真実

 リュケイオンと名乗った、黒ローブの男。

 対峙して肌で感じるそのプレッシャーは、確かに以前辛酸を舐めさせられた相手に相違ない。


「……お前が『死の蛇』本人なのは理解した。だが、あの黒い蛇は何処にいる。片方が手駒を潜ませたままで交渉なんて御免だぞ」

「はぁ……そんなもの、街の外に待機させて別行動に決まってるだろ、クロウを連れて街中に入れる訳ないじゃないか、もうちょっと考えろ餓鬼」

「……ほんっと、いちいちムカつくなお前……!」


 虫でも見下すような視線で嫌味を吐いてくる男に、額に青筋が浮かぶのが自分でも分かる。

 しかも、こちらのことなど歯牙にも掛けていないから、何を言っても暖簾に腕押しなのが本当に腹立たしい。


 ……そんな余計な事を考えていたのが間違いだった。


「さて……早速だが、邪魔するものは排除しないとな」

「なっ、お前、やっぱり騙……!」

「ちょ、旦那、話が……!」


 瞬間、男から放たれる圧倒的な魔力。

 咄嗟に私が剣を抜くよりも早く、後ろでハスターが何か叫ぶよりも早く――リュケイオンと名乗る男も含めた私達は、昏く禍々しい闇に飲み込まれるのだった。







 空を、一台の鳥のようなものが旋回していた。

 だが……それはよく見ると、硬く冷たい金属の体を有しており、生命ではないことが見て取れた。

 それは……人気の無い岩場に忽然と現れた、断面が鏡のように滑らかな窪みの周囲を何か探すようにぐるぐると旋回すると、やがて諦めたように、空高く舞い上がっていったのだった。






