほわと軽い……だけど、まるで母に抱かれているかのように暖かい声が、聴こえた気がした。


「……そんな……嘘だ、こんな幻聴――ぐぅ!?」


 呆然と上擦った声で呟いた男が、突然呻き声を上げた。

 その声と共に、捕まれていた頭から離れていく圧力。


 私の額、以前夢の中でに触れられた場所が熱を持ち、光が周囲に放たれた。

 その光に弾かれたように、男の手が私の顔から離れていった。


 同時に、精神と魂を描き回していた感触がふっと消え失せ、解放される。


「……――ぅ、くぅ……っ!」


 呼吸はままならず、身体は碌に動かせない。

 だけど……寒さが和らいで、微かに感覚が帰ってくる。

 何かに抱かれ、温められているように。




「馬鹿な……何故君が、そこに感じられる……何故、君がその女を守る……!」


 愕然とした様子で、私達に向けた敵意も、先程までの狂想もなく、まるで普通の少年のように叫ぶ男。


「何故だ――!?」

「…………リィ……リス……?」


 朦朧としながらも、先程聞いた名前らしきものを口にしながら、必死に顔を上げる。

 半ば意識の落ち掛けた中、視界の先には……朧気に見える、背中を向けた彼女の姿。




 ――うん、リィリス・アトラス・ウィム・アイレイン。『アトラスのアイレインの娘リィリス』なんて仰々しい名前だけど、それが、私の名前だよ。




 思い出しました。

 幾度か、夢の中で見たあの人。

 それが、今、消え入りそうに弱々しい光ながら、こちらの世界で今、私の目の前に居ました。




 ――間一髪だったけど、また逢えたね。もう大丈夫。




 その言葉に……未だ拘束されたままにもかかわらず、不思議と安堵が広がっていく。




 ――私はあまり長くいられないけれど、あの子も来てくれた。本当に……あの子には、最後の時まで助けられちゃったな。せっかく静かに眠りにつく所だったのに、ごめんね。




 そう言って振り返った彼女が、ほわっとした笑顔を見せた気がした――次の瞬間、私を戒めていた影の蛇が、突如飛来した無数の針のようなものに穿たれて拘束が緩む。




 ――ゥオオオオォオォォオオオオオ!!




 凄まじい咆哮が、あたり一面へと鳴り響いた。


 対象にされていないのは分かっているのに、それでも本能で体が竦む、狼の……いや、その程度では何百集まろうと比較にもならないほどの迫力を帯びた雄叫び。


 その声に魂を削り取られたかのように、身体を拘束していた蛇の一体がどろりと形を崩し、まるで液体のように身体を伝い流れ落ちて、離れていく。


 そこにいつの間にか立っていたのは……一匹の巨大で荘厳な狼。

 全身を針のように逆立てた毛皮を震わせ、ばさりと広げられた翼が、傘のように私を男から守っていました。


「……あな、たが……?」


 あの、仔セイリオスのお母さん?