「……こんなものでいいか」


 そう言ってバサリとローブを翻し、右手を払うリュケイオン。

 途端に、私達の周囲を覆っていた魔力……隠蔽の魔法が消失し、重圧が無くなる。


「ふぅ……あれはまさか、偵察用の機械か?」

「そうだ、どうやらお前を探していたみたいだな。見つからないうちに離れるぞ」


 そう言って、先導するように岩陰を迂回する男。

 先程の一撃は、あの機械からの追跡を撒くための一手だったらしく……その攻撃に紛れて追跡を脱した私たち。助けられたという事自体に釈然としないながらも、その背を追う。


「分からない……何故、お前が私を助ける、答えろ」

「はん、それが助けられた奴の態度か?」

「あいにくと、何の下心も持たずに助けてくれたなんて信じられるほど、純粋じゃないんでね」

「ふん、分かっているじゃないか」


 だが、今ここで話している場合じゃない。

 そう言って口を閉ざし先を歩く男に、私たちはとりあえず付いていくしかなかったのだった。




 そうして、半刻ほど。


「ここは……桜花さんの工房じゃないか」


 海沿いの岩場を回り込んでしばらく歩き、たどり着いたのは……見覚えのある工房だった。


 そんな時、庭で遊んでいた子供が顔を上げてこちらを見るや否や、すぐさま飛びついてくる。


「あ、ソールおにいさま!」

「おっ……と。君は……ユリウス殿下?」


 それは、数日前から行方知れずとなっていた少年だった。聞けばアンジェリカや、今は出掛けているがハヤトもここにいると言う。


 ユリウス殿下は、今は簡素ではあるが仕立てはいい、少し裕福な一般人が着るような服を纏っていた。これは追っ手を警戒しての事なのだろう。


「なるほど。ハヤトの案内か、ここに居るのは」

「はい……すみませんでした、ご心配をお掛けして」

「いや、まぁそれは構わないんだが……そうか、無事で良かった」

「はい! ……えっと、ハヤトお兄さんと、あの人に助けて貰いました」


 頭を撫でてやると嬉しそうに笑った少年が、そっと「あの人に」とリュケイオンを指差す。

 そんな少年の様子に、警戒は解かないまでも少しだけ肩から力を抜く。


「はぁ……分かった、協力するかどうかは話を聞かせてもらってからにする」

「……ふん、最初からそう殊勝にしていれば良いんだ。もっとも……お前に選択の余地があればいいけどな」


 彼はそう愛想なく言うと、さっさと工房内に入っていってしまうのだった。





 この工房の本来の持ち主は、私達が依頼していた仕事の最後の仕上げのため、ネフリム師のところへと出掛けていて留守らしい。


 そんな家主のいない家を、我が物顔で歩く男について行くと……奥まった一つの部屋へと案内される。


「あ、ソールさん……」

「あ、お姫様のお兄さんの方じゃない」


 案内された部屋に入ると、そこには生意気そうな少女……アンジェリカの姿。

 さらにはもう一人……見覚えのある人物がベッドの上におり、治療を受けていた。


「君は……たしか、シンと言う海風商会の……その怪我は?」

「あはは……フォルスさんに、見限られてしまいました」


 力なく俯くシン。

 剥き出しの下着姿のその肩は包帯でぐるぐる巻きにされていて、痛々しい様相だった。


 ――と言うか、女の子だったんだな。


 意外と言うよりもむしろ納得しながら、そんな事を考える。


「ま、仕方ないだろ。あの親分、ついにおかしくなってんだろ?」

「はい……何とか止めたかったんですが、申し訳ありません……」


 ハスターが、すっかり落ち込んでいるそんなシンを慰めていた。向こうは任せるとして……


「それで……ちゃんと話してくれるんだろうな、何でお前が私たちに協力なんてするのか」

「ああ、そうだな……そこの聖女、お前は」

「あーはいはい、餓鬼は邪魔だから席外してろって言うんでしょう、分かってるわよ!」


 何か言われる前に、プリプリと怒って部屋を出ていってしまうアンジェリカ嬢。その様子を見るに、さぞこの男は失礼な事を言いまくったのだろうと容易に想像できた。




「まず、お前を助けた理由は簡単な事だよ……戦力が必要だったのさ」

「……『死の蛇』なんて大層な渾名が付いてる災厄のお前が?」

「そうだ。たしかに敵を倒そうとするだけならば、僕にはお前たちなんて必要ない、僕だけで充分だ」

「……あー、はいはい、そうですか」


 自信満々というより、ただ事情を述べているだけだという様子のリュケイオンの言葉に、肩を竦める。


「だけど僕は今、姿を見せる訳にはいかない。それだと本命を逃す事になる」

「……という事は、やはり海風商会の裏に何か居るんだな」

「当たり前だ、それだけならわざわざ僕が出張ったりするものか」


 そう言って、テーブルに拡げられた地図に視線を落とす。


「……まず、大前提となる事だけどね。特に天族の餓鬼、お前は僕に協力せざるを得ないんだよ、絶対に」

「……私が?」

「そうだ。何故ならば連中の目的はただ一人、御子姫を自分達の手にする事だからね。そして、僕はそれを裏で操っている連中に用事がある。協力できると思わないかい?」

「……分かった、話を聞く。続けろ」


 全部が全部信用した訳ではないが、イリスが狙いだと言うならば話は別だ。渋々と、リュケイオンの言葉を促す。


「娘……シンとか言ったな。お前たちの船の、事を成した後の逃走予定ルートは分かるか?」

「あ、はい! 予定では、ここを……」


 そう言って、船の形をした駒を西大陸側へと動かすシン。

 岩場を抜けるように進むそのルートは、なるほど、何かしらやましい事情を抱えた者が使いそうなものに見える。


「……やはりか」

「予想していたのか?」

「ああ、僕はそこの男……ハスターと言ったな。お前が大会で暴れて僕の分の疑いを引き受けてくれている間に、別行動して敵の情報を探っていた。敵の布陣なんかもね」

「おい待てこの野郎」


 いいように陽動と囮に利用されていたとあっさり告げられて、ハスターが怒りの滲む声を出す。

 しかし、当然とばかりにさっくり無視したリュケイオンは、暖炉脇に転がっていた薪を魔法で削り出し、手元に駒を新しく作って、地図上に配置していく。


「それが……こうだ」


 言いながら、次々と置かれていく駒。それは先程の海風商会の船を示す駒の周囲を囲むようにして、次々と増えていく。


 その数が十を超えたあたりで、リュケイオンを除いた皆の顔がみるみる引き攣っていく。


「いや、いやいやいや、待てやアンタ、何個置く気だよ!?」

「……事実だ」


 二十程の駒を置いたあたりで、ようやく手を止めるリュケイオン。


「……待ってください、この包囲された『海風商会』の船は、どうなるんですか?」

「連中は、そんな木っ端の人間なんぞなんとも思っていない。まぁ……こうだろう」


 顔を真っ青にし、震える声で尋ねるシン。

 それを聞いたリュケイオンは、そんなどうでも良さそうな返事をすると――無常にも、海風商会の船の駒を粉々に叩き潰した。


 ……ここまで積荷を運べば、あとは用済みという事か。


「そんな……フォルスさん……」

「おっと……大丈夫か。」


 ショックから、ガクリと膝から崩れ落ちるシン。

 その体をハスターが支えたのを横目に、私は疑問を返す。


「この新しい駒は……何を指している?」


 流石に、小舟とかそんなチャチなものでは無かろう。その大半はおそらく、元の世界で言う駆逐艦か、巡洋艦か……できれば戦艦とか言われなければいいな。そう思いつつ、おそるおそる尋ねた。


 そして……そんな望みは、次の言葉で裏切られる事となった。



「飛空戦艦だ」

「ひく……っ!?」


 思わず、絶句する。


 多数の砲と対地攻撃兵器を備え、装甲を纏って空を駆ける空中機動要塞とでも言うべきその名前。

 完全に、想像の斜め上だ。飛空戦艦など、南のフランヴェルジェが数隻所持しているかくらいの超兵器だ。


 それが……二十。は、もはや何の冗談だと言うのか。


「待ってください、西はたしかに国家の中枢は富豪や豪商の集まりで、経済的には主要四ヶ国で最も富んでいますが、軍事国家ではありません! なのに、一体どこからこれだけの量の兵器を調達してくるんですか!?」


 シンが、悲鳴じみた声を上げる。

 離反した身とはいえ、自分が居た場所、自分が居た組織がただの使い捨ての駒だったと聞いたその顔は、悲痛な色を帯びていた。


 それでも気丈に事態を把握しようとする彼女に……


「……ああ、そうか。まだそんな誤解をしている段階からか、面倒だな」


 バリバリと頭を掻いて、心底面倒臭いといった様子のため息を吐きながら宣うリュケイオン。


 私とハスターがムッとする中で、彼が改めて口を開いた。


「まず、お前たちは一つ勘違いしている。あの西大陸は、独立国家などではない」


 そう行って、卓上に置いてあったナイフを取り、地図の中央に突き立てるリュケイオン。

 その場所は……この世界の中心に座する、未だ沈黙を守る完全環境アーコロジー型積層閉鎖都市が鎮座する場所。


「西の通商連合と呼んでいる都市国家、その実態は……ただの出先機関、だ」


 まるで何という事もない事実であるというような、淡々とした口調で……そう、私たちに告げられたのだった――……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る