『そうだ。あの子の事を助けてくれたことを感謝する、次代の御子殿』


 思念が伝わって来る。流石は幻獣の王というべきか、老いなど感じさせない、凛とした意思でした。


『もはやこの死に損ないには大したことはできぬが……その借りだけでも、逝く前に返すぞ……っ!!』


 その思念と同時に、私の全身を戒めていた残り二匹の蛇が、無数の槍と化したその体毛に貫かれて形を崩し、離れていく。


『そこのわっぱ、起きているな、死ぬ気で受け止めろ……!』




 支えを失った体がずるりと倒れ込みそうになった所を……何か、巨大な口のようなものに咥えられた、と理解する間もなく、身体が宙を舞う浮遊感。


 影の中から咥えてもぎ取られ、後方へと投げ飛ばされた……そう気が付いたのは、すでに放り投げられた体が落下に転じた頃でした。


「ぐぅ……っ、イリス……っ」


 投げ飛ばされた先、何者かに……辛うじて意識を取り戻していたレイジさんに抱き留められました。

 二人でもんどりうって地を転がり……そこで、私を庇うように覆い被さって倒れたレイジさんの身体から、再度力が完全に抜ける。


 慌てて、全く自由の利かない体を元居た方向へと向けると、そこでは再び大蛇の姿となった影と取っ組み合う、黄金に輝く巨狼。


 もつれ合いながらお互いの身を喰いあう、凄惨な戦闘がそこで繰り広げられていました。


「……やめ……て……!」


 劣勢なのは……明らかに、セイリオスの方。

 その身体には、どうやら私をこちらへと放り投げたのが精いっぱいらしく、黄金の毛皮は見る間に赤く染まっていく。

 そして、その体には影の大蛇が絡みつき、動きを封じられてしまった状態で、どうにかまだ動く首から上だけで抗っていました。


 それも見る間に弱々しくなっていき、もはやどんどん生命力が抜け、天寿を全うする瞬間がすぐ間近に迫っているのが明らかだった


 そんな中……こちらへ向けて、赤い尾を引きながら落下してきた細長い物体が、側へと転がる。


 それは……セイリオスの、右前足。

 あの仔セイリオスの、お母さんの、身体の一部。


「もう……やめて……っ!!」


 想いが流れ込んでくる気がした。

 同じ想いでこの光景を眺めている、彼女の想いが。

 その想いを乗せ、動かないはずの喉を震わせて、叫ぶ。




「――『もう、pauwel止めて slepir』……ッ!!」




 かっと熱を持った額から再度光が広がって……影の大蛇が、その動きを止めた。


 拘束が解かれ、自由を取り戻したセイリオスも、残る三本の足でよろよろと立ち上がり、こちらを庇うように場所を移動する。


「……馬鹿な。何故だ……何故リィリスも、お前も……僕の邪魔をする! お前だって、この世界を怨んでいるだろうに!!」


 激昂し、周囲へ怒鳴り散らす男。

 その様子は、まるで親に置いていかれそうになっている子供のように感じられました。


『――愚か者が……彼女に託された者を、自身の――を犯そうとする程にめくらになり果てたか、この……戯けが……っ!!』

「……は?」


 セイリオスの言葉に、男が硬直した。


『――やはり、気付いて居らなんだか……少し、冷静になれ、馬鹿者が』


 そんなセイリオスの言葉に、男が愕然とした様子で、ヨロヨロと数歩後退する。


「……そんな……馬鹿な、そんな筈は……その女が、僕とリィリスの……?」


 その目が、がっちりと私の方を凝視した。

 その内に秘めていた狂気がすうっと引いていき、理知的な光が宿ると共に、驚愕と慚愧の念に、顔を僅かに歪める男。


「じゃあ、僕は一体、今、何を……したんだ……?」


 取り返しのつかない事をしてしまった……そんな様子で呆然とこちらを見ている彼。それは、まるで私の背後にある何かを私を通して見ているようで……




「――『雷隼レイ・ヘリファルテ』!!」


 突然、後方から聞こえてきた、裂帛の気合の声。

 私とレイジさんの横をすり抜けて、激しく雷光をまき散らす塊が宙を駆けて行く。


「ぐう……っ!?」


 不意を突かれた形になった男が、咄嗟に手の先に展開した障壁によってその雷光を背後へ受け流した。


「……そういや、この地にはお前が居たな。人間風情が意外にやるじゃないか、副総長様……?」


 再び怨嗟の雰囲気を纏った男との間に、一人の男性が立ち塞がる。

 ゆったりとした服の、だが動きやすさを確保した衣装を纏い、本来両手持ちなはずの大剣を片手で易々と構えたその姿は……初対面の戦場において一度だけ戦う姿を見た事のある、この地の領主、レオンハルト様でした。


「遅れて申し訳ありません、御身をこのような目に逢せた我が不徳、責めは後で如何様にも……だが、今はっ!」


 そう言って、手にした剣を眼前の地面へと突き立てて、何かの詠唱を始める。


「――加速アセラ増加オグム循環キルク――疾風迅雷エアダルモルニア……」


 レオンハルト様が詠唱を進めるたびに、その周囲へと幾つもの魔法陣が、まるで取り囲むように展開されていく。この魔法は、私も見たことが無い。もしかしたら、ゲームには無かった魔法……?


「――フル・インストール……っ!!」


 自身の周囲に浮かんだ紫色に輝く魔法陣から、レオンハルト様へ向かって紫電が伸び、その身に纏っていく。そんなレオンハルト様が、全身に雷光を纏い飛び出した。


 ……速い。


 レイジさんの全力疾走よりも疾く、それはまさに迅雷でした。

 そんなレオンハルト様が、逆手に持った大剣の柄を男へと叩き込む。


「こっ……のっ、たかが人間風情が……っ!」


 衝撃で数歩退いた男へと、さらに一歩踏み出したレオンハルト様が、逆手に持った大剣の柄頭に手を添えて、猛烈な勢いで男へと刺突を叩き込んだ。


 固まっていた男は反応できず、ガァン、と鋼鉄を思い切り叩いたような音を立て、その体が障壁ごと吹き飛んでいく。


「ちぃっ、貫けんか……! だが……貴様はここで散れ……っ!!」


 大剣をまるで棒きれのように軽々と振り回し、矢をつがえるように引き絞った構えを取ったレオンハルト様。

 その大剣に、全身に纏っていた紫電が集中する。

 それは眩い光を放ち、勢いを飛躍的に増して視界を、周囲の空間を灼いていく。


「我が領を踏み荒らし、殿下達に狼藉を働いた報いを受けろ……ッ! 『レスピラシオン・デル吐息・ドラゴン』……ッ!!」

「おのれ、この程度で――……」


 私の身の丈ほどはあろうかという径の紫電の閃光に、それでも防ごうと手を伸ばした男がひとたまりもなく飲み込まれていった。


「……どうだ!?」

「いいや、まだだ……っ!!」


 新たな咆哮が、頭上から聞こえて来る。


「ぅおらぁああああああああっ!!」


 領主様の放った雷光が薄れ、ようやく見えてきた人影へと向けて、まるで流星のような赤い光をたなびかせて降ってくる大柄な人影。


 その手にした光が一直線に男の人影へと振り降ろされると、男が周囲に纏っていた力場が粉砕され、その背後何十メートルも衝撃を疾らせて、ようやく止まった。


「が、はっ……クソ、サイクロプス謹製の『竜殺し』か……っ!」


 ついに、男にダメージが入り、肩から胸を切り裂かれた彼はその口から赤い血を吐き出す。


 降ってきた、私達が手も足も出なかった男を傷つけたそれは……以前見た際よりも禍々しい紅い光を帯びた『アルスノヴァ』……ヴァルター団長だった。


「ようやく……ようやく会えたぜ、この蛇野郎が……っ!!」


 怒りに髪の毛を逆立てて、背後に居る私達にですらビリビリと感じ取れるほどの闘気を溢れさせているその様子は、豪放快楽ながらもどこかほっとするような雰囲気を持っていたヴァルター団長とは似ても似つかず……まるで、鬼神のようでした。


「なんか随分と腑抜けてやがるが……好都合だ、貴様はここで……死ねやぁぁあああっ!!」

「こ……の……っ!」


 まるで狂戦士のように飛び出したヴァルター団長の戦斧が、初めて焦りの色を浮かべた男の首へと迫る。


「……だ、めぇっ!?」


 思わず私の口から漏れた懇願の声。

 これだけの事をされたのに、不思議なくらい彼が目の前で傷付くのが見ていられなかった。そして――




 ――お願い、やめて……!




 私同様、制止の懇願の声が聞こえた気がしました。

 次の瞬間、再び周囲に疾る、先ほど私を救ってくれた暖かな光。


「……なっ!?」


 ヴァルター団長の持つ『アルスノヴァ』から、紅い光がふっと消え、目測の狂ったその戦斧が空振った。


 驚愕の色を浮かべながらも、それでも後退したヴァルター団長。

 どちらも傷付かなかった事に……自分でも不思議なほど、安堵を感じていました。


「……さすがに、死にぞこないとはいえセイリオスの成体、それにお前達二人同時に相手は少し骨が折れるか」


 そんな視線の先で、男の胸元の傷が綺麗に消え去る。

 若干ぼろぼろになった服から泥をはたき落とし、男が背を向けた。


「……ここは見逃してやるよ。だけど、今度また僕の前に姿を現したら……もう、見逃すとは思わないことだ」


 そう言って、子蛇のようなサイズへといつの間にか戻った影を腕に纏わりつかせ、ばさりと翼を広げる男。

 ヴァルターさんはそのあとを追いたそうにしていたけれど……私達の方をちらりと振り返ると、忌々し気に戦斧を下ろす。


「ああ、それと……忠告なんて、こんなことをしてやる義理はさらさら無いんだけどね……」


 ふと、思い出したとでもいうように……こちらを、朦朧としたままの私の方を真っ直ぐに振り返る彼。


「……アクロシティにだけは近寄るなよ? お前が人で居たいというのならな」


 それだけ吐き捨てて……今度こそ、彼、『死の蛇』と呼ばれた人は何処かへと飛び立っていってしまった。

 その背中が見えなくなって、圧力が消えたとたん、張り詰めていた緊張の糸がついに切れ、意識がぼやける。


「イリスリーア様、お気を確かに――!!」


 必死に呼びかけているレオンハルト様の声もあっという間に遠くなり、今度こそ意識が落ちていく。

 そんな朦朧とした中で、感じた疑問。






 ――去り際、最後に見せた彼の顔が……どこか、寂しげに見えたような気がしたのでした――……

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